毫釐千里の再始動
大変長らくお待たせしました。
新章開幕、プロローグです。
カウンティ級駆逐艦三隻、続いて巡洋艦二隻、沈黙! Cパターン最終作戦区画〈ウェーバー村跡地〉突破されました……!
なんだと!? えぇい、死に損ない相手に何をしている!?
目標が急激に魔力値を回復しています! 魔力波形はアルベド・ブランケット、観測不能領域内で魔族クーラー・クーラーに魔力を供給している模様!
グッ……アルベドの核は惜しい、惜しいが……事此処に至れば最早やむをえんか……! 全軍に伝達、現時刻を以て目標確保の断念を宣言する。以後は目標の抹殺に舵を切るぞ! 副長、格納庫の連中に指令を下せ! 方角から言って魔族はニューエムリンを通るはずだ、手隙の空挺部隊に先回りさせて閉鎖結界を敷設させろ!
了解。
管制官、前線の全部隊の任務を更新する。目標は倒さずともいい、可能な限り滅気薬弾をバラ撒いて正気を削れ。デバフのシャワーで足を鈍らせろ。本艦とリンクしている兵隊共に、魔力の供給も忘れるなよ。
了解……あっ、魔族クーラー・クーラーが異次元門を開きました、内部のアルベドがイスイヴトプスを再生産した模様。イスイヴトプス、来ます! 数は三、イスイヴトプスより魔獣が生産され数は三千を超えると――艦長!?
――狼狽えるな。対イスイヴトプスに有効な兵科があるのを忘れたか? 二体のイスイヴトプスに全ての魔導兵を当てろ、一体は本艦で始末をつける。それよりも魔族だ、奴をなんとしても仕留め……ん、どうしたバークリー副長?
は。それが……〈ブリュンヒルデ〉より通信が来ております。
中尉から? なぜ彼女が副長に……いや、確か中尉と副長は古馴染みだったな。本艦の回線を探すより、副長を介した方が早いと判断したのか……よし、繋いでくれ。
了解。
――こちらオストーラヴァ中尉。余計な前置きは省き、ダルヴァ艦長に意見具申致します。イスイヴトプスは三体とも私にお任せ下さい。
む……頼めるか?
私とあの魔獣は相性がいい。単騎での殲滅は能わずとも、足止め程度は熟せましょう。あんなものに時間と人を割くより、貴軍は魔族の追撃にこそ注力すべきと愚考致します。
……分かった。聞いていたな、デカブツどもは〈ブリュンヒルデ〉に託す。我らは引き続き魔族の追撃を……なんだあれは。光? 光が波打って――い、いかん! 回避を――ッ!?
† † † † † † † †
風雲急を告げる、終末の角笛。
今、人の歴史は斜陽を迎え、訪れた長い夜は曙光を待たないまま、総てを闇に沈めようとしている。
明確な報せはない。親切な予告もない。だが破滅を運ぶ死神の足音が、ひたひたと背後に迫り来るのを、渦中の人々は明瞭に感じ取っていた。
嘆きに浸り、蹲って頭を抱える者は死ぬ。死にたくなければ戦うしかない。その道理を弁えるからこそ、滅びに抗わんとする者達は武器を手に立ち上がった。
「――ニューエムリン、ビューラ、グナルス、トレフ、カベル、フラインホルス、ヒューラム、エールズの八ヶ所で発見された〈迷宮〉の殲滅準備、恙なく完了したとの由」
「把握した。三個普通科大隊の連中はどうしている?」
「いつでも出撃られる、早く出せと血気に逸っている模様」
「士気が旺盛なのは結構だが勝手は赦さん。累積加速式・掩蔽壕破壊弾の構築は間に合っているな? 作戦開始時刻まで待機していろ。といっても、後五分も待たないが」
「了解」
ルキウス・ハルドストーン。
その青年はエディンバーフ伯爵領運営代表者、ユーヴァンリッヒ伯爵アルドヘルム・ハルドストーンの嫡男である。
アルドヘルムを含めたグラスゴーフ運営本部が、魔族クラウ・クラウの襲撃を受け沈黙させられて以降、彼は指揮権を掌握すると迅速に状況への対処に奔走していた。
だが秀才の誉れも高いルキウスが能力を発揮しても、既にどうにもならない所にまで事態は進行してしまっている。
孤軍奮闘していた魔族クラウ・クラウは抹殺したが、肝心要の女の魔族クーラー・クーラーは取り逃がしてしまったのだ。
現場の失態だろう。アルドヘルムが想定していた、AからCパターンまでの作戦案の内、Cパターンの最終作戦区画ウェーバー村跡地が突破されてしまったのである。なおも追撃に走ったグラスゴーフの精鋭部隊だったが、詳細不明の謎の攻撃を受け追撃部隊は壊滅した。
航空戦艦ネイルソンは轟沈し、生き残ったのは追撃部隊一万の内、僅か五千人ほどだという。魔族クラウ・クラウ抹殺後、追撃部隊に合流した王国のトップエースの一人、マーリエル・オストーラヴァもまた意識不明の重体になってしまっている。
これによって魔境にアルベド・ブランケットを奪還されたのが確定し、発掘闘技都市は甚大な損害を被ってしまった。
それだけでも重大事なのに、最悪の訃報まで届けられる。
何者かの手によってアルドヘルムが殺害され、更にはウェスト・リーズ侯爵であるダンクワースと、〈鏃の御子〉もまた殺されていたというのだ。
魔族にしてやられた事よりも、こちらの方が王国にとって衝撃は強い。何故なら発掘闘技都市の担ってきた役割は、相応の労力が掛かるにしろ代替可能であるのに対し、アルドヘルムの頭脳は何にも代え難いのである。王国の至宝の呼び名は伊達ではなく、彼の死を聞かされた国王と宰相、大臣達が揃って卒倒しかけたほどだ。
現状で犯人は不明。恐らく魔族はクラウ・クラウとクーラー・クーラー以外にもいて、両者に注意が向いている隙を狙われたのだろうと推測されている。
血の繋がった父の死を聞いたルキウスだったが、彼に悲しんでいる暇などありはしなかった。魔族への追撃部隊が壊滅した後に確認されたのだが、エディンバーフ伯爵領に八個の〈迷宮〉が発生していたのである。
魔族クーラー・クーラーが逃走中に繰り出した、イスイヴトプス三体が遅滞戦術の為に人類圏に留まり、五つのダミーを含めて〈迷宮〉を形成したのだ。
単騎でイスイヴトプスの相手が務まる帝国のトップエース、アールナネスタ大尉は前線復帰の為に帝国へ帰還済み。王国のマーリエルもまた意識が回復し次第、原隊に復帰する予定だ。故にグラスゴーフは、自前の軍事力と敵地浸透探索員〈冒険者〉を〈迷宮〉に当て、一刻も早く領内の脅威を取り除かねばならなくなっている。
だが一々全ての〈迷宮〉を丁寧に攻略してやる義理はない。発掘闘技都市グラスゴーフがアルベドの核を失い、万全に魔石を供給できなくなった以上、可及的速やかなる立て直しが必須となっている。
悠長に構えていられる時間がないのだ、ダミーの〈迷宮〉など相手にしてはいられない。だからこそルキウスは決断した、できる限り避けるべきであった諸刃の剣、大規模破壊魔術兵器の投入を。
「――時間だ。グラスゴーフ運営本部より架電、作戦部隊出撃せよ」
「了解、復唱致します。グラスゴーフ運営本部より架電、作戦部隊出撃せよ。繰り返す、作戦部隊出撃せよ」
魔力無線通信越しに、了解と士気漲る声が唱和される。
本部のモニターに、航空戦艦より無数の爆撃機動隊の魔導師達が飛び出していく様が映し出された。
ルキウス含む本部の幕僚、管制官が固唾を飲んで見守る中、八つの〈迷宮〉の直上まで空戦魔導師達が到達する。そうして展開されるのは幾重にも折り重なった魔術陣。五十人の魔道第五位階魔導師が協力して発動する、大陸を真っ二つに引き裂く破壊力を秘めた破壊魔術だ。
名を〈累積加速式・掩蔽壕破壊弾〉という。旧時代の科学文明が発明した、地下の目標を破壊する事を目的にした地中貫通爆弾がモデルになっている。それに魔術の力を加算している故に、単純な破壊力は百倍以上となっていた。
無論、本当に大陸を割るわけにはいかない。ここは人類圏なのだ、何処の誰が自分達の世界を粉砕するという。〈累積加速式・掩蔽壕破壊弾〉は目標に着弾した瞬間に、あらかじめ設定していた範囲内に全ての破壊力を集約する物になっていた。それは人類の全ての兵器、魔術にも適用された設定であり、大きすぎる影響を世界に与えないようにするのは魔族側も同様だ。
魔力で形成された爆弾、〈累積加速式・掩蔽壕破壊弾〉が投下される。
作戦の前段階として、迎撃に出てくるであろう飛翔能力持ちの魔物、魔獣を駆逐しているため、妨害の類いを受ける事なく投下は遂行された。
地上にせり上がっている、螺旋構造の歪なモニュメントへと、魔術陣から繰り出されたバンカーバスターが着弾する。粉塵が舞い、破片が飛び散った。
本部の人間は、誰一人歓声を上げない。
「――着弾を確認」
「残存している〈迷宮〉は?」
管制官の報告に、ルキウスは顔色一つ変えず確認を取る。
「ビューラ、グナルス、トレフ、カベル、エールズの〈迷宮〉崩壊を確認。残りは着弾した途端に〈迷宮〉と同化し、無力化された模様。となると、」
「ニューエムリン、フラインホルス、ヒューラムの三ヶ所にイスイヴトプスが潜んでいるわけだ」
父と同じモノクロの衣装を纏うルキウスは、人知れずホッと息を吐き出して頷く。
ルキウスは優秀だ。だが知恵働きで対魔戦線に多大な貢献を続けてきた父、アルドヘルムの足元にも及ばない。
ずっと父親の背中を見て育った彼は、自身が優秀であるなどと考えた事はなかった。次期伯爵として手本にしてきた父が、途方もなく優秀過ぎたからだ。
ルキウスは自身を凡人であると思っている。しかし、だからこそ堅実に、一つ一つ状況に対応する。父と比べれば凡骨に過ぎない身でも、役目は絶対に果たさなければならないからだ。
「〈国営冒険者組合〉に伝達しろ。こちらは役目を果たした、後はそちらの仕事だ。〈迷宮〉を破壊し目標達成を急げとな」
「了解」
そこまで言うと、幕僚達の纏う空気が僅かに弛緩する。
一仕事を終えられた達成感があるのかもしれない。ルキウスはそれを一瞥して、内心の苛立ちを押し殺し叱咤した。
「気を抜くな、まだやることは山積みなのだぞ。〈迷宮〉が発生した八地方の王国民は難民となっている、彼らの生活基盤を速やかに立て直してやらねばならんのだ。しかる後に軍戦力、行政能力の回復を急ぐ。非常事態宣言を解除できるまで休む暇などないと思え」
改めて現状を突きつけると、彼らは皆一様に顔を引き締める。
そんな様子を見て深々と嘆息しかけるのを堪えるのに、ルキウスは少なくない神経を割かねばならなかった。
新たなユーヴァンリッヒ伯爵となった青年は、内心で恨み言を溢すのをこの一時のみ己に赦す。そうでなければこの先、不平不満を懐く時間は一秒も訪れないと理解していた。
(父上と共に優秀な幕僚達は皆、死に絶えた。ここにいるのは繰り上がりの未熟者ばかり……神よ、このような苦難を与え給うた事、お恨み致します)
† † † † † † † †
「ぐらすごーふ運営本部より入電。手早く仕事を片付けろだってさ」
楕円形の殿上眉めいた丸い眉、そしてこれまた丸い輪郭の女、阿佐蔵ルクレツィアは亜麻色の髪を弄りつつ粗野な口調で言った。
はすっぱな物言いには緊迫感が欠片もない。呑気に日向ぼっこしている家猫のようで、果たして現状を正しく認識しているか疑問である。
だがそんな彼女の態度には慣れたものなのだろう、鉄砲玉たる勇士達は肩を竦めただけで受け流す。
「言われるまでも無ぇっての。で、組合長。俺らをどう振り分ける?」
冒険者がその名で呼ばれたのも今は昔。組織としての名は残っているが、個々の構成員を指す正式名称は〈敵地浸透探索員〉に取って代わられている。
彼らの役目は、早い話が鉄砲玉だ。命令が来たら敵地奥深くにまで侵入し、破壊工作、あるいは敵個体を抹殺する還らずの魔弾と化すのが彼らである。
組織としての性質は特殊部隊に近い。だがその核心的な本質は、おとぎ話に語られる勇者の巣窟であろう。ここにいるのは戦闘というジャンルにおけるスペシャリスト達であり、必然、彼らの纏う空気感は鋭利な刃物のようだ。
「まあ待て、慌てても良い事はなかろうよ」
急かすような響きで冒険者に水を向けられたのは、組合長と呼ばれた老年の男ソレスである。彼は自慢の顎髭を右手でしごきながら、ぐるりと荒くれ者達を見渡して応じた。
八ヶ所の〈迷宮〉があった地方の中心地、アベルキヒに急遽仮設された三戸建ての小さな宿屋。それは国営冒険者組合の仮の拠点として用意されたものであり、貸与された人工精霊端末によって空間を拡張されたそこは、外観からは想像もできないほどの広さを有している。
一流ホテルのロビーを十倍にまで押し広げたような空間には、総勢二百名ほどの冒険者達が詰められていた。
それぞれが革のソファーに腰掛け、簡易なテーブルに麦酒や酒のツマミを置いて堪能し、思い思いに寛いでいる。だが彼らの眼光は餓狼の如くギラつき、ロビーの中心に立つソレスを半ば殺気立って睨みつけていた。
この場に招集された冒険者に雑魚は一人もいない。全員が最低でも概念位階第六位の真人である、能力の高さは折り紙付きで、早く話を進めて〈迷宮〉の攻略に取り掛かりたいと鼻息を荒くしている。
そんな彼らの片隅に、白銀の全身甲冑を纏った青年がいた。
首周りを蒼布で防護し、鴉を模した兜をテーブルに置いた騎士風の冒険者である。背中まで届く金の髪を簡素な紐で束ね逞しい胸元に流している様は、壮麗な貴顕の風を醸しているかのようだ。
首に提げた認識票は第八位の〈火の星〉。使い込まれた特大剣を壁に立て掛けて、ソファーに足を組んで腰掛け紅茶を嗜む姿には、些かも脆さを感じ取れない。
むしろその存在感は、強者の揃ったこの場の中でも抜きん出ていた。彼の近くにいる者達は、その青年に対して得体の知れないものを感じ、それとなく意識を割いている。
着目すべきは見覚えのない冒険者である事だ。データベース内に彼のパーソナルデータが載ってはいた、載ってはいたのだが……どうにも引っかかる。
あれほどの存在感と外見的特徴だ、今まで王国内で活動していたなら目に付いていたはずだ。だのに見覚えがなく、その名を聞いた覚えもないとなれば、王国内では新参の冒険者であるという事になる。
帝国から流れてきた冒険者にも見えない。であれば連合王国の冒険者か? 急遽集められた面子ばかりで、中には当然ソレスが管轄している地区外の冒険者は多い。彼もその内の一人であるにしろ、なんとなく気に掛かる。ソレスは彼とその周辺の空気を視界の隅に収めつつ、重々しく口を開いた。
「あらかじめ決めていた通り、キミらには三つの部隊に別れてもらう。それぞれの部隊はニューエムリン、フラインホルス、ヒューラムの〈迷宮〉を踏破して、最奥に潜んでいるだろう大魔獣を打ち倒すのだ」
「んなことを改めて言われなくたって、ここの全員はハナからそのつもりだろうよ。こっちは忙しいんだ、ジジイの長話は勘弁してくれ」
「ルクレツィア嬢の言う通り、分かりきっていた事を改めて聞く暇はねぇな。さっさと出張らにゃならんだろが。今回は愚図で無力な平民共が帰る家をよ、早く取り戻してやんのが俺らの仕事だろ」
ひとつまみほどの敬意もないルクレツィアがソレスを詰って、彼女に便乗する形で先頭の冒険者が批難する。
彼の名はバルトロメウス。濃紺のフロックコートに白いズボン、帝国軍の上級士官が被るシャコー帽と、膝まで届く革のブーツで身を固めている彼は、端整で甘い顔立ちとも相俟り物語の中の王子様のようであった。
が、その心根は傲岸そのもの。己を上位者と定め、力無き者を明確に見下す物言いに甘さはない。しかし真人には珍しくない思想だ。同じ真人類とはいっても、概念位階に達した者と達していない者とでは隔絶した力の差があるのだから。
とはいえバルトロメウスの性根は悪ではなかった。力を持つ者として、力を持たない者を庇護するのは義務だと捉えている。悪く言えば選民思想の持ち主で、良く言えば貴族的な人物、それがバルトロメウスという男だ。
そんなバルトロメウスの装備は貧弱そのもの。幅広のコットンベルトに軍刀を差しているだけの姿には、些か頼りなさを覚えるものだろう。だが彼は防護術式甲冑を展開できる高位魔導師である。故に装備の貧弱さを指摘する意味はない。
場所が場所なら帝国の若き青年将校にも見える彼が吐き捨てると、にわかにバルトロメウスの取り巻きが殺気立って同調した。バルトロメウスは冒険者位階第五位の〈海の星〉であり、この場の冒険者の中では最上位に位置する。その実力と立場から信奉者は多く、バルトロメウスの周囲には多くの冒険者がいた。そんな彼らが「そうだ!」と怒号を唱和させる様は中々に迫力があり、老紳士ソレスはつい苦笑を溢してしまう。
「何度も同じ事を言いたかないがね、もう一度だけ言おう。キミ達、慌てても良い事は何もないぞ。何事にも余裕を持って当たった方が、結果的に良い成果を得られるものだからね」
「――で、ニューエムリンは俺が片ぁ付けるとしてだ。ヒューラムとフラインホルスには誰が当たるんだ? ユーヴァンリッヒ伯爵が仕事を済ませるまで待てって言ったのはテメェだ。当然俺らが納得する腹案はあるんだろ?」
実戦闘を控えて気が立っているバルトロメウスは、ソレスの戯言を無視してルクレツィアに話を振る。
元来気が短く荒事に遊びを入れない、帝国貴顕の私生児たる青年に、受付嬢である丸い女は気怠げな気分を隠そうともせずに応じようとする。しかしソレスが手を上げて制し、やれやれと露骨に嘆息した。
「余裕がないねキミぃ。ま、勤勉な姿勢は評価に値するがね。バルトロメウスくん、〈海の星〉のキミがニューエムリンの征伐隊を率いるとしてだ、フラインホルスとヒューラムの征伐隊はそれぞれ〈地の星〉のクラリス、バータに率いてもらおうと思っている。異論はあるかね?」
「無いです」
「むしろあたい等以外に、まとめ役がやれんのはいねぇっしょ。キュクレインの野郎がいたら話は別だけどね。まっ、任されてやるわ」
名指しで指名され、応じたのはフリューテッドアーマーで身を固めた男女である。
くすんだ金髪とソバカスが特徴の女、クラリス。尖った長耳を持つ耽美な顔立ちをした元女の現男であるエルフ、バータ。テーブルに兜を置いたまま、彼女と彼はバルトロメウスに会釈をした。
「というわけだ、でございます。バルトロメウス、ヒューラムは私に任せて」
「フラインホルスはあたいだよ。ねね、誰が一番最初に〈迷宮〉をぶっ潰すか競争しようや。もしあたいがアンタより早かったら……んふふふふ♡」
「はっ、競争だぁ? バカバカしい、おまけに気色悪ぃ。んなの俺が一番に決まってんだろ。おうクラリス、そこのバカエルフの玉、後できっちり潰しとけや。見苦しくってなんねぇ」
「嫌です。こんなばっちぃモンは視界にも入れたくないので。それはそれとして、バルトロメウス。いつかの約束忘れたとか抜かすなでございますよ? 私があなたに一度でも勝てばというあれでございます。ってなわけで私が一番になったら結婚してね。エヘ♡」
「………」
舌なめずりして自身を見る女とナマモノに、バルトロメウスはげんなりした風に顔を顰めた。
はて、クラリスは少し前までバルトロメウスを敵視していたはずだが。
ソレスは訝しむも、個人間の出来事など関知していないのだ。どうせまたぞろバルトロメウスがツンデレて、クラリスを落としてしまったのだろう。ルクレツィアがやや剣呑な目つきでクラリスを睨んでいるあたり、実に罪な男である。
この分だと厄介な女に惚れられて、帝国から逃げてきたという噂もあながち眉唾とは言えないのかもしれないと思ったが……今は関係がない。ソレスはバルトロメウスに助け舟を出した。と言っても、話を進めただけだが。
「まとめ役はこの三人だね。で、だ。これも改めて言う必要はないかもだが、今回のお仕事で出る死体は残らないし、残りそうなら各自で処分してくれ。もちろんモンスター共についても、キミら冒険者にしてもだ」
ソレスが言うと、ぴりっと空気が弾ける。静電気に触れたような痺れが走るのに、組合長たる老紳士は微笑んだ。
「なんせこの〈迷宮〉にはイスイヴトプスがいる。死体の有効活用を敵にされたのでは、死んでも死にきれないだろう? それを防ぐために、キミらは自分達の死体を処分する準備をするか、仲間に燃やしてもらうかをしてもらわねばならない。まあ残念ではあるけども、意外ではあるまい? 〈魔境〉に潜入してのお仕事と同じだ、死体なんて家族の下に返ってくる事はない」
「組合長。んな分かりきった事をぐだぐだ言ってんじゃねえよ。俺らの割り振りはどうすんだ? まさか決めてねぇ、なんて巫山戯た事ほざくんじゃねえだろうな」
「もちろんだとも。ルクレツィアくん」
「はいはい」
ルクレツィアは面倒臭そうにタブレットを取り出し、液晶画面をスワイプする。すると青白い光を発する情報集積文字が飛び出して、ルクレツィアが虚空に浮かぶそれに手を翳すと、全く同一の情報集積文字が辺り一面に乱舞した。
総数は二百そこら。ちょうどこの場の冒険者達の数と同値だ。手元にまで飛んできた情報集積文字のデータを各々は受け取り、それをこめかみに当ててインストールする。
「――あー、はいはい、そう分けるんだな」
バルトロメウスをはじめとして、全員が納得したふうな反応を示す。三部隊の内訳を、情報集積文字を利用して共有したのだ。
全員が席を立ち三人の部隊長の許に集まっていく。そしてバルトロメウスの許へ集まった隊員の一人には、白銀の甲冑を纏った青年もいた。
特大剣を背中の留め具で固定し、悠然とした足取りでやって来た彼に、部隊長であるバルトロメウスは鋭い一瞥を向ける。
「で。テメェはどこの誰だ」
「私か?」
若者らしい張りを有しながら、強靭な理性に統制された意志を宿した声音。バルトロメウスの部下に回された冒険者達の視線を一身に浴びながらも、竦む素振りも見せずに堂々と応じた。
フン、とバルトロメウスが鼻を鳴らす。胡乱げな眼差しには、格下を見下す色はない。あるのは訝しげな色彩のみだった。
「そうだ。生憎と俺はテメェを知らねえ。ここにいるってこたぁ顔と名がそれなりに売れてなけりゃ嘘ってなもんだ。なあ、お前らもそう思うよな?」
バルトロメウスの部下は、青年も含めると五十七人だ。クラリスとバータよりも部下の数は少なく、質も低い。それは彼女と彼よりも統率力がないのではなく、戦力を均等に振り分けた結果でしかなかった。
部隊長であるバルトロメウスが突出している。そんな彼の部下達も、バルトロメウスの言葉に同意するような雰囲気で青年を見ていた。青年は肩を竦め、気恥ずかしそうに微笑みながら応じる。
「隠す事でもないから言っておこうか。私は王国の人間ではない。ネフィリム連合王国の冒険者だ」
「……あ?」
「君達も噂に聞いているかもしれないが、今あの国は非常に慌ただしくてね。バカバカしくなって出てきたら、こうしてこの騒ぎに巻き込まれてしまったわけだ。私としては下らない権力争いの道具になるよりも、多くの人々のために武器を振るっていた方が気分が良い。君もそうだろう、部隊長殿?」
飄々として青年は言う。そんな彼をバルトロメウスはジッと見詰めていた。
言い知れない威圧感がある。並の者なら身を竦ませるだろう。獰猛な銀虎が睨みつけているようなものだからだ。
しかし青年には微塵も気圧された様子がない。やがてバルトロメウスは嘆息すると、すんなり青年を受け入れた。
「連合の奴らは腰抜けばかりと聞いてたんだが、どうにもテメェは違うらしいな。いいぜ、よろしくしてやる」
「ありがとう」
「礼なんざ言ってんじゃねえよ。それより自己紹介でもしろ、ここの連中はテメェ以外全員が顔見知りだ。ルクレツィア嬢のルーンで知っちゃいるが、名乗るのが筋ってもんだろう」
「尤もだ」
バルトロメウスに促され、青年は薄く微笑みながら自らの名を舌に乗せた。
仕事仲間となる冒険者達を見渡し、彼はよく通る声で名乗りを上げる。
「私の名はアーサー。よろしく頼む」
感想、ブクマ、ポイントは作者のモチベを燃やす燃料です。くださればとても喜びます(ください)




