幼い記憶 9
唐突だが、姉の話をしよう。
そう、私には2つ上の姉がいた。
同じ男と女との間に生まれ、同じように育ち、同じように生活をしてたはずなのだが、不思議なことに3歳過ぎくらいまでの私の記憶の中に全く姉が出てこないのだ。
だから幼い頃の姉がどういうふうに育ち、どう私と関わっていて、もしくは関わらずにどんな姉だったのか、私には語ることはできない。
少なくとも、その当時から味方ではなかったのかもしれない。
なんとなく姉の存在を認識しだすのは4歳くらいの私が保育園で年中さん呼ばれるくらいの年頃になった頃。
それでも姉がどんな顔していたのかなんかは殴り描きされた油絵のようにぐちゃぐちゃに塗りつぶされていてわからない。
どんな声だったのか、どんな性格だったのか、どんな背格好だったのか、私と何を喋ったのか、どんな事をしたのか、どんなことをされたのか、
以前思い出そうとしても、今思い出そうとしても、姉の存在そのものが丸ごと抜け落ちている。
絶対なにかあったはずなのに…もしくは何かあったからこそ私自身で鍵をしてしまい思い出せないのだろうか?
まあ、これほど思い出せない記憶なら私自身が生きる為に必要ない記憶と判断したのだろう。
そんな姉がこれから少しづつ関わって行くようになる。
話を戻そう。
女から一人で幼稚園へ行けといわれた翌日から私はいつも通りキーキー喚く女に叩き起こされながら準備をして玄関の外へ放り出される。
そのついでに絶対無くすなと念押しされ鍵を一つ渡される。
それはこの家の玄関の鍵らしい。
小さな蓄光の札の付いた飾りげのない小さな鍵。
元々自分のモノというのが少なかった私だったから私の鍵という事実がなんとなく嬉しかった。また同時に帰ってきても一人だという事実に鍵がすこし重く感じた。
ともあれ私は振り返らずに家を出る。
赤茶のアスファルトの敷かれた駐車場を横切り、少しくすんだ白練のそびえ立つマンションを抜けて、私の背もある垣根を過ぎて、見上げるほど高く空を覆う青々とした木々を抜けて、私は登園する。
だれかに急かされることもなく、私の歩幅で歩く道のりはいつもよりも色彩豊かだった。
私が一人で登園すると園は大騒ぎになった。まあ今考えれば当然ではある。
若い女性はどこかへ走って行って暫く帰ってこなかった。
あとから聞いた話ではどうやらどういう事情で一人で行かせたのかと男の方に電話があったらしい。
その日の夜はその事でまた男と女が喧嘩をして、更には「余計な手間を掛けさせるな」という理不尽理由で男に私も殴られた。翌日、目の上が内出血で腫れてすごい顔になってたのを覚えている。
長い時間のあと若い女性は、私に目線を合わせ、
「帰る前におやつを食べて帰ろうね」
と言った。
どうやら私が一人で帰る時はおやつを別に食べてから帰れるらしい。相変わらず普段の食事回数が少ない私にはそれがとても嬉しかった。
しかしそう話しかける若い女性の目には私に対する哀れみがあった。
そうして私はいつもの一人ぼっちの日常を過ごして他の子供が帰った後に若い女性とお茶とおやつを食べてから見送られて帰路に着く。
朝とは違い、茜の空を背にして帰る道は偽紫の影が多く、また違った雰囲気を醸し出していて楽しく、新たに探検している様だった。
家が近づくにつれ、暗くなっていく空。少しだけ急ぐ足。
丼鼠の玄関の扉に立つ頃には駐車場の街灯が付き始めていた。
ポケットから家の鍵を取り出して鍵を開ける。
軽い解錠の音がした後、なんとか届くノブに手を掛け力いっぱい玄関を開ける。
重苦しい音と共に広がるインクのような青黒い空間。
握り込んだ鍵に付く蓄光の光だけが私の味方だった。
本当は姉の話まで行きたかったのですがちょっと辛くて一旦ここで区切ります。
次回書いていこうかなと思ってます。




