境界のまなざし 2
それから数日は、部屋の片付けにみんな勤しんだ。
リビングだけではなくどこの部屋もひどい惨状で、私の部屋は布団がビリビリに裂かれ、タンスは倒れ、窓は割れていて、天井に吊り下がっていたはずの電灯は叩き壊されて床に転がっていた。
洗面所も鏡は割れてコップや歯ブラシと一緒に破片が散乱している。
浴室の扉は外れ、なにかインクをぶちまけたような着色跡があり、男の部屋も初めて入ったが、綺麗に棚に並べられていたであろう本が破られ、床に散乱し、大きな本棚のガラス戸も板もバキバキに割られて倒れていた。
「この部屋の状態ひどいだろ?全部女がやった跡だよ」
そういう男の顔はひどく疲れた顔をしていた。
傍から見たら男は
「女のせいでこれまで苦労し、さらには家も荒らされ、女には逃げられ、子供を押し付けられた可哀そうな男」
に見えるのかもしれない。
しかし私には
「自分の欲望に貪欲で、わがままで、わかっていた結果が現実になっただけの当然の報いを受けたのにいまだに被害者面の激しい男」
に見えた。
周りの人間に疲れた顔しながらそれでも頑張ってます感をアピールする男はいつまでも悲劇の主人公気取りで私は見てて気持ち悪かった。
そんなパフォーマンスに利用されてる私が嫌いだった。
私の許可なく、私の意思に関係なく、私の想いも聞かず、ただ自分の都合のいいように私を使う男は私の保護者ではなく、私の所有者であった。
思えば女が居なくなり、男と私と姉、三人の生活になりだしたこの頃から、私の「自我」というのだろうか?私の想いや考えが心とカチリと嵌り合い、コチコチと「私」を刻みだしたように感じる。
それまでもいろいろ思ったり、考えたり、行動したり、なにかしらはあったが、どこか羊水に満たされた胎児のような浮遊感のようなすべてかがとっ散らかりつながりがなかった。
それが主観的に見てる肉人形と俯瞰的に見てる私の二つの目線で世界を見始めた。
そうすると今まで見えなかったものも段々見えてくるようになってきた。
…世界は、少なくとも私を取り巻く世界は、私がこれまで見て感じてた以上に汚かった。
それはもう絶望するほどに。
女が居なくなった後も私は同じ園に通いづづけた。女の親の友人が運営する園へ。
それはもうほんと笑えるくらいそこに勤める大人たちが私に気を遣う園生活だった。
引きつった笑みにおべっか、親の話は私の前では禁句、よその子どものお迎え時間は私が見えないように職員室へ移動して時間をつぶす。
ほんと過剰なくらい私に気を使われた。私はそんなことを気にするほど女や男に思い入れないし、特に思うところもなかったのに。
大人たちは結局、最初から私個人ではなくこの園長の友人の孫という権力を見ていただけだった。
私からの不興を買ってしまうと自分たちの仕事に、生活に影響があるかもしれない、そういう恐怖からの気遣いなど要らなかった。
その事実に気づいてしまって以来、私の園生活は歪で不快なものとなった。




