27.元婚約者一家の不穏な空気
シアン子爵家のお話です。
「…どうしてこんな事になってしまったのよ!」
ウィラードの父であるドラートとウィラードが子爵家に帰宅した直後、ウィラードの母であるルリーナ・シアン子爵夫人にドラートは今後の事を全て話した。事の顛末を聞いたルリーナは怒りと悲しみを混ぜた表情と声でドラート達に詰め寄った。
「それに私に今まで黙って…どういうつもりだったのですか!?」
ドラートはウィラードの独断での行動を、心配かけない様にルリーナには黙っていた。それにドラートが知ったのも、ウィラードが全てを終えた後の事後報告であった為、今更どうしようもなかったからだ。
「…すまない。だが既に決定された事だ。ウィラードはシアン子爵家から除籍し、縁を切る事になる。」
「〜っ! では、後継者はどうするつもりですか?」
ルリーナは息子と別れなくてはならない事実に打ちひしがれた様子を見せながら、後継者について質問してきた。
「養子を取ろうと思っている。」
ドラートの親戚の中に何人か候補が居る。シアン子爵家存続の為なら協力してくれる事だろう。
「っ…ウィラード。」
ルリーナは暫く黙り込んだ後、無表情でルリーナを見ているウィラードを見た。
「どうしてこんな事をしたのよっ!!」
「…だから、僕の評判を回復させたかったからですよ。。」
ウィラードは何処か面倒臭そうな様子で答える。リンカに色々と言われてから、ずっと無口で静かになっていた。喚かれるよりはマシだと思い、ドラートも何も言わなかった。
「それに、ラリーの事も赦せなかったから丁度良いと思いました。」
「〜っ、ウィラードッ!」
ルリーナはウィラードの肩を掴んで揺さぶる。
「何が丁度良いと思ったのよ! どうしてこんな、愚かな事をしたのっ?!!」
「っ、ルリーナ、落ち着け。」
ドラートはルリーナの肩に手を置き、落ち着くように促す。
「この状況で落ち着ける訳無いでしょう!?」
ルリーナはドラートの手を振り払った。
「ウィラードが、私達の息子ではなくなってしまうのですよ?! それをいきなりっ、言われて…っ!」
「ルリーナ…。」
ルリーナはドラートを睨み付けながらも、徐々に涙目になっていき嗚咽し始める。
「どうして、ぁ、貴方は冷静で居られるのよっ!? わ、私は…うぅっ…!」
「…。」
泣き始めたルリーナを見てドラートは気不味くなる。ウィラードの非常識な行動がシアン子爵家を危険に晒した。無様な言動を繰り返してきたウィラードに心の底から苛立ち、憎しみさえ抱いてしまった。
だがルリーナがウィラードの母親として嘆く姿を見て、息子を失うという事実に父親としての虚しさが今、ドラートの中に湧いてきた。
「どうっ…して、私、私達がもっとしっかり、ウィラードの事を見て、いれば…っ!」
「っ…。」
ウィラードの行いに気が付けず、野放しにしてしまった事にルリーナは後悔の涙を流す。ドラートもまた、痛ましげにルリーナの姿を見ながら後悔するも、何もかもが今更である事を痛感する事しか出来ない。
「ぐすっ…、ねぇ、何とかなりませんか? ウィラードを除籍しないで済む方法はないのですかっ!?」
ウィラードが当主になれるように、と言わないのはウィラードが当主として相応しくないと理解しているからだろう。だが親子としての縁を、シアン子爵家としての絆を失いたくない様子のルリーナはドラートに訴える。
「…無理だ。この状況を覆せる案はない。」
ドラートは首を横に振る。ただでさえサーマン・ノアール子爵からは温情をかけられている状況なのだ。それなのに強請れば何を言われ、どんな対価を要求されるのか分からない。
「っ、…そうだわ。暫くしたらラリーちゃんとは離れて暮らしても良いのでしょう?」
ルリーナが何かを閃いた様子でドラートを見た。
ウィラードとラリーがどれくらいの間共に過ごさなければならないのかは分からない。だがホワイト男爵家の領地で過ごすうちにラリーの体調は回復した、という事になれば離れて暮らしても良いとサーマンからは許可を得ている。
「離れて暮らしても良いのなら、ウィラードをシアン子爵家に戻しましょう! シアン子爵家の席には戻せなくても、傍に居るのは構わないでしょう?」
「それは無理だ。」
貴族籍ではなくなっても住まわせるくらいは良いだろう、というルリーナの案をドラートはすぐに否定した。
「分かっている筈だ。ウィラードは除籍だけではなく、社交界から追放しなくてはならない。この家に連れてくるという事は、社交場に行く可能性が高くなるんだぞ。」
ルリーナとしては、除籍した平民の息子を貴族の家に住まわせるというだけのつもりなのだろう。しかし貴族の家に住んでいるというだけが、社交界との繋がりを作る機会を本人の意思に関係なく結んでしまう事は多々ある。それにウィラードがドラート達の目を盗んで貴族と交流し、余計な事をする可能性は充分にあるのだ。
「それにその頃には、後継ぎの子が此処に住んでいる筈だ。お互いに良い影響を与えると思うのか?」
「それはっ…。」
ウィラードの指摘にルリーナは言葉を詰まらせる。自分の代わりに後継者として迎えられた養子と、幼馴染を追って除籍されたにも関わらず子爵家に出戻り居座る息子。その両者が互いに好感を持てる筈もない。周囲からよ何を言われる事やら…。
「…っ、それならせめて私達の領地で過ごさせましょうよ。ねぇ、そうしましょう?」
「…。」
勘当したくせに、息子を領地に住まわせた等と言われて嘲笑われるかも知れない。だが他の案とは違い、絶対に無理だとは言い切れない。周囲にバレなければ何も問題はないし、考えてみる余地はあるかもしれないとドラートは思った。とはいえ、サーマンの機嫌を損ねる訳にはいかないので本人に確認しなければ頷く事は出来ない。
「どうでも良いです。」
考え込むドラートの耳に、冷めきった用なウィラードの声が入り込んできた。
「…何だと?」
ドラートが驚いてウィラードを見ると、息子の為に必死で縋るように意見を出す母親の姿を、呆れた様子の眼差しで見ているウィラードの姿があった。
「僕はシアン子爵家に戻りたいなんて思ってません。勝手に話を進めないで下さい。」
「ウィ、ウィラード…?」
ウィラードの言葉に信じられない、といった様子でルリーナはショックを受けて呆然とする。
「っ、何だその態度はっ!?」
ルリーナの必死な訴えを無碍にしている。両親であるドラートとルリーナを馬鹿にしていると感じさせるウィラードに憤りを感じてドラートはウィラードを怒鳴りつける。
「…何ですか、また僕を殴るつもりですか?」
「っ! なんだと…っ!?」
ウィラードはドラートに怯むどころか、挑発するかのように失笑する。
「追放されれば僕はもう、貴方達とは縁が切れるのです。息子で無くなる以上、もう貴方達に振り回される義理はありません。」
「“振り回される”だと…?」
棘のある言い方にドラートは眉を顰める。
「…リンカとの結婚を決めたのは父上です。僕が望んだ訳じゃない。」
「…それが何だ?」
政略結婚は家の利益を優先する。貴族にはよくある事だ。今更そんな常識的な事で睨まれる筋合いはドラートには無い。
「ラリーを心配して、優先していた時は何も言わなかった癖に、夜会の後で急に僕の行動を制限しようとしてきました。」
「…。」
夜会でのウィラードの評判と、立ち振る舞いの悪さを目の当たりにしてようやく危機感を抱いた。親として、当主として気が付けなかった事については何も言い返せない。
「話し合いで僕を裏切り、見捨て、除籍する事に賛同しました。」
「…最初に言った筈だ。お前のした事がバレたら罰を受けさせるとな。」
ドラートはウィラードの異様な様子に気圧されながらも言い返す。ウィラードが何の相談もなく勝手にやらかした計画がバレたら罰を与えると忠告していた。あの状況ではバレるのも時間の問題だった。例え目の前にいるウィラードが認められなくても、ドラートには断言出来た。
「…僕を除籍し追放すると決めた癖に、今度は僕を傍に置こうとしている。」
「っ、貴方の事が心配だからよっ!」
ドラートが何かを言う前にルリーナが声を出す。悲痛な顔でウィラードを見るルリーナに、ウィラードは母親に向けるとは思えない冷めきった目線を向けた。
「ウンザリです、やめて下さい。」
「っ!?」
「ウィラードッ!!」
ルリーナは強いショックを受けた様子で固まってしまう。ルリーナの心を傷つけるウィラードが赦せず、ドラートは怒鳴りつける。
「僕は父上達から、シアン子爵家からようやく解放されるんです。その自由を中途半端に奪われるなんて冗談じゃありません。」
「何をほざいている! 元はと言えばお前の責任だろうがっ!」
ウィラードに対して湧いていていた父親としての情
と罪悪感は何時の間にか消え去り、ドラートの中には苛立ちと憎しみだけで満たされていく。
「その言葉を聞くのもウンザリです。」
ウィラードはドラートを馬鹿にしているかのように嘲笑う。
「もう何でも良いじゃありませんか。僕がシアン子爵家を出る事は決まっているんです。それなら、良い方に考えた方が気が楽ではありませんか。」
「お前…っ!」
完全に開き直った様子のウィラードはニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言う。ドラートはそんなウィラードに、怒りを通り越して愕然としてしまった。
「父上達は出来の悪い息子を手放せる。僕は貴族のしがらみに振り回される事なく自由となる。それで良いではありませんか。」
「ウィラード…。」
ルリーナは自分達と離れる事を良しとするウィラードを、痛ましげに見つめる。
「僕が追放される日が決まったら教えて下さい。それまで僕は部屋に引き篭もって準備をします。」
ウィラードはそう言って軽く頭を下げると自分の部屋に向かってしまった。
「…あ、あぁぁっ……。」
ルリーナは両手で顔を覆い、声を抑えながらも泣き出してしまう。
「…っ!」
「…触らないで!」
ドラートはルリーナの両肩に手を置いて宥めようとしたが、ルリーナに振り払われる。ルリーナは涙で目元と頬を濡らしたまま、ドラートに背を向けてその場を離れてしまう。
「…。」
1人残されたドラートは、やりきれない思いを抱えたまま暫くそのまま立ち尽くしていた…。
ウィラードがこんなに捻くれるとは思っていませんでした。今後シアン子爵家はどうなってしまうのでしょうか。そしてウィラードだけでなく、ドラートにも不穏な様子が…そんなお話でした 笑 こんな感じでまだ続く事になりそうです。それでも宜しければ今後も宜しくお願い致します。
この小説を読んで下さる皆様、評価して下さる皆様、誤字脱字報告をして下さる方々に日々感謝しております、有難うございます(*^^*)




