28.親友の婚約者と親友の婚約者の友人
気分転換をしていたリンカが親友の婚約者とばったりと出会う話です。そしてもう一人居ます。
「ノアール子爵令嬢?」
「!、サガータ伯爵令息、御機嫌よう。」
話し合いの翌日、気分転換の為に本屋を訪れていたリンカは自分を呼ぶ声に反応して振り返ると、リンカの親友であるアイリス・リプシー子爵令嬢の婚約者、ジェルミ・サガータ伯爵令息が居た。
「夜会で会って以来ですね。」
「はい、サガータ令息はお元気でしたか?」
にこやかに挨拶をするジェルミに、リンカもまた自然と微笑みを浮かべる。
「ええ、特に何事もなく過ごしていますよ。ノアール令嬢も…」
言葉を途切れさせたジェルミは急に真顔になった。
「令嬢、もしお時間があればお聞きしたい事があるのですか宜しいでしょうか?」
「? …はい、大丈夫ですよ。」
リンカとジェルミは共に本屋の中の隅に移動する。ジェルミは周囲を軽く見渡した後、小声でリンカに話しかける。
「実は、ノアール令嬢とシアン子爵令息とホワイト男爵令嬢がレストランで会っていたのを見た、という話を知人から聞きまして…。」
「…そうでしたか。」
個室専用のレストランではあったが、貸切ではなく他の客も居た。リンカとラリーが個室の中で何を話したのかを知る者はいないだろうが、玄関先でのやり取りを誰かに見られていても可笑しくはない。
「その、大丈夫でしたか?」
ジェルミはリンカを心配してくれている様子だ。
「はい、心配して下さり有難うございます。」
ウィラードとの婚約破棄は決まり、ウィラードとラリーは社交界から追放されるから何も問題はない…と今は言えない。婚約破棄を公にする許可が降りるまでは秘密事項にしなればならない。
「…そうですか。」
リンカの返事にジェルミは一先ずホッとしたように微笑んだ。
「僕もつい先日知りましてね。アイリスが知っているのかは分からないのですが…。」
「ふふっ。」
アイリスが知ればリンカを心配して手紙を送ってくれる事だろう。不謹慎ではあるがリンカは嬉しく思ってしまい微笑んでしまう。
「…どうした、エリク?」
ふと、ジェルミが誰かに気が付いたかのように声をかける。リンカがジェルミの目線の先に顔を向けるとリンカやジェルミと年が近そうな青年が居た。
「どうした、じゃないだろう。君を探してたんだよ。」
青年は少し不貞腐れた様子でジェルミに文句を言うと、ジェルミは苦笑する。
「そうか、すまない。友人を見かけて声を掛けていたんだ。ジェルミ、此方の令嬢はリンカ・ノアール子爵令嬢だ。僕の婚約者のアイリスの親友でもある。」
ジェルミは青年にリンカを紹介すると、今度はリンカを見た。
「ノアール令嬢、彼はエリク・ブラン伯爵令息だ。僕の友人なんだが今まで隣国に留学していてね。つい最近帰国したんだ。」
ブラン伯爵家の存在と令息がいる事をリンカは知っていた。けれど今まで姿を見た事はなく、ジェルミと友人関係であった事も知らなかった。
「初めまして、ブラン伯爵令息。ご紹介頂きました通り、私はリンカ・ノアールと申します。」
「…あぁ、初めまして。私も紹介された通りですが、エリク・ブランです。」
リンカが挨拶をすると、エリクもまた挨拶を返した。
「久々に会えたから色々と話を聞きたくてね。街を案内しながら雑談していたんだ。そのついでに買いたい本があったから寄らせて貰ったんだよ。」
「そうでしたか。」
本屋に立ち寄ってリンカを見つけたジェルミが、レストランでの事を聞く為に隅に移動した為、エリクは探しに来たのだろう。
「では、私はこれで…。」
ジェルミとエリクの友人としての時間を邪魔してはいけない。そう思ったリンカは席を外そうとする。
「っ、あぁ、すまない。邪魔をしてしまったね。」
「いえ、声をかけて頂き有難うございました。」
ジェルミが申し訳無さそうに眉を下げて謝罪するが、リンカは全く気にしていないので微笑みながら首を振った。
「ノアール令嬢と会えた事をアイリスに話してもいいかな?」
アイリスの婚約者とし疚しい事をしていないと伝える為、ではない。リンカはジェルミがアイリス以外に現を抜かしたり、誤解されるような行動をする人だなんて思っていない。アイリスもジェルミからの愛情を疑ってなどいないし、リンカが裏切るとも思っていない筈だ。
ジェルミはリンカと本屋で会った事だけでなく、レストランでの目撃情報とリンカが大丈夫だと返事をした事について話しても良いか、という確認をしたいのだ。
「はい、勿論です。お話した事も全てお伝え下さいませ。」
リンカの返事を理解してジェルミは頷く。ジェルミは買いたい本を既に手に持っていたらしく、そのまま会計先に進んで行った。
「…。」
エリクはジェルミの後を追わず、リンカを見ている。リンカは一先ず別れの意味を込めて会釈した。
「っ、それではまた…。」
エリクはハッとしたようにリンカに声をかけると、ジェルミの後を追って姿を消した。
「…一先ず、お父様に報告ね。」
レストランでの一件を誰にも目撃されていないとは思ってはいなかった。けれどジェルミのお陰ではっきりと誰かに見られていた事は判明した。レストランでのやり取りを聞かれた時、周囲に何と言って説明するのか。ラリーの体調不良とウィラードとの婚約破棄、そして2人の除籍と追放という筋書きにどう利用するかを、父であるサーマンに相談しなくてはならない。
3家の当主達が日程について話し合うのは明日だ。ノアール子爵家に支払われる慰謝料、シアン子爵家との今後の付き合いという名の優遇措置についての相談もあるが、明日の話で重要なのは日程を決める事だ。逆に言えば日程を決めるだけなので当主達の子であるリンカ、ウィラード、ラリーは不在で当主達だけの打ち合わせとなる。
もう少し気分転換を楽しむつもりだったが少しでも早くサーマンに報告した方が良いだろう。そう思ったリンカは興味が湧く本も見つからなかった為、そのまま本屋を後にするのだった。
◇◆◇
「なぁ、ジェルミ。」
リンカと別れ、目当ての本を購入して満足気な様子で歩くジェルミにエリクが声をかけてきた。
「その、さっきの、御令嬢の事なんだが…。」
「ノアール子爵令嬢?」
ジェルミが疑問を浮かべながらエリクを見ると、エリクが気恥ずかしそうな顔をしていた。
「…もう、婚約者は居るのかい?」
これはまさか…とジェルミが思った瞬間に質問され、ジェルミの予想が的中してしまった。
「…あぁ、居るな。」
常識のない婚約者が、と内心で思いながら伝えると、エリクは苦笑いをした。
「そう、だよな…だと思ったよ!」
エリクは気不味そうに、けれど期待していた訳ではないと誤魔化すかのように頭を掻く。ここでリンカに一目惚れしたのか、だなんて聞くのは気の毒だと思いジェルミは留まる。
「あんなに綺麗で礼儀正しそうな人に、婚約者が居ない訳ないよな。」
「…。」
ジェルミはリンカが人目を引くほどの美人ではないとは思うが綺麗だと思う事には同意する。そして貴族令嬢としての立ち振る舞いも申し分ないと思っている。ウィラードの婚約者にさえならなければ、噂をされるような立場に晒される事はなかっただろうにと同情している。
ジェルミはエリクの事を友人だと思っているし良い奴だと知っている。暫くは離れていたが根本的な部分は変わっていないと思う事が出来た。リンカがウィラードと婚約解消してエリクと婚約出来たら…と思ってしまう。
だがそんな事を顔見知りな友人程度の付き合いしかないジェルミが口に出して良い事ではない。それにエリクはリンカと挨拶をした程度であって彼女とまともな会話もしていないのだ。リンカを一目見て良いな、と思っている程度だろう。
そんなエリクがリンカと関わって彼女に好感を持つのか、ウィラードとの事を知ってどう思うのかも分からない。こんな状況でリンカの事を話すのは良くないだろうと判断したジェルミは曖昧に笑う。
「ははっ、彼女は素敵な御令嬢だよ。」
「ジェルミ、婚約者が居るのに他の令嬢を褒めるのかい?」
「褒めてるだけで問題になるのか?」
エリクはリンカを褒めたジェルミを咎めるが、冗談交じりなのは態度と言葉で伝わってくる。ジェルミにとってはアイリス以上に素敵な女性は存在しない。それにジェルミがリンカの事を褒めたとアイリスが知ればそうよね、と喜んで頷く様子が目に浮かんで笑みが溢れる。
「…良いなぁ、ジェルミは。」
ジェルミの笑みを憎らしそうに、羨ましがるようにエリクは見てくる。エリクはこれから婚約者を探す事になる。良い縁に恵まれて欲しい、と願いながら2人は談笑を続けるのだった。
リンカの親友、アイリスの婚約者であるジェルミが夜会ぶりに登場しました。本当は再登場する予定は無かったのですが出番が出来ました。そして新キャラ、エリクの登場です。エリクはリンカ達とどう関わっていくのか…という感じですが、予想しやすいですよ 笑
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