31.婚約者候補との顔合わせ
リンカに婚約者候補が出来る回です。
「明日、ウィラード・シアン子爵令息との婚約を正式に破棄する。」
「…承知しました。」
シアン子爵家、ホワイト男爵家との話し合いから3日後の朝、リンカは父であるサーマンから告げられた。リンカが準備しなければならない事なんて何もなかった為、特に身構える事なく頷いた。
ウィラードと婚約破棄をしたら周りからは理由を問われる事になる。聞かれたらリンカはラリーの体調が悪化し、療養する事になったラリーを心配したウィラードが一緒にホワイト男爵家に行く事になった、という内容の説明をするだけだ。それとラリーの体調が悪化する瞬間を目撃した事も伝える。だがリンカから態々説明する必要は無い。聞かれたら答える、それだけだ。
「ウィラード子息とラリー・ホワイト男爵令嬢が領地に行くのはまだ先だ。向こうの都合次第で日は決まる。」
ウィラードの除籍や領地に行く為の準備だけでなく、後継者問題もある。サーマンは少なくとも1週間くらいは猶予を与えたのだろうとリンカは思った。
「私達がやらなければならない事はない。だから次はお前の婚約者探しに入る。」
「…はい。」
明日からリンカには婚約者がいない。相手探しを始める必要がある。
「私の方で相手は探すが、お前の意見も取り入れる。」
ウィラードの事もあり、家の利益だけで相手を決めるのはリスクがあるとサーマンは判断したようだ。ただリンカの意見を取り入れる、とは言っているがリンカの好みかどうかではなく、貴族として人として、問題はないかを判断しろという事なのだろう。勿論、リンカもそのつもりなのでサーマンの言葉に心の底から頷く。
「はい。」
ウィラードのような場合は稀だとは思いたいが、その稀に遭遇した以上油断出来ない。サーマンが婚約者候補として選んだ相手とリンカがある程度の期間を過ごし、リンカが問題ないと判断したら婚約者となるのだろう。勿論、それは相手側にも言える事ではあるのだが。
「では、失礼しますね。」
「あぁ。」
リンカはサーマンに挨拶をして部屋を退出する。何はともあれ今リンカに出来る事は何もない。今日残された自由な時間を満喫しようと決め、自室に戻り紅茶を飲みながら読書する事にした。
◆◇◆
「リンカ、エリク・ブラン伯爵令息と知り合いか?」
翌日、リンカとウィラードの婚約破棄が公表された。そして更に2日後、リンカはサーマンに呼ばれて質問を受けた。
「エリク・ブラン伯爵令息ですか?」
急な質問に驚きつつも、リンカは聞き覚えのある名前を聞いて頷いた。
「知り合い…と言える程の仲とは言い難いですが、挨拶はしました。ジェルミ・サガータ伯爵令息のご友人だそうです。」
「そうか…。」
リンカがアイリス・リプシー子爵令嬢と親友同士であり、そのアイリスの婚約者がジェルミ・サガータ伯爵令息である事はサーマンも知っている。リンカの答えに何かを納得した様子を見せるサーマンだが、リンカには質問の意図が分からず眉を顰めた。
「エリク・ブラン伯爵令息からお前との縁談を申し込まれた。」
「…えっ?」
リンカは驚いて固まる。何故、という感想しかない。サーマンがリンカに確認したという事は、サーマンがブラン伯爵家と交渉した訳では無いという事だ。つまりブラン伯爵家側からリンカとの婚約を望んでいる、という事になる。
「…どうしてですかね?」
サーマンに質問しても答えが無い事はリンカも分かっていた。けれど思わず疑問を口にしてしまう。
「…さぁな。だが他の縁談は全て子爵家か男爵家だ。挨拶した程度の仲では何も判断出来ないだろうが、どうだ?」
子爵家よりも格上の伯爵家と繋がりを持つ事が出来るのは純粋に喜ばしい事ではある。エリクに対しても、リンカは今のところ悪い印象は全くない。ただウィラードの時は同じ家柄である子爵家同士として言えた事も、伯爵家が相手となれば中々言い辛くなってしまうという問題もあった。
「…婚約者候補として、顔合わせをするという事で宜しかったですよね?」
だが伯爵家からの申し出を顔合わせもせずに断ればそれも問題になるかもしれない。他に格上の家柄からの申し出あれば別だが他は子爵家と男爵家だけだ。
「…あぁ、そう返事をさせて貰う。」
婚約者になったから顔合わせをするのではなく、会ってみてから判断したい。相手が伯爵家であろうとサーマンはその条件で婚約者候補としてリンカと合わせると約束している。リンカは安心しながら頷いた。
「ブラン伯爵家側のお返事次第ですが、先ずはお受けしたいと思います。」
リンカとウィラードがウィラード側の問題で婚約破棄になった事は知れ渡っている。だから今度は相手の性格や周囲の人間関係を知ってからにしたい、と主張した所で納得してくれるとは思いたい。だがもしエリクが不快に思えば縁が無かったという事で謝罪をして終わりだ。
リンカの返事にサーマンは頷くと、早速ブラン伯爵家宛に返事の手紙を書いて送った。その日の夜、早くも返事の手紙が届き、リンカとエリクは婚約者候補として顔合わせをする事が決まった。トントン拍子に決まった予定にリンカは少し戸惑いつつも、エリクに会う為の準備を始めた。
◇◆◇
顔合わせの当日、リンカとサーマンはブラン伯爵家を訪れた。ブラン伯爵と伯爵夫人との挨拶もそこそこに、リンカとエリクは2人で話をするように言われて伯爵夫妻とサーマンは席を外した。
「…改めまして、私とのお時間を作って頂き有難うございます。」
「いえ、私の方こそ光栄でございます。」
エリクが礼儀正しくリンカに感謝をしてくれた為、リンカも失礼のないように感謝の言葉を告げる。
「…何故、私に婚約を申し込まれたのか理由を教えて頂けませんか?」
早速リンカは質問する。何か政略的な目的があるのか、それとも別の理由なのか気になって仕方が無い。
「…その、気分を害されないで頂きたいのですが。」
「…。」
気不味そうな顔をしながらエリクがそう言うので、何を言われるのかとリンカは内心で身構えた。
「…初めてノアール子爵令嬢とお会いした時に、気になってしまったのです。つまり、一目惚れです。」
「…え?」
全く予想していなかったエリクの返答に、リンカは呆けて間抜けな声を出してしまった。
「や、やっぱり呆れてしまいますよね。その、一目惚れで婚約を申し込んだ、だなんて…。」
リンカは自分の容姿を周りの評価や他人と比較して、整った方であるとは認識していた。しかしまさか、誰かに一目惚れして貰える程だとは思っていなかった。エリクの言葉を信用するなら単純に容姿を褒められた、という事であり不快感など全くない。
しかし、容姿の好みで生涯を共にするかもしれない相手を選ぶのは貴族社会においてはどうなのか、と思ってしまう。勿論、エリクの父であるヌベウス・ブラン伯爵も了承しているのだから家の利益を考えていない訳では無いのだろうが…。
「正直、驚いております。一目惚れをして下さったという話もですが、私の婚約破棄の事もご存じですよね?」
家の利益云々に関して直接尋ねるのはまだどうかと思ったリンカは、エリクがリンカ自身の事を何処まで理解しているのか確認する事にした。
「はい。それにこれまでのウィラード・シアン子爵令息との事も、聞いております。」
「…どう思われたのか、聞かせて頂けませんか?」
ウィラードに非があるとはいえ、幼馴染のラリーよりも優先して貰えなかった婚約者として、リンカに問題があったのでは、と言う存在も居る。リンカはエリクがどう思っているのか、正直な感想を知りたい。
「……嬉しかったです。」
「…え?」
またしてもリンカは、エリクの回答に間抜けな声を出してしまった。エリクは慌てた様子で首を振る。
「す、すみません! あの、ノアール子爵令嬢がシアン子爵令息との婚約が無くなったお陰で私はこのような機会を頂けましたので、はい。」
エリクの感想を聞きたいと思ったのはリンカだが、リンカにどんな印象を持っているのかを聞きたかったのに、エリクの今現在の心境を聞かされるとは思ってもみなかった。
「…そうですか。ですが私の人格に問題があるとは考えませんでしたか?」
面食らいながらもリンカが再び質問すると、エリクは照れ臭そうに微笑んだ。
「ジェルミにリプシー子爵令嬢を紹介して貰った事があります。リプシー子爵令嬢はノアール子爵令嬢の事を話して下さいました。」
「…。」
アイリスならリンカを悪く言わない。寧ろ、リンカを褒める言葉をエリクに聞かせた筈だ。
「それにジェルミもノアール令嬢の事を信用してました。貴女の周りには、貴女を慕う方々が沢山いらっしゃる事も知っております。」
「だから、私には問題が無いと思われたのですか?」
友人や知人、周囲の情報を得て判断した。エリクは一目惚れしたから、という理由だけで婚約しようと思った訳では無いと知り、リンカは少し安心する。
「それにノアール子爵令嬢は、感情よりも政略を優先する貴族らしい考えをされると聞きました。」
「…そうですね。」
自他共に認められている評価であるので、リンカら素直に頷いた。
「お恥ずかしいですが、私は利益よりも感情で判断してしまう傾向がありまして…両親からは冷静に物事を考えられる相手を見つけた方が良いと幼い頃から言われているのです。」
苦笑するエリクに、リンカは何となく納得してしまう。まだほんの少ししか会話をしていないが、エリクは決して頭脳派な訳では無い。
「ノアール子爵令嬢の事を両親に話した時、両親もノアール令嬢の人柄を耳にしていて悪くない、と判断しました。とても嬉しかったです。」
「…その、有難うございます。」
照れ臭そうに微笑みながら、リンカの婚約者になれるかもしれない事を喜ぶエリクにリンカの心の何処かが少しざわついた。
「まだ正式に婚約者になる訳ではありません。お試しという事で、私とのお付き合いを前向きに検討して頂けないでしょうか。」
「…分かりました。」
リンカはまだエリクの人柄を理解していないし、エリクの周囲の人間関係を把握してもいない。だが婚約者候補としてお試しのお付き合いをするだけなら問題ない。
「っ! 本当ですかっ!」
エリクは目を輝かせて嬉しそうな顔をした。
「…ですが、私はブラン伯爵令息が思うような魅力的な女性では無いと思います。あまり過度な期待をされない方が宜しいかと思います。」
あまりにも嬉しそうなエリクに、リンカは何も悪い事はしていないのに申し訳無い、という気持ちが自然と湧いてしまった。言わなくてもいいのに思わず期待しないように念を押してしまっていた。
「分かりました。過度な期待はせずにノアール子爵令嬢と平穏に過ごせるように心掛けますね。」
「…。」
そんな事はないと言ってリンカを煽てるか、リンカの言葉に白けて苦笑いをされるのではないと想像していた。けれど、そのどちらとも違っていて…もしかしたらリンカの言葉の意味をよく理解していなかったのでは? 等と思ってしまった。
「ふふっ…はい、宜しくお願い致します。」
けれど、リンカは全く気分を害さなかった。寧ろ何だか可笑しくて笑みが溢れていた。そんなリンカを嬉しそうに見たエリクも同じように微笑んだ後、2人は他愛ない会話を続けた。
こうして、リンカとエリクは婚約者候補としてお付き合いを始める事になった。
一気に話が進みました。この1話で4日も経過しております。エリクとの話は王道な展開だと思います。エリクはちょっとズレているけれど良い奴、となれるように意識していきたいと思っております。婚約破棄の噂をするモブ貴族達の様子も書きたいなと思っております 笑
ここまで読んで頂き有難うございました! もし宜しければ下の【☆☆☆☆☆】を押して評価して頂けると嬉しいです!




