境界のまなざし 8
行き過ぎた思考の曽祖父の話も終わりに差し掛かる頃。
「そういえば、渡すものもあって呼んだんじゃ。」
そう言って、また若いお手伝いさんに付き添われながら広間へ戻る。
そこにはまだ祖父母が残っていたが、男はもう居なかった。
男は居心地が悪かったのかタバコを吸いに行くついでにどこか外へ出かけたそうだ。
優しそうな祖父母が声をかける。
「端白、大きくなったなあ、覚えているか?爺ちゃんだぞ。」
「ほんとねぇ、あんなに小さかったのにこんなにシッカリとなって…」
そういう祖母の眼には涙が溜まっていた。
私は泣きたいのをぐっとこらえて、
「お祖父様、お祖母様、お久しぶりでございます、端白です。」
と挨拶をする。
「そんなにかしこまらんでええ、私らは爺ちゃん婆ちゃんでええよ。」
とにこやかに答える。
少し白髪の入ったアッシュ気味なパーマの掛かった髪、色素の薄いグレー寄りの瞳、異国を思わせる深い彫り、やや浅黒い肌、ノスタルジックで優しげなイケメン祖父。
その横には美しい黒髪を一つにまとめた、切れ長な大きい眼と意思が強く凛とした印象の眉、スラッとした顔、絵に描いたような和風美人の祖母。
私の祖父に似た髪と瞳の色、祖母に似た目元、少しだけ受け継がれた事に嬉しみを感じる。
「二人で何話しとった?親父殿(曽祖父)のことやからまた過激な話でもしとったんやろ。」
「Huh?ワシはべつに何もおかしいことは言っておらん。普通の人生としての心得を話してただけじゃ。」
「どうせ後が面倒だから先に殺しておけだの、敵には敵を作れだの、欺瞞工作するために賢くなれだの難しい話をしたんやろ?」
「勝てるなら勝っておけ、曾祖母もいつも言うておったぞ、『介錯は慈悲です、男子なら腹くくってスパッと死ね』とな。」
「…母さん…」
そう言って爺ちゃんはため息を付く。
私は曾祖母を知らないがどうやら曽祖父に劣らず過激な人だったようだ。なお婆ちゃんはずっと泣いてる。
ふと私と眼が合うと、
「もっと心折れてるかと思ってたけど、意思が強そうで…お爺さんに似て良かった…」
とまた泣き始める。どうやら婆ちゃんはえらく涙もろかった。
普段、祖父母はこのデカい屋敷とは別に別宅がありそちらに住んでいて、この屋敷には曾祖父と3人のお手伝いさんが住んでるらしい。
のちにその若いお手伝いさん達は曽祖父の3人の愛人だという事実を知り、驚愕と共に、羨ましいような恥のような、なんかモヤモヤしたのを抱えることになる。ジジイ破天荒過ぎるだろう…。
これまでどうしてたとか最近どうだとか曽祖父の事はabuelo (アブエロ、実は爺さんの意味と後で知った、曾祖父さんとは呼ばれたくなかったようだ。)と呼べとかそんな近況を話してるうち、思い出したかのように爺ちゃんが立ち上がり広間の外へ出てなにかガサゴソしている。
しばらくすると大きな箱を持って戻ってきた。
爺ちゃんとabueloはニコニコしている。
私がよくわからず普通に受け取ろうとすると婆ちゃんから
「ちゃんと座って受け取りなさい!」
と厳しい声が飛ぶ。婆ちゃんは作法に厳しいようだ。
しっかりと正座して私の一抱えもある箱を受け取る。
開けてみろというのでなんだろうと不思議に思いながら開けると、漆黒の箱が見える。
箱の中から取り出すと、黒い立派なランドセル。
「端白も春から小学生じゃろ、これ、必要じゃろうて」
「どうせ男はろくな物を用意しないだろうと思ってな。」
思い出されるのは、2年前の姉の赤いランドセル。
あの時は男と女が祝っていた。
あの時願った『家庭で祝われたい』という願いは叶わなかったが、家族に祝ってもらうことはできた。その事実にまた涙が流れる私。
「学校に上がればなかなか時間は取れんだろうけどそれまでは時々家にきたらええ。」
そう言って爺ちゃんは何処かへ電話をし、それから春まで、平日は家で過ごし、土日は祖父母の家で過ごす二拠点生活が始まる。




