7.婚約者の異変
夜会が終わった後のリンカとウィラードの話です。
「リンカ、今度の予定の話だけど明後日に話さない? 都合が悪ければその後でも良いわ!」
夜会が終わり、各々が解散していく中でリンカはアイリスに舞台を観に行く話をする日程の相談をしてきた。
「大丈夫よ、明後日に計画を立てましょう。」
リンカが頷くと、アイリスは嬉しそうに微笑んだ。
「良かった! それじゃあ…私の家でお昼も一緒に食べましょうよ!」
「是非そうさせて頂戴。」
リンカもアイリスの提案を嬉しそうに同意する。
「それじゃあ、楽しみにしているわね!」
「ええ。」
両者は手を振ってそのまま別れた。舞台を観に行く為の話をするだけであり、舞台を観る訳ではない。それでもこんなに楽しみに思えるのはリンカにとってアイリスが大切な友人だからだろう。
「…リンカ。」
一緒に食べるお菓子くらいは持参していこう。何が良いかと考えていたリンカの背後からウィラードが声をかけてきた。
「どうしました、ウィラード?」
どこか落ち込んでいるように見えるウィラードにリンカは眉を顰めた。夜会の最中、ウィラードがリンカに話しかけてくる事はなく終始無言だった。
「…。」
「…。」
何も言おうとしないウィラードに、リンカはウィラードが落ち込んでいる原因を考えてみる。
「…もしかして、彼らの事で気分を害したのですか?」
リンカが思い付いたのは、夜会での出来事であった。
夜会の最中、“リンカとウィラードが一緒にいる所を初めて見た”、“ラリーの元へ行かなくても良いのか”など、面白半分にリンカとウィラードの仲を探ろうとする者たちが何人かいた。ウィラードは困った様子で何も答えなかった為、リンカがそれとなくフォローしてその場をやり過ごしたのだった。
「…私達の仲について嫌味を言われるのは仕方がない事です。割り切るしかないと思いますよ。」
ウィラードが今後もリンカと共に集まりに必ず参加していくというのなら、いずれこの話題を振られる事はなくなるだろう。それまでは適当に相手をして聞き流していくしかない。
「…それもだけど、そうじゃないよ。」
だがウィラードはリンカの答えに首を振った。
「…では、どうしたのですか?」
「なぁ、リンカ。明後日一緒に食事をしよう。」
「…はい?」
落ち込んでいる理由を聞いたのに何故かいきなり食事の提案をしてきたウィラードに、リンカはとても驚く。そしてすぐに眉を顰めた。
「…明後日、ですか? ウィラード、貴方は私とアイリスの話を聞いていなかったのですか?」
ウィラードはリンカより数歩後ろにずっと居た。アイリスとは普通の声で話していたので話の内容は聞こえていた筈だ。それなのに何故、予定を被せる様に提案してくるのか分からない。
「そんな事はどちらでも良いだろう? レストランで食事でもしよう。あ、それとも僕の家に招待しようか?」
「…夕食ですか?」
ウィラードの様子に何処か不穏なモノを感じたリンカは、何かを確認するかのように質問した。
「ううん、昼食にしよう。」
「っ!」
ウィラードの答えに、リンカは態とウィラードがアイリスとの予定が被るように提案してきている事を確信した。
「あ、勿論夕食も一緒に食べるのもいいな! 一日中デートでもするかい?」
「明後日は無理です。」
「…。」
リンカは考えるまでもなく断る。ウィラードは何も答えない。
「私は明後日友人と…アイリスとの約束があります。別の日に変えて下さい。」
ウィラードも分かっているであろう約束をリンカは説明する。ウィラードの考えが分からないリンカは何を言ってくるのかと警戒した。
「それなら、リプシー子爵令嬢に行けなくなったと言えばいいじゃないか。」
「…は?」
ウィラードの返答にリンカは固まってしまった。
「婚約者である僕との約束が出来たから行けなくなった、と言えばいいだろう?」
「…良い訳ないでしょう。何を言っているのですか?」
常識的にあり得ない。そうとしか言えない事を提案してくるウィラードに、リンカは呆れや怒りよりも呆けてしまう。
「…前にも言ったけど、僕は今後何よりもリンカを優先すると決めたんだ。だからリンカにも今後は何よりも僕を優先して欲しい。」
何処か縋るような眼差しでリンカに願ってくるウィラードに、リンカはただ困惑していく…。
「…ウィラード、貴方は他の人と約束があっても私との約束があれば先約を破るというのですか? 急を要するような約束でなくても?」
大事な取引や知人の危機的状況等、急を要するような事があればリンカも先約相手に謝罪して約束を破るだろう。だが今回は食事、もしくはデートの約束だ。どうでも良いとは言わないが、予定さえ合えば何時でも出来る約束の筈だ。
「ああ、そうだよ。」
「…。」
その筈なのに、ウィラードは考えるまでもなく頷いた。リンカはそんなウィラードを怪訝な様子で見つめ返した。
「…そうですか。でも私はそんな事は出来ません。私は優先順位に関係なく先約を優先します。ウィラードのその頼みは聞けません。」
リンカの返答にウィラードは悲しそうな顔した。
「な、何でだ! 婚約者の僕よりも友人であるリプシー子爵令嬢の方が大事なのか!?」
「…。」
ウィラードの質問に正直に答えるならば答えは“はい”、だ。だが正直に答えるのは流石に良くないとリンカは思い留まる。
それに今回の問題は誰が一番大切か、等という事ではない。
「さっきも言いましたが、私は優先順位に関係なく先約を優先したいだけです。貴方と先に約束していたなら、アイリスとの約束は別の日にしましたよ。ただそれだけの話です。」
リンカは自分の考えが珍しいモノではなく、大多数が考える普通の考えだと思っている。こうして誰かにその普通の考えを説明する日が来るだなんて思ってもみなかった…。
「ぼ、僕ならリンカとの約束を優先して先約を取り消す! …だから君も俺と同じ考えをしてくれないか?」
「急にどうしたのですか?」
リンカの説明を聞いても自分の主張を曲げようとせず、何処か必死な様子でまた頼んでくるウィラード。その様子に何かあったのかと疑問に思ったリンカが尋ねると、ウィラードは少し苛立ったような様子になった。
「っ…、別に良いだろう!? 僕はリンカに一方的に求めている訳じゃない。僕と同じ考え方をして欲しいと言っているだけだ。不公平になるのが嫌なだけだ!」
「…不公平?」
ウィラードの主張にリンカは眉を顰めた。
「私の考えを自分に合わせろ、と強要してくる事が公平だと言うのですか? 同じ考えを持てば公平になるというのならば、私の考えに貴方が合わせてくれれば良いのではありませんか?」
「っ、それは…。」
ウィラードが不意を突かれたように言葉を詰まらせた。
「私はウィラードの考えに合わせるつもりはありません。貴方の考え方に口出しはしませんが私に強要しないで下さい。」
「っ! …。」
ウィラードが何を思ってそんな事を言ってくるのかは分からないが、本人が答えないのなら知りようがない。リンカはウィラードの頼みをきっぱりと断ると、ウィラードはショックを受けたような顔をした。
「っ…。」
ウィラードはそのまま背を向けて早歩きでその場を去って行く。
「…一体何だったの?」
遠くなるウィラードの後ろ姿を、疑問と呆れを含ませた眼差しでリンカはただ見つめる。結局ウィラードが何故落ち込んでいたのかを知る事は出来なかった…。
夜会中のリンカのフォローですが、今日はラリーの体調は大丈夫だったようで安心した。自分達の仲を心配してくれて有難う等、当たり障り無くやり過ごしたと思われます。それでもしつこい輩に対してはアイリス達が口を挟んで追い返しました。夜会でもその後もダメっぷりを発揮してしまったウィラードなのでした 笑
何時も読んで下さる皆様、誤字脱字報告して下さる皆様に感謝です。もし宜しければ今後も読んで頂けると嬉しいです。




