36.知らなかった
流行り廃れ、また再度流行る物が多い昨今。基本的に仲間内での喧嘩はボディを狙われるため、顔だけは無傷なグレン・リーヴズ。
そんな彼は無事な筈の頭を抱え、机上に敷かれた質の良い布の上に置かれる品のよろしい紙に書かれたお手紙を前に呻いていた。
「あのドレスの布の生産地を保有しているムーアクロフド家夫妻だった」
「あら、旦那様知っていて参加したのかと……」
今回の社交界で本当は、とは言わないが、主要な出席者として呼ばれているのがムーアクロフド夫妻。水が豊かで土地も潤沢で、織り物が盛んな地域を有している。
現在こそ華美な作りのドレスが流行った事で凝り過ぎた柄の布地は敬遠されているが、質も良く伝統と文化が織り込まれた生地は東西南北どこで売っても高値のつく品。
「ストールはあのご夫妻の気に入りの職人が、弟子に取った人間の作品だった」
「旦那様、知っていて私に羽織らせたのかと……」
そんなムーアクロフド夫妻、領主であるマディソン・ムーアクロフドは特に織り物の職人への関心が強い。領地を潤す商品だからというだけで無く、芸術の域へと至る技を持つ職人への敬意が強い。
特に気に入りの職人の商品は自身も愛用しており、名も覚え、商談に来た商人へ布を並べどれが誰の作品か試すほど。それほど商品として扱う者への警戒が強いとも言える。
「僕の中ベストに使った揃いの布に刺繍させたところは、そこ出身の職人だった」
「旦那様ったら…本当に流行りの物以外はアタリを引くのね……面白い方…………」
弟子に取られた方も、刺繍させた方も、両方学生時代からの友人で、貴族の三男とか頭の良さを見込まれ貴族向けの職人に成るために学園に通っていた人間。
今でこそ売れっ子の二人だが、売れない職人の頃からグレンが金を投げつけ無茶な仕事を頼み込んできた二人。
アクロバティック過ぎる縁の繋ぎ方、ベラドナは感心六割面白い四割の表情で夫の旋毛を見つめ、話を続けさせる。
「取引の方はどうなったの?」
「好調過ぎて怖いです、明日僕死にませんか?」
「私が死なせませんわ、麗布の楽園カサドランド…ここ最近で悪い噂も聞きませんし、夢でも特に何も……どう転ぶかは旦那様の手がかかるかどうかで変わる……まぁ、よろしいのではなくて?」
「怖いこと言わないでください」
今度こそ呻き沈んだグレン。椅子の軋む音と、どうにも不安そうな、今にも消えてしまいそうな声で精霊の気紛れにより予知夢を見たベラドナへと問いかけた。
「…僕が成功しているのは、精霊の夢のおかげですか」
「いいえ、貴方自身の力よ?だって旦那様、私が細身のドレスを着て行った日の後、いまの流行りを追って仕入れたべっこうの髪飾り、在庫として封印することになりましたでしょう?」
「……………精霊の夢のお告げですか」
「いいえ?貴方自身の失敗ですわ、何でも夢のせいにするのはおやめになって」
ぐぅの音も出ない事実と言葉に天を仰ぐグレン。暫くグネグネグダグダと椅子の上で悶えていたが、ふと、斜め前に椅子を寄せ座るベラドナへと視線を向けた。
視線に気付いたベラドナは見られていることに気付き、微笑み返して自分の身体へと向いた視線の意図を聞く。
「……どうなさったの?」
「…………最近、薄着ですねベラドナさ…ベラドナ」
「ええ、流行りですもの」
「上着羽織りません?」
「……御見苦しいようなら、そうしますわ」
「あ、いえそうでなく」
自分の身体を軽く抱いて立ち上がり、誰かに上着を持って来させようとしたベラドナを引き留めるグレン。
少し期待したような熱っぽいベラドナの視線に気付いていないだろう彼は、般若の形相の従業員が用意した在庫一覧に載っている、衣服の欄を指差した。
「上を着てもらうついでに他の在庫も捌けないかと、カサドランドから昔安売りしてた時に買った在庫は腐るほどあるので」
「強かねぇ、そんなところも好きよ…」
昔々にムーアクロフド領主が騙くらかされ、底意地の悪い商人が、流行りが廃れ売れなくなった商品を在庫処分として若い経験の無い商人へと二束三文で押し付けた。
流行りは巡るが、長い間陽の目を見る事のなかった在庫の山。ベラドナはグレンが選んだ物を着て方々へと出掛け、その流行っていた時代に生きていた人間はクローゼットから引っ張り出して仕立て直し着る。
少し年嵩のご婦人達が素敵な物を着て出てくる。それを自分達に合うようもう少し凝った作りや、柄の物を探し作らせる若いご令嬢達。
そりゃもう流行最先端に無理やりしたので在庫は売り上げに大化け、ウッハウハの白狐商会。しかも取引先の覚えも好感度も最高潮、天下取ったりも当然である。
「案の定ドレスの売れ行きは好調どころか、洒落にならないですよ、馴染みの服飾の職人が二、三人ほど仕事ハイで倒れました」
「あらあら…」
「硝子細工全体の値が上がり、対照的に宝石類は下がりました、木製品は落ち着いたし…装飾品の派手さはそのままかわざと控えめなモノに変わる、シンプルな服装が流行り凝った作りをしている布製品の値段が跳ね上がるだろうから……」
ぶつぶつ呟きながら紙へとペンを走らせるグレンの横顔を、隣に椅子を持ってきて座るベラドナはニコニコと微笑みながら見つめ続ける。至近距離で。
気にしないように羽根ペンを動かしいていたグレンの手の動きが緩まり、気まずげに度々止まるようになり、ついに紙からペン先が離れてしまった。
「…………近いんですが」
「……何を書いているのかさっぱりだわ」
「覚え書きですから、字が汚くてもいいんですよこれは」
「私、次は化粧品が欲しいの、選んでくださらない?」
「は?ドレスと硝子細工で手一杯…」
「倉庫の中、試作品は沢山あるでしょう?入れ物だけ、とか、中身を作って、最後の踏ん切りがつかない商品……」
頬杖をついて顔を覗き込むベラドナ、行儀の悪い姿勢でもその美しさは変わらず、愛しい人へと向ける笑顔も変わらない。
「私で試してくださらない?」
一言だけ。その誘うような一言だけでグレンの目の色が変わる。どんなに近かろうと、一切気にする事なく見つめ返してくるその瞳がベラドナはとても好きだった。
さっさと部屋を出ていき、とっとと戻ってきて、ベラドナの前に並べられた小さく可愛らしく煌めく色とりどりの硝子の貝殻達。その中の一つを開き、中の薄桃色をベラドナに見せるグレン。
「…………ぇー、夜でも唇を美しく保つ、という売り文句で出そうと思っていた、色付きの保湿リップです…」
「可愛らしい形、貝殻に入っているだなんて素敵ね」
「模した入れ物ですけれどね、あぁ、開くところ、ヒンジ…関節部分はあまり遊ばないでください、壊れやすいので」
ベラドナの手のひらに一つ置き、開けて閉めてを繰り返す彼女へと少しだけ注意をする。つるりとした表面を撫で、日に透かしてみるベラドナ。
彼女が指を揺らすたび、中に入れられた金箔がキラキラと輝いた。
「そうなの…色も淡くて綺麗だし、蓋の部分の細工も、中に金箔を貼っているの?」
「中身が見えないようにと貼りました、少し値段の高いものだけですけれど、あとは気泡が硝子部分に入っていたり、色付きのがいくつか…」
「可愛い…色が違うものは揃えたくなるわね……」
「お気に召したようで何よりです、ですが、まぁ中身は美容に効果はあるとはいえ化粧品、わざわざこれを使う理由は」
「あるわ」
ある、と言い切ったベラドナは硝子の貝殻から視線を外す事なく、宝石とはまた違った優しい煌めきに目を細め答える。
「外見が素敵であれば欲しくなるの、結構単純なのよ、人間って」
「……ベラドナ、が、言うと説得力がありますね」
「ふふ、でもそうね…中身は薄い桃色だけ?」
「はい、色について問題が?」
「無いわ、けれど、透明な保湿リップもあると嬉しいわね…枕カバーや寝巻きに色がついてしまうと目立つことがあるし……」
「なるほど、参考にさせていただきます」
「それ以外は私はとっても好き、とくに、この薄緑のモノ……可愛らしいわねぇ…………」
グレンに渡され、自分の指で摘んで遊んでいたベラドナだが、他の色よりも確かに緑色の貝殻によく触れ、自分の近くに置いていた。
彼女の事を方々に聞いて回ったグレンは、ベラドナの表情を見て、誰からも聞いたことは無い彼女の好きな色をやっと知る。
「……緑がお好きなんですか?」
「えっ?みどり……私が………?」
「ベラドナさ、ぁー、ベラドナは、先ほどからそちらの緑の容器を手元に置いていることが多いので、好まれているのかな、と……」
「…………そう」
本人すらも自分の好きな色を知らなかったらしい。俯き、特に自分の近くに置いている緑の貝殻を優しく指で撫でたベラドナは、どこか他人事のようにそっの呟いた。
「私、緑色が好きだったのね……」
そのどこか寂しげな声に違和感を感じつつも、小さく息を吐いたグレンはベラドナの手にその硝子で作られた緑の貝殻を渡す。
不思議そうな顔をするベラドナから視線を外しながらも、その一つを彼女の手に握り込ませた。
「…………いくつか差し上げますよ、それも含めて」
「嬉しい、大切に使わせて貰うわ」
こうしてベラドナが中でも外でも貝殻リップを使い続け、中身が無くなると入れ替えてもらい、方々へと自慢して回った結果。
グレンが執務室の机の下へと引き篭り、ずっと呻くようになってしまった。
うるツヤになった唇に手を当て、心配そうに執務室の入り口で様子を伺うベラドナの隣に、従業員の一人でありグレンの昔からの仲間であるデリクが立つ。
「旦那様ったら、頭を抱えてどうしたのかしら……」
「こんちゃす奥さま!うちの商会の貝保湿リップ、あれ"恋貝の口付け"って名前で売り出したでしょ?」
「あらデリクさん、そうね、売り上げは好調だとお聞きしているけれど……」
「それに加えて奥さまの首飾り、硝子細工の値段がバカ上がりして、同業他社その他各位から石投げられまくってんすよ」
「まぁ…………」
「因みに、あのカサドランドのとこの奥様もお気に入りで、御礼と共にうちの職人の独占契約をと打診が来てますね、元カサドランドの取引先にもめっっっちゃ睨まれてます」
「ま……!」
呻き声が大きくなった。これもグレン・リーヴズ、流行りさえ追わなければ外さない男の力である。
しかしグレン・リーヴズ、流行りを作ってしまうがために四方八方に敵をポップアップさせてしまう男でもある。友人達はなんだかんだ恩恵を受けるため、わやわや文句を言いつつも助けてしまう、これも彼の人望故だろう。
それはそれとして、同業者からの恨み言と嫌味がふんだんに練り込まれた手紙を読んだその日から、暫くグレンは寝室で悪夢に魘されることとなった。




