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死に候え不思議の国〜モータル・ワンダーランド〜  作者: 飴玉鉛
第三部「アーサーの冒険」
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聖剣の勇者は呪われている





 カチリ。何かが切り替わった気がして首を傾げる。


 見えている世界が、認識上で明確に転換した気がしたのだ。


「なんだ……?」


 なんとなしに上を見る。空は朱い、一日の黄昏が訪れているのが分かった。

 夜が近いのを意識すると、若干の肌寒さを覚える。六年前のこの日は晩秋を迎えたばかりだ。正確な日付は覚えていないが、十月末か十一月の初頭ほどだろう。だが今は、そんな事はどうでもいい。

 訳の分からない焦燥に焼かれ左右を見渡す。空は朱いのに地上は黒く染まっていた。液体の混じり物が瓶底に沈み、溜まっているかの如く、暗色の濃霧が漂っていたのである。


 弾き出されるのは、グラスゴーフで学んだ基礎的な知識。


 この濃霧は様々な形質――人間と魔に属するモノの――魔力の残滓、その集積物だろう。魔力とは生命力と等号で結ばれるエネルギーであり、度を越した生命エネルギーは却って毒となる。そして人間と魔族の生命エネルギーは、互いを害する毒素となるのだ。

 つまりこの濃霧は人魔の戦争跡地に残留する、人間と魔族双方にとって有害なスモッグである。が、互いの魔力が打ち消し合い、毒の度合いは大したものになってはいない。

 常人類のような脆弱な生命なら、きっと呼吸もままならないだろう。だけど自分が呼吸困難を引き起こすほどではなかった。精々が少し空気が汚いなと思う程度で、アルトリウス・コールマンは有害な魔力スモッグに意識を傾ける事なく、自身の感じた違和感の正体を探る。


「………?」


 何か、オカシイ。

 アーサーは此処に至るまでの経緯を克明に記憶している。だが、だからこそアーサーは違和感を覚えたのだ。

 違和感を得ると直感が閃く。残り火の如く燻っていた火種が、急速に勢力を強めて大火に至ったかのように危機感を焚き付けた。

 言語化の難しい直感が、アーサーに記憶の精査を行なうように急き立てて、その感覚に従わされる。逆らえなかった。決して逆らってはならない気がしたのである。


 自身の足跡を振り返ろう。――かつて自分はアルドヘルムとの〈契約〉に縛られてカンサスの樹海に向かい、そこで六年の時を過ごした。

 数年程度でアルドヘルムの〈契約〉の効果は切れていたが、カンサスの地の特性である所以不明の雪に気力を吸われ、なんらかの行動を自発的に起こす判断能力を喪失させられていた。

 ここまでは間違いない。精査するになんらおかしな所はないと断言できる。ではそれ以後はどうか?

 無為に流れた六年目の冬の事。豊葦原之(とよあしはらの)千秋長五百秋之(ちあきながいほあきの)水穂国(みずほのくに)――豊葦原国の侍達に連れて来られた、調月扶桑との邂逅を経てからが、どうにもおかしな流れを辿っている気がする。


 何がオカシイ?


 アーサーはシャロウという名の少女の仇討ちをしようとしていて。扶桑と出会う事で、彼女を守るために方針を転換した。それは、いい。

 その六年間で身に着けた覚えのない技術、魔術の類いはあの黄金の女に植え付けられたもの。それを駆使して侍、鬼柳千景と干戈を交えた。これもいい。

 魔族キリ・エルクとの遭遇後、一旦意識が途絶え、気がつけば扶桑は死に、自分は黄金の女の許に招かれた。アーサーはそこであの魔女に聖剣を抜くように促され、甘言に乗せられるまま聖剣を掴んだ。

 ここも、いい。色々と納得がいかないが、アーサーの判断に違和感はない。しかし、思い返すとおかしかった。


 あの聖剣を抜くと、願いが一つだけ叶えられる。事実としてアーサーは、こうして願いの通りに六年前のこの日に意識を逆行させた。故に願いを叶えると言ったあの魔女の言葉に嘘はなかったという事になる。だが、


「……ああ、クソッ! そういう事(・・・・・)か!」


 アーサーは髪を掻き毟って叫んだ。衝撃的な真実に、遂に辿り着いたのだ。この時に受けた衝撃は、今までの全てがひっくり返ったようなもの。天と地が逆転したに等しい。


 考えてもみろ。例えば、そう。発掘闘技都市グラスゴーフで、自身の手で父ユーサーを殺してしまった時の事だ。あれを切っ掛けにダンクワースやアルドヘルムへの復讐心に囚われ、正常な認識に多大な齟齬が生じている。

 他人事(・・・)なのに、赤の他人(・・・・)なのに、どうして自分はあそこまで猛り狂った?

 確かにユーサーは、アーサーの父親だ。ウェーバー村で兵士に斬り殺されたアデラインもアーサーの母親である。しかし別世界からやってきたアルトリウス・コールマンという魂とは、なんら関わり合いのない他人でしかない。例えどれほど似た人物で、平行世界の両親であったとしても、自分にとってはどこまで行っても他人なのだ。


 目の前で死なれたら気分は悪いだろう、この手で殺してしまったら胸糞悪くもなるだろう。だがそれだけだ。


 グラスゴーフで過ごすようになった初期の頃、自分の中から生じる様々な感情の奔流に違和感を感じた事を思い出せ。あの時に自分は考察していたはずだろう。それこそが答えだったのだ。

 肉体の主導権を持っているのは、どういう因果か定かではないにしろ、こことは『違う世界のアーサー』である。しかし元々この世界に生きていた、元の体の所有者は『この世界のアーサー』だ。今の自分になって『この世界のアーサー』の人格がどうなったのかは不明だが、確実に言える。『この世界のアーサー』は、最初から消えてなどいなかったのだと。


 今もこうして自分の中にいる。いや――四ヶ月間の訓練に付き合ってくれたマーリエルによると、混じり合っていると言った方が正確かもしれない。

 『違う世界のアーサー』なら感じるはずのない感情は、全てが『この世界のアーサー』から生じたもの。そして厄介な事に『この世界のアーサー』は、別世界の自分の知識と記憶も共有しているから、この自分に違和感を覚えていなかった。

 結果としてどうなる? 肉体の主導権を持ち、今現在の自分の核が別世界のアルトリウス・コールマンではあるものの、元の体の持ち主の感情をダイレクトに受けて多大な影響を受けてしまうのだ。

 だってそう考えないとオカシイ。筋が通らない。何故なら『違う世界のアーサー(ほんとうのじぶん)』の願いは、たった一つだけなのだから。


 ――元の世界に帰りたい(・・・・・・・・・)


 これだけが何よりも絶対的に優先される願いである。マーリエルと扶桑に関してだけは強く気に掛かるが、彼女達よりこちらの願いを優先するべきで、正常な判断力を残していたアーサーなら間違いなくそうしていたはず。故にアーサーが願いを叶える機会を得たのなら、疑う余地なく帰還を願ったはずだ。

 だというのになんだ、今の状況は? 色々と理由を付けて正当化し、わざわざ六年前に戻っている。一貫性の保持を重んじる、アーサーという自我には有り得ない判断だった。だが一度気づくと誤判断の原因は明白だ。


 『この世界のアーサー』から見ると、『違う世界のアーサー』の事情や願いこそが、優先度の低い他人事でしかなかったのである。


 だって『この世界のアーサー』にとっては、紛れもなくこの世界こそが故郷で、別世界の自分の事情なんて知った事ではない。立場が逆でも自分の事情を優先するだろうとアーサーでも思う。

 つまるところ、六年前のこの時間軸に戻ってきたのは、自分の半身とも言うべき存在の願いだったわけである。たった今、どうしてかその事を悟れた。


「………ッ」


 アーサーはほぞを噛む。手足をばたつかせて暴れまわり、喚き立てたい気持ちでいっぱいになった。

 しまった、と。なんて事だ、と。恥も外聞もなく怒鳴り散らしたい。どうして今の今まで気づかなかったのか、自身の鈍さが途轍もなく呪わしい。

 だが幸か不幸か、アーサーは自制心の強い性格だった。グラスゴーフでの経験が、彼をそういう少年に成長させている。

 今のアーサーは過ぎ去ってしまった失敗を悔いて嘆き続けるよりも、挽回を図ると共に対策を練る現実主義者であった。故に自身に鞭を打ってやりたいほど腸が煮えくり返り、怒りを沸騰させていても、なんとか理性的な思考を取れた。


(落ち着け……落ち着けよ、アルトリウス。お前は……僕は冷静さだけが取り柄だ。駄々をこねても見苦しいだけだろう?)


 アーサーは深呼吸をして冷静さを取り繕う。そうして自身の状態について考察を続けた。


 『別世界』と『この世界』の自分は同化している。

 今後も『この世界』を他人事として捉えたがる自分と、当事者として捉える自分に分かれ続けるだろう。

 となればあのグラスゴーフ崩壊の日、キュクレインの妻エウェルに黄泉還らせてもらった直後、元の世界への帰還という悲願を他人事に感じてしまったように、本来の願いの優先度をかなり低く設定してしまうかもしれない。


 いや、かもしれない、ではない。確実にそうだ。現にそのせいで今の状況がある。この問題を解決するには、なんとかして二つの自分を分離させる必要があるだろう。

 だがどうやって? 魂という未知の領域に手を出せるほど、自分には知識と技術がない。専門の知識と技術、そして設備も必須になるかもしれない。となるとやはり独自に問題解決を図るのは不可能だと判断するしかなかった。

 必然的にこの世界に深い関わりを持ち、他人の都合に合わせながら動かないといけなくなる。何もかも自分にだけ都合が良いように立ち回るなんてこと、人間社会で実行すれば速攻で村八分されるからだ。良質な人間関係を築き、緊密な人脈を得て、確かな立場を獲得しなければならない。目的のための手掛かりを探すという事はそういう事だ。

 抜け道はあるかもしれない。簡単に二つの魂の分離ができる方法があるかもしれない。だがそれを今の自分は知り得ないのだ、その方法を知るためにも、この世界の人間社会に関わるのは大前提となる。となれば、これも必然として戦争に駆り出される羽目になるだろう。魔境――魔族の勢力に人間が滅ぼされれば、仮に上手く事を進めて高い立場や良質な交友関係を築けても、全てが台無しになるのは自明だからだ。


 どう足掻いても、武器を手放せない。そして――


『魔力の発生源は脳にある魔力炉心だけど、魔力形質を定めるのはその人間の魂よ。そこから辿っていって、貴方の血液の採取から始まり、魔法使用時・睡眠・食事・入浴・戦闘その他諸々の活動をモニタリングしてデータを収集。原因を特定したわ。〈天稟増幅グロウス・ブーステッド〉の発生原因は魂魄にある。発生原理は貴方の魂が二つあることよ』


 ――思い出すのは、マーリエルによる解析結果。


『一人の人間が二つの魂を持つ……こんなことは有り得ない。それを再現するには、全くの他人の魂を掛け合わせる必要があるけど、魔力形質を混ぜると拒絶反応で死ぬわ。拒絶反応を抑えることができても能力や素養の二乗化は不可能。だって一つの器に二つの魂を入れたら溢れちゃうから、どうやったって再現はできない。でもどうしてか、貴方は違う。二つの魂が完全に融合して、同調し合い、魔力の生産量と放出量、その他の成長率や素養そのものを二乗化してる。正直お手上げよ』


 アーサーの魔力量や成長力、学習能力をはじめとする思考力全般は、異質特性〈天稟増幅グロウス・ブーステッド〉による恩恵で底上げされている。

 仮に何もかもが上手くいっても、二人のアーサーを分離させればこの異質特性は失われる危険性がある。それだけではなく、やたらめったらと冴え渡るこの直感も失われるだろう。

 〈天稟増幅グロウス・ブーステッド〉がなくなれば、アーサーは大幅に弱体化するのを避けられない。異質特性のないアーサーなんて、凡人よりはマシ程度の才能しか無いのだ。余程に運が良くなければ生き残れまい。

 なら魂の分離と元の世界への帰還は、同時に成さねばならない目標になる。元の世界に帰れるなら幾ら弱体化しても問題ないからだ。それまでは問題の解決を先送りにするしかなかった。


「下手な考え休むに似たり、だったかな……」


 ぽつりと呟き、思考を打ち切る。ごちゃごちゃと考えたって仕方がない、先の事はもっと後になって考えるべきだ。

 とりあえず、現在出すべき結論は出たのだ。幸いにも意識や体の主導権、核となっているのは『別世界のアーサー』の自分である。これからは常に目標を意識し続けて、それを叶える事を最優先にする姿勢を堅持するしかない。

 受けた恩だとか仇だとか知ったことではない、とは言わない。英国紳士の卵として、不誠実な真似は断じてするべきではないという信条があった。だがそれはそれとして利潤を得るために立ち回るべきでもある。


 これはゲームではない。遊び感覚でやれる事なんてない。利用できるなら何もかもを利用する。絶対的な意志の下、目標達成のためにどんな事でも断行せねばならないだろう。


 帰還のための世界線の移動、二人の自分の分離、これを達成できそうな宛は今のところ二つある。

 一つはマーリエルだ。彼女は途轍もない天才だというし、彼女は影響力の強い有名人でもある。人脈も潤沢だろう。彼女に協力してもらえれば、悲願達成までグッと時間短縮を狙える。そしてもう一つの宛が扶桑だ。

 彼女は〈瞳の御子〉とかいう、神様の子供の魂を受け継いだ存在だ。その能力は視覚の究極、魔眼の類い全般で、望めば極短期間の内に新たな魔眼も創り出せる。その視覚に関する能力はきっと有用だ。

 けれど彼女が今どこにいるか知らないし、会おうと思って会える存在ではなさそうなのを考えると、今すぐに縁を作るのは難しいと言わざるをえない。それは伊勢守朝孝や鬼柳千景のような護衛を見るだけで自明だ。普段は厳重な警護で固められているだろう。となると確実に縁を結ぶには、今から六年後にカンサスに向かい、そこで扶桑と会うしかない。


(今の僕はあの露出狂の痴女、アリーア・エンテオ・フィリア、だったかな。彼女に植え付けられていた魔術知識を持っていない。〈大紅蓮〉や〈幻術〉は使えない。でも真人(ユーザー)化は――よかった、解けてないな)


 次いで、自身の戦力を調べる。

 アーサーは慎重だった。論理を重んじていた。故に何を始めるにしても、自身の力になるものの確認を怠らない。

 他人がどうかは知らないし興味もないが、真人(ユーザー)には気がつくと成っていた。恐らく一定以上の力量に達すると、自然と成れるものなのかもしれない。しかしカンサスにいた頃の自分と比べると弱体化している。あの時の自分は士道と魔道において第五位階相当の真人だったが、今は第六位階に後退していた。アリーアから受けていたブーストがなくなったからだろう、素の自分の戦闘力がこれという事だ。


 身体能力も大幅に低下している。対人経験をろくに積めず、知識の蓄積もできない空虚な六年だったとはいえ、肉体面では完全に大人のそれだったのが、まだ成長途上の少年の体に退化しているのだ。腕や脚の長さといったリーチをはじめ、ルーチンワークの一環で続けた鍛錬の成果もなくなり、体重――筋肉量も明確に減っている。

 今の自分の身体能力を十だとしたら、大人の自分は二十はあった。魔術で身体能力の強化をした場合、異質特性を含めた数値には雲泥の差が出るだろう。肉体面の弱体化は戦力低下の著しさを物語る。それに魔力量もまた五割は減じていて、今のアーサーが六年後の体を持つ自分と戦えば一方的に叩きのめされて終わるのは確実だ。


 更に言えば魔力制御も上手くない。これが目下改善すべき欠点である。


 というのもアーサーの異質特性の弊害として、本人の力量にそぐわない程に魔力量が多いのである。魔法使いだった頃でさえ持て余し気味で、真人に匹敵すると言われた魔力量だ。真人に成った事で激増した魔力は、第六位階相当の戦力しかなくても、一つ上の第五に匹敵するぐらいはある。

 言うまでもなく魔力とは生命線だ。上手く扱えなければ宝の持ち腐れになるのは言うに及ばずで、短期間中ならともかく長期にわたってこの問題を放置すれば、アーサーの魔力反応は常に駄々漏れになり実力者から蔑まれ、見下される事に繋がりかねない。あいつは自分の魔力も上手く扱えない未熟者だ、と。

 魔力は武器だ。真人の手足のようなものである。それを自在に、過不足なく操れないようでは、未熟者云々と野次られても否定出来ないだろう。

 上昇志向を強く持つべきアーサーの境遇で、上の人間に侮られ軽んじられても良いことはない。安い物語のように自分の実力を隠して、影の実力者を気取るのは間抜けな話だ。むしろ積極的に表舞台に立って目立ち、人脈の形成を狙わないといけなかった。


 というわけで魔力の制御な急務だ。しかし速やかなる解決は望めないし、今はそんな場合でもない。魔力制御の訓練に割ける時間はほとんどなかった。

 故にアーサーは魔力炉心を起動し、ルーンを組んで魔術を行使する。


「自縛術式、〈抑制〉を起動」


 声に出して詠唱する必要は、本当なら無い。ルーンはその性質上、炉心内で正しい形に組み上げるだけで効力を発揮するからだ。

 だがアーサーは発声というプロセスを挟む事で、ルーン構築の難易度を格段に簡略化している。特定のワードを一言一句誤らずに唱えると、自動的にルーンが構成されるようにしているのだ。

 ルーンは情報集積文字と書く。その名の通りに文字なのである。〈抑制〉を発動するルーンに必要な文字数と、発声によって唱える文字数も同数にして同期させてあった。一々パズルのピースの形に魔力を整え、炉心(あたま)の中で組み上げるよりも、声帯と炉心を繋げる事で詠唱そのものに意味を与え、発動手順そのものの難易度を下げた方が効率的だと判断したからである。


 それはカンサスに着いてから、まだ完全に気力がなくなる前に考え出した手法であった。これによりアーサーは魔術・魔法の発動を容易にしている。

 合理性を尊んでの発想ではあったが、その根本にあるのは日本の漫画や小説の魔法使いのように、魔法には詠唱を挟んだ方がカッコイイという価値観も含まれていた。

 それにこの方式にはデメリットもあるのだ。初見の相手には有効でも、二度目も詠唱すると事前に使用魔術を予告しているようなもので、簡単に対処されるようになる。そのため戦闘では基本的に無詠唱で通さねばならない。


 革のベルトの形をした魔術式で、自身に首輪をする。これが〈抑制〉だ。これによりアーサーの魔力は制御が容易な適正値に抑え込まれ、平均的な第六位階魔導師レベルに設定される。


 そしてすぐに自分の鎧を外した。カンサスの金属樹皮で構成されたコート・オブ・プレートを脱ぎ、兜を外してその場に捨てたのだ。

 もちろんグラスゴーフで手に入れた大剣や鉄棍、短槍二本も破棄する。念の為、穴を掘って装備品を埋めておいた。

 こんな事をしているのは、今後行動を起こす前に、闘技場登録者『コールマン』の装備品を所持していると不都合があるかもしれないと思ったからだ。これで身に着けているのは黒タイツのバトル・スーツとブーツだけ。一見すると変態にしか見えない。


 アルドヘルムが言っていたが、グラスゴーフのデータベースが魔族に破壊されたせいで、最近やって来たばかりの『コールマン』のデータは失われているという。しかし『コールマン』は何度か闘技場で試合をしているから、それを通して自分を知っている人間が何人も生き残っていると想定するのは当然だ。

 これからは『アルトリウス』とも『コールマン』とも名乗らない。愛称としてではなく、普通の名前として『アーサー』を名乗る。『コールマン』を名乗る事で不都合な出来事が起こる可能性があるかもしれないのだ、それを排除するためである。


 幸いと言うと不謹慎だが、ここには沢山の武器防具が転がっている。それを拝借すれば武装を充実させられるだろう。


「……悪く、思わないでくれ」


 声に出して言いつつ、アーサーは今まで微塵も気にかけていなかった、辺り一面に満ちている死体の山を物色する。

 魔獣や魔物の死体も散乱しているし、そちらの方が圧倒的に数が多いが、そんなものはどうでもいい。探るのはグラスゴーフの兵士達の死体だ。

 ここで戦闘があったのだろう、相手はクーラー・クーラーと思われる。近い内に死体を処理するために都市の人間がやって来る公算は高い、急いで移動する必要があった。


 見繕ったのは騎士らしき格好のモノ。元々アーサーが使っていた大剣よりも更に大きな、特大剣とでも言うべき代物を握り締めていた。

 刀身の型は両刃の直剣だが、長さがアーサー少年より頭一つ分高い。大人のアーサーと同じぐらいだ。柄は短剣ほどもあり、両手で握って振るうのに不足はない。刃は厚く、力任せに振るうのに特化した無骨な造りだ。

 そして鎧の方は、別の騎士から拝借する。鋼鉄製の全身甲冑だ。それを選んだ理由はもちろん防御力を考慮しているから。ただでさえ高級品であるカンサス産の甲冑を捨てるのだ、少しでもマシな物を代用品に選びたいと思うのが人情というものである。


 兜も拾い、特大剣を担ぐとさっさと歩き出す。そうしてウェーバー村から離れながら、アーサーは今後自分がどうするかを再び考え始めた。

 地理にも疎い現状、とりあえず最寄りの街に寄って情報を集めるしかない。地道に、堅実に、そして確実に成り上がっていこう。


 ――そうしたアーサーの考えは、しかし――不幸にも(・・・・)果たされる事はなかった。


「……ん?」


 地道なんて地味な道は歩かなくていい。堅実なんて面白みのない生き方はしなくてもいい。確実なんて甘い幻想を持つ愚かさを持たなくていい。

 第三者視点で見れば幸運だっただろう。時間短縮という一面を見ても大いに幸運で、そうした運の良さと因果、何より善からぬものに魅入られた悪運という一点だけは、アーサーという存在は極めて非凡だった。

 だが彼個人の感想としては、極めて不本意かつ不愉快でしかない。つまるところ、それはアーサーの主観では運などではなかった。逃れられない思惑の鋼糸が、この体に絡みついて決して離れないのだ、運ではなく必然である。


「―――」


 故にアーサーは、唖然としていた。ウェーバー村の戦場跡地から出た途端、足元に転がっている宝石を見つけてしまったからだ。

 それは、見覚えがある。グラスゴーフでクーラー・クーラーと戦い、その直後にこの手で破壊したはずのものだったから。


 演算補助宝珠、ダーム・デュ・ラック・マーリン。


 当時、潜在的な恐怖を覚え、所有する気になれなかったから捨てた物。その正体は聖剣の守護者アリーア・エンテオ・フィリアが、自らの人格的側面を切り取り、仮想人格として独立した端末。グラスゴーフの演算補助宝珠を乗っ取り、アーサーを見い出した存在だ。

 なんでこれが、こんなところにある? 慄然としたアーサーは刹那、対応に困る。無視して立ち去るか、踏み砕いて再度破壊するか、いずれにせよ関わり合いになりたくないというのが偽らざる本当の気持ちだった。


 しかしアーサーは思い直した。なんとなく、ここで壊してもまたすぐに目の前に現れる気がしたのだ。なにせわざわざやって来たのである、接触を果たすまで終わらないだろう。無視しても根比べになるだけで、そんな事に神経を割き続けるより面倒は早く片付けておいた方がいい。


「アリーア――いや、マーリン。今更どの面下げて私の前に現れた? 私がお前に操られ、いいように踊っている様をもう一度見たいのか」


 一度口にした金色の女の名を言い換える。そうしながらも鋭く睨みつけ、敵意を隠さずに問いを発した。

 無意識に言いながら気づく。

 もしかして『違う世界のアーサー』である自分が、『この世界のアーサー』の影響に気づけたのはこの女のせいではないだろうか、と。

 逆に言えばアリーア、もといマーリンのせいで正常な判断力を喪失していた事になる。どうやってかは知らないが、『この世界のアーサー』の意識や感情を強く引き出せたなら、『違う世界のアーサー』である自分を誘導し、操るのは簡単な事であるように思えた。

 そう思い至るとますまく憎たらしくなる。だが返ってくるのは沈黙だけだ。アーサーは嘆息して宝石を拾い上げると魔力を注ぎ込む。すると演算補助宝珠が起動した。


「聞こえているんだろう、なんのつもりだ」

『いきなりご挨拶だね。再会を喜び合うところじゃないかな、ここは? まあいいや……ご名答だよマイ・マスター。名探偵も真っ青な分析だ。今の今まで正常な判断能力を失くしてたのに、取り戻した途端に気づくなんてどうなってんの? いやぁ、凡才なのに頭の良さと音楽の才能だけは本物だねぇ? 頭の良さまで二乗化してるとか、その異質特性ずっこくない?』


 悪びれる素振りもなく答えたのは、聞き知ったマーリンの声だ。

 アリーアのような魔性を感じさせる艶声ではない。大人とも子供とも、女とも男とも取れる、中性的で年齢不詳なそれ。

 マーリンの自白を耳にして、アーサーの頭の芯が一気に凍えた。殺気が滲み出るのを堪える気にもならず、アーサーは宝石を放り捨てると特大剣を振り被る。

 するとマーリンはあからさまに慌てた。


『待った待った待ったぁ! ごめんってば、わたしが悪かったから許して!』

「許すと思うか?」

『思わないかなぁ。いや、本体のわたしも中々にエグイね。でもわたしは何もしてないし、これからも何もしない! マイ・マスターを助けたいだけなんだよ! それに、しようと思ってもできないし! ね?』

「………」

『お、話を聞いてくれる感じかな?』

「……しようと思ってもできない、とは?」

『わーお。信じる信じない以前に、証拠を出させようとするマスターってばマジ理性主義者(ラショナリスト)。もちろん説明するよ、だってマスターは、本当の意味で(・・・・・・)わたしと本体の主人に成ったんだから』


 マーリンが意味深に言うのに、アーサーは頭痛を感じる。心因性のもの、より直截に言えばストレスだ。

 コレとのファーストコンタクト時は、それなりに好ましい性格だと感じた。だが今は違う。コレは好意を持って接してくるから絆されそうになるが、コレがアーサーに向けているのは善意のない好意だ。かといって悪意があるわけでもなく、透明なまでに無邪気なのである。

 例えるなら友人になったばかりの相手が、こちらにとって損になる事を仕出かしたのに、平然と友人のままでいられると信じているかのよう。悪いことをしたと思っていても、長い目で見れば有益になるんだと信じているかのよう。別の例えをすると、こちらが小説を書いたとして、それを散々に貶して叩いてボロクソに罵り、後にその小説が売れて書籍化しアニメ化までされたら、さも自分がアドバイスをしたおかげでその作者は成功を掴めたのだと盲信しているかのようだ。


 有り体に言って気色悪い。


「……どういう意味だ」


 剣を下ろして訊ねると、マーリンは嬉しげに言った。


『もう理解しているだろう? わたしの本体は聖剣の守護者だった。そしてマスターはその聖剣に選ばれた、真作の人間なんだよ。つまりわたしの本体は、聖剣保有者であるマスターに仕える事になり、その切れ端であるわたしも同様なのさ。そして今も聖剣を持ってる(・・・・・・・・・)マスターに、守護者でしかない本体とその切れ端でしかないわたしが、どうこうして操ってやったりとかはできない。だって聖剣の所有者にはわたしと本体の力は届かないんだからね』

「待て。私が……今も聖剣を持っているだと?」

『うん? 持ってるじゃないか、ほら』


 聞き逃せない事を言われて反駁すると、マーリンはさも意外そうに応じた。その反応に釣られて左手を見る。

 そしてギョッとした。心底から魂消(たまげ)、驚愕のあまり固まってしまう。


 アーサーは、聖剣を握っていた。


 いつの間にか、膨大な(ひじり)の気配を漂わせた、ひと振りの長剣を。


 華美な装飾はない。幾何学的な金の紋様を有する純銀の刀身と、青い宝玉を嵌め込まれた柄を持つ剣。色合いで言えば銀が目立つのに、どうしてか黄金としか形容できない偉容がある。

 掌に吸い付いているかのように、しっくりとくる。この手の中にあるのが自然であるかの如く、自分が聖剣を持っているのが当然な気がした。

 神々しい金色の粒子を漂わせるそれを、アーサーは呆然と見詰める。


『わたしが来たのは、本当にマスターを助けるためなんだ。マスターのためになんでもするよ。手始めに、そうだね……マスターの目的が早くに達成できるように、面倒臭い事を省けるようにするよ。まずはその粗末な鎧と兜を立派な物にしてぇ、マスターが此処にいた痕跡も消してぇ、どこに行けばいいのかも教えてあげよぉ! おまけにマスターの戸籍の偽造とバックストーリーも考えてあげるし、望むままに改変する事も請け負うよ! フッフッフ、それにマスターが時間の遡りを望んだからね、邪魔な王国軍と魔族も叩いておいて、マスターが動き出しやすいようにもしておいたんだ、本体が。やったねマスター! 長ったらしく地道に土台作りからやらなくてもよくなったよ! どうだいマイ・マスター、わたしは役に立つだろう?』


 ――マーリンが捲し立てる。心の底から主人の役に立ちたいと願っているように。

 だがアーサーは、そんな事など欠片も聞いておらず。

 腹の底の更に底、もっと根源的な部分から湧き出る嫌悪感に突き動かされるまま――聖剣コールブランドを、遠くに遠くにと投げ捨てていた。


 まるで、唾棄すべき汚物に触れてしまったかのような顔で。









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