ブローチと懊悩
「おお、婿殿。呼び付けてすまなんだな。」
フェラルドとイーゼルトが、ギルバートの待つ部屋に入ると、彼は大仰に両手を広げ迎え入れた。
その部屋はギルバートの私室の続き間になった居間だった。
金キラな装飾の家具や置物に埋め尽くされ、見栄の塊のような部屋だ。
憎き隣国へ戦が仕掛けられ無い程、財政が苦しい割りには、無駄に豪華である。
二人は内心呆れたが、強欲で野心家のギルバートにはよく似合うと思った。
フェラルドはギルバートに促され、部屋の中央にあるソファーに腰かけた。
「いえ、何かご用でしたか?義父上殿」
フェラルドはやや警戒しつつも話しかける。
「いやな、今回招待したのは他でもない。七日後に開かれる王家の秘宝のお披露目会の為だ」
「ええ、そう存じてますが」
「それで何だが、せっかくジルンタールの若き国王である、婿殿が来ているのだ。ぜひ貴殿に秘宝を付けてパーティーに出て貰いたい。
その方がお披露目パーティーも、さぞや盛り上がる事であろうに」
(また何を企んでいるんだ?)
フェラルドは内心で舌打ちした。
「秘宝とはどの様なものなのです?」
「そうであったな。これへ持て」
ギルバートは最後だけ近くに控えた従者に言うと、最初から用意していたらしいその秘宝の箱を、従者はフェラルドの前のテーブルに静に置いた。
「開けても?」
「もちろんだとも。メイスィル王家の大切な秘宝だ」
柔らかな高級革張りの小箱を、フェラルドは静かに開ける。
そこにはビロードの布地に乗った、大粒のブルーダイヤのブローチがあった。
石は大粒のいちご程の大きさもあり、周りには小粒のダイヤが縁どっていた。とてつもなく高値に見える。
「どうだね?ブルーダイヤでこれ程の大粒はなかなか見ないであろう?」
「…………ええ、見事ですね。」
「これは『マーメイドの涙』と言ってな、代々メイスィル王家に伝えられてきた秘宝なのだよ。ほぼ国宝と言っても過言では無い。警備の面でも婿殿のもとなら、心配はいらんであろうからな。どうだね、頼まれてくれるかね?」
「分かりました。そういう事ならお引き請けしましょう。」
「おお、そうか!そう言って貰えて良かった!では、最終日のお披露目パーティーまで貴殿が預かっておいてくれ。
いやぁ、今からお披露目の時が楽しみだよ。」
やけにご機嫌で礼を言ってくるギルバートを、フェラルドは不信感を隠す事無くじっと探り見る。
だが正直な所、フェラルドの心中は其れどころでは無かった。
早く部屋に帰りたい。もしかしたらリーナがもう起きているかもしれないからだ。
「御用はそれだけですか?では私はこれで失礼し……」
フェラルドは逸る気持ちで立ち上がろうとしたが、その前に待ったの声がかかった。
「ああ、待ってくれ婿殿。リーナに後で儂の所に来る様に、伝えておいてくれないだろうか。」
「…………分かりました。伝えておきますよ」
最後だけ娘に溺愛する親バカっぷりよろしく、必死さがにじんでいたので、フェラルドは少しだけ同類の憐れみを感じて、苦笑した。
この後すぐ、二人は『マーメイドの涙』を持ち、ギルバートの部屋を辞した。
****
フェラルド達が退室した室内では、ギルバートが密かにほくそ笑んでいた。
「小童め、調子にのりおって。いつまでも我が愛する娘を自分のものだと思うなよ………!おい、クラーデルを呼べ。」
ギルバートは近くに控えていた従者に命じた。
暫くすると、くすんだ赤毛の肥えた初老の男性が入室して来た。
「お呼びでしょうか?我が敬愛する国王陛下」
慇懃に頭を下げるクラーデルに敬うという殊勝な心根など無い、強欲でせこく弱い男だという事をギルバートは良く知っている。
「うむ。鉱石の方は順調のようだな。クラーデル」
「はい。勿論でございます。このクラーデルに抜かりはございませんよ陛下。」
クラーデルは、嘘くさい笑みをうっすら浮かべ自身が持ちかけた策は完璧だと、ギルバートに自信を見せた。
「そうか、頼もしいなクラーデル。それでなんだが、先程あの小童にブローチを渡した。」
「まことでございますか。では、例の役なのですが、一人適任者がおります。ぜひ陛下にお目通りさせて頂きたいと思うのですが、お呼びしても宜しいでしょうか?」
「適任者?誰だ?」
「はい、実は……」
クラーデルの口から出た名は意外な人物だった。ギルバートは多少の意表を突かれたが、話を聞くにつれ確かに上手く使えそうだと思った。
「よかろう。連れてくるがよい。」
「畏まりました。ありがとうございます。では早速連れて参ります」
どうやらクラーデルは、既にその者をすぐ傍で待機させているらしい。入口の扉を開けてその者へ入室を促している。その様子をじっと見つめ、ギルバートはひっそりと皮肉げな笑みを浮かべた。
(あの卑小な金と権力しか頭に無い小悪党らしい考えだな。愚かな浅知恵の思惑が丸見えだわっ。まぁ、リーナを取り戻せるのならば、相手次第ではそれも良しか…。扱い易い男ゆえ側に置いてやっているが、いざとなれば切り捨てるまでだ)
その後すぐにクラーデルが連れて来た人物を紹介すると、ギルバートはこれはなかなか面白い…と、内心一人ほくそ笑んだ。
****
フェラルド達は滞在中の家である、迎賓館の書斎に戻ってきていた。
「ブローチなど安易に預かって良かったのですか?何か裏が絶対ありますよ。分かっているんでしょう?聞いてますか!?」
部屋に入るなりイーゼルトは、いそいそと続き間に向かおうとしているフェラルドに問うが、彼の心はここに在らずである。早くリーナの部屋に行きたいのだ。
フェラルドはリーナに会いに行こうとしていたのを邪魔されて、若干鬱陶しそうにイーゼルトへと振り向く。
「分かっている……。だが、そんな事にいちいち警戒しているのもムカつくだろう?仕掛けるなら仕掛ければいい。この俺に喧嘩を売った事を死ぬ程後悔させてやるまでだ」
ふんっ!とフェラルドは鼻を鳴らす。
「相変わらず俺様ですね。とても頼もしいのですが、今は敵の懐真っ只中です。少しは警戒もして下さいよ。」
「あまり警戒しすぎても、何も出来ないだろう?まあ、何を仕掛けてくるか知らんが、餌に食いついてやったんだ。後は向こうの出方を待つのみだな。」
「待つのみって……。全く、分かっててワザと乗るとか、どんだけ喧嘩上等なんですか?あなたは……」
はぁ~っと呆れ気味にイーゼルトは息を着いた。
「もういいだろう?俺はリーナの部屋に行く」
「……………」
くるりと背を向け、続き間の扉へと向かうフェラルドに、イーゼルトは思わずまた声をかけた。
「あ……そういえばっ!ミランダ嬢は何かクラーデル大臣の事を話しましたか?」
急にまた声をかけられ、フェラルドはさらに鬱陶しそうに眉間に皺を寄せながらも、怪訝に振り向く。
「お前それ、後でもいいだろう?俺は今からリーナの部屋に行くと言ってるんだ。邪魔をするな」
フェラルドは何度も止められて、イライラとしながら言い置くと、そのまま扉を開けて続き間へと消えて行った。
書斎に一人残されたイーゼルトは、手で顔を覆うと大きく息をついた。
「はぁ~っ何やってんだ俺は…バカだろ。相手は結婚してるのに……」
(えっ…?相手?何言ってるんだ俺は?まてまてまて、そもそもなんで今邪魔したんだ?邪魔なのか?オレは邪魔をしてたのか?
確かにあんな話シエルが帰ってきた後でもいいじゃないか。でも、何故か行かせたく無かった………。
リーナ様に会いに行く陛下が羨ましいとも感じた。
まさか…………でも、そうだよな。もうそれしかないよなぁ。ああ、やっぱり現実逃避しても無駄か…。何となく気づいてはいたんだよ本当は……。俺、残念ながらそれほど鈍くないしね。
ああ………でも、だからって簡単に受け入れられるわけ無いだろうが……)
「はぁ~……マジかよ……うそだろぉ……」
みんなのアイドル、美貌の王子様は、今まさに深い懊悩に陥っていた。
一方で、ルンルン気分でリーナの所に向かったフェラルドだったが、「まだお休みになられてますので、お引き取りを」とまたも無残にライラに追い返されていた。




