第88話:【分散】分散復活(スペア)システム:不滅の軍団
リディアの奇跡的な生還から数日。タクラマカン砂漠の過酷な環境は、私たちの移動式簡易要塞、兼ラボの『アーク』にさらなる進化を強いていた。
「……リディアの手術で思い知ったわ。一箇所に機能が集中しているのは、このカオスゾーンでは致命的なリスクになる」
私はアークのラボで、ホログラムの設計図を狂ったように書き換えていた。
これまでは9号車と10号車に集中させていたメンテナンス・リアクター。これを4号車から8号車の各牽引車にも分散配置し、それぞれを高速通信網でリンクさせる。
「これまでは一台のリアクターが一人の人格を再構築していたけれど、これからは違うわ。全車両のリアクターが連携し、人格データを分散処理で組み上げる。……作業効率は8倍。複数のリアクターで相互に整合性をチェックさせることで、人格の再構築エラー(バグ)を完全に叩き潰すシステム……『並列演算復活システム』よ!」
「なるほど、考えたな、エリー」
「でしょ、でしょ! 魂が不滅なら、肉体はただの消耗品でいい……。これこそが、あんたたちが到達しようとした『デジタル不死』の断片なんでしょ、リュウガ?」
「……そうだな。人格をパケット化し、複数のリアクターで並列復元するとはな。アリスが目指した『情報の永続性』を、修理屋の執念で物理的に再現するとは……。だがエリー、これには倫理的な『バグ』が付きまとうぞ」
助手席で見守るリュウガの言葉を、私は作業の手を止めずに撥ね退けた。
「倫理なんて、娘たちを一人も欠けさせないという私のエゴの前では無力よ!」
システムの試運転は、中央アジアの荒野を爆走しながら偶然の結果行われた。
『実況ぉおお! 三女コルネ、最高速トライアル開始! 時速250キロ、アークの護衛圏を抜けてさらに加速するのですよ!』
十女ボーンの声が響く中、コルネのバイクが砂塵を切り裂いて突き進む。
「いくよー! ボクのスピードに、世界が追いつけてないよ!」
ボクっ娘のコルネが快調に飛ばす。だがその時、空間が不自然に歪んだ。カオスゾーン特有の「空間のバグ」が、彼女の進路上に突如として口を開けたのだ。
「え……? あ……っ!?」
――ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃波と爆炎。
コルネの機体は歪みに飲み込まれ、金属の礫となって粉砕された。
『コルネ!?』『コルネ姉様!』
通信回線にシステマチックな悲鳴が響き渡る。
「……なっ!?」
モニターを見ていたリディアが椅子を蹴って立ち上がり、ヴォルフは絶句して持っていた工具を床に落とした。カイルにいたっては、あまりの惨状に十字を切ろうとしてその手が震えている。
「すぐに救助を! 衛兵隊、急げ! 破片だけでも回収するんだ!」
カイルが血相を変えて叫ぶが、私は動かなかった。冷徹にコンソールを見つめ、カウントを開始する。
「リスポーンプロセス開始。分散リアクター4番から8番、人格データの並列復元を開始! 整合性チェック……オールグリーン! 3、2、1……ゼロ!」
次の瞬間、後部を走行している8号車のハッチが跳ね上がった。
「――っはー! 今のはちょっと痛かったよぉ!」
爆音と共に飛び出してきたのは、全くの無傷で、ピカピカの「新鮮な」ボディに跨ったコルネだった。彼女はそのままバイクのアクセルを全開にし、一瞬で隊列の先頭へと復帰した。
「……な、何なのよ、今の!? 幽霊!? それとも私のバッファが見せた幻覚波形なの!?」
リディアが目を剥き、ヴォルフが戦慄の表情で私を振り返る。
「いいえ、幽霊じゃないわ。……これが、私のハンダ付けの到達点。一台のリアクターに頼らず、10台の車両でメモリを共有し、破損と同時にクラウド上のバックアップから魂をダウンロードする全車両で命を繋ぎ止める『分散復活システム』よ」
私は、不敵に笑ってみせた。
「彼女たちの記憶は常にアークのネットワークにある。肉体が壊れた瞬間に、全車両のリアクターが協力して人格を再構成し、0.8秒で再起動させる。……魂が消えない限り、私の娘たちは不滅なのよ!」
六女ヴィオラが、悪役令嬢らしい高飛車な態度で扇子(のような放熱板)を広げ、リディアたちを見下ろした。
「おーほっほっほ! 驚くのも無理はありませんわ。この『美しき不滅』こそ、母様がわたくしたちに授けてくださった至高のドレスですもの! わたくしたちの魂は、もはや一つのハードウェアに縛られるような低俗な存在ではありませんのよ!!」
「状況報告! 第8車両よりリスポーン個体の正常稼働を確認! 貴公ら、いつまで呆けているでありますか!」
十一女オーボエが軍曹らしい凛とした声を張り上げ、呆然とする衛兵たちを叱咤した。
「死など単なる一時的な通信エラーに過ぎない! 次の戦術目標を捕捉せよ。前進あるのみであります!」
「委員長として補足させていただきます。このシステムは並列演算により、従来の人格再構成エラーを99.99パーセント排除することに成功しています」
長女チェロが眼鏡をクイッと上げ、委員長らしく冷静に分析を述べるとともに、いかに彼女らしいツッコミも入れてきた。
「非常に合理的ですが、母様……。予備パーツの在庫管理表がこれまでの8倍に増えました。後で一緒にチェックをお願いしますね?」
「つーか、コルネ今の爆発マジヤバかったしー! 0.8秒で新品とか、マジ最強すぎて草なんだけどw」
五女ユーフィがギャル特有の軽いノリで、復活したコルネとハイタッチを交わした。
「てか、うちのデコパーツも全車両にストックしといてよ、母様! いつ壊れてもギャル道は崩せないからさ!」
「あらあら。死すらも克服してしまうなんて、母様の愛は恐ろしいほどに深く、美しいですわ」
次女オルガがお嬢様らしい聖母のような微笑みを浮かべ、私の背中を優しく撫でる。
「( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \! 父様と母様が……物理的に密着しながら、愛の共同作業(ストレージ保存)をしてるお! これこそ最高に『てぇてぇ』瞬間だよぉぉぉおおおお!!」
私の肩でファーファが、AA全開のハイテンションで叫び、アークの全スピーカーをジャックした。
「「「てぃてぃですわーーー!! 至高ですわーーーーー!!!」」」
車内ではクララを筆頭に、シスターズ全員が唱和し、アークが物理的に振動するほどの歓喜の渦が巻き起こる。
「ちょっと! 余計な情報は、全員デリートしなさいっていつも言ってるでしょー!! 次やったらあんたのOS、白黒のドット液晶にダウングレードしてやるからね!」
「「「わーー、母様、こわいーーーー」」」
ぐぬぬ、完全におちょくられてるわ……。
魔法を越え、科学を越え、母の愛が「不滅」という名の狂気を生み出す。
アークの轍は、死の概念を砂の中に踏み潰し、西の深部へと突き進んでいく。
『……観測。死を克服した家族。てぇてぇを通り越して、もはや神話の1ページですわ……』
七女クララが、至福のログを綴っていた。彼女はこの旅のログを余すところなく記録しようとしているのだ。
『実況ぉおお! 泣いて、笑って、爆発して、また笑う! それが我らシスターズだよぉぉおお!!』
十女ボーンが巨大な突撃ランスを高く掲げ、全回線へその声を轟かせた。
『一台の不調を全台で補い、人格のバグさえ叩き潰す! これぞアーク一家の、不滅で不条理なハッピーエンドなのですよぉお! さあ、地獄の先までブッ飛ばすのですよ、母様ぁああ!!』
『ファーファ、全データの同期完了だお!「死なない娘たちは、笑顔で絶望を粉砕する! 並列分散復活システムの夜明けだお!」……これにて、一家は文字通り無敵になったおー! ( ゜∀゜)o彡゜てぃてぃ!てぃてぃ!』




