13.興味本位と好奇心
執務室で頬杖をつき、虚な目で宙を見つめる白狐商会商会長、グレン・リーヴズ准男爵。
「………………………………はぁ」
そんな彼の視界に入っているベラドナ・リーヴズは、大層美しい所作で紅茶を淹れ、愛しい愛しい自分の旦那へと湯気をたてるカップをすすめた。
「ご機嫌斜めですわね、旦那様、居住区の内装工事が終わらないことに焦れていますの?、もう少ししたら寝室も一緒になりますので、そう眉を寄せないで」
「違います、どこぞの舞姫様宛ての手紙の処理なんて雑務が増えたから、返す文面を考えているんですよ」
「あら、結婚したというのにまだ私宛に届いているものがあるの?」
「そうやって目を通そうとするから相手も調子に乗るんですよ先輩、受取拒否すればいいのに……」
執務室の机の上に広がっている狂気的なほど字が詰まった手紙の一枚を取り上げ読み始めたベラドナから、グレンの手が手紙を取り上げる、なるべく読ませたくないのだろう。
伏せられてしまった手紙に目を落としたベラドナは、はて、と、首を傾げ、口元に手を当てた。
「受取り拒否…でも、グレンは卒業した私に手紙の一通もくれなかったもの、しても良かったのかしら」
「出す方がおかしいでしょう、かたや国一の舞姫、かたや平民出身の平凡な男、学園の後輩とはいえ家名も無い人間からの個人的な手紙なんて家に着いた時点で捨てられますよ」
「そんなことないわ、ずっと貴方からのを待っていたのに」
「それに一通は僕も出したでしょう、出資の礼で」
「それって、私のところに届いたものと、他の御友人各位に出したもので、文面に違いはある?」
ぴた。グレンの動きが止まり、息を長く細く長く長く吸いながら天井を見上げ、健気に自分の出資金どうものお世辞の手紙でも嬉しかったらしいベラドナの問いに小さく答えた。
「………………………………………多少は」
「正直ものね」
それだけ?グレンの視線が目の前の元先輩現妻の顔に向いたが、大して気にした様子もなく、声色も変わらず微笑んでいる。
困ったように、しかし、嬉しそうに微笑むベラドナから視線を外したグレンの視界の中で、細い指が机の淵をゆるりと柔らかくなぞってみせた。
「私、旦那様からまだ愛の言葉の一つも貰っていないのだけれど、くださらない?」
「誓いはしたでしょう結婚式の時に」
「儀礼的なもののみで済ますおつもり?私が望んでいるというのに」
「僕が言ったところで揶揄うでしょうベラドナ先輩、見え透いているんですよ、遊んでやろうって魂胆が」
「じゃあキスしてちょうだいな」
カリ。桜貝よりも薄く淡い爪が机の天板を掻き責める、弾かれたように顔を上げたグレンの視界には、先ほどよりも少しの翳落ちた妻の顔。
「……私に好きも愛しているも言わない口なら、それくらいしてちょうだいな」
責めているのか、懇願しているのか、悲しんでいるのか怒っているのかも分からない声色にグレンは口を開け、閉め、言葉を出すために開く。
「…………………………紫電の舞姫様、僕は学生の頃から、貴女の踊りに目を奪われてきましたよ!」
「うっふふ!私相手に意地を張っていることだけはよぉくわかりましてよ!おぼえてらっしゃい!!」
怒ってるが怖くない、むくれた美人もまた可愛くしかむくれられない。グレンは返事を書く気が失せた手紙を早々としまいこみ、在庫管理表をサブ机の上から引き摺り出した。
その様子も面白くないのかベラドナは天板に両手を乗せ、つれない旦那の顔を横から覗き込むように身を屈める。
「はい覚えてますよ、これから在庫の確認するので暫く顔上げませんよ、お暇でしょう、刺繍でもしていてください」
「別に暇ではないわ、グレンの横顔を見ているから」
「ン゛ッ…………と、ですね、ベラドナ先輩に見られていると大変気が散るので、視線を他所に向けてはくれませんか」
「他所に……」
他所に、よそに、よそに……。素直に立ち上がり執務室内をふらりと一周したベラドナの目に窓がとまる、窓から外が見える、外には従業員達が休憩時間なのか談笑しているのが彼女の目に映る。
窓にベラドナが近づくと商会長の若妻が姿を見せたことに喜んだ従業員達が気付いた者から手を振り、ベラドナも振り返し、その中に一人、ベラドナが学生時代グレンの次に多く話していた平民の男性が見えた。
「あら、ジェロームさんが手招きしているわ、ちょっと出て来ますわね旦那様」
「行かないでください」
「今までにないほど熱烈な引き留め方ね、ちょっとだけびっくりしたわ」
椅子から立ち上がりベラドナの腕を掴んだグレン。恋愛小説のヒーローさながらだが、その顔は真っ青な上に震え、懇願もいいところの声を繰り返す。
一瞬ときめいたベラドナだったが、グレンの明らかに異常な様子を見、窓の外を見、宥めるためにグレンの肩を撫で摩る。
「ここにいて下さいベラドナ先輩、行かないで、僕の側から離れないで」
「そんなに貴方が怯えるほど、ジェロームさんと私がお話しするのが嫌なの?心配しなくても貴方一筋よ?私」
「絶ッッッッッッ対碌な話をしないのは分かっているんですよ、僕の顔でも手でも身体でも見ていて良いのでここに居てくださいベラドナ先輩」
「でも…」
もう一度窓の外を見ると両手を大きく上下させ、おいでおいでと呼んでいるジェローム、彼の笑顔は大層眩しいものだ。
その笑顔が良いものか悪いものかは見る人の判断によるだろうが。とにかく良い笑顔だ。
「……私のことを呼んでいるみたいだし、無視するのも失礼でないかしら?」
「貴女のことを、愛しているので、僕のいないところで、僕の友人や、従業員と、話すのを、やめて下さい」
「今までにないほど必死ね、面白くなってきたわ」
「面白くならないでくださいお願いですから、ほんとに、特にジェロームだけは駄目です、あいつ絶対碌な事言わないんで」
駄目、無理、やめて。人間、禁止されているものほど魅力的に見えるものだ、カリギュラ効果。
愛しい旦那に行くなと止められ、話すなと言われ、しかし己が呼ばれている。ベラドナもまた好奇心の強い人間であった。
「……そこまで止められると俄然興味が湧いてきたわね」
「しまったこの人そういう人だった……ッ!」
リーヴズ夫妻はまだ知らない、現在休憩中の従業員達の間で『商会長の新妻は従業員が呼んだら来てくれるか』というトトカルチョの真っ最中だということを。
しかも、『喜んで来てくれる』方が圧倒的多数であり、実際『喜んで来てくれる』の方が大勝利することも。
そして実際、『商会長夫人は従業員が呼んだら喜んで来てくれるし安いお菓子を一緒に食べて話してくれる』が大正解となり、白狐商会商会長の胃がさらに荒れ始めることもまだ知らない。




