4.幼馴染との話し合い2
幼馴染との話し合いの続きです。
「尊重する事…ですか?」
ラリーが眉を顰めながらリンカの言葉を繰り返した。リンカはラリーに軽く頷いた。
「そうです。自分の主張や要求ばかりを通して相手の想いや事情を気にかけない者と、相手の主張や要求を聞き続けるのに自分の想いや事情は後回しにされてしまう者。とある2人がそんな関係になったら前者はともかく、後者はどう思うでしょうか? 一方的に搾取ばかりしてくる相手に好意を抱く事が出来ると思いますか?」
「それは…。」
「その2人の関係性が家族、友人、幼馴染、婚約者のどれであったとしても、搾取されてばかりの後者にとっては良好な関係だと思える筈がありません。そんな相手とは距離を置きたくなるものです。そうでしょう?」
「…。」
ラリーは何も言わない。いや、リンカの主張が間違っていると言う事が出来ないのかもしれない。
自分の主張を聞いて貰える側は何も問題はない。だが要求され続ける側は堪ったものではない。金銭や地位など、何かしらのメリットでも無い限りそんな相手とは距離を置いたり縁を切りたいと思うのは自然な事だとリンカは考えている。
「優先順位が何であれ、尊重しなければその相手は離れるというだけの話です。」
最優先する存在さえ傍にいれば良いというのならば他を蔑ろにしたって構わないだろう。だが社会はある程度の繋がりは必要だろうし、貴族ともなれば平民以上に繋がりというもの大切にしなければ生き残る事は出来ない。
「ウィラードにとって婚約者の私よりも幼馴染のホワイト男爵令嬢の方が大切だったとしても、私との関係を良好なモノにしたいのならば私の事も尊重しなければならないのです。以前の彼からは、私を尊重する姿勢を全く感じられませんでした。このまま私を尊重しないのならば、何が何でも婚約解消出来るように私は動いた事でしょう。私はそんな彼の事が赦せなかった。」
「そ、それはっ…!」
ラリーはリンカに何かを言おうとしたが、リンカがラリーを静止させるように片手を上げた。
「ですが、今後の私との予定を無しにして欲しいとお願いしたところ彼は受け入れた。私の意思を尊重してくれたのです。その時点で私は彼への怒りは無くなりました。もう、赦しているのですよ。」
「っ…。」
勿論、ウィラードがリンカとの約束を全てキャンセルし、リンカに後始末を押し付けてラリーの元へ行った事実が消える訳ではない。けれど今後同じ事を繰り返さなければ、リンカはウィラードを拒絶しないし婚約解消したいとも思わない。
「…そ、そんな訳ないでしょう。」
だが、ラリーはリンカの言葉を信じる気はない様子で涙目でリンカを睨見つけてきた。
「く、口ではそう言っても、ノアール子爵令嬢は私の事ばかり優先したウィラードを憎んでいるのでしょう!? 赦しているのならば、前みたいに予定を立てれば良いではありませんかっ!?」
「…ホワイト男爵令嬢は大丈夫なのですか?」
リンカはハッキリと言葉にしないが、ラリーがどんなに大変でもウィラードを呼ばないのかと質問した。そもそも、ウィラードが予定をキャンセルするのはラリーの体調が悪化してウィラードを呼ぶからだ。
ラリーの元へ行く事を決めたのはウィラードの選択ではあるのだが、ラリーが原因でもある。つまり、ラリーがウィラードを呼ばなければ解決する問題でもあるのだが…。
「…本当に、本当に冷たい人ですね! ウィラードと婚約者になれただけで充分に贅沢な話なのに…。」
ラリーはリンカの遠回しな質問に返事をしない。つまりウィラードを呼ばないと言えないのだろう。ラリーはリンカを非難し始める。
「政略結婚だからって、ウィルが可哀想です! もっとウィルの事を大切にしてくれませんか!?」
「…私が彼を大切にしていないと?」
心外だと言わんばかりにリンカは眉を顰めた。愛情はなくても、ウィラードのやる事を尊重してきたつもりだ。何故そんな非難をされるのか分からない。
「そうですよ! 尊重するとかしないとか、そんな打算的な事を考えずに、相手を大切に思う事がノアール子爵令嬢には出来ないのですかっ!?」
まるで悲劇のヒロインかのように、健気な様子でリンカに訴えるラリーの姿は庇護欲をそそるのかもしれない。
「尊重し合う事が打算的…?」
だがラリーの言葉に、リンカは眉を顰めた。
「それは、ホワイト男爵令嬢が誰かを尊重した事がないからそんな考えになるのではないでしょうか?」
「…へっ?」
リンカの冷たい言葉にラリーは固まってしまった。
「“病弱だから仕方がない”…貴女はそう言うだろうと思います。でも環境がどうであれ、貴女は誰かの為に何かをしたり、我慢をした事があるのですか?」
「〜っ、それは…。」
ラリーは口籠った。
昨日初めて会った時、リンカとウィラードの会話に無遠慮に入り込んできた。そして病弱の度合いは分からないが、使用人をたった1人しか連れて来ていなかった。それだけでも周りへの配慮を考えているようには思えなかった。
それにリンカと話し始めてからずっと、ラリーはリンカを非難し、自分の要求を求めるばかりでリンカの気持ちを考えていない。尊重する気はまるでなく、尊重される事を求めてくるだけだ。
「…貴女は尊重されるばかりで尊重した事がない。だから打算的だなんて考えてしまうのでしょうね。」
リンカとラリーは友人ではない。けれど初対面だからこそ配慮する事もあるだろうに、そうしようとしないラリーにリンカは辟易としていた。
「…そ、そんな言い方酷すぎますっ!」
ラリーは今まで以上に怒りを感じた様子でリンカを怒鳴ってきた。
「…まぁ、私はホワイト男爵令嬢と昨日お会いしたばかりですし、誰の事も尊重した事がないのだろう、と発言したのは失礼かもしれませんね。では、ウィラードに対してだけ確認させて下さい。貴女はウィラードの為に我慢をしたり、何かをしてあげた事はあるのですか?」
「な、何ですって…!?」
ウィラードがラリーを尊重してきた事をリンカは身を以て知っている。それにラリーも昔からウィラードに大切にされてきた事を話した。だが逆に、ラリーがウィラードを尊重してきた事はあるのだろうかと、リンカはずっと疑問に思っていた。
今のラリーの様子を見るに、病弱であったとしても寝たきりではない。声に力だってある。何も出来ないとは思えなかった。
「……っ、わ、私は今、ウィラードの為にノアール子爵令嬢を説得しているではありませんかっ!?」
「この、私との話し合いですか…。」
ラリーは暫く黙り込んだ後に今の話し合いがウィラードの為にしている事だと答えた。ラリーはリンカの考えに反論したつもりになっているのだろう。
だがそれはつまり、今に至るまでウィラードを尊重した事が一度もないと言ってるも同然だ。リンカは内心呆れながらも、その事に触れるのは止めて別の指摘をする事にした。
「私にはこの話し合いはウィラードの為ではなく、ホワイト男爵令嬢自身の為としか思えませんよ。ウィラードが貴女を優先しなくなる事が嫌だから、そうならない為に私を説得しようとしているのでは無いのですか?」
「っ!? ち、ちが…!」
ラリーは否定するが焦ったような言葉と表情に、リンカは自分の考えが間違っていないと確信してしまった。
「…もしかしたらウィラードも私と同じように、尊重するばかりで尊重される事がない状況に、嫌気がさしてしまったのではありませんか?」
2人の間に何があったのか、どんな話をしたのかはリンカには分からない。けれど今のラリーの様子から、ウィラードがラリーを尊重しても、ラリーがウィラードを尊重した事はなかったのだ。
尊重しなければ相手は離れる。だからウィラードはラリーから離れたくなった。それならばウィラードの気持ちが分からないでもない。
「〜〜っ! そ、そんな筈ないっ!! ウィルはずっと、私を大切にしてくれたっ! わ、私を…わ、私は……。」
ラリーの勢いは徐々に衰えていく。過去を思い返しているのだろうか、思い当たる節があるように気不味い表情へと変化していった。
「…で、でもいきなりなんて可笑しい。喧嘩だってしてないのに…や、やっぱりノアール子爵令嬢が関係しているとしか思えない。」
ラリーの言葉はリンカに向けた言葉ではなく、独り言のようなモノだった。
「…私がウィラードと話し合いをすると決めた時、何か大きなキッカケがあった訳ではないのです。大きな喧嘩をした訳でもないし、予定をキャンセルされる回数がキリのいい数字だった訳でもない。何気ない会話の中での態度や言葉に、ふと行動しようと決心してしまう事もあるのですよ。」
ラリーを責めるなとリンカを非難し、悪びれる様子を見せずに笑顔で謝罪してきたウィラードの態度は初めてではなかった。
けれどこの状況がずっと続くのは御免だと思い、今までの積み重ねもあってか、リンカは予定を白紙にしなければ婚約解消する為に行動をすると彼に話していた。でもこんな事は誰にでもあり、珍しくもないとリンカは思っている。
「……。」
「勿論、私との話し合いによって何か彼の中で変わった事はあるのかもしれません。でも、それを私のせいにされても困ります。それに、私の考えが正しいとは限りません。彼の変化の理由は別の事かもしれませんよ。」
リンカとの話し合いでウィラードの気持ちに何かしらの変化があった可能性は出てきた。しかし決定的な証拠はなく、リンカは全くの無関係かもしれない。
どのみちリンカがウィラードとラリーの関係を変えるような要求をしていない以上、ラリーに恨まれても知った事ではなかった。
リンカは黙り込むラリーを暫く見つめると立ち上がった。
「私はウィラードの事をもう怒っておりませんし、ウィラードとホワイト男爵令嬢との関係に口を挟んでもおりません。そして、ウィラードと前と同じような関係に戻るつもりはありませんので私には何もする事がありません。」
リンカはラリーの為に何かを出来ないのではなくする気がない。その事をハッキリと伝えた。
「〜っ…。」
ラリーは涙目でリンカを睨みつけてきた。だがリンカはこれ以上話し合いをする気はなかった。
「では、これで失礼しますね。」
リンカは礼をするとそのまま部屋を出た。部屋の外にいた男爵家の使用人がリンカを見ると慌てた様子で近付いてきたが、リンカがもう帰ると伝えると玄関まで案内した。
ラリーは結局リンカを見送りに来なかった。話す内容も態度も貴族令嬢としてあるまじき姿だった。ラリーが今までどんな苦労をし、何を思って生活をしてきたのかは分からないが、もう関わりを持ちたくないとリンカは強く思った。
今回でラリーとの話し合いは終わりです。リンカの指摘にラリーは何か思う事があったのでしょうか? それが良い方向に行くのそれとも悪い方向に行くのか…作者にもまだ分かりません 笑
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