ダンジョンの異変
『イヌッコ散歩配信』って語呂がいいと思いませんか?
現在新宿ダンジョン56階。
なぜ待ち合わせ場所がダンジョンの、しかも60階なのか。他の人に聞かれないように?それともまた別の理由が?……そんな疑問は置いておいて、私はモンスターを倒しながら進んでいた。
現在、目の前には4m級のトロールが3体。そのうちの1体は頭部を二刺し、喉元を一突きしたことで倒すことが出来た。
1対多数、人数不利戦ではヒット&アウェイが大切だ。だからこそ喉元を突き刺し、1体を倒した後即座にバックステップし、距離を取る。
刹那、
ドゴォォォン――
先ほどまで私が立っていた場所にトロールが斧を振り下ろしていた。その威力はすさまじく、衝撃で舞った土煙が4mもの大きさのトロールを覆い隠すほどである。
もしあの場所から引いていなかったら今頃私は人の形を保っていなかっただろう。考えるだけでヒヤッとする。
だが、
「……僥倖ッ」
戦場において一番恐るべきものとは『死角からの攻撃』である私は思う。
いくらスピードがあるものでも、いくら体を鍛えたものでも見えない背後から一撃喉元を突かれたら死ぬ。
だからそこ、そんな攻撃を喰らわないために背後を任せることのできる仲間とパーティを組むのだ。
そして今、そんな前が見えなくなった土煙は一瞬と言えど私にとってチャンスだった。
瞬間、私は地面を蹴り、風を切ってその土煙に向かって真っすぐ進んでゆく。
私には代表に拾われるまで仲間なんていなかった。ソロだった。ソロで生き残るしかなかったからこそ私は『死角からの攻撃を喰らわない』戦い方を身に着けた。
それは魔力感知だ。どんなに弱い魔物にも微力ながら魔力は存在する。だからこそ私はそれを察知する力を鍛えた。その結果ソロでA級まで成り上がった。
だからこそ私には今も目の前のトロールの立っている場所が、弱点が見えている。
そして私は何も見えない土煙に向かって迷わずに短剣を一突きした。
感触はあった。トロールの喉元を私の短剣が貫通し、土煙が晴れる瞬間目の前に死んだトロールが映ると思っていた。
だが、
「なっ……!?」
短剣は間違いなく喉元を貫いている。ただ、トロールは死んでいなかった。
土煙が晴れた瞬間、そこに見えるのは生気を失ったトロールの死体ではなく、2つの赤色の目が私を捉えていたのだ。
「死んで……ない……っ!?」
刹那、もう一体のトロールが私の脳天をめがけて棍棒を振り下ろす。
ドゴォォォン――
今までにない出来事にうろたえてしまい、一度退く判断が遅れてしまった。避けるのは無理だと判断した私は剣を持っている手とは反対の腕を頭の前にやり、『魔力の衣』によって魔力を腕に集中させ、棍棒を防御する。
いつもならダメージどころか痛みを感じることもない。
だが、
「あがっ……」
刹那、私の腕に激痛が走る。
今回に限ってはそうはいかなかった。折れてはいないが、それでも確実にヒビが入っただろう。
しかし、不幸中の幸いか防御したことによって反動が来たのかトロールは少しよろけた。
瞬間、私はトロールの背後に周り、脳天と喉を貫く。
「はぁ……お返しよ……!」
いつもの敵、いつものダンジョンなのにどこかいつもより調子が悪い。知らなかった。精神的に参っているとここまで実力が落ちるものなのね……
いつもなら一撃で倒せているモンスターも今日は当たり所が良くても2撃要している。
それに、魔力をうまく練ることが出来ない。
それに、それだけではなく心なしかモンスター1体1体の力も強くなっている気がする……
危なかった、少しでも判断が遅れていたら、魔力の動きに気づくのが遅れていたら今頃死んでいただろう。つくづく魔力感知を鍛えていてよかったと思う。
……まぁでも、自分の魔力感知能力に驕って背後を許し、その結果今の最悪な状況になってしまっているのは皮肉なことだが――……
「ダメだダメだ……余計なことは考えるな……っ!」
一度頭を切り替え、最後のトロールの方へと視線を移し、構えを取る。
瞬間、私は地面を蹴り、残り1体となったトロールへ向かって突進する。
次のトロールの攻撃を予測するんだ。横薙ぎの攻撃か?それとも振り下ろすか?走りながらも次の攻撃を予測しながら進む。
しかし、トロールは一向に動くことはなかった。
そして、
「……どういうこと」
異変に気付いた私は一度止まる。
今、正面からトロールと対峙したことで確信した。これは私が不調なんじゃない……今日のダンジョンは何かがおかしい。
モンスターの強さだけじゃない……思えばトロールと対峙した時、最初からモンスターの挙動、魔力の流れなど全てがおかしかったのだ。
刹那、トロールは固まったまま地面に倒れた。
死んでいたのだ。最初から……私が喉元を突いた時から――……
「一体何が起こっているの……?」
トロールが急激に頑丈になったと思ったら気づけば死んでいた。
細かく言えばトロールの体内を渦巻く魔力が突如濃くなったかと思えば、たった今消え去った。こんなことは今までに一度もなかった……
そう思い始めたらダンジョンの静けさも、ダンジョンを吹き抜ける風も何もかもが妙に気味が悪く感じてきた。
「……今は待ち合わせに行くことだけを考えよう、念のため戦闘は避けながら……」
そうして私は慣れ親しんだ道をいつもより警戒しながら進むのだった。




