斯くしもがも 3
爺ちゃんが私に生きる術というか社会を行きていく心構えを教えているとするなら、婆ちゃんは私に一人で行きていける生活の基礎を教えてくれた。
例えば食材の見方。
野菜においても、ヘタがある野菜、ナスやきゅうりやトマトなんかはまずヘタをみてシナシナになっておらずハリがあるか水分が抜けておらず重いかとか、
ねぎや大根なんかの色の分かれたものは色の境目がしっかりでているかとか、
ナスやきゅうり、オクラなんかのトゲのあるものは痛いくらいトゲが尖っているかとか、
同じキャベツでも春キャベツなら芯の太さが500円玉くらい、巻が緩めで葉の色が濃いものを、冬キャベツは逆にしっかりと葉が巻いていて重いものをとか
肉でも
牛肉なら鮮やかな紅色で、くすみのないもの、脂身が白色で、赤身との境目がはっきりしているもの。
豚肉なら淡いピンク色で、ツヤがあるもの、脂身が白色で、赤身との境目がはっきりしているもの。
鶏肉ならピンクがかった白色で、透明感のあるツヤがあるもの、皮の皮の毛穴が盛り上がっているもの。
あとはドリップが出てないかとかにおいがないかとか。
婆ちゃんは
「鳥なら捌けるから捌いた鶏が一番なんだけどねぇ」
とにこやかに言ってた。婆ちゃんは鶏を捌けるらしい。婆ちゃんの年代ならだれでも捌けるらしいけどあまり日本美人な婆ちゃんが捌いている姿は見たくない。
例えば洗濯。
白物と色物は分けなさいとか、
そもそも洗えないものもあるだとか、
洗剤量は書いてあるとおりに入れないと大変なことになるとか、
うちには洗濯機の他に洗濯板のあったのでその使い方とか、
シワはしっかり伸ばして干しなさいとか、
何でもかんでも日向に干したらだめですとか、
布団は週に1回は干しなさいとか、
着物も結構あったので日陰で電灯にも当たらない風通しの良い所で半日程干しなさいとか、
畳み方とか、全然理解できない洗濯表記の見方とか、アイロンの掛け方、
それに簡単な裁縫。
ボタンの付け方、
穴の繕い方、
波縫いやまつり縫いや返し縫いなどの縫い方、
ミシンの糸の通し方使い方。
例えば掃除。
上から下にゴミを落としていきなさいとか、
一番奥から出入り口へゴミを持っていきなさいとか、
障子や襖や土壁砂壁ははたきでゴミを落としなさいとか、
畳は水拭きではなく乾拭きで畳の目に沿うようにとか、
板の間や柱は木目に沿って拭きなさいとか、
白木部分には水分はダメですとか、
角までしっかり掃除して丸く掃いたらいけませんとか、
物は退かして掃きましょうとか。
そして料理。
何よりも婆ちゃんが私に力を注いでくれたモノ。
私は元より左利きで、婆ちゃんは言う。
「あなたは左利きですが、世の中は右利きで回るようにできてます。なので右で生きる世界に慣れなければいけませんよ。
しかし道具は得てして便利なもので使いようによっては左でも使えたり、左用に仕立て直しすることも出来るのです。
良い例が包丁。ここに色んな包丁があります。」
そう言って台所に様々な包丁を並べる。
大きいもの、長いもの、細いもの、小さいもの、鉈のようなもの、分厚いもの…
「これらはそれぞれ意味があり、それぞれ使い方が違います。例えばこれとこれ」
そう言って同じ様な形で、同じ様な長さの包丁を2つ並べる。
「こちらの全部金属で出来ているものは洋包丁。肉でも野菜でも幅広く使えます。そしてこの包丁は右でも左でも使えるようになっていて主に押して切ります。なので硬いものなどはこちらですよ。
そしてこちらの握り手が木で出来たものは和包丁。こちらも幅広く使えますが、この和包丁は右利き用に研いであるのであなたには使いにくいでしょう。そして洋包丁と違い引いて切ります。なので硬いものより柔らかいものや繊細なものに使うのが良いでしょう。」
似たような包丁、しかし用途は全く違う。
「この包丁のように似ていても用途を、意図をわかってないとうまく扱えないことは世の中に多々ありますよ。だから色んな視点と広い視野が必要なのです。」
「それと、道具は大切になさい。高価だからいい道具とは限りません、あなた自身が使い方を知り、それに合わせて素直に働いてくれるのが良い道具です。だからその働きを裏切らないよう、大切に手入れなさい。それぞれの手入れの仕方も覚えるのも大切なことですよ。」
そう言って婆ちゃんは和包丁を研ぎだす。
ショリショリと凛と澄んだ音が響く。婆ちゃんの細い白い指を雲居鼠の研ぎ汁が汚す。
「はい、左用に刃を研ぎ直したから使ってみなさいな。」
真剣な表情から一転して満足げな顔で私に白銅に輝く刃を付けた和包丁を渡される。
こうして婆ちゃんに教わった一つ一つが今でも私に息づいている。
婆ちゃんありがとう。伝えられぬ婆に多大な感謝を。




