26.カフェインと糖分と友人と
馬車から降りたベラドナは羽飾りのついた帽子を片手で直し、肩にかけたストールと、スカートの裾を摘んで劇場の門をくぐり抜ける。
侍従を連れず一人で歩くベラドナが受け付けへと向かうと、視線すらよこさずに書き物を続ける受付嬢が愛想の無い声で対応してきた。
「チケットの御予約ですか?それとも劇をお調べに?どちらにせよ営業時間外ですのでまたのお越しをお待ちしております」
「レオノーラ・フリードヴッドは居るかしら」
「レオノーラ様のファンの方ですか?出待ちは禁止させて…ベラドナ・シェード様ッッ!!!?」
顔を上げた彼女が王都の人間ならば知らない方がおかしい舞姫の顔を見、椅子ごと後ろにひっくり返った。
目の前で起こる無礼も騒動も気にせず微笑み、頰に手を当てたベラドナは受付の中を覗き込んで、床に這いつくばって目を白黒させている受付嬢へと話しかける。
「現在は籍を入れましたのでベラドナ・リーヴズですわ、以後お見知りおきを。それにしても忙しいのねぇ劇場の人気役者様は、伝言を頼みに参りま」
「ベラドナッ!!?」
「あら」
びょっ!!受付の上の上、両側から伸びる階段の接合点、柵の上から落ちそうなほど身を乗り出して下を覗き込んだ"絵画から飛び出してきたような王子様"が満面の笑みでベラドナを見つめていた。
見上げたベラドナと視線がかち合った瞬間、その王子は柵から飛び降り彼女のすぐ隣へと着地。両手を広げベラドナを強く激しく抱き寄せ、片腕に彼女を乗せ上げたかと思うとクルクルとその場で回り出す。
「ベラドナぁぁぁっ!!よく来てくれたねっ!俺嬉しいよッ!君が結婚したと聞いていてもたってもいられずッ!!」
「練習中だったかしらレオノーラ、役が抜けていなくてよ、今すぐに私を降ろしなさい」
「あっ、御免なさいワタシったら、でも来てくれて本当に嬉しい!今着替えてくるからッ!待っていてベラドナっ!!」
「相変わらず姦しい子ねぇ……」
ベラドナを降ろしたのち、右側の階段を三段飛ばしで駆け上がっていく劇場で一番の売れっ子舞台役者兼脚本家のレオノーラ。
爆速で階段を上がる彼女を見送ったベラドナは、乱れた髪と裾、帽子を直して溜息を吐いた。やっとこさっとこ起き上がってきた受付嬢が非礼を詫びようとしたその時、劇場奥から怒号が飛ぶ。
「レオノーラ・フリードウッド!お前はまた稽古場を抜け出して一体何を」
「すみません団長!親友が遊びに来てくれたのでワタシはこれでっ!!」
「待てッ!レオノーラッ!!まだ台本の半分も」
「ベラドナお待たせ!行きましょう!!」
左側の階段を五段飛ばしで駆け降りてきたワイドパンツ姿のレオノーラは、背後からの怒号に一切動じる事なくベラドナの左腕を引っ掴むと、勢いを殺さないまま会場出口へと引き摺っていく。
その姿はまるで禁断の恋をした美女同士の駆け落ち、いや、どう見てもクソアホ元気なゴールデンレトリバーに引っ張られる飼い主。
まぁとりあえず週刊誌とかにすっぱ抜かれる事はないだろうなって感じの姿であった。
「あらあら、私、お外に馬車を待たせて」
「近くに行きつけの店があるの!もちろん個室だからねッ!!そこのシフォンケーキがものすごく美味しくてワタシとっても大好きでよく台本を書く時に部屋を取らせてもらっててあっ店員も口が固くて親切だから重宝していてね内装も美しくて最高で」
「落ち着いたところで聞きたいわ〜〜〜〜」
「レオノーラ・フリードヴッドォォォォオッ!!!!!!」
劇団員の怒号から脱兎脱走全力ダッシュ。劇場の近くにあるシフォンケーキの美味しい個室カフェ的な店に連れ込まれたベラドナは、短い距離で五回ほど捻りかけた左足首を摩っていた。
対面の席で叱られた犬の如くしょげるレオノーラの手元にはレモネードと紅茶とホットミルク、そしてシフォンケーキが二つ。全て一人で食べる気だし、長時間居座る気満々の注文の仕方だ。
「まさかこの歳で走らされるとは思ってもみませんでしたわ……しかもヒールで…………」
「ごめんねベラドナ、でも貴女に会えてワタシほんっとうに嬉しくて、冷えたタオルいる?それともあっためる?」
「必要ないわ、それより、緊急招集の意味はなぁに?放置していたけれど」
「あのね!今度の恋物語の脚本を書くにあたって、ベラドナの恋を参考にしようと思って!!」
「私の」
「うん!」
「お断りさせていただくわ」
「どうしてっっ!!?」
がぴょん。勢いよく立ち上がったレオノーラの動きに合わせ、テーブルに所狭しと並べられたこもごもが酷い音を立てて跳ね上がる。
ベラドナは自分の手元に置かれている紅茶を一口飲むと、しょげしょげと萎れテーブルの下に隠れていく友人の頭頂部を視線で追った。
「なんで…学生時代ワタシに好きな人のことを話してくれなかったのもそのせい……?」
「いいえ違うわ、でも、私の恋は私のものだけにしておきたいのよ、ごめんなさいレオノーラ…」
「えっ、ぇぇ……そんな……そしたら次の脚本はどうしましょう…………冒険譚だけでなく恋物語も書いてくれと言われているのに…………」
「なるほどそれで……」
ノートとペンとインク壺。学生時代の勉強会ではないのに何故、と、いそいそと広げていた時に飲み込んだ台詞がベラドナの頭の中に浮かぶ。
頬杖をついたベラドナの眼前に、泣き崩れてもなお整った顔のレオノーラがテーブルの下から顔を出す。
泣き崩れてはいるため色々と出てはいけないものは出ているので、見慣れているとはいえど悲惨な光景にベラドナは顔を顰めた。
「見捨てないでベラドナ…ワタシ、恋物語を書かなきゃいけないのよぉ……」
「だからと言って私の話でなくても良いでしょうに……手伝ってあげるから、顔をお上げなさい…ほらもう鼻水、チーンして」
「ンン゛ーッ……」
学生時代からずっと友人のベラドナとレオノーラ。最初は他の攻略対象のイベントに出てくるライバル悪役令嬢、自分と同じ立ち位置になる娘で、これから有名になるから、そんな打算でベラドナは仲良くしていた。
だが、実際付き合ってみると考え無しの天才。良い方に転がっているからいいものを、と、ベラドナはつい彼女の世話を焼いてしまう。
「じゃぁなににしよお………」
「…悩むほどなの?……ではそのお話、まだ何も決まっていないのね?」
「う゛ん゛」
「仕方のない子…ほら、ノート持って来たのでしょう、ペンも出して、お話しますわよ」
「ベラドナの旦那さんとのこと教えてくれるの!?」
「いいえ」
彼女達は親友であるし、お互いにお互いを大切にしている。が、それはそれとして利用はする。
無いはずの尻尾を振り始めたレオノーラの嬉しげな声に首を振ったベラドナは、酷く、悪戯っぽい声で答える。
「教えるのは、私のお兄様のことですわ」
古今東西、兄のことを好き過ぎる妹も、妹のことを好き過ぎる兄も実在はするが、大抵の兄妹の関係的に兄は妹を、妹は兄をクソほどナメてるもんである。
散々兄の悪口と外から見た時の好ポイントと思わしきところを吐き散らかしたベラドナは、三杯目の紅茶を機嫌よく啜っていた。
その前でノートに活用できそうな所をメモし続けたレオノーラが冷め切った諸々を放置したまま顎に手を当て今までの話をまとめている。
「………………確かに、ベラドナのお兄さん、ヴォード・シェード伯爵は、顔が整っていて」
「整っているのは見目だけですわよ」
「冷静沈着で、女性に対して紳士的で」
「家の名を守っているだけですわ」
「体格がよく、仕事に真面目、領主として慕われていて」
「そのせいでご令嬢よりも男性によく好かれますの、本人も家族も困り果てていましてよ」
「そして何より婚約者が居ない!いける!新しい人気主人公になるわこれは!!」
「お兄様怖めの顔付きですから、嫁の来手がこの歳でも無くて困っておりますのよ、最悪孤児院から後継ぎを引き取るから良いとか馬鹿なことを言って……」
誰も室内に居ないことを良いことに、学生時代と同じようなはっちゃけ方をする二人。
ベラドナは足を組んでふんぞり返ったまま紅茶を飲むし、レオノーラに至っては椅子の向きを逆にして足で背もたれを挟んで座っている。
ここに二人のファンが来たら解釈違いで文字通り白目を剥いて斃れることだろう。
「想いを寄せるお相手は!?まさか歳上の既婚者でしたり!!?」
「いいえ一切そんな素振りも話もありませんの、完璧に居ないからこそお話の主人公に成り得るのではなくて?相手の容姿は好きにおし、当て書きも可能ですわ」
「最高じゃないの!!」
「貴族嫡男としては最低ですけれどね」
「なんとかなりそう!ありがとうベラドナ!やっぱり持つべきものは家族の個人情報を売るのも厭わない友人ね!!」
「人聞きが悪いわね、私はただ、人気役者兼人気脚本家であるレオノーラ・フリードヴッド様に、私のお兄様を案外悪くないのでは?と思わせるような恋物語を書いて頂きたいだけよ」
「ワタシ、頑張って書くね!書いて、採用されたらベラドナっ!絶対に観にきてね!!」
「ええ勿論、頂いた招待券でいの一番に馳せ参じましてよ、旦那様と一緒に」
最初の一言はおそらくどちらも打算だったろう。しかし、相手の隣は居心地が悪くないと気付いて、そこからいつの間にか友人になった。
ロッディ・バンバディアをヒロインと取り合う筈だった舞台役者のレオノーラは、今や自分の恋など眼中に無い。何故なら恋に奔走する筈だった時間は、こうして脚本を作るために跳梁跋扈する時間に変わってしまったから。
「楽しみだなぁっ!ふふふっ、役者になるって言ったワタシを応援してくれて、劇団に入るために先ず脚本家として入りなさいって言ってくれたのは貴女だもんね!ベラドナ!!」
「レオノーラに才能があったから入れたのよ、私は提案しただけ、貴女の力で勝ち取ったことに変わりないわ」
ベラドナは彼女の運命を自分が変えたとは思わない。ただ貴女は物語りも書けるのでは?と、彼女の感性を褒めただけだから、今の現状はレオノーラが自分で選び掴んだ物だから。
学生時代からの友人である二人は、学生時代と変わらない笑顔でお互いに笑いかける。
「変わらないなぁベラドナっ!」
「貴女もね、レオノーラ」
ベラドナはまだ知らない、御し易い友人の彼女の体力が、役者の演技指導で爆増していることを。
ベラドナはまだ知らない、この後カフェに長時間滞在のあとも二店舗ほど長時間滞在梯子することを。
ベラドナはまだ知らない、レオノーラが脚本一本書き終わるまで私もお前も帰れませんお茶会開催を予定していることを。




