「――獅子舞の 抜け殻となる 畳かな」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
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――ピピピピッ。
選手交代を告げる、無機質な電子音がピッチに鳴り響く。
「選手交代!」
第四審判が掲げた電光掲示板に、鮮やかな赤と緑の数字が灯った。
【 OUT 10 】 ➔ 【 IN 12 】
――ゴワァッ……!!!
「っ、おい……見ろ、嘘だろ……!?」
「10番!? 鹿戸を、キャプテンを下げるっていうのかッ!?」
スタジアムの電光掲示板に非情な数字が灯った瞬間、観客席は静まり返り、一瞬遅れて爆発的な動揺が地鳴りのように広がった。
それはどよめきを通り越し、悲鳴に近いざわめきとなってスタンドを揺るがす。
八々花のベンチは何を考えているんだ、正気か、試合を捨てる気か――。
無数の困惑と疑念の視線がピッチに突き刺さる中、対戦相手である柘植駒高校のイレブンにも、等しく激しい衝撃が走っていた。
下ろされたのは八々花のキャプテンであり、先ほどの猛攻を見せた《猪鹿蝶》の核。
誰もが「引き分けを狙うための守備固め」か、「前線のスタミナ切れによる単純な交代」を予想していた中、天堂任見が選んだのは、自ら最大の武器を崩すという、常識外れの定跡破壊だった。
「桐子くん、王手は頼んだよ」
ピッチを退く椛が、すれ違いざまに鳳桐子の手のひらへと力強くハイタッチを交わす。キャプテンとしての貫禄と、すべての想いがその一撃に込められていた。
「ええ、よそ見しないで見てなさい。キャプテン」
不敵な笑みを浮かべ、鳳桐子がトップの位置へと足を踏み入れる。
《猪鹿蝶》を失った八々花。柘植駒の歩兵たちは「勝機が来た!」と一瞬だけ勝利を確信したが、玉座の王麗央だけは、その交代がもたらした真の『恐怖』に気づき、黒白の鬣を戦慄で震わせていた。
八々花のコーナーキック。
だが、ここでもまたスタジアムが色めき立つ。
そのどよめきは、瞬く間に割れんばかりの驚愕と悲鳴へと変わった。
八々花の自陣ゴールマウスから、一人の選手が高々と束ねた長い黒髪を揺らし、ゆっくりと、しかし圧倒的な威風を纏って前線へと歩み出てきたからだ。
背番号1番、松明千鶴。
なんと、八々花の絶対的守護神であるゴールキーパーが、自らコーナーアークへとボールをセットしにオーバーラップしてきたのだ。
「――なっ、GKがキッカーだとぉぉぉッ!? 守備を完全に放棄して、自ら一歩を動かしてきたというのか八々花アアアッ!!」
ゴールマウスの奥で、王麗央の黒白の鬣が驚愕のあまり完全に逆立った。
残り五分、キーパーが前線に上がる『定跡』といえば、ゴール前での肉弾戦に加わるのが常識。だが、天堂任見が選んだのは、その常識の遥か斜め上を行く、千鶴自身を『最初の一手』のキッカーとする完全なる定跡破壊だった。
松明千鶴はコーナーアークにボールを置くと、ふっと前線の四人――幕ノ内桜、薄満月、道風柳、そして鳳桐子を見据え、その凛とした美しい右足を緩やかに後ろへと引いた。
一月(松に鶴)から始まる、最高峰の役のキックオフ。
スタジアムが息を呑むような静寂に包まれたその刹那――。千鶴の足元から、地上の将棋盤を頭上から完全に焼き尽くすかのような、眩いばかりの光の放物線がゴール前へと描き出された――!
誰もが、ゴール前の密集地帯へのハイボールを予想した。
だが、その誰もが次の一歩を動かそうとした、まさにその刹那だった。
千鶴の放った一撃は、ゴール前に泰然と構えていた薄満月の足元を、まるでそこに最初から誰も存在しなかったかのように音もなく通り抜けたのだ。
「なっ――スルー!?」
柘植駒の歩兵陣が完全にマークの裏を突かれ、その思考が白く染まる。
直後、完全にフリーとなった軌道の先で、最後方から滑り込んできた幕ノ内桜がボールを完璧に捉えた。桜はトラップすることすらなく、ダイレクトに中央の道風柳へと鋭い楔のパスを突き刺す。
「とうっ!!」
中盤の真ん中でパスを呼び込んだ道風柳は、即座に弾丸シュートを放つ構えを見せた。
たまらず将野金華と銀華の『金銀ボランチ』が死に物狂いでブロックに飛び込むが、柳はそれさえもフェイントにして、軽やかなステップでドリブルを開始する。
「おのれ、打たせんわッ!!」
「絶対に詰ませるかぁぁ!!」
二人がかりで完全に突破コースをハメ殺しにいく柘植駒。
――だが、その死に物狂いの包囲網すらも、すべてはただのフリに過ぎなかった。
柳からの鮮やかなヒールパスを受け、完璧にフリーの状態で姿を現したのは――背番号十二番、鳳桐子。
「そこかぁぁぁ!!」
《王将》王麗央が獅子の如き執念で、大柄な体躯を投げ出す。その肉体を限界まで伸ばし、桐子のシュートコースを完全に塞ぎにかかった。
だが、最強の切り札と思われた鳳桐子でさえも、天堂任見が仕掛けた定跡破壊の「大いなるフリ」に過ぎなかったのだ。
桐子はシュートを打たない。
飛び込んできた麗央の鼻先で、不敵な笑みを浮かべながら、その右足でボールをさらに横へと、優雅に、優しく転がした。
鳳凰の翼に隠れていた月が、現れる。
「――えっ」
王麗央の、そして柘植駒のすべての動きが、完璧に凍りついた。
鳳桐子が広げた圧倒的な強者の翼――その影の裏。最初の一手でボールをスルーし、盤面から完全に気配を消していたはずの薄 満月が、ゴールマウスの真正面、無人のゴールを前にして音もなく佇んでいたのだ。
千鶴(一月)、桜(三月)、満月(八月)、柳(十一月)、桐子(十二月)――。
五枚の光がピッチ全体を狂わせ、すべての定跡を跡形もなく破壊し尽くした終着点。
「――獅子舞の 抜け殻となる 畳かな」
クソ真面目な八々花の八番は、静かに――しかしどこまでも冷徹にその右足を振り抜き、無人のゴールネットへと、運命の決勝弾を優雅に流し込んだのだった。
「まだだァっ!まだ、終わらんよッ!!」
柘植駒の《王将》が吼える。
アディショナルタイムを迎えたわずかな時間で、少しでも同点のチャンスを狙おうと速攻を目論む。
――だが。
その暑苦しいまでの執念が、八々花のピッチに再び火をつけることはなかった。
麗央の咆哮に呼応し、前線へ放たれた決死の超ロングキック。柘植駒の残された全ての『駒』が一縷の望みをかけて一斉に敵陣へと走り出そうとした、まさに、その中盤の激戦区。
これまで派手なスポットライトを浴びることなく、静かに八々花のバイタルエリアの門番を務めていた背番号五番――八橋あやめが、予測の先を行く驚異的なポジショニングで、その弾道の真ん前へと音もなく立ちはだかっていた。
「……これで、止め手です」
将棋の泥臭い『底歩』の如く。
あやめは鋭い出足で相手の前線への配給を完璧にインターセプトすると、激しくチャージしにきた柘植駒の歩兵たちを強靭なフィジカルで無慈悲にブロック。そのままボールを完全に自らの足元でキープ(ハメ殺し)し、柘植駒の最後の反撃の芽を文字通り完膚なきまでに摘み取ってみせた。
これこそが、八々花を調絃し続けてきたボランチ――その本物の貫禄。
完全に手詰まりとなり、なす術を失った王麗央の視界の先で、主審が静かにその右腕を天へと掲げた。
――ピーッ! ピーッ! ピィィィィッ!!!
スタジアムに響き渡る、長く、重厚な試合終了のホイッスル。
【1-0】。
夏のインターハイ予選、激闘の初陣を制したのは、誰もが予測しえない奇策と、それを支える堅実な守備で盤面を完璧に統御した、八々花女子サッカー部だった――!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
初戦・柘植駒高校戦、これにて【1-0】で劇的勝利(初戦突破)です!!
ラストのコーナーキック、残り5分という中に《五光》のプレーに落とし込む、という荒業をどうするか考えた挙句に捻りだしたのが、コーナーキックをゴールキーパーである松明千鶴に蹴らせる、という形でした。
それ以前に、キャプテンで10番を交代させるという荒業もやらかしたので、「もう、なるようになれー!!(ヤケクソ)」となりました。
そして、ラストシューティング。
当初の予定では、鳳桐子だったはずなんですよ!
ですが、普通に考えて、一番警戒される選手なんですよね。
で、誰がシュートを決めるか考えた結果。
薄満月ちゃんでした!
意外性という意味では幕ノ内桜ちゃんや松明千鶴さんでも良かったのですけどね。
でもせっかく天堂監督が「相手チームの影に隠れる」という戦術を考えたんだから、それを活かさない手はないな!と。
それでこうなりました。
彼女のシュート時のセリフ(俳句)は高浜虚子からです。
「獅子」をモチーフにした俳句や和歌はないかな?と思って探して、これが一番場面に合いそうだったので、この俳句にしました。
「まさかのGK千鶴ちゃんのオーバーラップキッカーから始まる五光コンプリート連携、鳥肌がヤバすぎた!」
「満月ちゃんの俳句からのあやめ先輩のシャン・シャン、和の美学が詰まりすぎてて鳥肌引かない!」
「オレオキャプテン、負けたけど最後まで最高に熱い男(漢)だった……女だけど!」
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