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飽きる恋をさせないで  作者: 南天大実


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18/23

18.責任感をもって



 丸い木製のコンパクト、同じく丸く凹んだ背面と、中には半月型の(くし)を入れられるスペース、そして、綺麗に磨かれたまぁるい鏡。

 その鏡にこの度新婚となったグレン・リーヴズのやけに真剣な顔が映り込み、閉じられ、見えなくなった。


「コンパクト自体は、中に櫛を入れる形状の物を作っていた、必要なのは、中に入れる櫛を作れる職人と、背面の細工をしてくれる職人」


 彼が立つのは木製品を取り扱うとある工房の前。鞄を担ぎ直し、手には未完成のコンパクトを持って挨拶をしながら工房へと入っていった。


 腹を括った一軒目。


「いやぁうちの細かいの担当は指輪の作業してっから、すまんな白狐の」


 方々へ馬車を飛ばして七軒目。


「その背面の細工?無理だね、ぜーんぶ指輪の方まわしちまったよ、今稼ぎどきだからなぁ」


 忙しいのは解ってる顔馴染みの十三軒目。


「あー、無理だなぁ、俺も含め大きい作業の職人しか空いてるの今いねぇんだ」

「……そうですか、お忙しい中、ありがとうございます…………」


 それはそう、そりゃぁそう…当たり前にそう……。肩を落とし、対応してくださった職人へとちゃんと挨拶をしてその場から立ち去るグレン。


 地獄の行脚(あんぎゃ)が目に見えている職人探しに、二つ返事で、一切嫌な顔せず、座り易いようクッションまで用意してくれたシェード家からきた御者さんへのお詫びは何が良いか考えながらふらふらと歩いていく。

 その様子があまりに打ちひしがれていたためか、あまりにもその背が情けなく可哀想だったからか、まだ白狐が小さな頃から馴染みの木製職人である旦那が追いかけ声をかけた。


「ァー、白狐の!背面の細工は無理だが、櫛の方なら何とかなる!!いま作れるの連れてくっからそこでまっててくれんか!?」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

「いいってことよ、白狐商会には木ベラやまな板の卸先として世話になってる、ただ、ぁー、口が悪いんだそいつ、見逃してくんな」

「勿論です!本当にありがとうございます!!」


 櫛を作れる職人が見つかったと御者さんへ急いで伝えに行き、急いで戻ってきたグレンは中に通され、コイツだと連れてこられた中々に態度の悪い若い職人と対面する。

 明らかに嘗め腐った態度、碌に頭も下げずヘラヘラと、グレンと同い年か少し下かそのくらいの男の職人が目の前の椅子に座る。


「こんちゃーすっ、オレが小物細工担当でっさぁ、どの木材使うんすか?」

「こちらに御用意してあります」

「へぇー材料持ち込みっすか、オレ、ちょーっと使うモンには目が肥えててェ、うるさいんすよ……」


 グレンが鞄から出した木材を見て目を丸く四角く三角にした若い職人は、最後に目を菱形(ひしがた)にして恐々と目の前の依頼人へと問いかけた。


「…………マジこれなんすか?お客さん」

「そちらの端材でお願いいたします」

「や、端材ったってこれ、"ツゲト"じゃないすか、幾らしたんです、これ、ちょっと」

「このコンパクトにぴったり入る大きさの物を、お願いします、贈り物なんです」

「…………ちょい、親方呼んできま「逃しませんよ」ひぃっ……!?」


 端材(はざい)だとしても目が飛び出るほどの高級木材、伐採が進み現在はまな板一つ分すら用意するのも難しいと言われる木材。

 相談という名の辞退をしに腰を浮かせた職人だが、上から、両手で、グレンに肩を掴み抑えられ椅子に逆戻りとなった。


「この前に二十件ほど周りましたが、櫛を作れる職人は貴方しか空いていなかったんです」

「だって、これオレの給料五ヶ月分の木材……」

「その三枚しか無いので、くれぐれも、よろしくお願いします」

「ぜったいほかの人に頼んだほうが…」

「よろしく、お願い、致します」


 ぐ、ぐぐ、ぐう。治安の悪い地域の平民出身であるグレン・リーヴズは、そこそこ、かなり、だいぶ、結構分厚い猫を被っていると昔馴染みの従業員達の間で(はや)し立てられている。

 すくなくとも、嘗め腐った態度をとっていた若い職人の顔を青褪めさせ、生意気な口を黙らせ、激しく縦に首を振らせるぐらいは容易い表情を瞬時に出せた。


 昔から世話になっている木製職人の旦那に深々と頭を下げ、材料と費用を渡して退店したグレンは馬車へと戻る。

 柔らかなクッションを長時間の移動で痛む腰に当てた彼は鞄から幾つかあるコンパクトの中で、一番出来の良い物を取り出すと背面を見つめた。


「これで櫛は確保出来た…あとは…………」


 丸い凹み。何を詰めるにしろ、入れるにしろ、埋めるにしろ、人の助けは必要だ。

 宝石は値上がりしているし扱う職人も忙しいだろう、それに商会の資金を割いた後のことが怖い。

 木製品の細工は今さっきまで櫛一つ用意するにしても死ぬほど駆けずり回った、無理だ。

 硝子細工でも良いがステンドグラスの意匠にしても、その他の意匠にしても、宝石一つ買えない貧乏商家と言われること間違いなし。


「…………スーーーーッ……」


 妻となったベラドナに対して、グレンはずっと罪悪感を持っている。指輪のことも、耳飾りの事も、自分なぞを一番いい男と思わせてしまった事も。

 頭を片腕で抱え深く息を吸い、ガシガシと髪を掻き崩す。彼はベラドナのことを恋愛的な意味で好きではない、愛しているわけではない。


「……やるか」


 だが、彼女に対しても、彼女の周りに対しても、やはり平民故の力不足と言われない程度に見栄は張りたい。

 だって国一の舞手と呼ばれた紫電の舞姫が選んだ相手として、ベラドナ先輩が選んだ相手として、矢張り平民風情がと言われるわけにはいかないので。



 グレン・リーヴズの学生時代、よりも昔々から、それこそハナタレ坊主時代からの親友であるジェローム。

 資料と書類とその他諸々の紙として残さなければいけない物たちを集めた部屋の扉を叩いた彼は、返事も待たずに部屋内にいるグレンへと声をかけながら扉を開いた。


「グレンー、職人の手配と木材の確保の目処ついたし、鏡の仕入れ先が決まっ…………は?何してんだお前」

「コンパクトの背面の細工を作っている」

「うーわ…確かにお前手先は器用だけど、とうとう木材細工の職人捕まんなかったか、そら彫り物入れる指輪流行れば当たり前か……」

「ジェローム、カーテン開けてくれないか」

「はいよ、で、なんで資料保管室なんかでやってんだお前、もっと環境良いとこあるだろ」


 一階の隅の隅、日の当たらないような場所に作られた資料保管室のたいして広くもない机の上で小さな木片を広げ、コンパクトの細工を作っていたグレン。

 ジェロームがカーテンを開くと申し訳程度の陽の光が入り、狐を模した細工を照らした。


「ベラドナ先輩がこの状態の僕を見て大人しくしていると思うか?、閉めてくれ」

「無理だろうなぁ」


 カーテンが閉められ、ランプの灯りだけがコンパクトを照らす。

 ジェロームは持ってきた契約書や資料諸々をグレンの作業の邪魔にならない位置へと置くと、彼の真正面の椅子を引いて横向きに座った。


「なんだ、手作りのもん渡すぐらいにはお前の方からも好いてんのか、意外だわ」

「渡す物によってこれ以降の商会の売り上げと評価と特大領地持ち義両親への報告が決まるんだ必死になりもするだろ」

「いやそらそうだけどさぁ……学生の頃は、髪が長くて元気でどっか抜けてる、歳下が好みだったよな、グレン、お前は否定してたけど絶対惚れてたろ、あの顔は」


 グレンの木片を選ぶ手が止まり、目付きの悪い顔が上がる。

 疲れでたいそう人相の悪くなったその顔を向けられてもジェロームは眉ひとつ動かさず、椅子の背もたれに肘をついてグレンの手元だけをみていた。


「………………ベラドナ先輩には言ったのか?それ」

「いいや、言わね、そんくらい俺でも空気読むわ」

「……正直、先輩と結婚してから貴族の客に無理な圧をかけられるような事も無くなったし、今回の指輪の在庫が全て消えたのも、とてつもない益ではある」

「だよなぁ、グレン女性向けの商品の見極めは良いのに、流行り逃してばっかだからな、在庫が溜まる一方だった」

「僕たちの商会に足りなかったのは広告塔、単純な話だったんだ、欲しがる人が居なければ物は売れない」


 もう少しで完成する白狐を模した細工のコンパクトはベラドナが欲しいと言った物だ、しかし、彼女が使い自慢することで、白狐商会の利益に繋がる。

 要は広告塔、それも、国中が知っている舞姫(アイドル)が、妻というだけで無料で使える。


「紫電の舞姫は、使える、だから離縁はしたくない」


 その答えにジェロームは溜息をひとつ吐き、足を組み直して居心地悪そうに尻の位置を動かした。

 昔々、グレンがまだ孤児院に入って間もない頃から親しい人間の一人として、いつも目の前の友人から手負の獣を前にしたような緊張感が出ていて、それを隠すよう無理に猫を被っている事もジェロームは知っている。


「……あんな美人に声かけられてそれを結論として言える根性は尊敬するぜ、ただ、相手はお前のことを好きな人間だっていうことを忘れんなよ」

「見限られるのはそれこそ浮気をした時ぐらいだろうさ、あの先輩のことだ、僕が人を殺しても一緒に海に捨てに行ってくれるぐらいする」

「やめろそういうこと言うの、そんなんだから幼馴染ちゃんに逃げられんだよ」

「メイベルは関係ないだろ」

「はァ〜〜〜〜…」


 懐に入れた者には甘く、執着が激しい。だが無意識。故に面倒臭い、死ぬほど面倒臭い、マジで死ぬほど面倒臭い。

 嫌というほど知っている親友の気質に振り回され続けてきたジェロームは眉間を揉みほぐし、無感情に動くグレンの指先をつまらなさそうに観察してから立ち上がった。


「…………そんじゃ、折角美人な人妻が空いてんだ、お昼でも誘ってくるかね」

「絶対に余計なこと言うんじゃ無いぞジェローム、お前の給料は僕が握ってるんだからな」

「はいはい、手作りプレゼント作戦頑張れよ〜〜」

「絶対だぞ!!」


 軽く手を振って退室したジェロームに吠え立てたグレンは暫く閉じた扉を睨みつけ、鼻を鳴らして細工に戻り、三つほどコンパクトの上に木片を置いた後ズルズルと椅子から滑り落ち、床に崩れ倒れた。


「はァ〜〜〜〜ッ……終わった、全部終わった、絶対あれやこれや話されるんだ、おわった…………」


 薄暗い室内の中、諦めとも憤りともとれない唸り声がしばらく響き渡る。


「あ゛〜〜〜〜〜……………………………」


 静寂。建物の隅の隅にあるこの部屋には人は来ないしベラドナに存在も教えていないから邪魔が入らない。入ってきても邪魔をしないだろう人間にしか現在の商会長の居場所は教えていない。

 なので商会長が床に落ち倒れていても心配する人間も、笑い飛ばす人間もいなければ、応援する人だって来ないのだ。


「……やるかぁ…………」


 緩慢な動きで椅子に這い上がったグレンは、後もう少しで隙間の埋まるコンパクトを視界に入れ、腕捲りをし直してから腹を括るように向かい合った。

 

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