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「ま、何はともあれ二回戦突破! 勝てば甘味処、大福ってこった!」

「みんな、お疲れ様……」


 天堂監督は、なんとも複雑そうな顔をしている。


 それもそのはずだろう。前半戦は自チームのオウンゴールで二失点、後半戦は相手の自滅で三得点。

 結果として、公式記録上のシュート数は前後半あわせて正真正銘の「0本」という、前代未聞の黒歴史となる試合だったのだ。


「そう、そうね。次の試合も頑張りましょう。――さおり、ちょっと付き合いなさい」


 三芳野(みよしの)咲桜里(さおり)は、そのお呼び出しにピクッと肩を揺らした。

 この空気、このトーン。だからこそ、瞬時に解ってしまう。


 この状況での「お呼び出し」が意味するものは、ただ一つ。


(あ、これ、絶対にヤケ酒に強制連行されるパターンだ……!)


 指導者として色々と限界を迎えた先輩の背中を見つめ、三芳野は心の中で涙を流した。


「は、はい……!」


 大人二人が足早にスタジアムの出口――いや、居酒屋の赤提灯(あかちょうちん)を目指して消えていく。


 残された八々花のメンバーたちは、三回戦進出を決めたはずなのに、なぜかお通夜のような空気の中で静かに顔を見合わせるのだった。


「なぁなぁ、サクラちゃん、アレ絶対にヤケ酒のパティーンなんよ!」


 種村カスミが、そそくさと退出していった特務監督と顧問の背中を茶化す。


「ふぇ!?」


「あまり茶化すものではありませんわ。わたくしとて、先生方のご心境は察して余りある内容でしたから」


 カスミの言葉を聞き咎めた蝶名林牡丹が、言い淀む幕ノ内桜の代わりに釘を刺した。


「お、お姉さま……! 申し訳ございません! ワタクシが不甲斐ないばかりに、あんなお尻オウンゴールを……!」


「アッシも、今日の試合はグダグダすぎて、サーセンしたッス! 逆走弾丸クリアなんて、萩子先輩の顔に泥を塗ったっしょ!」


 頭を下げて猛省する短冊コンビ。


「いいのですよ。世の中には、オウンゴールで百四十九失点という例もあるのですから」


「いやそれ、抗議のための、故意にやったヤツなんよ……」


 すかさずカスミが至極真っ当なツッコミを入れる。

 牡丹の斜め上すぎるスケールの慰めに、青衣は「ひゃ、ひゃくよんじゅうきゅう……」と目を白黒させ、赤音も「ウチらの二点なんて誤差の範囲っしょ!」と一瞬だけ元気を取り戻しかけている。


「ま、何はともあれ二回戦突破! 勝てば甘味処、大福ってこった!」


「萩子さん、それを言うなら『勝てば官軍負ければ賊軍』ですわよ。どれだけ甘い物が食べたいんですの?」


「いいじゃないか。結果オーライなのは確かだ。新入生たちの労いも兼ねて、甘い物でも食べに行こう」


 キャプテンの鹿戸椛がそう笑顔で提案すると、牡丹がフッと上品に微笑んで言葉を継いだ。


「それでしたら、私の行きつけのお店がございますわよ?」


「ボッタンの驕りなー!」


 すかさず乗っかった萩子の声に、牡丹は、「ふぅ」と美しく巻かれた縦ロールを揺らしてため息をついた。


「……萩子さん。人の財布で勝手に大盤振る舞いしないでくださる? まぁ、新入生たちの労いという大義名分があるのなら、やぶさかではありませんけれど」


「おっ、さすがボッタン、太っ腹!」


「……貴女は少し、遠慮というものを覚えていただきたいですわね。ことわざもですが」


「蝶名林サマの行きつけのお店……これはインフルエンサーとしてガチで見逃せないやつ! えぐ!!」


 明莉まつりが、ゴクリ。と喉を鳴らす。


「そんなにすごいんですか?」


 新入部員の春日井恋々が、まつりのそんな様子にきょとんとする。


「蝶名林サマは、あの高級化粧品会社のP&Pの社長令嬢なの! そんな人が通ってるとか神店(かみてん)確定じゃん? やばさが次元違いなわけ!」


「――ぴぅ!」



◇



シャラシャラシャラ――。


――カッ、コーンッ!


「いらっしゃいませ。蝶名林様、いつもありがとうございます」


 暖簾(のれん)をくぐると、着物を美しく着こなした女将さんが、八々花の一同を穏やかに出迎えた。


 スタジアムの喧騒が嘘のように静まり返った店内には、青々とした竹林が覗く美しい日本庭園が広がり、心地よいししおどしの音が涼やかに響いている。


「ひゃ〜……ガチで空間の高級感がバグってる! インフルエンサーとして、ここでの自撮りはマストでエモいやつじゃん! 映えの次元が違くて草」


 まつりがさっそくスマホのカメラを起動し、シャッター音を響かせない無音アプリで庭園を連写し始める。その横で、恋々は「ぴぅ……」と小さく鳴いたまま、お寺の国宝でも見るかのような目で天井を見上げて硬直していた。


「さぁ、皆さん。好きなものを注文してよくってよ? 萩原さんも、菖蒲田さんも、今日の疲れをここで癒やしなさい」

 牡丹が優雅に手元の冊子を開く。

 差し出されたお品書きには、手漉き和紙の台紙に達筆な筆文字で『宇治有機抹茶と季節の上生菓子セット』『特製本葛切り』『白玉宇治金時』といった、文字だけで涎(よだれ)が垂れてきそうな高級和菓子の名前。


 しかし、そのお値段の欄には、普通のファミレスのパフェが三つは買えそうな数字が並んでいた。


「じ、自分の財布じゃ絶対に一生入れないクオリティっす……。あ、アッシ、この夕張メロンのかき氷で!」


「赤音、さらっと一番高そうなのを頼むのね……。そこまで猪目先輩を見習わなくてもいいのに。……あ、ワタクシは抹茶どら焼きとお茶のセットをお願いします」



 やがて運ばれてきた黒漆のお盆によって、お上品なテーブルは一瞬にして八々花の賑やかな色彩で埋め尽くされた。総勢十五人の注文がズラリと並ぶ様は、もはや圧巻の一言である。


 牡丹の『宇治有機抹茶と季節の上生菓子セット』を筆頭に、青衣の『特製本葛切り』、菊鞠の『抹茶と白玉栗善哉(ぜんざい)』といった、お店の格式にふさわしい風情ある和菓子たち。


 お筝の家のお嬢様にふさわしく、嬉しそうにその弾力を眺める八橋あやめの『黒蜜きなこわらび餅』に、桜の『宇治抹茶ソフトクリーム』。


 柳が一人で贅沢(ぜいたく)に堪能する『特大白玉宇治金時かき氷』、キャプテンの椛が微笑みながらスプーンを入れる『お芋パフェ』。身体を冷やさないよう温かいお椀を選んだ桐子の『おしるこ』に、その生真面目な性格を崩さずストイックに味わう満月の『お茶の飲み比べセット』。そして、周囲の甘味には目もくれず、一人クールにカップを傾ける松明千鶴の『プレミアム珈琲(ブラック)』。


 そこに、まつりが頼んだ今っぽい『お抹茶グラニータ』に、恋々が小さな口で迎え撃つ『三色白玉団子』。カスミが謎のダミ声で注文した『どら焼きソフト』。


 極めつけは、赤音が「一生入れないクオリティっす!」とビビりながらも頼んだ『夕張メロンのかき氷』。

 そして、萩子が「運動したあとは腹減るもんな!」と甘味処で一人だけキメているガチ飯――『昆布締め真鯛の特製茶漬け・大盛り』である。


「お待たせいたしました」


 お盆が次々と運ばれてきた瞬間、明莉まつりの目がインフルエンサーのそれに変わった。「ちょっとみんなー! 待ってまだ食べないでっ! 写真撮るから一瞬だけキープ!!」


 まつりは素やすいステップでテーブルを回り、運ばれてきた甘味(とガチ飯)を一つ一つ、最適な画角でスマホへと記録し始めた。


 自分の『お抹茶グラニータ』、恋々の『三色白玉団子』はもちろんのこと、赤音のド迫力な『夕張メロンのかき氷』を「これアクスタと並べたら絶対神!」と激写。さらに、萩子の『宇治抹茶鯛茶漬け』には「甘味処でこれ頼むのガチで草」とシャッターを切り、千鶴の『プレミアム珈琲(ブラック)』を「千鶴サマのブラック渋すぎ尊い!」とあらゆる角度から抜きまくる。


「まつり、おしるこが冷めちゃうわよ……」


「は、はわわ、まつりちゃん、ソフトクリームが溶けちゃうよぉ!」


 桐子や桜が苦笑いしながら待つ中、十五人分すべてのメニューを最上の状態でスマホに収め、最後に上からの俯瞰アングルでテーブル全体を綺麗に収めた。


「これ、絵面エグすぎっ! カオスすぎて逆にガチで映えるじゃん! 神写キタこれ!」


 満足そうにまつりが席に座り、ようやく八々花の一同に「おあずけ」が解除される。


「はふ。はふ。はふ!! んめ、んめ!!」


 次の瞬間、萩子が鯛茶漬けを豪快に掻きこみ始める。


「おかわりもいいぞ」


「それ、毒ガス……」


 そんな萩子を見てカスミが呟(つぶや)き、桜がボソッとツッコミを入れたのであった。


 そんなシュールなやり取りを挟みつつも、十五人はそれぞれの甘味を、あるいはブラックコーヒーや鯛茶漬けを心ゆくまで堪能した。


 前代未聞のオウンゴール泥仕合でガガガと擦り切れた新入部員たちの心と身体は、この極上の空間と先輩たちの優しい空気によって、みるみるうちにふっくらと満たされていく。


 やがて全員が綺麗に器を空にし、女将さんが淹(い)れてくれた新しい温茶を飲み干す頃には、スタジアムでの妙な緊張感は完全に消え去っていた。


「さて、お茶をいただいたら戻るとしよう。また次の試合があるからね。気を引き締めていこうじゃないか」


 キャプテンの椛の穏やかな、けれど芯のある言葉に、全員が凛とした表情で頷く。


「そうだ。牡丹くん、ここはご馳走になりました。ありがとう」


「「「「ご馳走さまでした!!」」」」


 全員の元気なコーラスに、牡丹は少し照れくさそうにフッと微笑みながら、優雅にお財布(ブラックカード)をバッグへと収めた。


 新入部員たちの顔に完全な明るさが戻ったのを見届けながら、八々花の一同は風情ある暖簾(のれん)を出る。

 そして繁華街に吹く、心地よい夕方の風の中へと歩みを進めるのだった。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました!


 天堂監督からのお言葉をどうするか迷ったのです。

 ……これねぇ。

 僕としても、「なんも言えねぇ」だったんですよね。

 絶句して三芳野先生を引き連れて退出する流れしか思い浮かばなかったです。


 残ったページは、甘味処でお茶会シーンとしました。

 お店のイメージとしては、外観は八芳園、メニューは銀座・福禄寿です。

 神楽坂の茶寮、あるいはオタク大好き、神田の竹むらなども考えました。


 さて、次回は地区予選の決勝戦に向けての展開となります。

 強豪・一文字学園。

 冬の選手権の雪辱を果たせるでしょうか?


「天堂監督、絶句してるwww」

「ヤケ酒に付き合わされるみよティー不憫かわいいw」

「赤音、なにげに一番高そうなの選んでるな!!」


 と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、次話以降の執筆への大きな励みになります!

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