12.友人との食事
リンカとアイリス、親友達の会話の回です。
「…ねぇリンカ、どうしてシアン子爵令息と婚約解消しようとしないの?」
夜会から2日後、リプシー子爵家を訪れたリンカはアイリスと次に観に行く舞台の話をし、何気ない日常の会話をして一通り楽しんだ。すると唐突にアイリスはウィラードの話題を出してきた。
「いきなりどうしたのアイリス?」
他家の婚約の話をするなんて褒められた事ではないが、リンカのアイリスに対する友情と信頼によって全く気分を害する事なく内心で首を傾げた。
「リンカも気付いているとは思うけど、私はシアン子爵令息の事が心底気に入らないのよ。シアン令息の今までの行いについてはリンカの方が分かっているでしょう?」
アイリスは顔を顰める。
「勿論よ。」
リンカは即答した。ウィラードの行いによって迷惑をかけられた一番の被害者であると自負していた。
「リンカと彼が政略結婚の為に婚約者になった事は分かっているわ。でも絶対に婚約解消が不可能な訳では無いのでしょう? …もう、モヤモヤして仕方が無いのよっ!」
アイリスは納得出来ない、と言わんばかりにリンカを睨みつけてきた。リンカを心配する気持ちとウィラードへの怒り、そしてウィラードと婚約解消しようとしないリンカへの苛立ちも含まれているのだろう。
「…ねぇリンカ。まさかとは思うけど、貴女はシアン令息の事が好きな訳では無いわよね?」
アイリスが不信感と不安感を合わせ持った様子で尋ねてきた。
「勿論、好きじゃないわ。」
またしてもリンカは即答した。ウィラードを好きだと思えた事は一度もない。恋愛対象どころか、人としても好ましいとは思えていない。
「流石にそうよね、あんな最低な人なんかを好きな訳無いわよね…ねぇ、本当にどうしてなの?」
「…。」
安心したアイリスが再び質問する。リンカは紅茶を一口飲んでから口を開いた。
「…どうでも良いから、かしらね?」
リンカの返答は本人も確信出来ていない、疑問を帯びた声であった。
「“どうでも良い”…、何がどうでも良いのよ? リンカは凄く迷惑をかけられてきたじゃない!」
アイリスは納得出来ない様子で困惑している。
「デートや夜会のキャンセルについてはもう終わった事、過去の話よ。」
今後の予定を無しにすると条件を呑んだ事でリンカはウィラードへの怒りを沈めた。その後また予定を立てたいと言ってきたが、今後はリンカを優先出来なければ婚約解消すると宣言して承諾した。リンカにとってはもう拘る必要はない過去の話だった。
「…リンカならそう言うとは思ったわ。でも、集まりに参加すれば周りから色々と言われてきたし、今でもリンカを悪く言う輩がいるのよ?!」
婚約者に相手にされていない可哀想な令嬢。相手にされないと言う事は令嬢にも問題があるのではないか。想い合う幼馴染同士を引き裂く邪魔者など、リンカは遠巻き言われる事もあれば直接言われた事もあった。
「確かにそうね。でもアイリス達が居てくれたから正直大した事ないのよね。」
リンカが薄らと微笑みながら言うと、アイリスは目を丸くした。リンカも悪意ある噂に何も思わなかった訳では無い。けれどアイリスを始め、リンカの味方をしてくれる存在が常に居てくれた事で我慢出来ない程ではなく、大した事ではなかったのだ。
「噂なんて、何時かは別の噂で薄れていくものでしょう?」
貴族社会は常に様々な噂が蔓延っている。目立つ噂や話題は変わっていくものだ。少なくとも、これ以上ウィラードやラリーが何も問題を起こさなければ噂は静まっていく筈だ。消える事はないのだが…。
「まぁそんな感じで、どうでも良いという感想なのよね。」
「リンカは寛大なのか能天気なのか、どっちなのかしらね…。」
アイリスは怒りを無くして呆れた様子でリンカを見ている。
「でもリンカ、シアン令息のやって来た事を気にしないのはまぁ…良いとして。結婚後の事はどう考えているの? 将来の伴侶として彼を信用する事が出来るの?」
リンカがアイリスの質問に素直に答えるなら、ウィラードの事は信用出来ないし頼りにもならない。そしてそんな彼と、世継ぎを産まなければならない事も考えると億劫でしかない。
「…。」
それにリンカは夜会の後のウィラードの態度に引っ掛かるモノを感じており、結婚後については正直不安を感じてはいた。
「…貴族の義務は何が何でもやり遂げるわ。彼を信用出来なくてもね。」
しかし貴族令嬢として生まれた以上、リンカは迷わず責務を全うする。
「それに私が夫人としての義務を怠らない限り、文句を言ってきたら反論させて貰うつもりよ。私がやられっぱなしのままで居られる訳がないでしょう?」
ウィラードがリンカに利益のない個人的な都合を押し付けようとしたならば、ウィラードがした行いを引き合いに出せば脅す手段として利用出来るのではないかとリンカは考えていた。
尊重して貰えないのならば、今後の予定を無しにする提案をした時と同じように言いたい事は言わせて貰うつもりだ。
「…リンカの考えを間違っているなんて言えないけど、私はリンカに幸せになって貰いたいわ。」
「アイリス?」
アイリスの真面目な顔をしてリンカを見る。
「私はジェルミ様を愛している。ジェルミ様はとても素敵な方で、あの人の婚約者になれた事が本当に幸せなの。」
アイリスとジェルミがお互いを想い合い、尊重し合っている事はリンカも知っている。
「…リンカとシアン令息が離れても、その後にリンカが素敵な人と出会える保証が無い事は分かっているわ。でも、リンカがシアン令息と一緒に居て幸せになれると思えないのよ…。」
「…。」
リンカがウィラードと婚約解消する事になれば、リンカは別の誰かと再び婚約者になる。その相手がまともだという保証はない。リンカもアイリスもそれは分かっていた。
それにリンカにとって貴族の結婚は政略的なモノが基本であり、愛情は必要ないと思っている。アイリスのように愛情を持って結ばれる結婚を素敵だとは思う。しかし今まで誰かを好きになった事が無いリンカが誰かを愛する未来は想像出来ないし、恋愛感情に左右されるのは面倒臭いのではないか、という冷めた考えを持っている。
リンカにとって重要なのは尊重してくれるか否か、それだけだった。しかし絶対に断る事が出来ない政略結婚であったならば、相手が自分を尊重してくれなかったとしても諦めるしかない。不幸になんてなりたくはないが幸せになる為に結婚をする訳では無い。それがリンカの考えである。
「…心配してくれて有難う。」
だがリンカを想い、心配してくれるアイリスに正直に言うのは良くないと思ったリンカは純粋な感謝の言葉を告げた。
「大丈夫よアイリス。私だって少しは考えているわ。もしウィラードが何か問題を起こすような事があれば流石に婚約解消するわよ。」
ウィラードがそこまで愚かだとは思っていないが、もしウィラードが問題を起こせば流石にノアール子爵が口出しする可能性が浮上した。夜会でのウィラードの評判と対応に流石に思う所があったらしく、リンカが望まなくても場合によっては婚約解消を考える事を告げられたのだった。勿論、リンカとの約束を破ればリンカが婚約解消する為に行動する事も忘れてはいない。
「そっか…。」
リンカの様子と言葉に一先ず納得した様子のアイリスはリンカの手を握ってきた。
「リンカ、私に協力出来る事があるなら言って頂戴ね。」
「っ…。」
リンカの家族以上にリンカの身を案じ、心配してくれるアイリスにリンカは申し訳無さと、有難みを感じながら苦笑いをした。
「ふふっ…、未来の伯爵夫人様はとても頼りになるわね。」
「っ! もう、からかわないでよ…。」
冗談交じりのからかいを乗せたリンカの言葉に、アイリスは態とらしく拗ねたのだった。
リンカは辛い経験をした訳ではなく、元からの性格で恋愛にあまり興味がありません。誰かに一目惚れをするのではなくて長く付き合っていくうちに相手を信頼し、愛情を芽生えさせていくタイプの人間です。リンカの考え方は貴族社会だから仕方が無く…といった感じを意識してみました。リンカは中々に強い性格をしていますが、アイリスのような味方が居てくれるからこその強さでもあります。現状のままならリンカとウィラードは結婚するのですが…どうなっていくは作者ですら分かりません 笑
ここまで読んで頂き有難うございました! もし宜しければ最後までお付き合い頂けると嬉しいです。




