14.二人の間には壁がある
つつがなく白狐商会新店舗開店、開店セールを終え、最初の定休日を迎えることとなったグレン・リーヴズ商会長。
締め作業もいいところが終わり、商会長の仕事とはどんなものかと様子を伺いついでに手伝いに来たシェード家本館の使用人の一人が改めて声をかける。
「開店三日目、おめでとうございますグレン様」
「ありがとうございます、シェード家の使用人さん達にも手伝って頂いて、なんとか乗り切れました」
「いえいえ、グレン様の手腕には光るものが御座いますな、ベラドナお嬢様が気に入るのも当然かと」
「はははは…………」
使用人からの冗談とも本気とも取れぬ言葉に乾いた笑いで返したグレンは帳簿を閉じ、さっさと棚へと片付けた。
逃げたい、背中と顔でそう語る商会長殿相手にぬけぬけと会話を続けるシェード家使用人。
「して、明日の御予定は」
「明日は定休日になりますので、在庫の確認、売り上げの計算、仕入れ注文、二店舗経営になりましたから元本店の方の様子が送られてくる筈で、その書類確認と……」
「ほう、お忙しいのですね」
「ああいや、する事自体は今までとそう変わりないので、営業日ほどではありませんし皆キチンと休めますよ」
なのでシェード家からのヘルプは必要無いです、と、暗に伝えたグレンは横目で様子を伺った。
しかし、今ほど伝えた使用人は何事かに納得したように何度も深く頷き、人好きのする笑顔を浮かべグレンへと退出の挨拶を述べる。
「なるほど、なるほど、商会ではそのようなお仕事があるのですね、大変勉強になりました、それではグレン様、わたくしはこれで失礼致します」
「はい、本日は白狐商会への御助力、ありがとうございました」
ぺこり、ぺこり、それでは。つつがなく別れの挨拶も終わり、特に嫌味も皮肉も忠告も無いまま平和に会話が終わったことにグレンは首を傾げつつ、シェード家本館から遣わされた使用人の背を見送った。
グレンには貴族のことはよくわからないし、貴族に仕える人のこともよくわからない。
今は貴族の末端であろうと元は結構品の無い地域出身の平民であるグレンは、絶対に何か言ってくるだろうなと思った使用人相手に使う必要の無かった平民の思う貴族式やり込め術を、変な顔をしながら暫く口の中で転がしまわしつつ、寝室へと歩き出した。
居住スペースの建築も終わり、品の良さげな扉を叩いて返事を待ってから自分の寝室へと入るグレン。
華美すぎない落ち着いた調度品で整えられた部屋の中に、女神に愛された花の如き令嬢、今は人妻であるベラドナ・リーヴズが夜着に身を包んで夫の帰りを待っていた。
「おかえりなさいませ旦那様、今日も遅かったのですね、私寂しかったのよ」
ぱすぱす。隣に来いと言わんばかりに自分の腰の近くに置いた枕を白百合の手で叩く彼女は、薄暗い部屋の中で枕元のランプの光を受けて輝いている。
疲れ目には痛いぐらいに光が刺さると顔を背け、カーテンで仕切れるようになっている部屋の一角へと移動するグレン。
「………………ベラドナ様、商会が落ち着くまでは何もしない約束です」
「あら、私そんな契約を交わした覚えはありませんわ」
「離縁しますよ」
「離縁出来ると思っていて?」
「思ってはいませんが、家庭内別居というのがあるようですね、良い別離方法だとは思いませんか」
シャッ!と仕切り布を引き、寝間着に着替え始める夫の影すら見せない冷たい対応にベラドナは口を尖らせ、叩いていた枕を抱き込んだ。
「……意地悪」
「どちらがですか」
着替え終わり、カーテンを開けてベラドナの待つ寝床へと近づくグレン。
途中、厚めのクッションを長椅子から手に取り、真ん中より右側寄りで陣取っているベラドナに押しつけ退かす。
「貴方を心から好いている女が隣にいるというのに、何もしないの?」
「好いてくれているからこそ何もしないんですよ、商会が転けたら終わりなんです、僕も、僕の友人達も、働いてくださっている人達も」
「……お堅い人」
「軌道にも乗っていないのに家族が増えたとか洒落になりませんからね、店を増やすのもこんなに早い予定じゃなかったし、貴族向けの商品だって手薄、早急に問題ない商会運営のため資金繰りの目処は立てたい……」
「グレン」
自分を押し除けるより震える方に意識が向いてしまったグレンの手を、ベラドナがそっと握った。
ランプの光が背後にあるとはいえこの近さでは流石に顔色もわかる、青みの強くなったグレンの顔を覗き込むベラドナ、顔の近さに身を引き、ベッドの際に退がり顔を背けるグレン。
「…………何もしないって」
「手を握るは何かした部類に入るの?おぼこいのね貴方、女性と深い仲になったことは?無いわね、失礼しましたわ」
「なんで知ってるんですか」
「ずっと貴方のことだけ見ていたんだもの、そのくらい分かるわ。そもそも見ていなくても商会へ注ぎ込む熱量で、そんな暇が無かったことも分かる」
冗談めかして話すベラドナ、グレンの顔色が戻ったことを確認し、大人しくベッドの半分以下に引き下がる。
その様子を確認し不可思議そうな顔をしたグレンは残りの半分に乗り、布団の中へと脚を滑り込ませる。そしてギリギリまで端に寄り妻に背を向ける形で身体を横たわらせた。
「はいはい見てたんですね、精霊の夢ですか?」
「いいえ、見ていたと言っているでしょう、私が、貴方のことを」
返答はしなかった。意地を張るように寝に入るグレンの後頭部を見つめ、少し手を伸ばし、体温がわかる近さの位置に落とすベラドナ。
顔を覗き込もうとすると布団を頭まで被る夫に微かな笑い声を漏らし、腰を寄せる。
「ねぇ旦那様、商会が落ち着いたらっていつのことかしら、私、お婆ちゃんになってしまわない?」
「…………場合によってはなるかもしれません」
「ま!急いで貰わないと困るわね、でも、睡眠不足で貴方に早逝されても困るから、今日は寝てしまいましょうね、こちらにおいでなさいな、一緒に寝ましょう」
細い指が掛け布団を除けると、渋々グレンが起き上がった。起き上がって、ベッドから降り立ち上がり、部屋内と収納内からありったけの毛布やクッションを集めて戻ってくる。
グレンは無言でベッドの上に大人しく座るベラドナの前に両手にいっぱいの巣材を積み上げ、軽く紐で縛るなどして崩れないようにし、サッと仕切りの布まで張ってしまう。
「……旦那様、何をしていらっしゃるの?」
「ベラドナ先輩ここからこっち側に入らないでくださいね、入ったら寝室分けるんで」
「貴方こんな時までそういうことを、本当に面白い男ね、ちゃんと覚えてらっしゃいねそのうち後悔させてあげるから」
次の朝、少々不機嫌なベラドナと、寝不足ですと顔全面に出したグレンが寝室から出てきた。
そして新婚夫婦の使った寝室内へ清掃に入った使用人達がバリケードを見、カーテンを見、お互いの顔を見て首を傾げる羽目になったのだった。




