第89話:【調達】調達任務:砂漠のミミズと巨大サソリ
アークが北京近郊を出発してから、私たちはひたすら西へと突き進んでいた。
かつての文明が崩落した道路、数千年の時を止めたまま砂に埋まった廃墟、そして荒れ狂うマナの乱気流。そんな過酷な悪路の中、十連キャラバン『アーク』は、平均時速30キロから50キロという、一見のんびりした速度で進んでいる。
だが、不眠不休で走り続けるシスターズの交代運転と、私の執念のメンテナンスがあれば、1日で400キロから500キロという驚異的な移動距離を稼ぎ出す。
「――出発から11日。計算上、あと10日から15日もあれば『ヨーロッパ圏』の入り口に到達できるはずだ。この大陸の全行程1万1000キロの、すでに半分近くを消化しているからな」
助手席でリュウガが網膜に投影した古地図を指でスライドさせながら、さらりと言ってのけた。私はハンドルを握ったまま、ポカンと口を開けて固まってしまった。
「……ヨ、ヨロ……何? ヨーロッパって、新しいネジの規格か何か? それにリュウガ、1万キロって何よ。街から隣の村までが数キロ、王都から帝都までだって馬車で数週間の距離でしょ。あんた、数字の桁を数え間違えてない?」
「……やれやれ。呆れましたわ。猿真似の創造主様は、この世界の真の広さすら把握していなかったのですね」
後ろでピッコが大きな溜息をつき、小さな肩をすくめた。
「貴女たちが必死に奪い合っていた『王国』と『帝国』なんて、この大陸全体の地図で見れば爪の先、あるいは埃ほどの面積しかありませんわ。今、わたくしたちは貴女たちが知る『世界』そのものを、すでに10回分は横断してしまったのですわよ」
「じ、十回分……!? つまり、帝国十個分をブッ通しで走ってるってこと!? ちょっとヴォルフ、あんた聞いてた!?」
「……いや、正直ピンとこないな。俺の地図はアステリア周辺で終わってる。1万キロなんて言われても、宇宙の話をされている気分だ」
後続車から無線で答えるヴォルフの声も、完全に困惑している。
「俺たちの常識じゃ、馬車で一ヶ月走れば『世界の果て』だったんだがな……」
「不合理ですが、それが記録が示す事実だ。かつての北京からベルリンまで、直行すれば一週間強。今の俺たちのスピードは、神話の時代の物流さえも凌駕しつつある」
リュウガの言葉に、車内は妙な静寂に包まれた。
自分たちがどれほどとんでもない長征をしているのか、ようやくその「異常さ」が数字となって突きつけられたのだ。
そして今、私たちはかつて「カスピ海」と呼ばれた巨大な湖の東岸、白く干上がった塩の平原にいた。
「……見て。一面、真っ白。これ、全部塩なの?」
私はルーフから、かつては水底だったであろう広大な大地を見下ろした。帝国十個分の旅路の果てに見えたのは、果てしない白銀の世界だった。
「ああ。カスピ海。世界最大の塩湖だ」
リュウガが網膜投影された地図を見せながら解説を続ける。
「2000年前はキャビアを産むチョウザメの宝庫だったが、マナの乾燥化で水域は北へと後退した。この辺りは完全に死の平原だ。だが、当時の物流の拠点だった場所でもある」
「うんちくはいいけど、リュウガ、問題は『肉』よ! 生鮮食料品が底を突いたわ。水はなんとかなるけど、保存食ばかりじゃみんなの士気が下がっちゃうわよ!」
「……ならば、現地調達だな。カイル、任せてもいいか?」
「ああ。傭兵時代は泥水を啜って生き延びたこともある。……調達班、編成!」
カイルが声を張り上げると、三女コルネ、五女ユーフィ、十女ボーン、十一女オーボエが集まった。
「ボク、お腹ぺこぺこだよ! 美味しいもの見つけるんだー!」
「つーか、砂まみれのマジ無理なんだけどw でも、焼肉のためならあーし、頑張るしー!」
「実況! お肉を求めて三千里! 調達班の物理調達、開始なのですよぉおお!」
『……第十一車両、オーボエ. カイル殿の補佐を務めます。生活の糧の確保は、軍事活動における最優先事項であります!』
魔法が効かない環境下、カイルの「物理トラップ」とシスターズの「怪力」だけが頼りの探索が始まった。
砂塵を抜け、かつての都市遺構へと足を踏み入れた瞬間、地鳴りが響いた。
――ズ、ズズズ……!!
「全員、動きを止めろ! 振動を殺せ!」
カイルの鋭い指示が飛ぶ。砂の下から現れたのは、全長50メートルを超える巨大なミミズ、サンドワームだった。地中の微かな振動を察知して獲物を呑み込む、この地の支配者だ。
「ボーン、左の岩陰へ! ランスを地面に突き刺して逆位相の振動を叩き込め! 奴の感覚を狂わせるんだ!」
「了解! 振動ストップ、物理で黙らせるのですよぉおお!」
ボーンが自慢の巨大バールを地中に叩き込み、凄まじい力で地面を揺らす。ワームが混乱してのたうち回る。
「ユーフィ! 今だ、口の中に特製爆弾を放り込め!」
「おっけー! マジ爆アゲな花火、見せてあげるしー!」
ユーフィがキラキラのラインストーンで装飾された時限爆弾を、ワームの開いた大口へシュートした。
「外殻が硬いなら、柔らかい胃袋の中で物理的に弾け飛べ、っしょ!」
――ドォォォォォン!!
内部からの爆発でサンドワームが沈む。だが、その死骸の匂いに誘われ、砂の中から大量の巨大サソリが溢れ出してきた。
「くっ、数が多い! オーボエ、ユーフィ、後退しろ!」
「退却は許可されていません! 殲滅します……あっ!?」
「うそ、囲まれた!? ギャル、ピンチなんだけど――」
サソリの毒針が二人を貫き、凄まじい数に飲み込まれる。その惨状に、アークのルーフから高笑いが響いた。
「おーほっほっほ! 泥にまみれるのはわたくしの主義ではありませんが、あのような不潔な生き物は遠くから消し去るに限りますわ!」
六女ヴィオラが、悪役令嬢らしい優雅な仕草でスナイパーライフルのボルトを引いた。物理インターフェースで最適化された弾丸が、ヴィオラの嘲笑と共にサソリの眉間を次々と撃ち抜いていく。
「……援護します。……近寄る雑魚は、これで払うわ」
隣では七女クララが狙撃の合間に、懐から取り出した重厚な鉄扇を閃かせ、這い寄るサソリを物理的に叩き伏せていた。
「貴公ら、何を遊んでいるでありますか! ルーテ、ハープ、直ちに前線を構築するのです!」
リポーン待機中だったオーボエの声が響き、後方で尻込みしていた二人が戦場へと引きずり出される。
「……うえええ、最悪。あんな脚もないくせにうねうねしてキモい生き物、切り刻んでも不潔な液が飛ぶだけなのに……。それにしても、これ一体で5メートルくらいある?」
「嫌です、絶対に嫌ですわぁああ! でも母様のお肉のためなら……(ピー)よりはマシですわぁああ!」
四女ルーテと九女ハープが、半ばパニックで泣き叫びながらも、剣とカギ爪を振り回してサソリの群れに突撃していく。
アークの周囲では、防衛班が鉄壁の構えを見せていた。
「委員長命令です。テューバ、オルガ。一匹たりともアークに触れさせてはなりません。清掃の手間が増えます」
長女チェロが在庫表を片手に厳格な指示を飛ばし、次女オルガがお嬢様らしい微笑みで「あらあら、お掃除のついでに潰して差し上げますわ」と、テューバと共に迫るサソリを重火器で迎撃していく。
そして、私の隣でセフィラが、不満そうに愛刀の柄を鳴らしていた。
「……エリー。私は、出番なし? ……あのような雑魚、私が一太刀振るえば、三秒で終わる」
「セフィラは最後の砦なんだから、我慢しなさいって! あんたが出たらオーバーキルすぎるわよ!」
「リスポーンプロセス、並列復元完了! 0.8秒でリベンジだしー!」
「第6車両より再突入! 状況、継続であります!」
アークのハッチから、ピカピカのスペア素体に乗り換えたユーフィとオーボエが、爆音と共に飛び出してきた。先日完成した「分散復活システム」の真価だ。
「マジで許さないし! うちの最新デコを汚した罪は重いんだから!」
即座に復帰したユーフィがブラスターを零距離でサソリの群れに叩き込み、オーボエが軍曹らしい正確な格闘戦で次々と甲殻を粉砕していく。死を恐れず、絶望を知らない「不滅の軍団」の猛攻に、サソリたちは散り散りになって逃げ出した。
激闘の末、一行が辿り着いたのは、砂に埋もれた巨大な「スーパーマーケット」の遺構だった。
そこは気密性が保たれており、時間停止が効いていたのか、奇跡的に鮮度が保たれた真空パックの肉や、当時の炭酸飲料が山積みになっていた。
「……お、お肉だお! 本物の牛のお肉がいっぱいだおー! 焼肉、ステーキ、しゃぶしゃぶだおー!」
コルネが泣きながらパックを抱きしめる。
「……賞味期限表示、西暦2150年。保存状態、極めて良好。合理的であります!」
オーボエが真剣な顔でラベルを読み上げるが、私はその数字に首を傾げた。
「ねえピッコ、これっていつの話? 西暦って何よ、それ。数字が大きすぎてピンとこないんだけど」
「……やれやれ。アリスの管理が始まる前の、旧文明の紀年法ですよ。貴女たちの言う神話の時代の数字ですわ」
ピッコの説明もよくわからず、私がフリーズしていると、リュウガが横から補足した。
「……今の俺たちの時間軸から逆算すれば、だいたい1800年前の日付だ。2000年経った今でも、アリスの凍結処理のおかげで鮮度は維持されている」
「1800年前!? え、それって食べられると思う……?」
コルネが不安そうにパックを見つめる。
「不合理な心配だ。成分変化は0.01パーセント以下。味覚データに支障はない」
リュウガの太鼓判(?)に、私は「ま、腐ってなさそうだし、お腹空いたし、食べちゃえばいいわね!」と無理やり納得することにした。
魔法の奇跡で生み出した水ではなく、自分たちの足で、自分たちの「物理」で掴み取った生活の糧。
アークへ戻る道中、私は戻ってきた調達班の面々を最高の笑顔で迎えた。
「みんな、おかえり! 最高の修理材料……じゃなくて、食材ね!」
「母様。……カイル殿のサバイバル術、非常に合理的で感銘を受けましたわ」
オーボエが、そっとカイルに冷えたコーラを差し出す。
「あのような極限状態での判断力、一家の管理職として高く評価いたしますことよ」
「……はは、ありがとう。次は、もっといい店を見つけるよ。リディアたちが喜ぶような『デパート』とやらをな」
カイルが不器用に笑いながらコーラを一口飲む。泥だらけの二人の間に、戦友以上の温かい空気が流れていた。
『……観測。砂漠のミミズ、巨大サソリ、そして死を超えた後の冷たい一杯。……てぇてぇ……。この生活感こそが、不純物の旅の醍醐味ですわ……』
七女クララが、望遠鏡で「お肉の山」を確認しながら至福の表情でログを刻む。
「世界はただのスクラップじゃないわ。直せば動くし、探せば宝物が出てくる。……そう、全部私たちの『資源』にしてやるんだから!」
干上がったカスピ海に、アークのエンジン音が響く。
不滅の命と、泥臭い知恵。
私たちは今、神話の管理を超えて、自分たちの足で大地を踏みしめていた。
『ファーファ、食糧在庫のデータ更新完了だお! 「死なないギャルと軍曹は、巨大ミミズを越えて伝説のステーキをゲットしたお!」 ……これにて、今夜は盛大な焼肉パーティーだおー! ( ゜∀゜)o彡゜ニク!ニク!』
「……あ、でもファーファ。あんたデータ端末だから、お肉食べられないんだよね。残念だね!」
コルネが満面の笑みで、慈悲のない一撃を叩き込んだ。
「マジそれな! ギャル、ファーファの分までマジ爆食いしちゃうしー!w」
ユーフィも肉のパックを掲げてケラケラと笑う。
『( ゜д゜)ポカーン ……ひ、ひどいお母様ぁあああ!! ボクに胃袋をハンダ付




