27.兄妹喧嘩
シェード家の本館にて、自室にある服を侍女に運び出させていたベラドナの元に、怒声と共に飛び込んできたベラドナの兄であるヴォード・シェード。
硬く重い足音にサッと扉前から退いた侍女、その瞬間大音量で壁へと叩きつけられるベラドナの自室の扉。
「ベラドナァァァアッッッ!!!!」
「はいこちらに、お兄様」
椅子に座り優雅に微笑んだベラドナは、侍女に選ばせていた服を下げさせ、自分の分だけ自分で紅茶を注いだ。
膨らんだ麻袋を持ったヴォードは額に青筋を立て、ベラドに大股で近寄ると可愛げのない己の妹を見下ろし睨む。
「お前何をした」
「あら?どれのことかしら」
「他にもあるのか?まぁいい、今回はこれだ」
ベラドナの近くに落とされた麻袋、その中から可愛らしいモノ、質の良いモノ、色とりどりの便箋や封筒や絵姿が覗く。
冷え切った兄の目から袋の中に視線をずらしたベラドナはぱちくりと目を瞬かせ、心底感心したように一言漏らした。
「………………思ったより効果がありましたのね」
「矢張りお前の仕業か」
「仕方がないでしょう、お兄様ったらその歳でもまだお嫁を迎え入れてないんですもの」
「サンダネィル伯爵から娘を貰い受けると言った筈だが」
「まだ九つの娘相手に何を仰っておりますの、紫電の舞姫の兄が育て婚なんて許しませんわよ」
「しかしあの領地はシェード家の現状を考えると」
「シェード家の現状より先に人間としての体裁を考えて下さいませんかヴォードお兄様」
バッチバチに火花を散らす兄妹。侍従達は慣れ切っているので何も口出しせず、淡々と服の片付けや掃除を続けている。
暫く無言で睨み合っていた兄妹だが、ベラドナが椅子から降り、各地からの見合い打診が入った麻袋の中を自分の手でわさわさと掻き回し始めた。
「分かりました、旦那様にここの見合い話の中からお一人選んでいただきます、それでよろしくて?」
「何もよくないが、どうせ腑抜けた劇で泣き笑う羨望と恋を履き違えた人間しか居ないだろうに」
「家名と領地を見てから物を仰っているのでしょうね」
「ハ、創り物の話なぞに脳を支配されるような低俗な人間などたかが知れている」
「ヤサフィル侯爵家の娘様から一通」
弾かれたようにベラドナの指で持たれた手紙へと手を伸ばしたヴォードだが、一瞬遅い。
柔らかな薄桃色の封筒を兄よりも遠いところへ逃したベラドナは、シェード家特有の瞳から光を消して睨み返す。
「……………………………………………………貸せ」
「ダメです」
冷たくそう吐き捨てたベラドナの細い指先で封筒が細かく破かれ、床へと投げ捨てられた。
その動きを何も言わずに見つめるヴォード、慣れているからだ、妹の奇行に。
「旦那様に選んでいただきましょう?お兄様、舞台は人間の心を動かす物ですからね、良くも、悪くも」
自分の妹のことは可愛げがなく、どこか抜けていて、詰めが甘いという評価をしているヴォード。
しかし、己の妹が突拍子もない事を言い出す時は従った方が良いことも理解している。何故なら彼女は"精霊の夢"を持つ人間だから。
ヴォード・シェード伯爵は不愉快そうに鼻を鳴らすと麻袋を持ち上げ肩にかけ、ベラドナの部屋から退出する。ベラドナは自分の侍女達へと指示を出すとその背を追った。
可愛らしく(ベラドナの主観)微笑む妻と、愛想良く(ヴォードの主観)微笑む義兄が突撃してきたグレン・リーヴズ商会長の仕事部屋。
現在従業員立ち入り禁止の札が商会長の右腕(ジェロームの主観ではない)によって扉にかけられた。助けは来ない。
「恋に恋する乙女でなく、ヴォード様を王子様として見ていなく、流行りに乗って見合い話を押し付けた人間でなく、シェード家とつり合い益のある女性を選んでくれ、ですか」
「旦那様、理解がお早くて助かりますわ」
「ああ、頼みたい」
割と大きめの木箱に丁寧に詰められた見合い打診の手紙・絵姿・封書の束に一度視線を投げ、シェード家兄妹に視線を戻したグレンは一度額に人差し指の第二関節を当てて唸った。
唸ったあと、手で二人に少し待って欲しいと示し木箱の側へと近づく。一度開封後のある封書をひとつ拾い上げ、中の手紙を出し、一度読み、同じようにしまい、木箱の中に戻して二人へと身体を向けた。
「失礼なことを理解した上でお聞きしますけれど、お二人は、この明らかに観衆の恋愛感情を煽るような劇を観て帰った勢いで出された見合い催促手紙の山の中に、シェード家と本格的な見合いを望むような理性的な方がいらっしゃるとお思いですか?」
「居ないだろうな」
「あら、旦那様の義姉になる方ですのに、一枚噛んでおかなくてよろしいと?」
「え?」
否と即答したヴォードに対し、待ったをかけたベラドナ。
グレンの気の抜けた返事を聞いてますます可愛い(ベラドナの主観)笑みを浮かべたベラドナは、人差し指を立ててどうにも底意地の悪い提案を一つした。
「ここで貴方が選んだ方がお兄様のお嫁さんと成って下さったら、その土地の、品々を、優先的に、白狐商会に」
「不肖グレン・リーヴズ、謹んで御手紙絵姿を仕分けさせて頂きます」
「助かるが、無理はするなよ、商会のこともあるだろう」
「いいえとんでもない、一晩ほどお預かりしても?」
ガッ!と両手でヴォードの手を掴み快諾した商会長、その勢いに多少気圧されたヴォードだったが、自分で選ぶ方が後々面倒だろうと判断した彼は木箱の中身を義弟に任せる決心をした。類義語で"あとはどうにでもなれ"とも言う。
機嫌良さげに兄を追い払ったベラドナは、早速真剣な顔で一番数の少ない絵姿付きのものから選り分けているグレンの横にしゃがみ込み、大好きな夫の顔を覗き込む。
「うふふふふ、私もお手伝い致しますわね旦那様、今日は二人で夜更かししましょう♡」
「いや、侍従さん方と従業員でやるのでベラドナ先輩はいいです、寝て下さい」
「ま!!」
急遽入った義兄からの依頼により、土地と家とその他諸々の情報精査をすることになってしまった白狐商会。
書類仕事が得意な面々を引き摺り出し、昼間のうちに選り分けたマシそうで使えそうで利益のある家の手紙の中からさらに候補を絞る作業に取り掛かる。
さぁやるぞ、と、皆が手をつけた瞬間、会議室の扉がノックされた。グレンが開くと可憐な姿(ベラドナの主観)で薄暗い廊下に立つ妻の姿。
「こんばんは旦那様、私もお手伝いに来ましたわ」
「すみません回収お願いします」
「「畏まりました」」
当然の如くベラドナの背後に控えていた侍女二人に頼み、両脇を抱えられ薄暗い廊下を強制的に引き摺られていくベラドナ。
静かな白狐商会本店の中に銀の鈴を全力で振ったような叫び声が響きわたる。
「あーーーーっ!酷くてよ!私夜更かしのために普段は飲まない珈琲まで飲んできましたのに!!」
「作業にならなくなるんで、おやすみなさいベラドナ先輩」
「旦那様ーーーーっ!!」
ベラドナの背後に控えていた侍女の、さらに背後に控えていた困った表情の侍従達の一人が、スケッチブックを手に持ち書かれた文字をグレンに見せた。
『ホアン・シェード伯爵の命によりシェード家から参りました、ヴォード様の婚約者選定の補助をさせていただく思います』
グレンは頭を下げ侍従達を会議室へと招き入れ、自ら扉を閉めた。長い夜の始まりである。
翌朝、くっきりと目元に隈がついたグレンと、返事を返す必要有り・無し・破棄推奨と仕分けられた手紙の山。そして選ばれし一人の手紙が乗せられたトレーを前にし、純粋に驚いたヴォードが居た。
「仕分け終わりの山と、こちらがヴォード様のお眼鏡に適うであろう女性です」
「ほう、本当に一晩で選び抜くとは…恐れ入った」
そう口に出し手紙を手に取るヴォード。見合い打診の手紙としては普通の内容だが、本人が書いたのではない文体、しかし明らかに文章の節々に滲む強欲の色に眉根を寄せる。
義兄の表情を見て頷いたグレンは言葉を続ける。
「エリカ・ニッシュ子爵令嬢、ヴォード様と歳は同じで、御相手には申し訳ないのですが"摘み忘れ"として扱われている方ですね」
「ふむ、して、選んだ理由は」
「屋敷は山中にありながらも平野を持ち、領民からは継いだ弟であるニッシュ子爵は慕われていますが、極端に姉であるエリカ様の噂が少ないのです」
「…………続けてもらおう」
視線を上げたヴォードの目には多少の興味と不可解だと問う色。グレンは手元に置いてあるシェード家侍従から貰った資料と、白狐商会の取引先の一つがニッシュ子爵の領地にあるという書類をヴォードに渡す。
受け取った資料を読むヴォードにそのまま話し続けるグレン、度々視線を上げながらも、資料を読み込むヴォードの目は忙しなく動く。
「弟はよく領民の話を聞きに降りてくるとお聞きしていますが、姉の方は社交界への参加も少なく、領地を放浪しているわけでもない、屋敷の中におそらくずっと居るのでしょう」
資料の最後。ニッシュ家の現状と書かれた文字を見たヴォードの視線が止まり、最後まで進み、資料を閉じた。
顔を上げグレンの目を真っ直ぐに見つめるヴォード・シェードの瞳は、少々不安げな色に変わっていた。
「領地経営を手伝わせている、と、いうより、エリカ様の方が経営者としての才があるかと、今彼女を引き抜けば崩れます」
「崩れたところをどうしろと?」
「恩を売り、商会の第三店舗を建て、シェード家の援助の名目で白狐商会が道の舗装や農地の開発作物買い上げ等をし、生命線を乗っ取ります」
「俺がではなく、君がやると」
「はい」
迷いの無い義弟の返事にヴォードは長い長い息を吐く。口元に手を当て何事か思案したのち、白狐商会長としての顔をしているグレン・リーヴズに一つ問う。
「…………回るのか?……金ではなく、君の手が」
「回します」
淀みのないはっきりとした返事に目を閉じたヴォードは、少しの間だけ暗闇を見た。
二、三度口を開き、何も言わず、瞼を開いて再度白狐商会長を見た彼の顔は、伯爵としてのヴォード・シェードであった。
「…………………わかった、彼女を迎え入れよう」
「ありがとうございますヴォード様」
「しかし、第三店舗の建設には二年程の猶予をくれ、崩れてからでないと店舗開店効果は薄いだろう、一度崩して地盤ぐらいは整えておく」
「畏まりました」
資料と手紙一通を受け取り、席を立つヴォード・シェード伯爵。客の見送りのため先に周り、扉を開き待つ白狐商会長。
「大変助かった、白狐商会会長様、今度シェード家現当主として君に感謝の品を贈りたい、妹に何が欲しいか伝えておいてくれ」
「勿体無い御言葉でございます」
「では、本日は失礼する、後で屋敷の者が見合いの手紙や絵姿を取りに来るので木箱にでも全て放り込んでくれると助かる」
「はい、またの御来訪をお待ちしております」
廊下を歩いていく伯爵の背を見送り深々と頭を下げていた白狐商会長だが、遠ざかっていく重い足音が止まり、こちらに近づいてきたのを不思議に思い顔を上げる。
顔を上げたグレンが見たのは、妹の奇行に胃を痛めてきたのだろう、義兄であるヴォード・シェードの妹を持つ兄らしい表情。
「すまない、君に言うのを忘れていた」
「はい?」
「ベラドナは拗ねると大変面倒だ、頑張れよ」
「はい!?えっ、ちょっ、ヴォード様!あのっ!機嫌の取り方とか!ヴォード様っっ!!」
義弟の肩を叩きそれだけ言うとサッサと歩いて行こうとする義兄と、義兄の大変哀れに思うという表情に慌ててその背を追う義弟。
店舗外まで出てヴォードに慌て喰らい付くグレンを見たシェード家の侍従達は、全員すました表情を崩さぬまま、ベラドナお嬢様が連れてきただけあるなぁと感心していた。




