34.無茶振りには慣れている
ベラドナが珍しく大人しい日のこと、しおらしい態度で部屋に入ってきた彼女に、グレンは訝しげな視線を投げた。
それでも借りてきた猫のように大人しいままのベラドナは、後ろ手に何かを隠しながらも、申し訳なさそうにグレンへと話しかける。
「……グレン、相談があるのだけれど」
「なんですか、名前呼びなら鋭意練習中ってことで承諾してくれたじゃないですか」
「そっちではなく、この、首飾りのことで……」
ベラドナが書類の束の隙間に品の良い黒い箱を置き、蓋を開く。真紅のベルベットの上には目も眩むような深い青紫のゾイサイトがあしらわれた銀のネックレスが横たわっていた。
グレンは一瞬面食らった表情をしたが、すぐに値踏みを始める。宝石はとても上等、細工も流麗で贈り手のセンスも品も一級品。国一の舞姫を飾るに相応しい優美な品物だ。
「…………大変質の良い宝石ばかりが連ねられた物ですね、これをどうされたいんですか?売るにしても、買う人間が集まる場に持っていくにしても警備や出品手続きと諸々手間がかかりそうですが…」
「実は、学生時代に贈り主"君のタツナミソウより"と書かれて贈られてきた品で」
「最悪じゃないですか」
学生時代も卒業後も、ベラドナに勝手に贈り物をしてくる人間は多く居た。
彼女の好意目当ての者も多く、それこそ社交界どころか日替わりで首や手を飾る宝飾品を変えてもいいくらいの数。
しかしベラドナはその全てを、贈り主が分かる場合は返礼の品を返し、わからない場合は一切着けずに宝石箱の中へと放り込んだり適当にしまわせたりしていた。趣味ではないし、勘違いされても困るからだ。
「最近、豪奢な首飾りが流行りでしょう?引っ張り出してきたのだけれど、私のドレスが全て合わなくて……」
「確かにシャンパンゴールドに散りばめられたタンザナイト…手間はかかっていますが、ベラドナさ…がつけるにしては細工も石も重いような………」
「それに私の好みでないの、この細工、貴方好みに造り直して頂けないかしら?」
ベラドナは従業員の話から、妻に渡す宝飾品類を買う余裕が無いことを知っていたし、自分は宝石なぞ要らないと言ってもグレンが気にすることを理解していた。
その上で、眠らせていた下心しかない贈り物のネックレスを引っ張り出してきたのだ。素材は幾らでもあるし、自分のために高い金を出して材料を用意せずとも良いと伝えるために。
「………………僕好みにですか?」
「ええ、グレンの好みに」
「………………………何日後までに?」
「んー……流行りが終わる前が良いから、なるべく早くして頂けると助かるのだけれど…………」
ネックレスを見つめていたグレンの顔が上がり、ベラドナに視線が向く。その自分ではない所に熱がむいた瞳を、ベラドナはとても好いていた。
自分の顔ではない、胸でもない、明らかに飾られる予定の首を、まるでトルソーか何かを見るかのように眺めるその視線が。
特等席で愛しい人の好みの顔を観覧するベラドナは、少し頬を染めて花弁のような唇から吐息を溢す。
「………………グレン?」
「……本当に僕の好みに作り変えて良いんですよね?」
「ええ、問題ないわ、原型が無いほど変えてもらって構わないし、むしろその方が助かるの」
「…………ネックレスのド中心に硝子入れても大丈夫ですか?タンザナイトそっちのけで」
「ガラス?良いけれど、どんな細工をするの」
「すごい技術なんですけれど、使い方に困っていた職人が一人、絶対目新しくてウケると思うんですが、どうにも硝子玉ですので…」
「どんな品物かしら」
「硝子の中に夜空を閉じ込めます」
「面白そうね、見てみたいわ」
預かりますねとグレンの手に箱ごと持たれた誰かの下心、次に見るときはきっと細工の原型すら残らないだろう予感に、ベラドナは面白そうに笑う。
実際、二日ほどかけて悲鳴を上げた学生時代からの顔馴染み職人をグレンは嗜め、嗚咽を漏らす職人をグレンは叱咤し、喚き呻き怨嗟の声を出し続ける職人の尻をグレンは蹴り飛ばした。
こうして出来上がった原型のないネックレスがトルソーに飾られ、目隠し布をかけた状態でベラドナの前に置かれたわけである。
「出来ましたよ」
「私の家出の時よりも早いわね、行動が」
「もう構想自体はあったので、完成品がこちらになります」
布が外され、黒のトルソーの首にかけられた逆三角形の繊細なネックレスが姿を見せた。細かく砕かれたタンザナイトが、美しい銀の繊細な鎖の中に丁寧に配置されている。
丁度胸元に硝子玉がくるようなV字型のネックレスは、グレンの言葉通り、夜空のみならず星の河を溶かし入れたような硝子玉を主役として据えていた。
「あら…不思議な硝子……」
「上塗りで星も入れて頂きました、紫を基調にしているのを、硝子玉のここに」
「綺麗……」
特に煌めくのは上塗りの一等星。表面に描かれているにもかかわらず、夜空のような硝子玉の上で一番目を惹く輝きを見せている。
ベラドナはまるで宝物を見つけた子供のような目で、その星を閉じ込めた球体を見つめ続ける。彼女の反応に満足げに頷くグレンは藍色の小箱を取り出した。
「本当に夜空を溶かして固めたみたい…………」
「でしょう?箱につける細工ぐらいにしか今まで使えていませんでしたが、こうして、宝石の代わりに首飾りの主役を張っても遜色無いぐらい美しいんです」
「……ええ、とても美しいわ…」
「あぁ、こちらが職人が勿体無いと泣きながら砕いたタンザナイトで、余った部分を使用して作った揃いの耳飾りです、どうぞ」
小箱の蓋を開き、首飾りと同じ意匠の耳飾りを見せるグレン。繊細な細工に蒼いゾイサイトが美しい。
のだが、ベラドナは一切目もくれず、ネックレスの方に視線を向けながら生返事をした。
「まぁ、素敵…」
「でしょう、硝子玉の装飾の方から目が離せませんよね、わかります」
その雑な対応にさらに満足そうに頷いたグレンは小箱の蓋を閉じると、目につき易いところに置いて書類整理作業に戻った。
しばらく丸い夜空に見惚れていたベラドナだが、満足したのかうっとりとした顔を上げ、グレンに追加のお強請りをする。
「ねぇ、ドレスも用意して貰えないかしら旦那様?一着、これに合うようなものを」
「えっ、もうそんなお金ありませんよ」
「幾らこれに使ったの?」
学生時代からの友人の一人であった宝飾専門の職人は、前々からのグレンが持ってくる無茶振りのせいでメキメキと腕が上がり、若いながらもキチンと売れっ子職人になっていたのだ。
流石に友人価格なんて制作依頼値段を下げるわけにはいかない。商会長としての見栄と、これからもよろしくのリップサービス。
「…………割と、良い腕の方に、首飾りを直すのを頼んだので」
社交界でベラドナに絶対に恥をかかせてなるかという意地も込みで、だいぶ結構それなりに使ってしまったのだった。納期も含めての金額で。
叱られる前の犬の如き視線の反らし方。書類の山に隠れるよう途端に萎んでしまったグレンの様子を見たベラドナは可笑しそうに笑うと、更なる無茶振りを言いつける。
「……ふふっ、在庫の中に細身のドレスがあるでしょう?あの中から、この首飾りを目立たせる物を一枚、旦那様が選んで持ってきて下さらないかしら」
「……どんな形の物が好きですか?」
「貴方が私に似合うと選んだ物が、私の好きな物よ」
「…………それが一番困るんですけど」
「うふふ、期待しているわね」
それから少しして、結局一つ選んだ細身のドレスをグレンの方が気に入らず、いい感じの布でいい感じに仕立て、ついでに商会長の分もとベラドナの金で仕立てられてしまい。リンクコーデをされてしまった白狐商会長。
追加で在庫として眠っていたストールを羽織ったベラドナは、仕立てられた三つ揃えの上着を何度も手で直すグレンへと微笑みかける。
「どう?」
「……大変お綺麗ですよ、ストールの肌触りはどうですか」
「とっても柔らかくて滑らか、旦那様はどうかしら?身体に合わせて作った服は」
「生地が良過ぎて蕁麻疹が出そうです」
「我慢して頂戴な、行きましょう」
「ですね…気が重い……」
そして社交界へと向かう馬車へ乗り込む白狐商会商会長夫妻の背中を、あちこちに飛び回らせられいい感じの布を集めさせられた従業員達が片手で大きく手を振り、背中に隠したもう片手で中指を立て見送っていた。




