15.付加価値&購買意欲
グレンもベラドナも結婚生活にそこそこ慣れ始め、バリケード上の目隠し布だけは撤去された頃。
新婚だからと呼ぶのを遠慮するべき期間も終わり、平民出身商会持ち准男爵と電撃結婚をしたベラドナは、それはもう彼方此方四方八方から茶会の誘いに呼ばれまくっていた。
洒落たドレスに身を包み、化粧も髪型も整えた上で夫に対して完璧な笑顔を見せるベラドナ。
「ではお茶会に行って参りますわ、お土産は何に致しましょうか?」
「従業員へ配るお菓子を五箱程度見繕ってきて下さい、ベラドナ様からの贈り物と言って配ると士気が上がるので」
妻の笑顔にも美しい姿にも一切目を向けず、帳簿と買い物要望の貴族からの手紙へと熱い視線を注ぐグレン。
側から見れば素気無い返事に対してもニコニコと微笑みを絶やさない健気な妻と、一切妻に興味関心を向けない冷酷な夫の図だが、婚儀への至り方がそもそもあれだ、一概に夫側が酷いとも言えない。
「そんな使い方をされているの、日持ちするものとしないもの、どちらがよろしくて?」
「3:2の割合でお願いします、お気をつけて、商店でお帰りをお待ちしております」
「ええ、貴方もお仕事頑張ってね」
軽やかな足取りで部屋の外へ出るベラドナと、鬼気迫った勢いで書き物を続けるグレン。
部屋の外で聞き耳を立てていたベラドナ付き使用人の一人と、平民出身白狐商会従業員は、ご機嫌な商会長夫人の後ろ姿と、気迫ある商会長の顔面を見やり、お互いに気まずそうな顔で少々頭を下げ合ってその場を解散した。
貴族令嬢の間で何が一番興味関心を惹く話題か?やはり、真実の愛を貫いたとされる恋話が一番だろう。
学園の後輩、先輩、貴族社会に出てから付き合いのある人間。結婚式を身内のみでしたということで、新婚のベラドナを祝う場として用意された茶会には多くの既婚未婚問わずの貴族女性で溢れていた。
「ベラドナ様ご結婚おめでとうございます、わたくしの贈った花瓶はお気に召して頂けたかしら?」
「勿論、白百合の絵が描かれた大変立派な物ですわよね、とても気に入って本館の自室に飾っておりますの」
「まぁ嬉しい!紫電の舞姫様のお眼鏡に適ったようで何よりですわ!!」
「ベラドナ様、私の贈った香油は如何でしたでしょうか?」
「薔薇の香り高い物でしたわね、今日の扇子に付けさせて頂きましたの、とても良い香りで心安らぎますわ」
「本当ですか…!?良かった、やはり好みはありますので、もし、ベラドナ様の苦手な香りだったらと肩を震わせておりましたの」
「うふふ、健気な方ね、とても素晴らしい贈り物でしたわ、感謝申し上げます」
国一の舞姫と呼ばれ、数多の魅力的な殿方の誘いを躱し続け、本当に好いた相手と添い遂げた大輪のような人。
憧れの眼差しが四方八方から注がれる中で、軽やかに微笑むベラドナの指に光る結婚指輪に目を向ける底意地の悪い人間。
「ベラドナ様、その指につけていらっしゃる指輪は、もしかしてリーヴズ准男爵様から贈られた揃いの結婚指輪かしら?」
「ええ、私の旦那様から頂いた、大切な結婚指輪ですわ」
「まあまあ!本当に、皆様お聞きになりました?」
わざと視線を集めるために扇子を派手に動かした彼女の手には大粒の宝石が幾つも並び、結婚指輪の位置には一際輝くシャンパンゴールドの指輪。
「この国一の舞姫がつけている結婚指輪が、まさか!木で作られた物だなんて!わたくしとっっても驚いてしまいましたわ!!」
取り巻きと共に嗤い出す一人の貴族夫人。歳はベラドナと近く見え、もしかしたら学園に通っていた頃に彼女の先輩だったのかもしれない。
しかし面と向かって嫌味を突きつけた女の人物像よりも、周りの人間はかの有名な紫電の舞姫の結婚指輪が『木で作られている』という事実に興味を向けた。
「木?木でできているって、机と同じような…?」
「宝石も……小さい物ですわね……」
「やはり一代限りの准男爵でしたから、資金の方が……」
「木の指輪?ついている宝石はオパールのみ…?」
「新円ではなく、少し伸びたような……?満月のように加工できる職人がいなかったのでしょうか……」
「ほほほ、かの有名な紫電の舞姫が付けるものとしては、随分と…ねぇ」
「そうですわね…やはり弱みを握られての、不幸な結婚だったのでは……」
祝福の空気は一転、元平民に唆されての婚姻だったのではという空気が会場内へと立ち込める。
主役席に座らせられていたベラドナは立ち上がると、自分の近くに寄り集まった人の中から出て、自分に喧嘩を売ってきた夫人の前までゆっくり進み出た。
「皆様ご存知です?木というものは、これ以上曲げたり伸ばしたり出来ません、金属と違い、他の方に合わせてサイズ直しが容易な物ではございませんの」
あくまで美しい所作で歩き、美しい所作で左手薬指から指輪を外し、木で作られたと嗤った夫人へと見せつけるベラドナ。
木製で作られた指輪はスルリと抜け、ベラドナの手の中で指輪に一つだけつけられたオパールが優しく輝いている。
「この指輪は、私の指にしか合わない物を、旦那様がわざわざ、私に合わせて作ってくださった物なんです」
半開きの扇子で口元を隠し、ベラドナの余裕綽々な態度に眉根を寄せていた夫人は紫電の舞姫に扇子を持っていた手を取られ、流行りの口紅を塗った口元を曝け出された。
扇子を持った手の、左手薬指。彼女の自慢であるシャンパンゴールドに大粒の宝石がつけられた結婚指輪が嵌められたその指に、ベラドナは自分の夫から贈られた大切な指輪を通す。
「お手を失礼……この通り、私の指に寸分の狂いなく合わさる物で……」
木製の指輪は女の第一関節と、第二関節の間で肉に阻まれ、豪奢な指輪の隣には並ばなかった。
ベラドナは最後まで指を通らなかった指輪を目を見開き唇を噛んだ女の手から外し微笑み、自分の周りに集っていた中の、未婚である御令嬢の一人の手を取って同じ左手薬指に嵌める。
「……加工した職人も、私は直接お会いしたことはありませんが、大層腕の立つ者なのでしょうね」
今度は指輪が最後まで関節でも止まることなく通ったが、ご令嬢の指にはどうやら大き過ぎたようだ。
ベラドナは彼女の手を高く掲げさせると、指輪が緩いことを示すように指に嵌めさせたまま、くるんと回して見せる。
「入手に大変手間がかかる特殊な木の指輪、彫り物は彼の故郷では有名な願いがかけられており、対の指輪と合わせると、二つに分たれた紋様が一つになる」
騒めく会場内、遠目から見ればただの粗末な木の指輪、しかし、近くの者は浮き彫りのような細かな紋様が目に入る。
ベラドナはご令嬢の指から指輪を外すと、それはもう世界で一等大切な物でも見るように指輪を見つめ、自分の左手薬指にゆっくりと、慎重に、二つの関節も指の肉も何もかからず、ぴたりと隙間無く指輪を嵌めてみせた。
「このオパールもこの世に一つと同じものは無い輝き、私につけられた紫電、という名を慮り、この色味、空に紫の光が走るような物を見つけてつけて下さったのです……」
ほぅ…と溜め息混じりに心の籠った結婚指輪の話を聴いて頬を赤らめる御令嬢達、紫電の舞姫、ベラドナにつけられた二つ名は貴族ならば最低でもひと月に二十は耳に入るもの。
美貌も才能も持ち合わせた舞姫が、他の誰よりも、学園に当時在籍していた王子よりも、どうか一生かけて貴方の隣にと望んだ相手。
「商会を立ち上げてすぐ、それもとっ、ても忙しい時に……私、今まで贈り物をくださったどんな殿方からも、ここまで私のこと"だけ"を考え抜いて贈ってくださった物を受け取ったことがないの…………」
貴族社会に売りに出すには最適すぎる"物語り"であり、貴族令嬢が私もあの指輪がと言い出すには最高過ぎる"理由付け"だった。
「……私、彼と結婚できて、本当に幸せ者ですわ」
最悪なことにベラドナの話に嘘偽りは一切無い。作成費は安く済むがベラドナが着けていたらワンチャン在庫が大金に化けそうで、ベラドナの気に入りそうな装飾職人の中で手が空いていそうで、高くない宝石の中でどうにかこじつけでも紫電の舞姫の指に乗っていても文句を言われないもの。
ベラドナのこと"だけ"を考えて作られた"木製の特注結婚指輪"という話には、嘘も偽りも、砂つぶほどの虚飾だって存在しないのだ。
ご機嫌な様子で侍従を引き連れ帰ってきたベラドナ。扉を開ければ出かける前と同じ体勢、同じ表情で仕事を続けるグレンが居た。
「ただいま戻りました旦那様」
「おかえりなさいませベラドナ様、手土産をありがとうございます、従業員の休憩室へ置いてきますので少し席を外しますね」
「ええ、是非ともお願いいたしますわ」
妻に対して等閑な対応。そんな愛妻家の夫へと着いて行くように侍従に指示を出した新婚ほやほやで幸せいっぱいな紫電の舞姫は、グレンの座っていた執務椅子に座り、広げられている書類を見つめた。
見つめ、眉根を寄せ、不機嫌そうに呟く。
「…………………………紫電の舞姫に贈られた結婚指輪、適正価格はこうでしてよ、もう」
羽根ペンを取り勝手に店頭販売価格を変更し、満足したベラドナはインクを吹いて乾かして、確認済みの箱へとその一枚を入れる。
その後、椅子に座ってゆらゆらと揺れていたら従業員が一人来たので、確認済みの書類箱を手渡し、上機嫌のまま白狐商会商会長の妻としてオパール煌めく木の指輪をつけた手で紅茶を二人分淹れ始めるのだった。
少しして、考えに考え抜いた果ての結婚指輪を贈った愛妻家のグレン・リーヴズは、ベラドナの使用人に手伝ってもらい従業員の休憩室に菓子を配置し終え、日持ちしないものは全て食べ終わったのを見計らい箱を回収しに行った。
戻る際に店頭の様子を一度確認に向かおうとしたその足を止めるように従業員の一人が麻袋を持って目の前に飛び込んでくる。開いた麻袋の中には質の良い紙の手紙、手紙、手紙。
「グレン商会長!!」
「何かあっ…手紙?」
「何故か木製の指輪に関する問い合わせの手紙が山のように届いています!!」
「急に、どうして、いやいい!この機を逃すな、在庫はまだあった筈だ倉庫から全部出してこい、その袋は受け取るから早く行け!」
「はい!!」
投げ渡された麻袋を受け取ったグレンは、乱雑に突っ込まれた麻袋内の手紙を一つ取り出し、書かれた貴族の爵位に目を剥いた。
悲鳴を上げる間もなく別な従業員、店頭で貴族相手対応を任せている者のうち一人が血相を変えてグレンの隣に駆け込んでくる。
「商会長!店頭に置いていた木製の、オパールの指輪が貴族相手に全て捌けました!!」
「は!!?今まで冷やかしに来る奴等は見向きもしなかったろう!?なぜ!?」
「それが子爵から侯爵まで、使いの方が指輪一つだけを買いに来てぇっ!」
「と、とにかく元本店の方の在庫も持ってこさせろ!おい!トロイ!あの工房から全部買い上げてこい!!」
「わかりました!!」
何故急に、どうして木の指輪が、売れるにしたってもう少しこう徐々に売り上げが上がるものではないのか。
そんな疑問がグレンの頭を高速で過ぎるも、次に走って来た半泣きの従業員が叫ぶ愛妻家で知られる侯爵様ご本人が来店した旨で全て吹っ飛び、ついでに彼の内臓もぜんぶひっくり返った。




