第2話
「そういうわけだから、鑑定士100人の採用はレオンに一任することとする」
「へぁ!?」
一夜明けて、イナヴァ家の朝食の時間。そんなことをいきなり聞かされたものだから、レオンは手元が狂ってしまった。フォークをすり抜けた腸詰がレオンの手の甲に当たって少しだけ赤くなった。
「熱ッ! って、なんでそういう話に!?」
「いや、やっぱり面倒くさいなって」
「適当っ!?」
レオンの父、イナヴァ男爵アルベルトは家ではかなり適当な人である。
そして、なまけものだ。
自分の仕事は人のモノ、人の仕事は人のモノ。
そういう人だった。
「まあまあ、そういわずに頼むよ。天啓の機嫌は君じゃないと分からないでしょ」
「そもそもスキルに機嫌があるってのは何なんでしょうね!」
「そんなこと言わずに、父上の言うことを聞いてあげてねレオン」
「母上はいつもそうやって! 父上を甘やかすから、こんななんですよ……!」
レオンの母、エレナも参戦してきたが、レオンの旗色はさらに悪くなっただけだった。
基本的にエレナはアルベルトの味方である。
結婚してかなり経つのに、恋愛結婚ということもあって二人の仲睦まじさは近隣でも有名だった。
「甘やかしているわけじゃないわ。でも、貴方の天啓って、上手く使えば有用じゃない? ほら、このマヨネーズっていうのだって天啓のおかげで出来たんでしょ」
エレナは、温野菜に白くドロッとしたソースを付け、口に運んだ。
新鮮な野菜、新鮮な卵が容易に手に入るのが、商家でもあるイナヴァ家の強みだ。食卓を見ると、ほかに焼き立てのパン、半熟の目玉焼き、旬の果物、ほどよく焦げ目の付いた腸詰のほかに香辛料の効いたスープが湯気を立てて並んでいる。
「こんな素晴らしいものを作れるのはレオンだけ。だから、ね?」
「うう……」
交渉力でレオンはエレナにかなわない。
というか、イナヴァ家随一の口の上手さをもっているのがこの母だった。
アルベルトはすでに勝ちを確信し観戦モードである。
必要が無いなら口を開くのも面倒くさいタイプなのだ。
「……わかりました。でも、どうなっても知らないですからね!」
「まあ! ありがとうレオン。さすが私たちの息子ね」
結局レオンは折れた。
食べそこねた腸詰を今度こそフォークでとらえて、もしゃもしゃと食べる。ごねたところで勝ち筋は見えないし、勝ったところで≪天啓≫のスキルが面倒くさいことになる可能性もあった。
「でも、たしか鑑定士って、最近じゃ鑑定の魔道具に押されてハズレスキルとかって呼ばれてるような――」
「うん、それは承知しているよレオン。だからこそ雇う意義はあるんだ。まあ一人か二人のつもりだったんだけど」
アルベルトが言うには、各地で追い出されるように解雇される鑑定士が増えているのだという。路頭に迷った可哀そうな人もいるかもしれないから、雇うのが貴族の責務ではないかと思っていたらしい。
夜会の時もその話題をしていたところ、≪天啓≫が発動して100人雇う宣言に至ってしまったということだった。
「あと、人を雇うなら一つだけ気を付けて欲しいことがある」
アルベルトが重々しく言葉を続ける。
「雇う鑑定士は、できるだけ困ってる人を優先してね。逆に態度が横柄な人は、仕事を頼むのが面倒くさいから雇わないで」
必要ならば口を開くのがアルベルト・イナヴァ男爵である。
そしてそれは、たいてい面倒くささを回避することに使われるのだった。




