それぞれの戸惑い。(複数視点読みずらいかも)
あの後、リーナはまっすぐに自室まで戻ったが、彼女はその道程を全く覚えていない。
自室に戻ってみると、ライラの姿は無かったが、それも気づかない。
リーナは奥の寝室に飛び込むと、素早く鍵を掛けた。カチャリと静まり返った室内に、その音はやけに大きく響く。
そのままフラフラと寝台に近付くも、あえなくその手前で力尽きたリーナは、ぺたんと絨毯の上に座り込んでしまった。
(頭の中が何だかうまく働かない。どうしたのかしら?私は………。さっきの薔薇園のアレは何だったのだろう?確か、フェラルドさまとあの美人の女性が………抱き合っていた?のよね?どうして?
余り男女の事に詳しくは無いけれど、それでも……普通はあんな風に若い男女が抱き合ったりしないと聞いた。してはいけないと。それをするのは愛する者同士だけと………。
挨拶にしては長いと思う。挨拶のハグであんなに身体をぴったりくっつけはしないわよね?たぶん………。
身体がぴったりと、くっついてた。隙間無く。彼女の魅力的な大人の身体が、フェラルドさまの身体にぎゅっと…………。)
ズキン。
「っ!また………痛い」
リーナは慌てて自身の胸に手を当てた。そこには形良く膨らんだ乳房がある。決して小さくは無い。むしろどちらかと言えば大きい方だろう。
だがミランダの方がそれよりも大きかった。
「…………色っぽい方だったわ、とても……お綺麗で。フェラルドさまは、ああいった大人っぽい感じのほうが、お好きなのかしら?ドレスもとても大胆なものだったわ」
ミランダのドレスのデザインは、襟もとの開きがとても大胆なものだった。
下手な者が着ると下品に見えてしまうほどだ。
胸の尖端ギリギリまで大きく開いていて、胸の半分以上が丸見えな艶やかなものだった。
対してリーナのいつもの服装は、正反対なものだ。
レースやフリルがふんだんに使われた、ふわふわして可愛らしい感じのものばかりである。デコルテの開きも浅い。
リーナの年齢を考えると、ミランダの様な服装は別段おかしくは無い。
大人っぽいデザインが好きな子は普通に着ている。
別にリーナ自身そういった格好が嫌いな訳ではないが、周りから今の格好の方が、似合うと強く勧められた結果、可愛らしいデコルテの開きが浅い服装ばかりになっていたのだ。
何もかも自分とは正反対なミランダに、リーナの不安はどんどん募っていく。
(………やっぱり、男女の抱擁なのかしら?そういえば、セルジオ様も言っていたわ、新しい恋人じゃないかって………。
それって、弟のセルジオ様の目から見ても……やはり男女の恋仲に見えたと言う事?
まさか………そんな訳ないわ。だってフェラルドさまは私と結婚しているのだもの………。
でも………私達は和解の為の政略結婚だった。それに……本か何かで愛人と言うものがあるのを聞いた事がある気がする。
確か、結婚している男性が、奥さんに飽きたりして、外に恋人を作るとゆうものだったわ。
地位や権力のある貴人方に一般的に多いとか…………。
そういえば……さっきも部屋で、フェラルドさまは少しだけいつもと違った。
頭も撫でてくれなかったし、少し怒ってるみたいで………何だか……冷たかった。
もしかして、子供の私に飽きて………嫌になったから、大人の女性であるセルジオ様のお姉様を恋人にしたのかしら?
それとも、もっと以前から恋人同士……だったとか?
恋人。
何より大切な好きな人………。
誰よりも………。
……っ!イタタ……。止めましょう、フェラルドさまは私を大切と仰っていたわ。疑ってはダメよ)
「……でも、フェラルドさまは、お優しい方だわ。」
(本当は、和解の為にこんな子供の私と、結婚するはめになって…恋人と結ばれ無くなってしまったとか?
だけど、愛する人と離れられなくて………でもお優しいフェラルドさまは私が傷つくといけないから、ああやって陰で逢瀬を重ねるしか無くなった………とか。
本当に、そうなのかしら?)
恋愛経験値ゼロに等しいリーナは、侍女の噂話や本などで聞き噛じった、僅かな知識だけで、偏った妄想に考えふけっていた。その時、ふいにリーナの耳に寝室の扉を控えめにノックする音が聞こえたので、思考の底なし沼からようやく脱出する事が出来た。
「はい。どなたです?」
「ライラです。リーナ様、扉に鍵が掛かっている様ですが……何処かお身体の具合でもお悪いのですか?心配なので、よろしければ中に入れて貰えないでしょうか?」
本当に心配そうなライラの声が聞こえる。リーナは自分のせいでライラに余計な心配をかけてしまった事に、急に申し訳なくなる。
彼女は真面目で優しい侍女だ。だから、リーナはライラを安心させる為、努めて明るく返した。
「………ライラ。ありがとう、大丈夫だから心配しないで。ちょっと眠くなっただけだから。………夜の舞踏会まで少し寝るわね」
「…………そうですか。分かりました。では、その頃に又伺います。リーナ様………ゆっくりおやすみ下さいませ」
「ありがとうライラ。おやすみなさい」
リーナはライラにそう返すと、これ以上考えてもろくな考えにならなさそうなので、なぜか胸もズキズキ痛いし、本当に少し休む事にした。
だが寝台に横になるも、彼女が寝つける事は無かった。
****
扉の前で暫く立ち尽くしていたライラも、リーナの寝台の衣擦れの音を聞いて、ようやくその場を辞す事にした。
よほど中を覗いて様子を観ようとしたが、流石に緊急事態でも無いのに無神経過ぎると思い直して止めた。
以前なら確実に覗いて、中の様子を逐一細かくイーゼルトに報告しただろう。
そんな自分の変化にライラは少し戸惑うも、決して嫌では無く、むしろ嬉しさを感じていた。
(これは、リーナさまの影響かしら?変な感じね。
優しい……か………。)
もちろん今でも、殺る命令が下れば一秒も迷わず対象を殺れる。
罪悪感など無い。そうやって訓練を受けて来たから。
悪を倒し陰から国を護る、例えそれが殺しでも私達は誇りを持って使命を果たしている。国を護るのに、時に正攻法だけでは立ち行かないからだ。
笑って殺るほど悪趣味では無いけれど……何処かの(もとい自分の)お菓子大好き隊長のように……。
でも、端から見たら自分も対して違わないだろう。むしろ隊長寄りかも知れない。
無表情で無感情でサクサク斬り殺すのだから。
同じ零隊員からもクールだと良く言われる。零隊においては一応称賛になる事だ。
迷いは死に繋がる。だから、同情や罪悪感は一番良く無い。対象は障害物それ以上でも以下でも無い。生命ある者と考えてはいけない。さすれば人は必ず何ミリかは罪悪感を抱いてしまうから。
でも、人間そう上手くは切り替えれない。寄り優られた零隊にも、何人かは未だ寝ている時にうなされている。迷いが命取りとなり死んだ者も少なく無いのだ。
零隊なのだから、優しさなど邪魔でしか無いはずなのに。
でも、リーナ様に優しいと言われると、嬉しいと思ってしまう。実際には特に優しくなったつもりも無いし、なっていないと自分でも思う。
只、リーナ様は余りにも純粋だから、そう思ったのだろう。
人を疑う事を知らなさ過ぎる。たとえ刺客と知らずとも、私を優しいと言うものはまずいない。不必要に人間関係を築きたく無いから、最低限のコミュケーションしか取っていないのだから。
でも、もし本当に優しくなったなら、それは彼女に対してだからだろう。
リーナ様は鈍くさいし世間知らずだし、頭もそれ程良く無いだろうし、致命的な方向音痴だし、顔に似合わず以外にもお転婆で色々迷惑だけど、妹のように可愛い………。兄弟はいないけれどきっとこの表現は合っていると思う。
真っ白で余りにも純粋だから黒い自分には眩し過ぎると感じる時もある。
けれど、それでいても、つい白い光りに縋りたくなる自分もいる。多分だが真っ黒な自分をその強い光で包み、浄化して欲しいと何処かで願っているのかも知れない。
何よりあの激しく刺激される庇護欲、アレに抗える者など居るのだろうか?
あの陛下が惹かれた理由が…………何となく分かる気がする。
「…………………。」
そこまで考えて、先程のフェラルドと爆弾乳女の抱き合いシーンが脳裏をよぎり、ライラは否定するように強く首を振る。
例え何の意味も持た無い抱き合いだろうとも、あれ程可愛がっていた妻を裏切るような振る舞いには、やはり理解出来ない。
了承の元で、抱き付かせたには違いは無いのだから。
ライラは自身の絶対的主に初めて少しムカついた。
****
茶会を終えたフェラルドは、あの後すぐに戻って来たイーゼルトを従えて、自身の部屋に戻って来ていた。
本当は先程の部屋での事もあるし、リーナの様子を見に行きたかったが、彼女は今は寝ているとライラから追い出しを食らってしまい、残念ながらお預け状態となったのだ。
その時のライラの顔が、どことなく睨んでいるように見えたが、そういえば彼女は元からああいう冷たい表情だと思い直し、気に留めるのを素早く止めた。
ライラの存在は以前から知っている。
とても優秀な女性の零隊員だとシエルから聞いていたからだ。
そしてリーナの侍女に付ける様に指示したのも自分だ。
だがきちんと面識を持ったのはここ最近の事だ。
四六時中リーナと一緒に居られる彼女に若干の嫉妬を抱いてしまうのは仕方ないではないか。
狭量と呼ばれてもいい。確かにその通りだ。こんな感情は生まれて初めてだし、イーゼルトにも微妙に呆れられた。
けれども、夫である俺には下手な嘘までついて隠して、あの侍女には秘密を打ち明けていると思うと悔しくて、ここ最近の我慢もあり、つい子供っぽい態度でリーナに冷たく当たってしまった…………。
嫌われてしまっただろうか?
いや、彼女に至ってそれは無い。やさし過ぎる娘だから。
でもきっと、いつもと違う冷たい態度に、戸惑ってしまったに違い無い。
早く会って、思いきり抱きしめてやりたい。そしてめちゃくちゃに甘やかしてやりたい。あの艶やかな髪をたくさん撫で梳いてやりたい。
それにしても、俺はこんなにも嫉妬深く、独占欲が強かったのか………。
女性にここまで入れ込んだ事は、初めてかも知れない。
今までも、女性関係が無かった訳ではないが、全て何処か冷めて見ていた。
女性に好きなタイプなど無く、強いて言えば、面倒くさく無く、話しても疲れない女だ。
そうなると自然と同じようなタイプばかりになったが。
そう言えば、さっきのあのミランダという娘は、そういった意味では今までの女性達と少し似ているのかもしれない。
「なるほど、だから喋りやすかったのか………。」
「………………。」
****
執務机につきながら、ぽそりと漏らした言葉に一人納得しているフェラルドを、脇に控えたイーゼルトは、横目でじっと探る様に見つめていた。
「…………」
イーゼルトはよほど言ってやろうかと思った「胸押し付けられて抱き合ってた場面しっかり見られて見事に勘違いされてましたよ」と。「しかも傷ついて泣きそうでしたよ」とも。
本当は、二人の為にも早く陛下に言うべきなのかもしれない。そう思いはするが、何となく自分からは言いたく無かった。
それが何故かは、自分でもよく分からなくて、正直戸惑いを覚えてしまう。
こんな事は今まで一度も無かった。
陛下のリーナ様への執着は近しい者なら誰もがもよく知っているからだ。
陛下の側近として、従弟として、彼の名誉と信頼の為にもいつもの自分なら直ぐに彼に伝えた筈だ。アドバイスと忠告付きで。
だが先程のリーナ様のあの傷ついた顔を見た時、何故だか忠誠を誓った陛下へ微かな怒りを覚えたのだ。きっとライラと同じ感情なんだろう。
(どうしたんだ?俺は………)
一応事情をライラには話してある。だから無責任かもしれないが、後は全て彼女にまかせる事にした。
もとより、リーナ様のケアは侍女であるライラの役目だ。わざわざ自分が出て行く必要は無い。
そうだ、自分が出る必要は無いのだ。
(事実、陛下とあのミランダという令嬢の間には何も無いのだから、リーナ様の誤解さえ解ければ何の問題も無いはずだ。)
そのうちリーナ様はライラから事情を聞いて、誤解はすぐに解けるだろう。
これ以上この件には関わりたく無い。
(リーナ様に、なぜだか今は近づきたく無い……近づいたらいけない)
何かが変わってしまいそうで、イーゼルトは正体不明の恐怖に囚われていた。
***
フェラルドの私室の一つである、書斎。今はここが簡易執務室だ。
フェラルドとイーゼルトの二人がそこで思い思いの思想に耽ってい時、やたら華美な扉から軽いノックと緊張ぎみな声がかかる。
「失礼致します。ジルンタール国王陛下、ギルバート国王陛下がお呼びです。大変申し訳ございませんが、ご足労願えないでしょうか?」
「「!?」」
フェラルドとイーゼルトはチラりと互いに顔を見合わせる。
(一体何の用だと言うんでしょうか?)
(さあな。まあ、ろくな用では無いのは明らかだな)
二人は外の従者に聞こえぬ程度に、声をおとして話す。
「リーナも連れて行くのか?彼女は今寝ているんだが」
「いえ、フェラルド陛下だけとの事です」
リーナ抜きとなると、いよいよろくな予感がし無い。
二人は眉根を寄せ、もう一度顔を見合わせると、合図のように同時に頷く。
「分かった。今行く。案内を頼む」
「恐れ入ります、ありがとうございます」
その後すぐに、フェラルドとイーゼルトは従者に導かれて、ギルバートの待つ居室へと向かった。




