9.説教される婚約者
前回に続いてウィラードの回です。
「ウィラード、話がある。」
夕食を食べ終えて部屋に戻ろうとしたウィラードを、父親であるドナート・シアン子爵が呼び止めた。
「何ですか、父上。」
「今後ラリー嬢と2人きりになるな。」
唐突な言葉にウィラードは目を見開いた。
「な…何を急に言い出すのですか!?」
「貴方の為に言っているのよ、ウィラード。」
ウィラードの母親であるルリーナ・シアン子爵夫人は呆れたような、けれど息子であるウィラードを心配しているようでウィラードを見ている。
「夜会でのお前の様子を見せて貰った。これだけで何を言いたいのかは分かると思うのだが?」
「なっ…!」
「お前とラリー嬢の仲が良い事は知っている。お前が婚約者のリンカ嬢との付き合いよりも、幼馴染のラリー嬢との付き合いを優先してきた事もな。」
「それはっ…。」
ウィラードはリンカとラリーの事を隠していた訳では無い。だが改めて言葉にされると気不味さを覚えてしまう。
「だがノアール子爵家から何も苦情は来なかったし、お前がラリー嬢と…誰かと不貞行為をするような奴ではないと信じている。だから今まではお前の好きにさせていた。」
「…。」
「しかし昨日の夜会でのお前の立ち振る舞いと評判は目に余る。お前の人脈の無さにも呆れてしまった。リンカ嬢に支えて貰わなければもっと酷い事になっていただろうな。」
「っ、…。」
ウィラードの顔は羞恥心で紅く染まった。
「…この事態を招いたのはお前だけではなく、親である私達の責任でもある。だからこれからはお前の行動に口を挟ませて貰う。」
「ウィラード、まだ何とかなるわ。これからは婚約者としてリンカ令嬢に誠意ある態度を心掛けるのよ。その為にもラリーちゃんとは距離を置きなさい。」
「…。」
親として、子爵家の当主と夫人として言っている事は何も間違えてはいない。穏便に事を進める為にはラリーと距離を置いた方が良い事はウィラードも頭では理解していた。
「お前とリンカ嬢の婚約は両家にとって利益がある。だが、お前がこれ以上不誠実な態度を取り続ければノアール子爵家から婚約解消を言い渡されてしまうかもしれない。」
「…ははっ、それはありませんよ。」
ドナートの言葉をおかしそうに笑ってから、ウィラードは否定した。
「リンカは僕の事を全く愛していません。僕の事なんてどうでも良いと思ってますよ。僕がリンカに謝罪して、これからリンカの事を優先すると誓っても何とも思っていない様子でしたよ。」
「なっ…。」
「ウィラード?」
何処か危うい様子を見せるウィラードに、ドナートとルリーナは眉を顰める。
「リンカは婚約者の僕よりも友人と一緒に居る方が楽しいそうです。それなのに僕が言い寄ったところで迷惑に思うだけだと思います。」
「…何を言っているんだ。」
「ええ、分かっていますよ。僕がこんな状況に追い込まれたのは自業自得だって事はね! そしてラリーのせいでもある。だから僕はラリーから離れようとしましたよ…。」
ウィラードは苦しそうな笑みを浮かべる。
「でも、今の僕にはラリーしかいません。それ以外は僕に無関心か敵意を抱いているかのどちらかでしか無いんです。だからお願いします、ラリーと会う事を禁止にしないで下さい。」
リンカから愛される自信がなく、周りからの冷たい視線と敵意に弱っているウィラードにとって、ラリーとの接触を禁止されるのは辛い。
「リンカとの約束を破る事は今後は絶対にしません。ラリーに何を頼まれてもリンカとの約束を優先します。リンカとその事は話をしてあります。リンカとの約束を破ったら婚約解消を考えると言われましたが、ラリーと会うなとは言われておりません。何も問題は無いでしょう?」
「ウィラード、貴方…。」
呆然とした様子でウィラードを見るルリーナ。
「ッ! そうだ…逆に言えば僕とリンカは約束を破らない限りは絶対に結婚出来るんですよ! 周りにどう思われようが関係無いじゃないか。どうせ政略結婚なんですからね!」
何故こんな簡単な事に気が付かなかったのか、というようにウィラードは楽しそうに話す。
「…ウィラード、リンカ令嬢は本当にそれで良いと言っていたの?」
「はい、勿論です!」
ルリーナが戸惑いながら聞いてくると、ウィラードは自信満々に頷いた。
「…そうか。リンカ嬢は寛大なのだな。」
「…は? リンカが寛大?」
何とも言えない顔でリンカの事を評価するドナートの言葉に、ウィラードは面白くなくて表情を歪めた。寛大であるならばもっとウィラードに優しくするべきだと不貞腐れてしまう。
「だがなウィラード、それはリンカ嬢の個人的な意思でしかない。リンカ嬢がお前との婚約に反対しなくても、ノアール子爵の気が変わるかもしれないぞ。」
「! …何ですか、それ?」
ウィラードは一瞬固まった後、訳が分からないといった様子で首を傾げた。
「家の利益よりも評判が悪く、能力の低い令息と婚約させる事への不利益が上回ってしまえばノアール子爵は婚約解消を求めてくるだろう。婚約解消しない為には此方はあちらに有利な条件を受け入れなければならなくなるかもしれない。」
ドナートの言葉にウィラードは表情を強張らせた。リンカが婚約解消を望まないかぎり何とかなると思っていたがノアール子爵の存在を忘れていた。寧ろ政略結婚である以上、決定権は両家の当主である父親にある訳でリンカとウィラードは従う立場なのだ。
「で、ですが…。」
「お前達が婚約解消する事になってしまったとしよう。社交場で上手く立ち回れず、婚約者より幼馴染を大事にする令息を結婚相手に求めるまともな貴族が居ると思うのか?」
「っ! で、ですがそれはリンカも同じ筈です! 僕だけが悪く言われる訳無いですよ!」
ドナートの容赦ない問いにウィラードは再び固まるもすぐに反論した。リンカにも非があると噂は流れる筈であり、リンカもノアール子爵も望まない筈だ。
「だとしても、圧倒的にお前が不利だ。お前が幼馴染を優先した事、人脈の無さを分かっているだろう。リンカ嬢を悪く言う者達が居ても、リンカ嬢には人脈がある。彼女を婚約者に望む声はあるだろうな。」
「〜っ…!」
突き付けられる容赦ない現実にウィラードは悔しさと悲しさに震える。だがドナートの言葉を否定する事は出来ない。
「…そうならない為にはリンカ嬢に誠実な態度を取ることを心掛けろ。そしてラリー嬢から離れろ。」
「〜っ、い、今更努力したところでリンカに愛されるとは思えませんっ! それに周りからはリンカに相手にされない、愛想を尽かされた婚約者だと悪口を言われるに決まってます! 何時まで耐え続けなければならないと言うのですかっ!?」
ウィラードが悲痛な顔で訴えるようにドナートを見る。夜会での事を思い出し、この先何時まであんな思いをしなければならないのか。そして夜会の後のリンカとのやり取りを改めて思い出して胸が苦しくなる。
「先程お前は周りにどう思われようが関係ない、と言っていただろう。」
「っ、それは…。」
「はぁ…お前は結婚するまで夜会に参加しないつもりだったのだな。結婚さえしてしまえば何も言われなくなると思っていたのか?」
呆れたように溜息を吐くドナートの言葉は図星であり、ウィラードは口籠る。
「そんな事を続ければ益々お前の評判が下がるだけだ。結婚した後も悪く言われるに決まっているだろう。そんな事も分からないのか?」
「ウィラード…。」
「…っ。」
ドナートとルリーナはウィラードの考えの浅さに絶望しているようにも見える。ウィラードは何か反論したくても言葉が出ず、口を小さく開閉する事しか出来ない。
「…こうなったのはお前の自業自得だ。」
ドナート達はウィラード、シアン子爵家の未来の為にウィラードが逃げる事を赦さない。この先の事を考えてウィラードは項垂れる事しか出来なかった。
今更すぎる駄目婚約者の両親の説教。もっと早くに言えよ、というツッコミは不可避だと思います 笑 何やかんで次回もウィラードの回になりそうです。ラリーも出る予定です。
更新が不定期な中でこのような読んで下さる皆様、そして誤字脱字報告をして下さる方々、本当に有難うございます! 今後もお付き合い下さると嬉しいです。




