境界のまなざし 7 ~私の存在~
私が6歳を過ぎたある日、急に私は本家へと呼ばれることになった。
思い返せばこの出来事が私を大きく変えた分岐点でもあったように思う。
私を本家へ送る道中、男が苦虫を噛み潰したような顔をしながら運転してるのが印象的だった。少なくとも男にとって苦手か嫌いな相手だと言うのはすぐに想像できた。
着いた本家の家はそれはもう大きかった、『大きかった』の一言で表せないくらい大きかった。それはもう家の周囲をぐるりと歩くのをためらうほどに…
『男の過去」のときにも触れたが、なんとなく以前からウチの家系はそれとなくいい所の出ということは聞いていたが、あまりにも想像からかけ離れていた。
少し私の家系と私の立場の話をしよう。
これも私が周りから聞きかじった話と書籍、家系図などの資料等を色々見て集めた情報なので正確家と言われれば怪しい所ではある。
我が家の始祖は大きな社の宮司であった。
そこから数代に渡り、宮司を務めて居たが、大きな飢饉があり、住民の食料確保の為、海で漁をするようになる。
そうすると面白いように魚が取れ、「神の使いだ」と人々に崇められ先祖は調子にのってしまう。
いつの間にか宮司を辞めて商売と造船に力を入れるようになる。
両方に力を入れすぎて自分たちが船に乗ってあちこちで売ればいいんじゃね?って気付き貿易業を始める。
この辺からさらに先祖は暴走を始める。
勝手に販路を広げて今で言う沖縄方面や中国、その他海外方面にまで貿易を行う。
日本が鎖国していても全然言うことを聞かずに勝手に密貿易しまくる。
そうしてアホみたいに財を成してお金の使い道に困った先祖は金融業を始める。
金融業は今は分家に譲ったそうだが今日まで本家はずっと貿易業を営み繁栄している。
その当時、本家の家長は私から見て曾祖母であったが亡くなり、その旦那である曾祖父が実権を握っていた。序列の順番がおかしいと思うかもしれないが、正しい。
曽祖父はスパニッシュだった。どうやら婿入りらしい。
その子供が4人、そのうちの次男が私の祖父にあたり、ここから私達の家系は分家となる。
つまり私は分家の曾孫。家長から見るとそこらへんの木っ端に等しい存在。
そんなのがわざわざ名指しで声がかかるというからそれはもう家では騒ぎになった。
なんか高そうな服を着せられ、髪をセットされ、明らかに普段とは違う雰囲気に少し不安になったまま連れてこられた。
家の中が見えないほど高い漆喰の塀の上から見える翠竹の葉、高い塀に負けない存在感を醸し出す組み木の門、それをくぐると見えてくる日本庭園と池、遠くに蔵もみえる。
石畳をあるくとやっと着く玄関、これまたデカい。
玄関をあけるとかるく広間くらいある玄関、高そうな書やらなにかが飾ってある。そして先がみえないくらい長い廊下。
お手伝いさんに手伝われ私は靴を脱いで案内される。
しばらく廊下を歩かされ一つの障子張りの部屋の前で留まる。
「〇〇家の方々がお着きになりました」
「…入れ。」
中から威厳のある声が返ってくる。なにかと私の想像を超えてくる現状にいっぱいいっぱいの私。眼がグルグルとしていたと思う。
障子を開けるとそこには、年季の入った長い一枚板の座卓。床の間を背にして老人と若い女性が1人座っている。
座卓の横には初老の男女が座っている。
私と男は下座に案内され正座する。男は義足なため胡座をかいている。
私は正面の老人の顔を見る。記憶では恐らく初めて会うだろう、私の曽祖父。
ゲイリー・オールドマンに似た渋い爺さん。
初老の方に視線をずらす。なんとなく薄ぼんやりと覚えていたがちゃんと顔をみたのは初めての私の祖父。
城田優を順当に老けさせたようなイケオジ。
ふと私は横を見る。苦虫を噛み潰したような顔した男。
ムカつくが順当にハーフ顔している男。
そして思い出す私の顔、普通に日本人顔した私。
無駄な挫折感と敗北感を味わってロクに人の話も聞かないでいると急に曽祖父から声がかかる。
「端白、部屋へ来なさい」
男から軽く小突かれ、ふと我に返った私は、正座で痺れる足を我慢しながら曽祖父に近づく。
曽祖父も若い女性の力を借りて立ち上がり、部屋を出ていく。それに着いていく私。
一つの書斎に招かれ、それぞれ椅子に座る曽祖父と私。
曽祖父は懐から時計を取り出す。
金無垢の懐中時計でキラキラしていた。
じっと時計を見つめる私をみて曽祖父は口を開く。
「時計が気になるか?やらんぞ?これは曾祖母がくれた大事な懐中時計だ。ワシが見せびらかすのは良いが絶対にやらん。」
そう言って聞いてもいない懐中時計の話を始める。
「これはELGINの懐中時計でな、1900年頃作られたものだ。14金のケースに華を彫金したものでダイヤを入れてある。開くと文字盤は陶器でココにも金で装飾されててな、裏も別の彫金がしてある。ひとつひとつ職人が手掛けた作品ですごく美しいだろう?」
そう自慢して時計を眺める曽祖父の青いまなざしは子どものようで、亡くなった曾祖母を懐かしげに思い描くようで、先ほどまでの威厳はどこかへ行っていた。
「ところで、なぜ呼んだかわかるか?」
ふと曽祖父は青い目を向け真面目な顔して話し出す。
「お前の今の状況はワシも把握しておる。難しい話だがお前は分家筋の倅ゆえにワシも大ぴらに擁護することはできん。精々こうやって呼びつけるくらいだ。
ワシの通達ならあやつらも無碍にはできんからな。」
曽祖父は年季とシワの入った硬い手で私の頭を撫でながら言う。
「端白、お前は自分の名前の由来を知っておるか?」
首を横に振る私。
「端白というのはな、空に浮かぶ端白星、つまり金星の事だ。
ワシもワシの息子も、つまりお前の爺さんだな、時代は違うが軍に所属しててな、どちらも船乗りだった。
船に乗ってるとな、段々方向も、時間も、季節もわからなくなってくる。そんな時に金星を探すんじゃ、日暮れと夜明け、金星は強く輝く。それが船乗りを導くんじゃ。」
「端白という名前はお前の爺さんが付けた名だ。誇れ。少なくとも端白、お前は儂らに望まれて生まれてきた。」
私を気遣う曽祖父にたまらず泣いてしまう私。これまでの誰にも『私」を認められて無くても、少なくとも生まれる時は誰かが『私』を望んで名を付けた。その事実に私の存在は確立された。
同時に『知っていたなら。なぜもっと早く助けてくれなかったのか』という恨みも残る。
そして私を抱きしめて曾祖父は言う。
「ワシも祖父も(戦争で)人を殺してきたからわかる。端白、お前あの男を殺そうと思っとるじゃろ?そういう眼をしておる。」
私の押し殺した内心がばれて、ビクリとからだを震わせる。
「別に殺すなとはワシは言わん。殺される人生を歩んだほうが悪いんじゃ、よく、復讐しても何も変らないからやめろというやつもおるじゃろう。だがワシはそうは思わん。
復讐してもしなくても何も変わらんのじゃったら少なくとも復讐したほうが本人はすっきりするじゃろ?
トドメはな、刺せる時に刺しといたほうが良い。後顧の憂いがなくなるからな。」
曾祖父を少しでもいい人と思った私が間違いだった。倫理観とか道徳とかどっか行った曾祖父の考えは結構振り切っていた。
しかし、そういう事がわかった上でも、私の心にはなんかストンと落ちた。




