14.婚約者への不信感と幼馴染の襲来
リンカとウィラードが話をします。
「リンカ、待たせてしまったかな?」
ウィラードとの約束の日、待ち合わせの場所で先に待っていたリンカの元に数分後ウィラードがやって来た。
「いえ、今ちょうど来たところです。」
「良かった…それじゃあ店に行こう。話は店の中に入ってからにしよう。」
「分かりました。」
ウィラードとリンカは店に到着するまで互いに無言で歩き、店に到着して予約していた個室の席に案内された。
「まずリンカ、この前の事を謝らせて欲しい…。」
席に座るとウィラードが何処か緊張した面持ちで話し出した。この前、というのは夜会の後の事だろうとリンカは思った。
「…情けない話だけど、嫉妬してしまったんだ。リンカにも、リプシー子爵令嬢にも。リンカは僕よりもリプシー令嬢の方が大事みたいに思えてさ。」
「…。」
その通りだ、とリンカは内心で頷いた。
「それにリプシー令嬢のような友人が居るリンカの事も羨ましかったんだ。いや、リプシー令嬢だけじゃなくて、リンカには親しい人が沢山居る。僕にはそんな存在が居た事は無かったからね…。」
「…居た事がない?」
リンカはウィラードのラリー以外との交流関係を知らない。婚約者より幼馴染を優先した事で誰かが離れてしまって孤立しているだけなら“居た事が無かった”だなんて言わない筈だ。言葉通りウィラードには幼馴染のラリー以外、友人や親しい関係の存在が出来た事がないのかとリンカは驚いた。
「…ラリーの事を、優先してきたからだよ。」
ウィラードは悲しそうな顔をした。
「今までリンカとの約束を破ってきたように、僕は交流の場に参加するよりもラリーを優先してきたんだ。ラリーは僕が居ないと辛いと言ってきたからね。病弱なラリーの力にならなければと思っていたんだ…。」
ラリーの傍に居る選択をし、交流の機会を失ったウィラードはラリー以外に親しい存在が出来なかった。婚約者よりも幼馴染を優先した令息として周知されているウィラードだが、実際は他の誰よりもラリーを優先していた、という事だ。
「そうでしたか…。」
だがウィラードはそんなラリーと距離を置く事を決めたと前にリンカに話した。
「…ははっ、言い訳でしかないよね、分かってるよ。」
悲しそうな顔で笑うウィラードに、リンカはその通りだとしか思わない。だがウィラードだけに問題がある訳ではない。ウィラードの都合を考えなかったラリーと、ウィラードとラリーの行動を止めなかったであろうシアン子爵とホワイト男爵にも問題と責任はあるとは思う。
「僕はこれから、ちゃんとリンカの婚約者として相応しくなれるように頑張るよ。」
ウィラードなりに今までの自分の行動を反省し、前を向こうとしている。リンカとも婚約者として向き合おうとしているのだと今日は伝えたかったのだろう。
「そうですか…。」
そう思うのだが、リンカにはウィラードがリンカの同情を誘おうとしているようにしか感じられなかった。ウィラードの言葉に変な所はないのに何故そう感じるのかは分からない。今までのウィラードの態度のせいで信用出来なくなっているだけかもしれないのが…。
「だからリンカ、今は僕を愛せなくても、何時かは愛して欲しいんだ…。」
今度は愛情を求めてきた。当たり障りなくするのならば“分かりました”、“努力します”等の肯定する言葉を出せば良い。
「…気持ちは自分でどうにかなるものではありませんよ。」
だがリンカは嘘でも肯定したくなかった。けれど否定はしない事でこの場を流す選択をした。
「…そっか。」
ウィラードは残念そうに苦笑いをするがしつこく愛情を求める事も、リンカを非難する事もしなかった。
「すまないリンカ、ちょっと席を外してもいいかな?」
「ええ。」
ウィラードは申し訳無さそうに席を立つ。お手洗いだろうと思ったリンカは頷いた。少し気不味い空気となっていたし丁度良い。
リンカは何をする訳でもなく、自分のグラスに注がれている飲み物を飲みながらウィラードが戻ってくるのを待つ。
コツコツ…とリンカの元に近づいてくる足音が聞こえてくる。お手洗いにしては戻ってくるのが早い気がすると思いながら個室の入り口をリンカは見た。
「ウィラード、何か…!?」
何か忘れ物でもしたのですか、リンカはそう言おうとしたが言葉の途中で視界に入った人物の姿に驚く。
「御機嫌よう、ノアール子爵令嬢。」
そこには何故か、ニッコリと笑みを浮かべたラリーの姿があった。
「っ、何故貴女が此処に…?」
「…私も驚きました! こんな偶然ってあるんですね?」
ラリーは口元に手を添えて、自分も驚いたと言わんばかりに態とらしく目を丸くしている。
「偶然…ですか。」
ラリーの態度からリンカには偶然だなんて思えなかった。しかし証拠はないのでもう一つの疑問を聞く事にした。
「…では何故、私の居る個室に来たのですか?」
何故この個室にリンカが居る事を知っているのか。そしてリンカが居ると知った上で態々中に入って来たのは何故なのかをラリーに聞く。
「この店、私大好きなんですよ。ウィルと良く来てましたから!」
ラリーは自慢するかのようにリンカに笑みを浮かべる。
「…そうなのですね。」
「今日は1人で寂しく食事しようと思って来たんですけど…さっきウィルが出て行くのが見えたんです!」
ウィルがこの個室から出ていく所をラリーは目撃していた、という事らしい。
「まさかウィルも此処に居るなんて思わなくて、嬉しかった。でも、ウィルは誰と食事に来ているのかなと思いまして…私の考えは当たっていたみたいです。」
「成る程…それで、一体私に何のご用でしょうか?」
リンカの居る事を知った経緯については一先ず納得した。けれど人の予約した個室に入り込んでまで、ラリーがリンカと話したい事が何なのかはまだ分からない。
「決まっています、ウィルの事ですよ。」
ラリーはリンカを睨みつけきた。
「ウィルには貴女みたいな冷たい人は相応しくありません。ですので、ウィルと別れて下さい。」
リンカがホワイト男爵家でラリーと話した時とは違い、ラリーは明らかな敵意を剥き出して強気な姿勢で堂々と言い放ってきた。
「…今日は随分と体調が宜しいようですね。」
婚約についてはノアール子爵家とシアン子爵家で決められた政略的なモノだとか、ウィラードの幼馴染というだけで他家の人間であり、地位の低い男爵家の令嬢如きが口を挟める問題じゃない等の正論を言い返すのは面倒でリンカはやめた。それにラリー相手に正論を言っても通じる気がしなかったと言うのもある。
その代わりに口から出たのは前回よりも元気そうだ、というラリーへの感想だった。
「…ふふっ!」
ラリーは何故か、リンカの言葉に可笑しそうな笑みを浮かべた。
「?」
「私はね、ずっとウィラードの事が好きで愛しているんです。」
ラリーの笑みに疑問を持ったリンカを気にする事なく真面目な顔でラリーはウィラードへの想いを告白し始めた。
「ウィルの傍にいる為に、ウィルが私から離れなくて済むように私は嘘をついていたんです。」
「…嘘?」
「私は病弱なんかじゃありません。私は健康なんですよ。」
「…!」
ラリーの病弱さと体調不良は本当なのかと、リンカは疑ってはいた。だか本人の口から嘘だと聞かされて、まさか本当だったとは…という驚きと、何故態々その事をリンカに教えるのかが分からずに困惑してしまう。
「私がウィルと結婚出来なかったのは、私が病弱で彼の妻としての役目が充分に果たされないかもしれないと思われていたからです。笑っちゃいますよね、ウィルの傍に居たくてついていた嘘のせいでウィルと結ばれなくなっていたのだもの…。」
ラリーは困ったように笑う。
「でもそれも仕方が無かったんです。私以外の誰かとウィラードが仲良くするなんて耐えられなかったんですもの。私の体調が悪くて苦しい、って言う以外にウィラードも怒られずに私と一緒に居る方法が無かったんですから。」
「…。」
ウィラードを束縛する為にラリーは病弱だと偽り続けた。ラリーの常識外な行動にリンカは驚くが、ずっと傍に居てウィラードやラリーの父親であるホワイト男爵を始め、ホワイト男爵家の者達は気が付かなかったのだろうかという疑問が浮かんだ。
「でもそのせいで、ウィルは貴女なんかの婚約者にさせられてしまったわ。」
「…随分な言い方ですね、ホワイト男爵令嬢。」
リンカはラリーの非常識さをある程度は理解しているつもりだった。けれどリンカと婚約させられたウィラードが被害者であるかのように言うラリーに、流石のリンカも苛立ちを覚え、男爵令嬢という言葉を強めに言う。
「貴女なんかにウィルは渡さない! ウィルは私の…」
「っ、ラリー!?」
何時の間にか戻って来ていたウィラードが、ラリーが居る事に驚いた様子で声を上げた。
「っ、ウィル!」
「〜っ、リンカすまない! ラリー、こっちに来るんだ!」
ウィラードはラリーの腕を掴むと引っ張り出すように個室から連れ出して行った。
「っ…。」
少しの間今までの出来事に放心していたリンカだが、ウィラード達の後を追うように個室から出て行く。店内と玄関を見てもウィラード達の姿はなく、外にいるのだろうと思ったリンカは店の従業員に声をかけてから外に出ようとした。
「リンカ。」
リンカの背後からウィラードの声がした。リンカが振り返ると疲れた様子のウィラードが居た。
「ホワイト男爵令嬢は何処に行ったのですか?」
「ラリーは帰って行ったよ。」
ウィラードがラリーを連れ出してから僅かな時間しか経っていない。リンカは信じられないとばかりに目を丸くした。
「店のすぐ近くにラリーの使用人が居てね。僕がラリーの事を言おうとしたら、ラリーの体調が悪くなってしまったんだよ…はぁ。」
参ったと言わんばかりにウィラードは溜息を吐いた。
「そのままラリーは使用人に支えられて行ってしまった。あの状態のラリーを問い詰める事は出来なかったよ…すまないリンカ。ラリーにはまた日を改めて謝罪させるように男爵に伝えるから。」
ウィラードの様子を見るに、ウィラードはラリーの嘘に気が付いていない。
「……分かりました。」
…気が付いていない筈だ。何とも言えない違和感を感じながらも、リンカはウィラードの言葉に頷く事しか出来なかった。
話の題でネタバレしていましたね。予想通りのラリーの襲来でした 笑 話の題を考えるのは結構難しいですよね…作者の頭が悪いだけかもしれませんが。リンカに信用されていない哀れなウィラードと、ラリーの謎の告白回でした。
何時も読んで下さる皆様、誤字脱字報告して下さる方々、本当に有難うございます! もし宜しければ今後もお付き合い頂けると嬉しいです。




