29.酒盛りと昔語りと押し付けと
散らばる短めの瓶、空いたツマミの皿、酒混じりの涎を床に垂らして眠る白狐商会従業員デリクのいびきをバックミュージックに、大量に酒を飲んで尚真っ青な顔の商会長グレン・リーヴズは自らの不始末で招いた現状を端的に嘆いた。
「ベラドナ先輩が出てった」
「そうだな、何言ってんだ今更」
「遅かったみたいですねボクの忠告」
サイテー、クソヤロー、オンナノテキ。最近女性従業員から付けられたグレンの新しいあだ名たち。
勝手に惚れられて勝手に出ていかれた側としては大変理不尽なものではあるが、いつの世も夫婦喧嘩に肩入れする人間は見目の良い方に同情しがちなので仕方のないこと。
酒瓶を抱えたままオロオロと、畑近くを徘徊するタヌキのように部屋内を動き回るグレン。
「ど、どうすれば良い、この場合何をすれば帰ってくると思う」
「狼狽えんなってそんな、どーせ実家に帰ったんだろ、他に行くとこあるか?」
「ヴォード様に確認したら本館にも居ないって」
「うっそ、じゃぁどこ行ったんだベラドナ先輩、月にでも帰ったか?」
「幼少期もお兄様と大喧嘩をして家出をするような方だってお聞きましたし、ジェローム先輩の言う月に帰るもあながち間違いではないのかもしれませんね」
「まじで?やるなぁベラドナ先輩、で、お前は誰からそんなこと聞いたんだよトロイ」
「シェード家にお仕えしている方からです」
「へぇ、グレンは知ってたか?」
「知らなかった」
首を振って答えるグレン、心底困り果てているその情けない表情を肴にジェロームはグラス内の酒をまた啜る。美味い、性格が悪いので。
「ふーん、お前ほんとに旦那になったのか?」
「本当は違うのかもしれない」
「違ったら大変ですね、婚姻書類偽造でおそらく先輩がしょっぴかれます、伯爵家相手なので確実に先輩がしょっぴかれます」
「あぁぁぁあぁぁあぁぁ」
「脅すな脅すな」
トロイの脅しに屈し、その場に蹲るグレン。ぐずぐずと呻いていたかと思えば今度は急に怒り出す、酔っ払いの突拍子も無い行動は見ていて楽しいものだ。
楽しく思えるのは一切関わりのない他人事ならの話だが。
ジェロームとトロイは、やっと内容を吐き始めたグレンを白けた顔で見ながら、片方は酒を、もう片方は果実のジュースが入ったグラスを傾ける。
「白狐商会を潰されるのが僕が一番恐れていることって、そんなの当たり前だろうに、僕にはこれ以外何にも無いのだから、これを失くしたら僕は」
「先に酒入れたの正解だったな」
「誤魔化すの下手くそなのに誤魔化そうとしますからね、グレン先輩」
「無理だろ!!本気で商会潰したいのかあの女!?やっぱり美人局じゃないか!!ほらみろ[規制音]たら今頃僕は山中に埋められてたぞ!?絶対他の商会に蜂でも飼ってて[少々長めの規制音]だろ!!?」
「それ絶対外で言うなよ、殺されるぞ、俺に」
「これが新規精鋭今王都で話題の白狐商会トップですか、今からでも挿げ替えしましょうジェローム先輩」
「それが残念なことにコイツほど才能あるやついねんだわ、そこで潰したデリクも同様」
「なんでデリクさん潰したんですか」
がぉぉおおお、ぼべべべべへ、中々に特殊なイビキをかきながら床に落ち爆睡するデリクをトロイは冷めた目で見つめ、つま先で腕を蹴り退ける。
退けられたデリクの腕にグレンがつんのめり、抱えた瓶を割るまいと器用に反転してから転んでみせたグレン。今度はオイオイと泣き言を喚き始めた。
「無理なんだよ全部なんてぇぇ……っ!准男爵にしては上手く立ち回ってるほうだろ僕はぁぁ…………っ!」
「口が軽い、誘わないと拗ねるが、万が一にもこの醜態が漏れたら孤児院外から雇った従業員達の士気が下がる」
「あぁ……」
孤児院外から雇われたうちの一人であるトロイは絶賛士気爆下がり中だが、という顔をして、床に転がる元学校の先輩へと視線を投げた。
二年上の先輩はそれはもう頼もしく見えたものだが、今床に転がって世界に絶望している人間と、あの時自分が憧れた人間が同一人物だと思いたくないなぁっという顔をして、また一口ジュースを啜る。
「もうだめだ、死ぬんだ、この国の四方八方から石投げられるんだ僕は、もうおしまいだ、商会は霧散して終わりだ、ぜんぶがおわった」
「だから悲観すんなっつってんだろ、離縁話は出てないし、お兄様の見立てじゃ拗ねてるだけなんだろー?流行りのスイーツでも買って機嫌取りに行けよぉ」
「ベラドナ先輩が僕が買った流行りのスイーツなんて食べるはずないだろ何を言っているんだお前は、その藁クズ練って作った脳味噌一回裏の甕に溜まった雨水で洗ってこいよ」
「こっちも学生の時から高嶺の花な先輩像拗らせてんだよなぁ、離せ、上着皺になるだろうが、こっちは今からそのカンナ屑より薄っぺらい身体折り曲げて廃棄物入れにぶち込んできても良いんだぞクソボケが」
「酔っ払いの喧嘩買わないでくださいジェローム先輩、というか、拗らせてるんですか?グレンさんが?」
今にでも割った酒瓶と氷を砕くためのハンマー片手に喧嘩が始まりそうな空気を弛緩させるため、図々しく口を挟むトロイ。
後輩に大変優しいジェロームは自分が聞くとちゃんと答えてくれることを知っているが故の止め方だった。
実際、それもそうだなという顔をして席につき直し、床でまだ割れてない酒瓶を持て余し振り回すグレンを放置して説明を始めるジェローム。
「そー、グレンあの紫電の舞姫にあの耳飾り渡したことめちゃくちゃ後悔してんの、いままで精霊願いの舞とかデカい舞台でやってんの見たことなかったみてーで、主役張ってるベラドナ様に衝撃と共に絶望してた」
「はぁ、でも助けたんでしょう?実際それがキッカケで惚れられてますし」
「紫電の舞姫がつける筈だった耳飾りの宝飾品は、アメジストだったんだ、僕が、アレを渡したから、ベラドナ先輩は……………ッ」
「想い人からの贈り物だって大騒動、学園中相当荒れてたぜ、実際合ってたんだけどなぁ」
ポリ。硬く焼いた小魚煎餅を齧るジェロームは、彼等が三年生の時に入学してきたトロイに、トロイが知らない彼等が二年生だった時の話を教えてくれた。
学園に伝わる色恋沙汰の話として有名だったもの、『紫電の舞姫には人には言えない想い人が居た』という噂。二年も前に卒業した、富める場所も貧しい場所も選ばず踊る、各地を巡る舞手の学生時代のそんな噂。
憶測が飛び交い、我こそはその想い人と名乗り出る者も多く、トロイが聞いた話だと最後には舞姫としての旅に連れ立ったお供の侍女がその相手とかいう尾鰭にしては中々理想が入ったような話。
だが、噂の根元である耳飾り騒動だけは形が変わることなく言い伝えられていた。
「僕の入学前ですから良くは知りませんけど、その騒動、ベラドナ様の有難い御言葉により三日でおさまったと聞いてますが」
「騒動自体はな、ただ、その後からガード完璧だったベラドナ様の所に、なんかなぁ、耳飾りを勝手に贈ってきていた奴等から変な手紙がよく届くようになったっつーか」
「僕のせいだ……ッ!!」
「あー、人気ですもんねダイヤモンド、宝飾品会社が勝手に言い出した宣伝文句ですけど」
「僕があの時通りかからなかったら、ベラドナ先輩は、ちゃんと釣り合う家格の相手と、もっと、ちゃんと幸せにグッッッ!!?」
うつ伏せで呻いていたグレンの背中の上に、ジェロームが一本酒瓶を乗せる。未開封のワイン、それも結構良いところで良いお値段のもの。
心底呆れたと言わんばかりの表情を浮かべたジェロームは、自分のグラスの中身を飲み干し、床で潰れるグレンに人差し指を突きつけ説教する。
「いま舞姫様が惚れてんのはお前、良い加減腹括って行動が意味不明で怖い美人の先輩としてじゃなく、一人の人間として相手を見てやれ」
「ジェローム先輩の言う通りだと思いますし、これ以上話聞いてもグレン先輩のやることも、結論も変わらないでしょうしね、部屋帰りますね、僕」
「じゃあ今日解散な、家出先の検討はもうついてんだろ?さっさと土下座でもして広告塔連れ帰ってこい」
「おやすみなさい先輩、たぶんベラドナ様、案外似たもの同士だと思いますよ、グレン先輩と」
「その酒瓶やっから、根回しがんばれよ〜」
学生時代から変わらない距離感と、変わった関係。飲みの席、それもこのメンバー内でしか吐けない弱音と、彼等にも理解はされているだろう自分の酒の強さ。
アルコールは回っているが一切鈍ることのない脳味噌で、簡単に酩酊にも陥ることのできない体で、グレンは痛む心中と戦っていた。
「……………………………………………うう゛……」
だってたぶん自分のこと本当に好きじゃないし、利用はしたいけど。だってたぶん絶対に美人局だし、結婚はしたけど。だってたぶん、向こうだって、なんとなく自分が精霊の夢で見た理想と違うことには薄々気付いてるとは思うし、早めに別れた方がお互いのためだと思うけど。
「……この手が通じるかも賭けだっていうのに……はぁ、がんばるかぁ…………」
だってたぶん、本当に傷つけたとは思うし、嫌われたくないなぁと考えているのも本当のことではあるし、自分が今頑張らないと商会が立ち行かなくなるのも本当のことなので、腹を括るしかないのだ。
グレンは立ち上がると、ジェロームから渡された良い酒を持ち、鏡の前で衣服と髪の毛を見苦しくない程度に整え崩し始める。
情けない表情を作り、アルコールの匂いをつけて、出ていかれて途方に暮れている旦那というレッテルを自分につけたグレンが向かうのはベラドナの侍従が待機・住む部屋をまとめた部屋の並び。
「…………まぁ、人間相手だし、話が通じる人が多いから同情ぐらいはしてくれるだろ、よし」
ベラドナの昔の話を聞きたい、酒の席でそう吐いた、彼女の生活の一部として生きてきた彼彼女達からどのような情報を得られるだろうか。
グレンは荒れた部屋の全ての後片付けをデリクに押し付けると、腹を決めて部屋から出ていった。
なにせ最初からデリクの部屋で酒盛りをしているので、最初に潰れたデリクが悪い、いつも彼等はこうなのだ。




