ハルと白猫
聞いたことがある。
ダンジョンが現れて数年経った頃、人間がモンスターという脅威に慣れ始めたころの話。そして、人類が《《超深層》》という新たな存在を知ったころの話――。
人間の適応能力というものはすさまじいもので、戦う力を手にしてからたった数年という期間でS級ダンジョンの攻略を成し遂げることが出来た。
当時、S級探索者20人という全勢力を持って深層のラスボス"ジェノサイドサーペント"――全長10mの大蛇にも関わらず目にも止まらぬ速さで攻撃してくるといった過去最高難易度のS級モンスターをなんとか倒すことでダンジョンの制覇を成し遂げた……かのように思われた。
当時どんなダンジョンも深層100階がゴールだと思われていた。だからこそ当時最高難易度であった新宿ダンジョンのボスが倒されたことでもう人類には敵なしだと、そう誰もが確信した……その時、超深層が現れたのだ。
ジェノサイドサーペントが倒され、探索者たちが喜びと達成感で雄たけびを上げていた時、突如床が抜け落ちた。その時に初めて深層のさらに下の階層が存在することが露になった。
その現場にいた探索者たちは3名を除いて命を落とした。帰って来た者たちはみな絶望し、その言葉を残した。
『次元が違う、あれは無理だ』と。
また、彼らは私たちにそこで出会ったバケモノたちの話を残してくれた。
いわく、1体1体が今まで出会ったS級のどのモンスターも比にならないバケモノで、魔力を捉えることも追いかけることも出来ない。
だからこそ、彼らはそんな格別なバケモノモンスターら"SS級モンスター"と名付けたのだ。
『魔力を捉えることが出来ない』
あの頃の私は、そして世界中の人はその言葉を理解することは出来なかった。
そして今、その発言の意味を理解した。
「黒い……渦……!?」
それはまるでブラックホールのようで、どこまでも抜け出せない闇の中にいるような、そんな恐怖すら感じてしまうほどに《《意味が分からなくなった》》。
こんなバケモノがどうしてこんなところに……っ!?
無理だ。こんなヤツに勝てるわけがない。
頭をフル回転させる。生き残るための一手、情報を残すための一手を無数の選択肢の中から探す。
脳裏に『逃げろ』の文字が無限に浮かんでくる。それなのに、魔力を当てられているわけでもないのに足が動かない。死ぬならせめて情報を世間に残したいが、おそらく無理だ。さっきみたいにすぐ消される。
ならどうすれば――。
「案ずるな、別におぬしを取って喰おうなんてことは考えておらぬ。先ほど言ったじゃろう、『あるじのためじゃ』と」
……ッ!?
瞬間、その白猫に頭を撫でられる。
頭の中の闇が浄化されるように、ゆっくりと落ち着きを取り戻す。そして、白猫のその透き通るような綺麗な碧眼に魅了される。
これもこの白猫の能力なの?わからない、わからないけどどこか安心するような感じがする……。
そうして私は一度冷静を取り戻し地面にぺたんと座り込む。
今、なんとなくその猫は大丈夫だと感じた。それにこの子は私に何か伝えたいことがあるのだ。恐れていたら何も始まらない、だからこそまずは……。
私は一度深呼吸した後、白猫さんに向かって対話を試みることにする。
「あの――」
「おぬし、今あるじのことを配信を通して広めようとしたじゃろ?」
「え、あっ、えっと……」
「別にその行動を否定するわけではない。おそらくあるじをS級かそれ以上の探索者とおもったのじゃろ?」
「え、あ、あるじ?それってやっぱり……」
「ん?あぁ、白亜のことじゃよ」
白鷺さんが《《あるじ》》!?……ツッコミたいことは山ほどあるが、今は話を聞こう……
「白亜は、あるじはちと特殊でな、自分の実力を自覚しておらんのじゃよ。そもそもわしとあるじはダンジョンで出会ったし、にも関わらずわしをただの猫とおもっておる。先ほどのドラゴンモドキも害虫程度にしか思っておらん。それにあるじの階級はG級じゃよ」
「うそ……っ!?」
あのドラゴンを害虫?そしてそんなドラゴンを倒した白鷺さんがG級……?
そんなことがありえるの……?
「そもそもダンジョンをよくわかっていないからの、もし次会う機会があったらそれも含めて話そうかの……少なくとも今はまだ公にしないでくれると助かる。そのためにワシ《《ら》》は姿を消しておったのじゃからな」
姿を……?もしかしてさっき白鷺さんに助けられた時からずっと……?
「わ、わかりました」
「なに、何者かに助けられたと濁してくれるだけでよいからあまり気負わんでおくれ」
「は、はい……」
そう言った猫さんは私に向かってニコっと微笑む。この子がSS級モンスターなのを忘れてしまいそうになる。こんな小さな体にあれほどの魔力量が存在しているなんて今でも信じられない。
白猫さんはじっと私の目を見つめてくる。まるで『おぬしはなにか聞きたいことはないのか』と言わんばかりに……。
だからこそ私は初めから気になっていたあることを質問することにした。
「あの、ずっと気になってたんですけど、声って……」
「ん?なんじゃお主ふりーちを読んでおらんのか、猫が喋るのは常識じゃろ?」
ふりーちって……えぇ、それって常識なの……?
「というわけでの、もしまたあるじと出会うことがあればその時はあるじのよい友人として接してくれるとうれしく思うぞ」
そう言ったハクさんは私に背を向ける。
「おっと、言い忘れておった。おぬしはわしのことをSS級じゃと思っておるじゃろ?」
「え、あ、はい」
「訂正させてもらうぞ……わしはそやつらの《《数段上》》じゃよ」
「ッ!?」
「じゃあなハルよ」
最期の最後に爆弾を残した白猫さんは白鷺さんの後を追うようにダンジョンの奥へと向かっていった。
突然押し寄せる情報の波に脳を爆破された私は数分その場でフリーズし、再び配信を始めるのに時間がかかるのであった。




