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「こちとら、実家ではジイジとの勝負で連戦連勝や! 将棋崩しなら負けへんで!」

登場人物についての詳細は↓のとおりです。

https://ncode.syosetu.com/n7086km/58

「……少し、見せすぎてしまったかもしれないわね」


 激闘の前半四十五分を終え、八々花のスタメンたちが汗を滲ませてベンチへと引き上げてくる。彼女たちを労うよりも先に、天堂特別監督は小さく、しかし重みのある声で呟いた。

 その視線が向いているのは、熱気に包まれるスタジアムの観客席――その特等席の一角だ。


 初夏のぎらつく日差しが遮られた、スタンドの濃い陰の中、周囲とは明らかに異質な殺気を放つ、黒いジャージ姿の一団が静かにピッチを見下ろしていた。


「もしかして私、なんかやっちゃいました?」


 ドリンクボトルを片手に、神酒盃菊鞠が慌てた様子で小首を傾げた。いつものおっとりとした返しに、ベンチを覆っていたピリピリとした空気がふっと和らぐ。

 その後ろでは何故かカスミが笑うのをこらえ、桜はというと口にしたスポーツドリンクが気管に入ったらしく、ゲホゲホと咽(むせ)ていた。


「あの場面では正解だったわ。おかげで向こうも警戒して、あれ以降はハイプレスを避けてきたでしょう?」


「確かに……」


「それに、ちょっとやそっとの研究で破られるようなものなのかしら?貴女の神域って」


「言われてみるとそうですね」


「だから、さっきのは単なる私の杞憂。いい?」


「はい」


 ふふっ、と不敵に口元を緩めた任見の言葉に、菊鞠の瞳に迷いのない絶対的な自信が戻る。

 そこまで言うと、天堂特別顧問はイレブンに向き直る。


「0-0。正直言うと、1点――いえ、2点ぐらいは欲しい内容だったけれど、仕方ないわ」


 そう前置きしてから、天堂特別監督の鋭い双眸が、神園学園から八々花へと集った教え子たちを静かに射抜いた。


「道風。布石を打ってきなさい。――幕ノ内は状況に応じて《花見》と《雨四光》とを使い分けて。それと鳳。」


 かつて、自身が神園時代に指導してきた四人にそれぞれ的確な指示を出し、最後にベンチに深く腰掛けていた鳳桐子の名を呼ぶ。


「最後の5分。行けるわね」


 鳳桐子は不敵な笑みを浮かべ、弾かれたように立ち上がった。


「――ええ勿論。あの暑苦しいライオンの喉元を、食い千切ってくるわ」


 ジャージを脱ぎ捨て、八々花のユニフォームを纏った鳳桐子がピッチへと歩み出る。


 前半戦のステイルメイトを破るため、ベンチで密かに共有された「ラスト五分の切り札」。互いの意地をかけた運命の後半戦が、まもなく幕を開ける。



 ◇



――ピィィィッ!


 後半戦開始のホイッスルが、静まり返ったピッチに鋭く響き渡った。


「さあ、行きますわよ!」


 蝶名林牡丹が静かに闘志を燃やす。

 前半戦であれだけチャンスを迎えておきながら、得点に繋げられなかった自身を恥じていたのだ。その悔しさを全て乗せるように、牡丹が蹴り出したボールを椛が拾い、優雅に駆けだす。

 ハーフタイムのベンチでは、鳳桐子を出すための布石についての説明に終始し、《猪鹿蝶》の戦術には言及されなかった。

 だが、だからといって彼らの活躍を手を拱(こまね)いて見ているのでは、なんのためのスタメンなのか。

 《猪鹿蝶》の意地として、《五光》が投入される前に先制点を奪っておきたかったのだ。


 キャプテンの椛がサイドへ向けて軽やかにドリブルで進み、柘植駒高校の注意を一気に引きつける。その優雅な進撃と完璧に連動するように、中央の死角、逆サイドからは萩子が弾丸の如きフリーランニングでゴール前へと突進していた。


「アネゴーーーッ! かっけぇッスーーー!!」


 ベンチから赤音が叫ぶ。


 椛の右足から放たれた極上のクロスが、柘植駒のディフェンスラインの裏へと鋭く突き刺さる。


「っしゃあ! 後半のっけから、アタイらがもらうぜぇええ!!」


 完璧なタイミングで走り込んだ萩子が、浮き球にその強靭な肉体を合わせてダイレクトシュートを放つ――!


「その程度、私の敵ではないわッ!」


 ゴールマウスの前で、王麗央の猛々しい咆哮が響き渡る。

 萩子の放った強烈な一撃は、限界まで身体を伸ばした麗央の執念のセービングによって阻まれ、惜しくもゴールラインの外へと弾き出された。


 だが、冬の準優勝校の真の恐ろしさは、ここからだった。

 初手(猪鹿蝶)を凌ぎきり、ピンチをチャンスに変えた柘植駒高校は、間髪入れずに次なる凶悪な指し手を盤上に繰り出してきたのだ。


「《角行》! 《桂馬》! 《香車》! 敵陣を完膚なきまでに突き崩せぃッ!」


 麗央の采配の元、後半の主導権を握るべく、柘植駒が誇る三枚の主力駒が一斉に牙を剥く。


 まずはシャドーストライカーの《角行》こと行者ヶ谷(ぎょうじゃがや)角玲(すみれ)が、その真骨頂である斜めのフリーラン(ダイアゴナル・ラン)を発動。八々花のディフェンスラインの死角へと鋭く斜めに切り込み、敵のマークを強引に引き剥がしてバイタルエリアに歪(ひず)みを作る。


 そのわずかな隙間へと鋭く進入した変則FWの《桂馬》こと馬飼野(まかいの)桂里奈(かりな)が、角玲からのパスを受けるや否や、地上のプレスをピョンと飛び越えるようなトリッキーなループパスを前線のスペースへと供給。


 仕上げとばかりに、その浮き球の落下点へ向かって、ワントップの《香車》こと車折(くるまざき)香織(かおり)が、一本の槍の如く一直線にゴール前へと猪突猛進の突撃を敢行する!


 《角行》を起点とした攻めは、前半戦の《飛車》による単騎駆けにも引けを取らない突破力で、八々花のバイタルエリアを脅かす。


「舐めんなやぁぁぁ!!」


 そこへ猛然と食らいついたのは、時鳥藤乃だ。


「こちとら、実家ではジイジとの勝負で連戦連勝や! 将棋崩しなら負けへんで!」


 突撃する香織へ、藤乃が果敢にアプローチを仕掛ける。ゴールまでの最短ドリブルコースを潰そうと体躯をねじ込むが、香織の突貫力は轟(とどろき)飛(つばさ)にも引けを取らない。

 だが、藤乃の捨て身のディフェンスは無駄ではなかった。その動きに連動した小梅が瞬時に香織へと肉薄。完全にシュートコースを狭めた上で、あ(・)え(・)て(・)打(・)た(・)せ(・)た(・)。


「藤乃、小梅。いい仕事だ」


 二人のディフェンダーによる連携によって限(・)定(・)さ(・)れ(・)た(・)シュートなど、八々花の絶対的守護神、松明千鶴の前では取るに足らない。

 正(・)面(・)で(・)あっさりとキャッチし、間髪入れずにロングスローへと移行する。


 千鶴の強靭な右腕から放たれたボールは、柘植駒高校の強力なプレスラインを頭上から鮮やかに飛び越え、低く鋭い弾道でセンターバックの幕ノ内 桜の足元へとドンピシャのタイミングで届けられた。


 千鶴から、桜へ。


 地上の将棋盤の包囲網を完全に無力化するように、中空を割って繋がったその鋭いパスこそが、八々花が水面下で仕込んでいた次なる美しき『役』の、最初の一手だった。


 幕ノ内桜はボールを受けると、瞬時にピッチ全体へと視線を走らせる。

 前半戦であれほど鮮烈なピンボールパスを見せつけた神酒盃(みかづき)菊鞠(ひまり)は、後半に入って柘植駒の徹底的な警戒対象となっていた。完全にマークされ、がっちりと《歩兵》の籠の中で「生け花状態」に封じ込められている。


(――ならば、こっち!)


 中央がハメ殺されているなら、狙うべきは包囲網の外側。

 桜は迷うことなく右足を一閃し、柘植駒の網を外側から切り裂くような鋭い低弾道パスを右サイドの広大なスペースへと配給した。


 ダイアゴナル・ランは、柘植駒の《角行》の専売特許ではない。

 その光の軌道の先へ――お返しとばかりに、薄満月もまたダイアゴナル・ランで柘植駒のバイタルエリアへと飛翔する。


 八々花が誇る孤高のライトサイドハーフ――薄 満月。

 右サイドのタッチライン際から中央へと斜めに爆速で切れ込み、桜からの極上パスをトップスピードのまま、吸い付くようなトラップで完璧にコントロールしてみせた。


(道風さん!――自由すぎますっ!?)


 ボールを受けた満月だったが、その次の供給先であるはずの道風柳はというと、敵のバイタルエリア付近、《金将》と《銀将》の間をくるくると旋回していた。


 将野金華・銀華の双子ボランチが形成する、柘植駒高校が誇る最も強固な中央の防壁。その『金銀』のマークの網の目をあざ笑うかのように、柳は雨を愉しむ燕の如く自由奔放なステップで、ピッチの上を雅に舞い踊っている。


 完璧な定跡でハメにいったはずの金華と銀華は、あまりにも予測不能で奔放なその足さばきに完全に目測を狂わされ、お互いの距離感をバグらせていた。


(もう知りませんっ! 道風さんが勝手に合わせてっ!)


 満月は心の中でそう吐き捨てると、その「規格外の天才」に向けて、柘植駒の金銀の隙間を真っ二つに叩き割る強烈な縦パスを力尽くで突き刺した――!


「にゅっ!!」


 薄満月から送られてきたパスは、その投げやりな内心とは裏腹に、吸い付くように道風柳の足元に収まる。


 しかし、柳はすぐには打たない。

 ボールをキープしたまま、先ほどと同様に《金将》と《銀将》の間を同じスピードで旋回し続ける。


「なっ、コイツ!」

「バカにしてぇっ!!」


 完璧な規律とシンクロを誇るはずの将野金華と銀華の双子ボランチが、焦燥と怒りのあまりに顔を真っ赤に染め、同時に柳へと飛びかかった。


 だが、それこそが柳の狙いだ。

 この旋回はただの囮ではない。


「自分こそがゴールを脅かすストライカーだ」という、剥き出しの殺意の誇示。

 飛びかかってきた二人の重心が完全に浮いた、その一瞬の刹那。

 柳は不敵に喉を鳴らすと、金華と銀華の二人の股の下、わずかに空いた隙間を縫うように、地を這う鋭い極低弾道のシュートを放った!


 視界を遮られ、完全に反応の遅れた柘植駒のディフェンス陣の股を抜け、ボールは弾丸の如き速度でゴール左隅へと襲いかかる!


 完全に死角(ブラインド)となっていた金銀の股の下から、凄まじい速度で地を這ってきた弾丸ライナー。

 だが、柘植駒の《王将》――王麗央の執念は、その絶体絶命の軌道すらも視界に捉えていた。


「うおおおおおおッ!!」


 巨体を地響きが鳴るほどの勢いで滑り込ませ、己の限界を超えて右腕を突き出す。


 ――バチイイイィィンッッッ!!!


 指先が辛うじてボールの皮を捉え、柳の渾身のシュートはわずかに軌道を変え、ゴールポストのすぐ外側、コーナーラインの外へと弾き出された。


 「フゥーッ! フゥーッ!」と、獣の如き荒い息を吐きだす麗央。

 柘植駒の堅牢な《王将》は、八々花の『光』の猛攻を前にしてもなお、未だ破られはしない。


 だが、ボールが外へ出てプレイが途切れたその瞬間、スタジアムに鋭い電子音が鳴り響いた。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!


 後半戦は、猪鹿蝶の攻撃から始まりました。

 そして柘植駒高校のポゼッション。

 《角行》の行者ヶ谷角玲に《桂馬》馬飼野桂里奈、《香車》車折香織の三名。

 全員を登場させきることができました。

 行者ヶ谷という苗字は実在はしません。フィクションだから、別にいいよね!神酒盃なんて変わった苗字だって存在しないんだから!

 ちなみに、「薄」と書いて「すずき」と読ませる苗字は実在するらしいです。かなり珍しいですが。


 そして彼女のダイアゴナルランは、如何にも《角行》!という感じになりました。

 あとは《桂馬》のループパス。

 やっぱり将棋、意外とサッカーと親和性高いのでは……(暴論)。


「藤乃ちゃんの将棋崩しパワーワードすぎるww」

「柳の旋回が可愛い」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、次話の執筆スプリントへの大きな励みになります!


次回、第107話【「――獅子舞の 抜け殻となる 畳かな」】。お楽しみに!

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