20.興味の向く先
冷水を入れた袋を目の上に乗せ、椅子の背もたれに全体重を預けるグレン・リーヴズ白狐商会商会長。
彼の机の上には山積みの手紙と、山積みの飴のカラと、山積みの空にしたインク瓶が転がっていた。
「商会の別口で、男性向けの商品専用相談の窓口を開設しているんですが」
「……整髪料とか、羽織り留め等の商品かしら?」
「ベラドナ様が余計なことを喋り散らしてくれましたので、コンパクトの細工デザインと、作り方の相談に来られる方で限界を超え詰まりました」
「あら、皆様大変なのねぇ」
「誰のせいだと思っているんですか」
そんな死に体の夫を甲斐甲斐しく看病…?するのはベラドナ・リーヴズ。
彼女の手には品の良い扇子と、リラックス効果のある香、ハタハタと仰ぐたびに柔らかく甘い香りがインク臭を誤魔化すために部屋に広がる。
「あちこちから新人の職人集めて、うちの従業員と、シェード家にも助力を頼んで、いま絶賛貴族階級問わずの工作大会ですよ、本当になにしてくれたんですか先輩、まだ指輪の流行りも落ち着いていないんですよ?」
「でも、そちらに人材を割いた分の費用は取っているのでしょう?」
「当たり前でしょう人間の時間が一番高いんですから、売れ行きは上々ですがこのままでは手が回らなくなります、しばらく大人しくしていてください」
「旦那様が構ってくださるのなら、私ずっと大人しくしていてよ?」
「し、ない、で、しょうが……っ!!」
ぼべさッ。グレンの顔の上からアイマスク代わりの冷却袋が床に落ち、目の下の隈が取れない彼が立ち上がった瞬間扉が開き、一瞬だけ顔色の大変悪い従業員が白旗を見せ引っ込む。
上着を引っ掴んだグレンは腕にかけ、自分用の白粉を特に目の下の隈を隠すように塗り込めながら部屋の扉へと向かっていく。
「とにかく、この騒動が終わるまでは大人しくしていて下さい先輩!木材の値段まで上げられたらたまったもんじゃない……!」
「私、貴方が健気で愛しくて可愛らしいことしか話していないわよ?」
「その話した内容でこうなるならそれはベラドナ先輩のせいなんですが!?」
「そうなのかしら……?グレンがそう言うのならそうなのかしらね……」
「そうなんですよ!大人しくしていて下さい、屋敷から一歩も出ないでくださいね、夜会も、茶会も、行くのを暫く休んでください!!ではまた夕食ごろに!!」
バタン!!!!机の上の手紙の山が崩れるほど強く閉められた扉。
一寸の間呆気に取られたベラドナだったが、香を置き、とん、とん、と、閉じた扇子の先で机を叩くと、ベラドナ付きの使用人が二人室内へと入ってきた。
「…………聞こえていた?」
「「はい、お嬢様」」
「暫くお呼ばれの参加はお休みすると手紙を方々へ送らなくてはならないから、便箋とインクの用意を頼むわね」
「「畏まりました、お嬢様」」
「新婚ですものね、愛しい妻を一人で送り出し、悪い虫がついてはいけないと思ったのでしょうね」
「「そのような理由ではないと思います、お嬢様」」
「ま!」
方々への御手紙をベラドナが書き終わり、配達の手配をと頼んだ後のお茶の時間。
今日も来客対応から一切帰ってこれないグレンを待ちながら、ベラドナは今日のおやつであるパウンドケーキに舌鼓を打っていた。
「とはいえ屋敷から出られないとなると、散策も禁止かしら」
「いえ、グレン様のお考えとしては、夜会、茶会など不特定多数の購買意欲を高めるような場所でのお話を止めていただきたいのでは」
「確かに…多くの人数に自慢すると、それだけ噂の広がりが早いものね……」
「流行りは一時的な物です、が、木製品の流行りがここまで続くと他の商品への余波もあり、商会が抱えている職人の手が足りない可能性が」
「そこまで考えていなかったわ……旦那様、お怒りかしら…………」
「「それは無いですね」」
「本当に?」
「はい、向こうの店舗の改築もできると喜んでおりましたよ」
ちまちまとケーキを減らすベラドナは、反省しているようなしていないような、多少はしているような顔持ちのままお茶を飲み干した。
使用人達は表情こそ変わらないものの、『大人しくしていてください』という商会長直々の指示にうっきうきである、なんたってこのお嬢様は顔の割に大人しくないのだから。昔から。
「お嬢様、こちらが宛名の書いてある手紙ですね」
「ええ、出してきてちょうだいな」
「畏まりました」
「さて、お屋敷から出れないとなると、何をしようかしらね……」
「贈り物をグレン様から頂いたので、お返しを考えてみては?」
「そうね、鞄が良いかしら?それとも靴?羽織物も良いわね…………」
「手作りの物には手作りの品で返すのが礼儀では?」
そう言った侍女がベラドナの前に差し出したのは、結婚後贈る初めてのおすすめ贈り物集という記事の載った情報誌。
手渡されるままに読み始めたベラドナは、あるページで止まり、戻り、進み、また戻ったあと、自分の横に立つ侍女に助言を求める。
「…………旦那様、タイと飾りチーフどちらが良いと思う?」
「カフスボタン、手袋の手首部分に刺繍なども良いかと思われます」
「お屋敷内のみはおそらく長い期間でしょうし、片っ端から作って、気に入った出来のものをお渡しになれば良いのでは?」
「そうしましょ、裁縫道具を持ってきて頂戴な」
「これで旦那様とのお約束通り大人しくしていられますねお嬢様」
「私のことをなんだと思っているのあなた達」
「「ベラドナお嬢様ですね」」
「ま!」
これで少し長い間落ち着ける、ありがとうグレン・リーヴズ商会長、これで少し長い間問題が起きない、ありがとうグレン・リーヴズ商会長。
紫電の舞姫の名は伊達じゃない。昔からベラドナ・シェードという娘は、その二つ名の通りに中々に強烈な伯爵令嬢であった。




