30.幼馴染の父親の想い
ホワイト男爵家の親子の会話回です。
「アレン…ラリーの事を、頼むわね。」
ホワイト男爵夫人もとい、アレンの妻であるフィリアはラリーを出産して半年後にこの世を去った。病が原因だった。最愛の妻であるフィリアを失い、悲しみのどん底に暮れたアレンだがホワイト男爵として、そして愛娘のラリーの為にフィリアの死を乗り越えたのだった。
「お父様、私…病弱なのかもしれないの。」
突然ラリーにそう告げられた時、アレンの胸には恐怖心が渦巻いた。ラリーを医者に診せても原因が分からないという。健康そうに見えたと思いきや突然体調不良になる。どうすれば良いのか分からない。ベッドで横たわるラリーの姿を見るとフィリアの死が重なってしまった。
「ラリー! 大丈夫かい?!」
「ウィル…!」
ラリーの幼馴染であるウィラード・シアン子爵令息がラリーノ様子を見に来ると、ラリーは安心したように微笑む。そしてウィラードと会えば暫く元気なままで居られた様子だった。
ラリーとウィラードは幼馴染。2人は互いを大切に想い合っている。ウィラードの婚約者となったリンカ・ノアール子爵令嬢に申し訳無いという思いはあったがアレンにとって1番大切なのは愛娘だ。
ラリーをフィリアのように病気なんかで失う訳にはいかない、ラリーを幸せにしたい…ただ、それだけだった。
『実はね、私が病弱なのは嘘だったのよ!』
病弱が嘘だと分かった時、アレンは凄く愕然としたのだった…。
◆◇◆
「…。」
「…。」
ホワイト男爵家の食堂で、アレンとラリーは夕食を食べている。2人の間に会話はなく、食器が擦れ合う音と微かに互いの咀嚼音が響いているだけだ。ラリーは普段の何倍も食べる速度が遅い。
「…食欲がないのか?」
「…。」
アレンがラリーに質問すると、ラリーはアレンの顔を見ずに沈んだ表情のまま何も言わなかった。だがアレンは仕方が無いとしか思えなかった。昼間の話し合いでラリーの言動に苛立ったアレンはラリーを怒鳴るだけなく、頬を平手打ちした。アレンに対して思う事は色々とあるだろう。
「…私、ウィラードに嫌われちゃった。」
「…!」
ラリーは俯きながらそう言った。今、アレンへの恨みでなくウィラードの事を話した事にアレンは少し驚く。
『ラリーの嘘が、ラリーの存在が僕の人生を滅茶苦茶にしているんですよっ!! 僕は被害者だっ! こんなにも責められるだなんて可笑しいじゃないかっ! 僕は悪くないっ! 僕じゃないっ! 悪いのは全部ラリーだぁっ!!』
『冗談じゃない、こんな嘘つき女っ!!』
ウィラードのラリーへの怒りと暴言は、アレンも鮮明に覚えている。直接言われたラリーのショックは計り知れないのであろう。
「仕方が無いだろう。彼がラリーを嫌うのは、憎むのは当然だ。」
「っ…。」
アレンの言葉にラリーは下唇を噛んでより一層俯いてしまう。
「…怖いの。これから、私、どうなっちゃうのお父様…。」
ラリーはウィラードと共にホワイト男爵家の領地に追いやられて、いずれはホワイト男爵家からも除籍される。そんな事はラリーも分かりきっている。ただ今のラリーが1番不安に思っているのはウィラードと共に、という部分だろう。
「お前の嘘がウィラード子息を傷つけ、彼の将来を歪める一因となってしまったんだ。」
「…っ。」
「…お前が彼を苦しめようとしたつもりがない事は、分かっている。彼だけじゃない。シアン子爵やノアール子爵令嬢にも、迷惑をかけたかった訳では無いのだろう?」
ウィラードの事が好きで傍に居たかったから、それだけだ。ウィラードの婚約者だったリンカには嫉妬と悪意はあったのだろうが、ウィラードの事がなければリンカと関わろうとはしなかっただろう。アレンは、そうだと信じたい。
「っ…。」
ラリーは表情を歪め、今にも泣き出しそうな顔でアレンを見つめる。痛ましげなラリーの様子にアレンの胸も痛む。
「ノアール子爵の決定は変えられない。全ては自業自得だと思って受け入れろ。だが、お前とウィラード子息を2人きりにはさせない。ホワイト男爵家の者を必ずお前の傍に置くようにする。」
「…え?」
ラリーは目を丸くしてアレンを見た。
「それに彼は貴族位を剥奪された上で追放されるが、お前は暫くホワイト男爵令嬢のままだ。万が一お前に手を出せば貴族に手を出した平民として、処罰する事も出来る。」
ラリーも最終的には平民となるが、表向きには療養の為に社交場を離れるだけだ。療養して体調が改善された後に、社交界への復帰は無理だと判断して除籍されるという筋書きの為、ラリーの方がウィラードよりも長く貴族で居られる。
「…お前の病弱が嘘だと知った時、私はお前を憎んだ。」
「…。」
ラリーはアレンの視線に気不味そうな顔をするも、逸らそうとせずに見つめ返してきた。
ラリーは周りを騙しておいて罪悪感の欠片もなく、ウィラードへの愛を語った。その後もリンカを侮辱し、リンカとウィラードの婚約に口を出してホワイト男爵家に危機を齎してもなお、反省も危機感も持たずに我儘ばかりを言う姿にアレンは耐えられなかった。今も心の底ではラリーを非難する気持ちは存在している。
「だがそれと同時に、お前が病弱では無かった事に安心もしたんだ。」
「…お父様。」
頭の片隅でラリーの病弱が嘘で良かったとも、あの時思ったのだ。アレンは父親としてラリーを完全に見放す事は出来ないのだと思い知らされた。
「…私は隠居するつもりだ。」
「えっ!?」
アレンの本音と隠居の話に、ラリーは驚きのあまりか声を出した。アレンはホワイト男爵の地位を退き、弟夫婦に譲る事を決めた。まだ話はしていないが兄弟仲は悪くないので引き受けてくれる筈だ。
勿論ラリーとウィラードの事を話す訳にはいかない。ラリーを心配するあまり、貴族としての礼儀を忘れてウィラードとリンカを巻き込んでしまった。それによりホワイト男爵家の品位を落してしまったアレンは男爵には向いていない、という理由で隠居するのだ。まぁ、間違ってはいないので嘘をついている訳ではない。
「引き継ぎは簡単には出来ない。暫く時間は掛かるだろうが隠居した後はお前の下に行く。」
サーマン・ノアール子爵からはラリーとウィラードの監視を命じられている。だがアレンが男爵でいる必要は無い。弟や使用人達に協力して貰いながらウィラードが何処に行っても監視は続ける。
ウィラードがラリーの嘘による被害者なのは理解しているが、それでも娘を利用し陥れようとした事をアレンは赦せない。アレンなりの方法で、ウィラードからラリーを護るつもりだ。
「…お、とう様。」
ラリーの目に涙が溜まっていき、頬を伝っていく。
「ご、めんなさい…っ、ごめんなさいっ、ごめんなさい…う、うぅっ…!」
ラリーは次々に溢れ出る涙と鼻水を拭いながらアレンに謝罪を繰り返す。アレンはそんなラリーを痛ましげに、けれど何処か冷めた感情で見つめた。
ラリーをウィラードの悪意から護るとは誓っているが、もうラリーを甘やかすつもりは無い。ラリーが病弱の振りをしなくて済むようになったら領地での仕事をして貰い、自立させるつもりだ。
平民としての生活は、甘やかされてきたラリーにとってとても過酷なモノとなるだろう。今は反省した様子で涙を流し、アレンに謝罪をしているが何故自分がこんな目に、と恨むようになる可能性も捨てきれなかった。
「…。」
父親としてラリーを心配する気持ちと、周りを騙したラリーに対する不信感。両方を持ち合わせているアレンは、ラリーに慰めの言葉も責める言葉もかけられないまま無言で見つめる事しか出来なかった。
アレンとラリーのお話でした。隠居ってそんな簡単に出来るのか?と思いもしましたがそこは小説の話なのでお見逃し下さい 笑 何もかも遅すぎるダメな父親のアレンではありますが、ドラート・シアン子爵よりはまだマシな雰囲気ではあると思います。アレンの想いがラリーに届いていると良いのですが…。ラリーの事はずっと父親として気にかけ続けるのでしょうが、ラリーの行いも忘れる事は出来ず信用は出来ない。そんなお話でした。ヒロインのリンカの出番が中々無くて申し訳無いです。
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