「彩録館に残された記録」
伊織は部屋の布団の中にいるとき、街彩花の彩録館の中に置いてある、挿絵録について思い返した。
そのとき、刻の連なりから作品へと成り得た逸話の記譚。想綴録について思考していた。
その内容は、古来より伝わる、ふるめかしい語り記録、演出されていた。
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「はなのゆくすえ」
はなは、ある森にいた。
いかな理由によりここにいるのか、はなは記憶にない。
しかし、それについて思考するということも、はなはしない。
ひたすら前へ前へと進む。
あるとき、そこにいた『はな』は、余波の気配に気を取られていた。
さやさやと木の葉のこすれる音、チチチと鳴く鳥の声。感知して受け取れる感覚に、足は軽くなる。
さらに森の奥へ奥へと歩き進める。
そのとき。かさかさ、と、音は鳴る。そちらの方へ、ふいに目を向けた。
サラサラの毛並み、つんと誇り高い鼻、折りたたまれた耳、しなやかな脚。なにより目についたのは、そのほそい目。
はな「きつね……」
そのきつねから伝わる意志は、こちらの頭へと浸透してくる。
きつね「きみは、〝言の葉の森〟に捕らえられたまよいのこかな?」
きつねの言う意味はわからない。
たいした説明もないまま、きつねは話し進める。
きつね「この森から帰りたいなら、方法はひとつ。それは」
きつねの口端は笑みに浮く。
きつね「おもしろい言の葉に依るのさ」
きつねの笑みは、ますます悪たれたものになる。
空はかすかな色合いに縁とられ、闇というのに適う色になる。月明かりに照らされている。
きつね「はなはそろそろこの森から抜けたいと思う。それなら、美しい言の葉をつくるといい」
はなは、己の背丈を超える大木に向かい、思いついた言の葉を話す。
はな「『月とはな、満ちりて朔の放つ夜』」
きつね『月とはな、満ちりて朔の放つ夜』ときたか。そうかい、そうかい。いやあ。お見それしたよ」
きつねは少しさみしそうな顔つきになる。
きつね「ああ。はな、たのしいよ。お礼にこの森から帰してやろう。よく聞いておくれよ」
そして、このような言の葉を口にした。
きつね「このはにはなはとらえられることもなし(木の葉に花は捉えられることもなし)
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そのような説話の内容は、眠れないくらい思考回路の中を旋回していた。楽しいひとときについて、思い返せたこと、嬉しくなれた。




