8.婚約者の開き直り
ウィラード(ダメ男)の話です。
「…あぁ、ちくしょうっ!」
挨拶もせずにリンカと別れて逃げるようにシアン子爵家の馬車に乗り込んだウィラードは、自身の髪をくしゃりと鷲掴みながら叫ぶ。
「どうして僕は、あんな事を言ってしまったんだ…。」
ウィラードは後悔に苛まれていた。リンカに自分の考えを受け入れて貰えなかった悲しさは勿論ある。だが先約を優先するというリンカの主張が何も可笑しく無い事をウィラードも本当は分かっていた。
だが夜会でのリンカとウィラードの人脈、そして遠回しに陰口を言われた時の対応の差に苦い思いをし、夜会が終われば自分に敵意を向けてきたアイリスと楽しそうに予定を立てるリンカに嫉妬して、気がつけば自分を優先して欲しいと言ってしまっていた。
「…今までリンカよりラリーを優先した事が原因なんだ。僕が悪かった事は分かってるんだよぉ…。」
リンカがウィラードに笑顔を向けずに愛してくれない事。そしてウィラードが夜会で孤立して悪口を言われ、更にアイリスのようなリンカと親しい人に敵意を向けられるのは全て今までの自分の行いのせいだと、頭では理解出来ている。
…理解出来ていても、ウィラードは耐えられなかった。これから先も暫く今回のような想いをさせられるのかと想像するだけで気が滅入り、悲しくなってしまう。
「っ、いや…そもそもリンカはもう僕と会ってくれないんじゃないか。」
今後のリンカの予定や集まりを想像してげんなりとしていたウィラードは、先程のやりとりでリンカがもうウィラードと会わないかもしれないと思い顔を青褪めさせた。
「は、早くリンカに謝らないと…でも、なんて言えば良いんだよ…。」
自分の想いを正直に話す事が一番マシな対応なのかもしれない。けれどウィラードのプライドが拒んでしまう。仲の良い存在が誰もいない事の恥ずかしさ、上手く立ち回れなかった自分の情けなさをリンカに伝えたくなかった…。
◇◆◇
「お帰りなさいませ、ウィラード様。」
結局、今後どうすれば良いのか答えが見つからないままウィラードはシアン子爵家に帰宅した。使用人がウィラードを出迎える。
「ウィラード様、ラリー・ホワイト男爵令嬢様からお手紙が届いております。」
「っ、ラリーから…?!」
使用人の言葉にウィラードは驚く。
「はい。実はウィラード様が夜会に向かわれた後、ホワイト男爵令嬢が直接当家にお越しになられたのです。夜会の事をご存知なかった様子でした。」
今までウィラードはラリーに自分の予定を伝えていた。家族全員が参加する行事や誰かと会う約束、そしてリンカとの約束の日、自分がリンカと共に出席する予定の集まり等、何気ない会話の中で全て伝えていた。
「…そうか。」
けれどリンカとの予定を優先すると決めて、ラリーと話をした時からウィラードはラリーと会わなかった。ウィラードが今回の夜会に参加する事を知らなかったのは当然だろうとウィラードは頷いた。
「ラリー…。」
ウィラードにとってラリーは病弱な幼馴染であり、ウィラードが今苦しむ事になっている元凶とも言える存在だ。ラリーが態々ウィラードに直接会いに来て、手紙まで書いた理由は恐らく今までのように自分を気に掛けて欲しい、という願いの為だろう。
「…。」
ウィラードは封を開けて書かれている内容を読む。結論はウィラードの予想通り、今まで通り自分を気に掛けて欲しいという事だった。“体調が悪い時、ウィラードが傍に居れば耐えられたのに今はとても辛い”、“私の事はもう心配では無くなってしまったの?”、“お願いだから傍に居てウィラード”、“私は病弱なんだから仕方がないでしょう?”とあった。
「何も変わっていないんだな…。」
ラリーはウィラードの事情を考えてくれず、自分の要求ばかりしてきた事にウィラードは思う所があった。一言くらい謝罪の言葉があるのではないかと思ったが、書かれておらず少なからず失望してしまった。
そして、リンカの悪口も書いてあった。“私はリンカに酷い事を言われた”、“ウィラードの為にリンカを説得しようとしたが、聞き入れて貰えなかった”、“打算的な女性でウィラードには相応しくない”等と書かれていた。
ウィラードの婚約者であるリンカの悪口を幼馴染とはいえ、堂々と書くのは流石にどうかと思う。そして婚約者の悪口を書かれたのだから、書いた者に憤るべきなのかもしれない。
「…。」
…けれどウィラードは、手紙に書かれるリンカの悪口を眺めて喜んでしまっていた。もうラリーに良い感情を抱いていない筈なのに、ウィラードを求めてリンカを非難してくれる存在である事に安心感が生まれてしまう。
夜会ではウィラードの味方は誰一人としておらず、ウィラードに無関心か嘲笑い、敵意を向けられるばかりだった。
「僕を気に掛けない君が悪いんだよリンカ…。」
手紙を読む前まで自分の今まで言動に後悔し、リンカと次にどんな顔をして会えばいいのかと苦悩していたにも関わらず、ウィラードは解決策が浮かばない事に現実逃避からかリンカを非難してしまう。
「…明日ラリーの様子を見に行ってやらないと。」
ラリーは何時もウィラードが会いに行くと嬉しそうに微笑んで迎え入れてくれた。ウィラードを頼り、自分には幼馴染のウィラードしか居ないと縋ってきていた。
「ラリーには、僕が必要なんだ…。」
ラリーがウィラードの事情を優先してくれないからなんだ、ラリーは病弱なんだから仕方がない事だ。それにウィラードを優先してくれないのはリンカだって同じだ。それならば自分を愛してくれない婚約者よりも、自分を笑顔で受け入れてくれる幼馴染の方が良いじゃないか。
ウィラードはそう自分に言い聞かせると開き直り、明日着ていく服を確認し始める。態々オシャレをする程の仲ではないが、クローゼットを眺めて目星をつけておく。
リンカとの今後、社交界でのウィラードの評判、ラリーに会いに行ったところで解決する筈もない問題を後回しにして、ウィラードは明日ラリーに会う事を楽しみにするのであった…。
何時もより短めのお話でした。ウィラードは本当にダメ男ですが、現実問題に押しつぶされそうになると楽な方向へ逃げ込んで逃避する事は良くあると思います。そして時と場合によって好きな人を嫌いなる事もあれば苦手な人をマシだと思う事もありますよね 笑 人の心は不安定です。まぁ、ウィラードがダメ男なのは変わりありませんがね…。
ここまで読んで頂き有難うございございました! もし宜しければ評価して頂けると嬉しいです!




