「まずは、雑巾がけのダッシュを100本――40秒で支度なさい。愚図は嫌いよ」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
https://ncode.syosetu.com/n7086km/58
同好会から部へ昇格したことで、より大きな部室を使わせてもらえることとなった。
そのためにサッカー同好会あらためサッカー部の一同は、今日はお引越し。
「おい一年坊主。あまり無理すんなよ」
自分の背丈よりも高く積んだ段ボール箱を抱えた赤音を見かねた萩子が声をかける。
「大丈夫ッス! アッシ、こう見えて力持ちなんで!」
「へっ、言うじゃんか!じゃあ、アタイと競争だ!」
「負けたほうがジュース驕りッスね!」
ドタドタドタッ――!!
廊下を猛スピードで駆けていく二人。
「二人とも走るのは危険ですからおやめなさい!――ああもう、萩子さんが二人になってしまったではありませんか!」
新部室へ運ぶために高級な茶葉の缶を大事そうに抱えた牡丹が、お上品な声を思いきりひっくり返して廊下の先へと絶叫した。
クラス替えのないこの学校において、1年前から変わらないはずだった平穏な日常に、最大級にうるさい爆速の野生児がもう一頭増えてしまった事実に、めまいを覚える心地でため息をつく。
そんな牡丹の姿を、新入生の青衣はきゅるんとした羨望の眼差しで見つめていた。
「牡丹お姉さま、ご苦労なさってこられたのですね」
そんな牡丹の姿を、新入生の青衣はきゅるんとした羨望の眼差しで見つめていた。
あの手の付けられないイノシシ(萩子)を日常から見事に手懐けている(と思い込んでいる)本物のお嬢様への、最大級の信愛の告白。
「へっ? え、ええ、そうですわ。青衣さんも、あの赤音さんと3年間一緒になられるわけですから、しっかり手綱を握っておくべきですわよ」
突去として飛んできた熱烈なバトンに一瞬だけ素の声を漏らしつつも、牡丹は何食わぬ顔で再びお嬢様の仮面を被り直してみせた。
そんな喧騒のすぐ後ろ、猛獣たちの爆走を尻目に、どっしりと腰を据えて重い家具を運ぶ一団があった。
「桐子、無茶するな。お前は休んでいろ」
千鶴が一人で軽々と部室用のテーブルを運びながら、その隣で「ふぅ、ふぅ」と息を切らせながらパイプ椅子を運んでいる桐子へと声を掛ける。
「大丈夫、大じょ――おっと、」
大怪我から回復し、リハビリをしたとはいえピッチ上では5分間しか戦えない体。
そんな体で無理に荷物を運ぼうとして躓いて転びそうになる桐子。
だが、その身体が床に落ちるより早く、千鶴の長い腕が即座にその細い肩を片手でしっかりと支えた。
「ほら。運ぶんなら、軽いものにしておけ」
「……ごめん。ありがと、千鶴」
小さく息を吐いて微笑む相棒に、千鶴はいつもの頼れる守護神の顔で静かに頷くのだった。
そして、そのすぐそばに控えていた柳が、桐子が落としたパイプ椅子を「んっ!」と持ち上げると、タタタッと駆けていく。
何気に萩子や赤音に張り合いたいらしい。
「ああもう、道風さんまで。――廊下を走るのはマナー違反ですよっ!」
走る野生児たちにため息をつきつつも、彼女はちゃっかり職員室から台車を借りてきて、重い資料の類を綺麗に載せてスマートに運んでいる。
怒っている本人が一番ルール(文明の利器)をハックして楽をしているのが、実に彼女らしかった。
そんな賑やかな廊下の風景のなか。
「いやぁ、眼福だねぇ。そうは思わないかね?サクラちゃん」
ノートパソコンや周辺機器の入った段ボールを抱えたカスミが、隣を歩く桜に声を掛ける。
「じゅるっ――はっ!べ、別にきりさんとちづさんを見て、『てぇてぇ』なんて思ってないからね!」
慌てて正面を向き直る桜だったが、その口元からガッツリと漏れ出たよだれと限界オタクの魂の叫びは、隠し通すにはあまりにも手遅れだった。
「否定は、雄弁に肯定を語るってね。ニシシ」
悪戯っぽく笑うカスミの鋭いツッコミに、桜は顔を真っ赤にして「う、うるさいなぁ……!」とノートの束で顔を隠すのだった。
そんな賑やかな2年生たちの荷物運びの列の、一番最後尾。
台車を押す満月のすぐ後ろで、新入生マネージャーの春日井恋々は、ビブスの入った一番軽い段ボールを大事そうに抱えておずおずと歩いていた。
目の前で繰り広げられるのは、スマホの動画の向こう側だった世界。
ずっと憧れていた先輩たちの楽しそうな掛け合いを、いま、こうして特等席で見つめている。
(……やっぱり、この部に入って、本当に良かったです……!)
胸をこれ以上ないほど温かく弾ませるココに、「ココちゃん、無理しなくていいからね。重かったら言ってね」と、おっとりとした笑顔で振り返りながら一緒に並んで歩くのは、菊鞠だ。
「あ、だいじょうぶでひゅ!……あっ、あうぅ」
緊張と一生懸命さのあまり、大好きな菊鞠の前で見事なまでに舌を噛んでしまい、慌てて両手で口を抑えて顔を真っ赤にするココ。
きゅるん、と効果音がつきそうなそのドジっ子ぶりに、「んふふ、可愛いですねぇ」と、菊鞠の頬もいつも以上にふにゃりと緩んでしまう。
そんな2人のすぐ隣を、あやめが大きなホワイトボードを「コロコロ、コロコロ……」と小気味よい音を立てて転がしながら並んで歩いていた。
戦術を立てるために使う、イレブンの大事な相棒をマイペースに押し進めながら、最後尾からイレブン全体の和気あいあいとした背中を、優しい眼差しで見守っている。
――その時、遥か廊下の先、新しい部室の扉の前から、再びうるさい喧騒が響き渡る。
「二人とも、廊下は走るなと言いましたわよね!? これでは新入生の教育に悪くてよ!」
新部室の扉の前で、優雅に腕を組んで仁王立ちで一喝したのは、副キャプテン(または仕切り役)の牡丹だった。
最後尾のあやめ達が追いつく中、爆走してきた萩子と赤音は「ゲエッ、牡丹(先輩)……!」と一瞬で直立不動になる。
そうして全員が辿り着いた、従来の同好会部屋の倍以上の広さを誇る、真新しい「サッカー部室」。
その開け放たれた扉の向こうから――。
「ねーマジ遅っ! あーしらが秒で運んだぶんの片付け、もう終わっちゃったんだけど! 完全にヒマヒマ確定演出じゃん!」
と、スマホをいじりながらぷんぷんと怒った顔で出迎えたのは、先回りで部屋の整理を終えていたマネージャーのまつりだった。
「ほんまやで。小梅なんか待ちくたびれて床で行き倒れとったわ。事件現場か思うて、警察に電話するとこやった。ほら小梅、いつまで寝とんねん、はよ起きぃな」
ダンボールをデスク代わりにお茶の準備を進めていた藤乃が、床に突っ伏して寝ている小梅の肩をポンポンと叩く。
「ほ~~~、け、けけけ、けキョっ!?」
まるで、自身の苗字に冠するウグイスのような絶叫とともに起き上がる小梅に、部室の全員の緊張が一気にふにゃりと解け、ドッと温かい笑いが広がった。
「あ、みんなお帰りなさぁい……」
恥ずかしさのあまり頭のアホ毛がペタン。と髪の毛の中に隠れる小梅の姿に、新入生たちも一瞬で緊張が解けて笑顔を咲かせる。
新しい、そして広くなった部室。名実ともに『サッカー部』としての、これ以上ないほど温かいスタート。
――ガチャン。
そんな和気あいあいとした空間の空気を切り裂くように、部室の扉が静かに、けれど逃げ場のない音を立てて閉められた。
いつの間にか、部屋の入り口に人影が立っている。
「「「(げっ……天堂総監督……っ!?)」」」
二年生たちの背筋に、一瞬で極上の戦慄が走る。新入生3人は「え、この怖すぎる人、誰……」と本能的な恐怖で身を寄せ合った。
「微笑ましいお引っ越しごっこはそこまでになさい、貴女たち」
冷徹に、けれどどこか愉しげに両手を叩きながら、天堂総監督が絶対零度の光を宿した瞳でイレブンをロックオンする。
「インターハイに登録した以上は頂点を目指すのでしょう?神園や一文字に勝つためには、僅かな時間も惜しいの。」
天堂がすっと机の上に滑らせてきた書類には、黒々とした『インターハイ予選トーナメント表』、そしてその下にびっしりと書き込まれた、従来の3倍の密度を誇る『新・おかわり特訓メニュー表』の文字。
「まずは、雑巾がけのダッシュを100本――40秒で支度なさい。愚図は嫌いよ」
組織としての格上げという栄光。
そして同時に突きつけられた、確定した地獄の夏の幕開け。
「それはまさに、『戦々恐々』という言葉そのものであった――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
サッカー部となったことで、部室も大部屋へと変更となりました。
今回はそのお引越しということで、それぞれのキャラクターの個性を出しつつ、全員を書き分けてみようと思いました。
ん?鹿戸……椛……?
も、椛さんはきっと、部への昇格か、インターハイの届け出かのどちらかで忙しいんですよ、きっと!(ふひゅ~、ひゅ~♪~(´ε` ))
「萩子が二人に増えたw 牡丹さん、苦労人だw」
「ココちゃんアザトース」
「天堂総監督、某ドーラ化しとるw」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
そして、第100話から開催中の【第1回キャラクター人気投票】も、コメント欄にて絶賛受付中です!
★【投票締め切り:第105話の更新まで!】★
見事【1位】に輝いたキャラクターには、新章のひと区切りとなる【第123話あたり】で、そのキャラが最高に輝く『単独主役回(センター回)』の執筆を完全確約いたします!
次回から、インターハイ予選、でしょうか?
第104話もお見逃しなく!




