21.針仕事と邪魔者達
ベラドナの支度室、着替えや化粧をする部屋に机が置かれ、椅子が三脚、積み上げられたのは端切れの山と刺繍糸の入れられた専用鞄が二つ。
渋い色の布から一枚取ったベラドナは、刺繍枠に張ったそれと睨めっこを始め、共に椅子に座り机を囲む二人の侍女へと話しかけ続ける。
「やはり白狐商会なのだから、白い狐と何かというモチーフで刺繍をするべきだと思うのよ」
「商会と関係ある物、は連想するのが難しいのと、ハンカチのモチーフとしては微妙ですので、花などにしてみては如何ですか?」
「お花、お花ねぇ……」
「グレン様か、お嬢様のお好きな種類を散りばめるのがよろしいかと」
先ずは白い狐を縫うために針をひと刺し、した途端にノックがベラドナを呼び、入室許可と共に侍女が一人入ってくる。
「ベラドナお嬢様、お手紙をお届けに参りました」
「あら、どなたから?」
「トラシ・カーナル様からです、お祝いの品を是非とも手ずからお渡ししたいと、本館へ訪問する日取りの相談を」
「まぁ嬉しい、お返事を書かなくてはね」
「便箋をご用意いたします」
手紙を書き終え刺繍に戻るベラドナ、縫っては止め、刺しては唸りを繰り返すので、そばに座る侍女が図案を描いてからが宜しいかと、と勧める。
それもそうねとチャコペンを手に取ったベラドナは、刺繍枠の中に芯を走らせ続け、続け、長いな、続けて、やっと出来上がった図案を侍女達へと見せる。
「このような図案はどうかしら?アメジストセージをあしらってみることにしたの、中々可愛らしいのではなくて?」
「はい、狐を逃さないと囲むようで大変恐…威厳のある図かと」
「誤魔化せていないわよあなた」
それでは改めて、白い狐を縫うために針をひと刺し、した途端にノックがベラドナを呼び、入室許可と共に侍女が一人入ってくる。
「ベラドナお嬢様、お手紙をお届けに参りました」
「まぁ、最近は沢山くるのね」
「デイジー・バーデン様からです、お子様が大人しくできる歳になりましたので、お嬢様にお目見えしたいと」
「まぁまぁ!デイジー様から!?娘がお産まれになったとはお聞きしていましたが、出産の際に体調を崩してからずっとお話を聞けていなくて…今すぐにお部屋をご用意しないと!いつくるの?今日?明日??」
「お嬢様、学生時代に舞手の先輩として大変お世話になっておりましたものね……」
勢いよく立ち上がり侍女の持ってきた手紙へ一目散なベラドナ、ぽいっと投げられた針つき刺繍枠を慣れた手つきで受け止めた侍女は、机の上に散らばった端切れや刺繍糸を片付け始める。
結局この日、どころかここから三日ほどはひと縫いも進むことなく、シェード家本館の方に飛び帰ったベラドナがあれやこれやと持て成しの準備をしているうちにさらに日にちは経った。
ベラドナがお世話になった先輩を盛大に持て成してから数日。縫い上がったハンカチを広げ、目をパチクリとさせる彼女。
ハンカチをベラドナは縫っていた筈だが、手元にはどう見ても吸収性の悪そうな豪華な刺繍の入った布しかない。不思議だ。
「豪奢にし過ぎましたわ」
「硬過ぎてハンカチとしてはお使い出来ませんね……額に飾る形に整えましょう、折角ですのでグレン様の執務室にでも飾っておきますか……」
侍女の一人が雑な提案をし、中々圧が強めの壁飾りを作ろうとした途端にノックがベラドナを呼び、入室許可と共に侍女が一人入ってくる。
「ベラドナお嬢様、お手紙をお届けに参りました」
「貴女、このハンカチどう思うかしら?」
「些か刺繍が華美すぎるかと、ジャーニー・ヒンス様からです、白狐商会長婦人に是非ともお耳に入れて頂きたいお話があると」
「ぁぁ……あの方ね…悪い方ではないのだけれど、ね…………」
「ベラドナお嬢様とは相性が少々悪くございますからね、便箋をご用意いたします」
手紙を書き終えると嫌々立ち上がり、渋々シェード家本館へと行ったベラドナは、のそのそ持て成しの用意を始めた。残された道具達を慣れた手つきで片付ける侍女達もそれに続き、気の進まない用意を手伝う。
結局この日も、次の日もひと縫いも進むことなく、持て成し終えたベラドナがシェード家本館からヘボヘロで出てきた後も回復までに少々日にちを要した。
ベラドナが気の進まない客人を持て成してから数日、少し光沢のある品の良い緑の布を、呼びつけた侍従の首にタイとして縛り、どの面が良く見えるかを調べていた。
印をつけ、どの程度の大きさや柄が良いのかと思案を始めるベラドナ。
「首につけるタイですもの、柄が多い方が目立つわよね」
「そうですね、同じ物をいくつも散らばせるという図案がよろしいかと思われます」
「何が良いかしら、やっぱり狐?」
「白狐の中に一匹薄紫の花飾りをつけた狐でも紛れ込ませますか?」
「いいわね、それ」
侍従の首からタイを解き、図案を描くために広げた途端にノックがベラドナを呼び、入室許可と共に侍女が一人入ってくる。
「ベラドナお嬢様、お手紙をお届けに参りました」
「あらあら、次はどなたからかしら」
「レオノーラ・フリードウッド様からです、緊急招集とのみ、お手紙には」
「また舞台のお話かしら、私、舞台のことはよくわからないと言っているのに……もう……」
「招待券も同封されておりますね、無期限二枚、お好きな時に旦那様とお越し下さいと」
手紙を書き終え、持て成しの為にシェード家本館に戻るベラドナ、持て成しの用意をする間もなく突撃してきた手紙の主。慣れ切っている侍女達は泊まる為の部屋支度と、夜通し話すための紅茶を用意した。
結局この日も、次の日もひと縫いも進むことなく、持て成し終えたベラドナがシェード家本館から動きの喧しい大型犬のような友人を見送り切るまで一切裁縫箱には触れなかった。
ベラドナが友人を持て成してから数日、呼びつけた侍従の首に出来上がったタイを巻かせ、使用感を聞くベラドナ。
「タイ、使ってみてどうかしら?」
「…………とても、巻き辛く、刺繍がゴワゴワ致しますね、普段使いには向かないかと……」
侍従は正直に首元の不快感をベラドナへと伝え、すぐに執拗なほど多く柄が縫われたタイを外す。
タイを手渡されたベラドナは別に怒るでもなく悲しむでもなく、ぴらりとタイの両端を摘んで自分の作品を見つめ、一言呟いた。
「……柄が多過ぎたかしら…………」
「そうですね、全力で止めなかったわたくしの責任です、途中からお嬢様面白くなってしまっていましたからね」
「止めてちょうだいよ」
「止めたんですよ、七回は確実に」
侍女の一人が雑な応答をし、中々圧が強めの壁飾りをもう一作品増やそうかと額を用意した瞬間、ノックがベラドナを呼び、入室許可と共に侍女が一人入ってくる。
「ベラドナお嬢様、お手紙をお届けに参りました」
「またなの?」
「ティム・ホーケン子爵です、四人分のお茶とお菓子を持って参ります」
「ああ!ベラドナお嬢様に懸想し続けていた」
「確か旦那様が返事を書いたのでしたわね、なんて書いていたの?」
「それはもう相手のプライドをけちょんけちょんのめちょんめちょんにするような言葉を、結果が気になりますのでわたくし共もご一緒に読ませて頂いても?ベラドナ准男爵夫人」
「ええ、勿論よくってよ!」
手紙を開いて最初の一文に目を通した途端、吹き出し笑いが止まらなくなるベラドナ、お茶を淹れていた侍女の肩を掴み無理やり読ませ、その侍女もティーポットを抱え床に沈んだ。
結局この日も、次の日にも届いた手紙により次の作品に取り掛かれず、ひとしきり笑い倒したシェード家に仕える面々が思い出し笑いで定期的に使い物にならなくなる事態となった。
ベラドナと彼女に仕える侍従達が笑い病を治してから数日、カフスボタンにつける小さな刺繍をベラドナはちまちまと縫っていた。
大作二つを縫い上げ、針仕事に慣れたその指の動きは速く、早速一つめの縫い上がりが見えてきたようだ。
「カフスボタンに貼り付ける物であれば、どれだけ縫っても重くはなりませんものね」
「面積も少ないですし、早めに出来上がりそうですね、いくつか予備もお作りしますか?」
「そうするわ」
侍女の一人が気の利いた提案をし、もうワンセット作るための材料を用意し始めた瞬間、ノックがベラドナを呼び、入室許可を出す前にベラドナの兄であるヴォード・シェードが入ってきた。
「お早い御到着ですのねお兄様」
「ベラドナ、お前ひっきりなしに屋敷に人を呼んでいるが、グレンとの約束は守っているんだろうな」
「あらお兄様、いま忙しいから話しかけないでくださいます?旦那様への贈り物を作っていますの」
「また使用人と茶なんて囲んで…伯爵家の娘として適切な振る舞いを」
「違いますわお兄様」
「は?」
「私、今は准男爵夫人ですの、伯爵令嬢じゃありませんのよ?」
ベラドナの言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたヴォードだったが、侍従にすすめられた椅子に座ると、頭を片手で掻きむしり獅子もかくやな唸り声を上げる。
「…………お前は、こう、昔から可愛げの無い…ッ!」
「あら、玉留めが上手くできたわ」
「綺麗に隠れておりますね、お上手です」
この日のベラドナ准男爵夫人は兄の御小言を聞き流し、たいそうよく針が進んだ。
この日が終わる頃には可愛らしいカフスボタンの対が三つ揃え、ころりと出来上がっていたという。




