3.幼馴染との話し合い1
幼馴染との話し合い回です、続きます。
翌日の昼、約束の時間にリンカはホワイト男爵家を訪れた。ラリーの父であるホワイト男爵は不在らしく、昨日ラリーを支えていた使用人がリンカを出迎えてラリーの元まで案内した。
「…。」
「御機嫌よう、ホワイト男爵令嬢。」
「ご、御機嫌よう、ノアール子爵令嬢。」
本来は地位が低いラリーの方が先に挨拶をするべきなのだが、黙ったままだったのでリンカが挨拶をした。リンカの挨拶を真似するかのように、慣れない様子でラリーは挨拶を返した。
「それで、私に話したい事は何でしょうか?」
互いに向かいあって席に座るとリンカが話を切り出す。
「…昨日も言いましたが、ウィルの事を赦して欲しいのです!」
「…ホワイト男爵令嬢。」
“ウィラードを赦して欲しい”という願い。それはウィラード自身もリンカに言ってきた言葉だ。
「ウィラードを赦せとは、どういう意味でしょうか?」
「…え?」
リンカの質問に、ラリーは目を丸くした。
「ウィラードにも言われたのですが、私は理解出来ないのです。私は別に彼の事を怒っていないのに、何故そんな事を言われるのでしょうか?」
「なっ…、だって、ノアール子爵令嬢はウィルが私の事を優先するから怒ったのではありませんか!?」
「…私とウィラードの話を聞いたのですね?」
リンカとウィラードの婚約者としての約束、会う予定を全て無しにする。その話をラリーはウィラードから聞いたのだろうとリンカは思った。
「…ウィルは私の事を心配してくれただけなんです! ウィルは悪くありません! だから、どうか赦して上げて下さい、お願いします!」
「何を赦せと仰るのですか? 私は今後の予定を無しにして欲しいと言っただけですよ。他には何も要求しておりません。」
「…え?」
涙目で必死にリンカに懇願するラリーを、リンカは普段通りの冷静な態度で対応する。リンカの言葉にラリーは再び固まってしまう。
「ウィラードからどう説明されたのかは知りませんが、私は幼馴染であるホワイト男爵令嬢の事を優先したから怒ったのではありません。私を蔑ろにしていると思わせる態度を取っていたから怒ったのです。」
リンカはウィラードに言った事と同じ内容であるデートのキャンセルの対応を全てリンカがしていた事、デートや夜会の為の準備が無駄になった事、約束が守れなくなったら謝罪すれば良いと思っているとしか思えないウィラードの態度を赦せなかった事をラリーに説明した。
「ですが、ウィラードが私の主張を受け入れて今後の予定を無しにしてくれましたのでもう怒ってなんていません。赦せなかったのは過去の話です。だから、今は赦す事なんて何もないのですよ。」
「…。」
ラリーは目を見開いたまま黙っている。リンカはウィラードに嫌がらせなんてしていない。そして何も要求していない。今後の予定を無しにしただけで今までと何も変わっていないつもりだ。それなのにラリーもウィラードも、何故“ウィラードを赦せ”と言ってくるのかがリンカには分からない。
「それに、この提案はウィラードの為にもなった筈です。私に態々予定が駄目になったと言う手間がなくなり、何時でもホワイト男爵令嬢の元に行く事が出来るのですから。この事は彼にも伝えましたけどね。」
「…う、嘘です!」
何も言い返してこなかったラリーが、急にリンカのこの言葉に反論して来た。
「だ、だって、ウィルが今後はノアール子爵令嬢の事を優先する。私の体調が悪くなってももう来ないと言って来たのです! ウィルがあんな事を言ってくるなんて…そんなの、ノアール子爵令嬢が何か言ったとしか思えませんっ!!」
「っ、そんな訳が…。」
ラリーの言葉に今度はリンカが驚く。ウィラードがそんな事を言うだなんて信じられないと言おうとした。しかし、昨日ウィラードがリンカとの予定を立てようとしていた事が頭に過ぎり、ラリーの言う事を否定出来なかった。
「何時だって、ウィルは私の傍に来てくれたのに。ウィルがノアール子爵令嬢の婚約者になってしまっても、私達が幼馴染である事に変わりはないのに…。」
「…。」
リンカはラリーの言葉から、何処となくリンカへの棘を感じながらもラリーの目から涙が一筋流れて頬を伝うのを黙って見ている。
「…私の体調のせいで、ノアール子爵令嬢を傷つけてしまった事は分かっています。でも、仕方がないではありませんか! こんな身体になってしまったのは私のせいではありません! 本当に…本当に苦しいんですよっ、…ウィルが来てくれないと私辛くて…。」
「…昔から、ホワイト男爵令嬢が辛くなるとウィラードが傍に居てくれたのですね?」
リンカが質問すると、ラリーは涙を拭って頷いた。
「そうです! ずっと私の手を握って、背中を擦って優しく声を掛けてくれました。そのお陰で私は持ち堪える事が出来たんです。」
「ホワイト男爵令嬢の体調は、改善される事はないのですか?」
「…。」
リンカが身体の事を質問すると、ラリーはピクッと反応した後、表情を曇らせた。
「ひ、酷いです! わ、私が望んでこうなった訳ではありません!」
「…いえ、別に私は責めている訳ではありません。その、医師には何と言われているのですか?」
「仕方がないではありませんか!! だって、不安なんですもの…丈夫なお身体のノアール子爵令嬢に、私の気持ちは分からないのですわっ!」
リンカはただ、ラリーの病弱な体質は治るものなのかどうかを聞きたかっただけだ。しかし、何故かラリーを責める言葉として受け取られてしまったらしい。
…ラリーの反応はウィラードに似ているなとリンカは思った。
「ウィルも、そして私も悪意なんてありません! 仕方がないではありませんか!」
ラリーは悲しそうな顔をしながらも、何処か強い眼差しでリンカを見てきた。
「だからノアール子爵令嬢、どうか嫉妬してないでウィルを赦して上げて下さい! そして、私と彼を引き離そうとしないで下さい!」
「ホワイト男爵令嬢。」
ラリーの感情的な声とは反対に、とても冷静な声でリンカはラリーの名を呼んだ。
…ラリーの主張を止めようとするかのような静かな圧が込められていた。
「何度も言っておりますが、私はウィラードに今後の予定を無しにして欲しいとしか言っておりません。貴女とウィラードの関係に変化を与えるような事を言ってはおりません。」
「そ、そんな筈がないでしょう!? だって、そうじゃなかったらウィルが私と会わないなんて言う筈がないです! それに、昨日彼はノアール子爵令嬢に謝罪していたんですよね?!」
ラリーの言う通り、ウィラードは赦して欲しいとリンカに謝罪してきた。そして、その理由はリンカにも分からない。
「私の方がウィラードが謝罪してきた理由を知りたい位ですよ。でも、ホワイト男爵令嬢がウィラードと謝罪の件について話をしていないのならば、2人の赦せという理由は違う可能性だってありますよね。」
「それはっ…。」
この場にウィラードが居ない以上、彼の考えは分からない。今はラリーが何を思ってリンカに“ウィラードを赦せ”と言うのかを聞く必要があった。
「っ…………。」
「…ホワイト男爵令嬢は、私に何を求めているのでしょうか。何をすれば私がウィラードを赦した、という事になるのでしょうか?」
何も言わずに黙り込むラリーに痺れを切らしたリンカが質問した。
「それは…その……前と同じようにして頂きたいです。」
恐る恐るといった様子で、けれど迷う様子を見せずにラリーは返答した。
「“前と同じ”…つまり、私が再びウィラードと今後の予定を立て、ホワイト男爵令嬢の体調が悪くなったら今まで通りドタキャンされても受け入れろ、と言っているように聞こえますが間違いありませんか?」
「…そ、そんな言い方をしなくても良いではありませんか。」
リンカの言い方に傷付いたと言うかのようにラリーは悲しそうな顔をした。リンカはラリーの態度に思う事はあるが、返答を濁さず肯定してくれただけまだマシだと思った。
「そのお願いは当然お断りします。」
「なっ!?」
ラリーが驚いた様子で声を出すが、リンカは呆れたような顔をした。
「何を驚いているのですか? それが嫌だから今後の予定を無しにして欲しいと言ったのに無駄になるではありませんか。ウィラードが今後の予定を無しにしてくれなければ、政略結婚とはいえ破談になるように私は行動しましたよ。」
「〜っ、だからそれは! ウィルが悪い訳じゃないです! わ、私だって…好きで病弱な訳じゃないんです! 仕方がない事だったんだって、言っているではありませんかっ!!」
結局話が最初に戻ってしまった。だがそうなるであろう事は、ラリーの態度を見てリンカは予想していた。
「…そういえば、先程ホワイト男爵令嬢のお身体について質問した事について謝罪させて下さい。デリカシーが欠如しておりました。好き好んで他人に話したい内容ではありませんものね…。」
「えっ、あ、あの…。」
話の途中で突然リンカ謝罪されたラリーは、戸惑った様子を見せる。リンカは正直、本当にラリーは病弱なのかと疑っている。だが何の前置きもなく質問したのはマナー違反だったと思い直し謝罪した。
…例え、その後の会話が噛み合っていなくてもだ。
「私は決して悪気はありませんでした。でも、ホワイト男爵令嬢の気分を害してしまった様子でしたので…もう詮索しませんのでご安心を。」
「そ、そうですか!」
ラリーは安心したような、機嫌が良さそうな笑みを見せた。
「話を戻しますね。私は、貴女の病弱な体質の事を責めるつもりはありません。ホワイト男爵令嬢の仰る通り、それは不可抗力であり、仕方がない事なのかもしれませんから。」
「っ、だったら!」
リンカの言葉に、ラリーは再び悲しそうな顔をして自分の主張を受け入れてくれないリンカに不満そうな顔を見せた。
「ですが、相手を傷付ける意図はなく悪気がなかったとしても、相手を傷付けて不快な思いをさせてしまった事は事実です。それを、仕方がないと言って済ませないで貰えませんか?」
「っ…。」
ラリーの病弱さ、ウィラードが傍に居なければ不安で仕方がない事が本当かどうかは別にしても、リンカが嫌な思いをさせられた事に変わりはない。それを、仕方がない事だからという理由でリンカに我慢を強いてくる事を、リンカは絶対に許容出来ない。
「ウィラードとの予定の為に準備した私の時間と労力が無駄にされました。私の気持ちも分かって下さい。」
「…。」
この話はもう2回目になる。黙り込むラリーにリンカの言葉が届いているかは分からない。
「ホワイト男爵令嬢は私にお身体の事を詮索されて、嫌な気持ちになりましたよね? 私はそれについて謝罪をしただけでなく、二度と詮索しないと誓いました。相手の事を考えて今後の配慮をするのは当然ではないのですか?」
前と同じに戻れと言うラリーの願いは、ラリーがまたリンカに身体の事を聞かれても我慢して受け入れろと言うのと同じ事であるとリンカは伝える。謝罪の言葉は勿論大事だが、今後、相手を傷付けない為の工夫や配慮もするべきだ。
言葉だけを伝えて、態度を変えないのならば謝罪とは言えないのでは無いだろうかとリンカは思う。
「貴女もウィラードも悪くないと言いましたが、私だって悪くありません。」
そして何よりラリーは自分とウィラードは悪くないと言ってきたが、リンカはもっと悪くない。リンカが悪い可能性こそ、2人以上にあり得なかった。そんなリンカが責められるなんて可笑しいのだ。
「う、うぅ~…。」
「…大丈夫ですか、ホワイト男爵令嬢?」
畳み掛けるように主張したリンカの言葉達に、ラリーは反論すら出来ず泣き出してしまった。リンカはそんなラリーの精神面の心配ではなく、体調を気にして声をかける。
「だっ、大丈夫じゃない、ですっ…うぅ~!」
…どうやら体調に問題は無さそうだと、リンカは安心した。
「ひ、酷いです… 私とウィルは幼馴染なんですよ!? ゆ、赦してくれたって良いじゃないですか…うぅっ〜…。」
ラリーは泣きながらも、リンカを非難するような言葉を弱々しくも吐き出した。
「ずっと…ずっとウィルは私の傍に居てくれたのに! 幼馴染なのに! 婚約者が出来ただけで、酷い、酷いですよ!!」
「…ホワイト男爵令嬢は、貴女とウィラードは幼馴染なのだから仕方がない、赦せとずっと仰っていますが、幼馴染の方が婚約者よりも立場が上の関係なのですか?」
リンカの質問にラリーは固まった。自分は被害者だと言わんばかりだった悲痛な表情に、若干の気不味さが浮かんだ。
「え…あ、その……で、でも幼い頃からウィルの傍にいる私の方が、ウィルの事を知っていますし…き、絆だって強い筈です!」
「…成程。」
…今更だが、子爵令嬢であるリンカは男爵令嬢であるラリーよりも地位が上だ。それなのにラリーの態度と口調はあまりにも礼儀に欠けていた。
だがリンカはそんな事はとっくに諦めてしまい、ラリーの主張を否定せずに受け入れた。
「家族、友人、幼馴染、婚約者…様々な関係性がありますが、どの関係が上かは人それぞれだと私は思います。少なくとも、婚約者の関係が幼馴染よりも上だとは私も思っていませんよ。」
「!」
リンカの言葉に、ラリーは驚きと何かを期待するかのように目を輝かせた。
「ですが、私はどの関係にも、優勢順位が一番下だとしても無くてはならない重要なモノがあると思っています。」
「…えっと、それは何ですか?」
困惑しながら質問するラリーに、リンカは迷う事なく返答した。
「相手を尊重する事です。」
ラリー、中々に手強い相手です。リンカは冷静ですが書いている作者はラリーが厄介で仕方ありません。そして、何回「ウィル」と呼んでいるのかとツッコミたくなります 笑 不定期更新になると思いますが、10話以内で纏めたいと思っております。もし宜しければ最後まで読んで下さると嬉しいです!
ここまで読んで下さり有難うございました!




