16.妥当な値
寝室内で微笑んだまま花のように立つベラドナ、彼女の前でベッドのふちに座り、荒地の石のような顔色をしているグレン。
重く長い溜息がグレンの口から流れでて、一拍おき、微笑むベラドナに口頭注意を始めた。
「勝手に商品の値段を弄らないでください、変えたい時は僕に、何故、この物品の、値段を、二十倍にしたいのかという理由を、詳細まで適切な説明をして頂いてから、変更を、僕が、行いますので」
愛しい夫に言われたことを転がすように頭を傾け、反対に傾け、口元に手を当て、もう一回反対に傾けたベラドナは、静かに笑ってグレンへと一言問いかけた。
「……………でもたくさん売れたでしょう?」
「ええそうですね僕の予想を超えるほど、ベラドナ先輩のおかげで税務局の方から睨まれる羽目になりそうですよ」
「寄付すれば宜しいのではなくて?指輪に使われている木材の加工職人が年々減少しているという話を聞くわ」
「あのですね……はぁ…………」
ベラドナ相手に言っても反省しないだろうことは理解していたし、自分が言ったところでと諦めていたグレン。
実際彼の眼前で笑うベラドナは一切反省していないし、今までの苦労はなんだったのだろうと失笑してしまうほど売れたのだからこれ以上強くも言えない。
しかし、商売人として『売らせてもらった』という状況に不満はある。せめてそうであってくれと願うようにグレンもまた、ベラドナへ一言問いかけた。
「………………精霊の夢ですか」
「いいえ、私の手腕よ。家も世間も騙し切って好いた男と添い遂げる為に無茶をした舞姫、商品の付加価値としては十分でしょう?」
「十分過ぎるほど強烈でしたよ、まさか宝石を入れていない木の指輪の方が高く売れるようになるとは思いもしませんでした」
「誰だって好きな相手が自分の為に知恵を搾って選んでくれた物が欲しいのよ、お抱えの職人に彫らせるなり宝石を嵌め込ませるなりするでしょうね」
「次から事前に、事細かく、全てを説明してから実行して下さい、商会にも売る準備という物があるので」
予知、ではなかった。その言葉にいっそう肩を落としたグレンが額を抑える、予知ならば事前に聞いておけば準備が可能だったし、今後の対応が容易になる。
しかし、目の前の自分の妻は自分の手腕だ、と、宣った。つまり今後も、紫電の舞姫の気分次第で白狐商会は毛を毟られも梳かしもされるということ。顔色を悪くし始めた自分の夫に、ベラドナは両手を差し出して見せる。
「働きを示した分、報酬が欲しいわ」
「構いませんよ、持て余していた在庫は空になったうえ利益がもの凄かったので。何が欲しいんですか?宝石?新しいドレス?それとも犬でも飼います?購買に繋がれてた犬、わりと可愛がっていたでしょう先輩」
「あらよく覚えているのね、でも今はいいわ」
「そうですか、では何を報酬として望むんです?」
「お金で買えないモノ」
「お約束ですね、僕の余暇はただ今品切れ中ですので、入荷を今暫くお待ちくださいませ」
「貴方からの抱擁」
ひらり。優雅に見せた両手を離し広げて見せたベラドナは、目を丸くしたグレン相手に、態となのかそれとも無意識なのかどこか淋しげに微笑んだ。
「……お金では買えないものでしょ?」
その笑顔から気まずげに目を逸らしたグレンはベッドのふちから立ち上がり、ついてもいないだろう服の埃を軽く払い落としてから、恐々とベラドナの細腰に腕を回す。
「………………金積まれればそのくらい、肥溜めに落ちたロバとでもしますよ、全然」
「ふふふ、紫電の舞姫を肥溜めに落ちたロバと揶揄するのは貴方ぐらいね」
「違、そういった意味合いでは無く」
「いいのよ、好いてもない女と抱き合うのは金の為とはいえお嫌でしょう?」
「……嫌いとは、言ってないじゃないですか」
「でも、貴方に好きとも言われていないもの、私」
ぎこちない抱擁。だがそれでも満足なのか、ベラドナは目を閉じてグレンの胸へと頬を預けた。その動きに一瞬逃げかけたグレンだが、正当な、彼女がこれが正当な報酬だと言ったので、拒否は出来ない。
ベラドナの腕はしっかりとグレンの背中に回っているが、グレンの腕はベラドナのどこにも触れていない、ただ近いところに、抱擁の形をとって置いているだけ。
「屁理屈を……」
「貴方が言うの、それを」
「あのですね、言われれば何も無くとも抱擁ぐらいしますよ僕だって、美人と抱き合うのを役得だぐらい思うんですから」
「その割には普段手すら触れないではありませんの」
「結婚後とはいえ、みだりに女性に触れるのもよろしくないかと」
「結婚しても触れてくださらないとなると、私は、他に何をすれば良いのでしょうね、もう少し柔らかい方が貴方の好みなのかしら?」
「変わらなくていいですよ、先輩は、そのままでお綺麗なので」
「綺麗であっても貴方の好みでないのなら意味が無いわ」
ベラドナが目を開け、グレンの顔を見上げても目は合わなかった。居心地悪げに他所を向き、照れも、熱も、何も無い表情を確認した彼女も、また、目を閉じて何も気付かないフリをした。
「意味が無いのよ、全部」
ベラドナの方から手を離し、腕の中から抜け出る。急に無くなった腕の中の体温に、自分の腕に一切当たる事なく抜け出たベラドナの動きに驚いたグレンだったが、気不味い状況が終わったことに安堵する。
安堵はしたのだが、鏡台へと向かったベラドナの表情がどことなく機嫌悪げにも、良さげにも、哀しげにも、嬉しげにも、彼の目から見てよくわからない顔をしていたので、その表情をやめさせたくて話しかけた。
「………………僕の好みは、自分でもよく分からないんですよね、何せ、いままで恋どころか女性に興味自体そこまで」
「興味の一つはジェロームさんから聞いたわ、髪の長い娘が好きそうだったと」
「あの野郎」
「私の髪はどう?侍女に手入れをさせているのだけれど、もう少し長い方が旦那様は好きかしら?」
「結構です」
「どういう意味の結構なのかしら、分からないわ」
自分の髪を梳かしながら会話をするベラドナ。鏡に映るグレンの表情が普段と近くなった事に安堵し、櫛を置いた。
「そのままで、はい、そのままの長さが好きですよ、先輩の髪なら全部綺麗なんでどの長さでも良いですよ、それより他にアレから何を聞いたか話していただけますか、全部」
「恋人の束縛ってこういうことを言うんですのね…」
「先輩」
束縛…ではないだろうが、恋愛本に乗っていた言い回しに近いものを聞けて満足したベラドナはサッサと寝る体勢に入り、バリケードを挟んでその隣で顔を強張らせたグレンは頭を抱えた。
新婚とは思えない安らかな寝息と、新婚とは思えない呻き声が、リーヴズ夫妻の寝室にその夜響いていた。




