第82話:【直結】物理インターフェース:魔法は非効率
――ドォォォォン!
カイルが放った散弾銃の轟音が、砂漠の静寂を切り裂いた。
「魔法が使えなくても、火薬と鉛玉は裏切らない! この泥臭い『反動』こそが、原始的で最強の物理法則だ! 野郎ども、接近させるな!」
カイルが泥まみれの顔で叫び、衛兵たちがオートマタ部隊と共に物理的な弾丸の雨を降らせる。だが、暗闇から迫る「ナノマシン・ハイエナ」の群れは、その筋肉自体が金属質に変質しており、普通の弾丸では決定打にならない。
『母様! これまでの魔法攻撃じゃ、出力が不安定でナノマシンの外殻をブチ抜けないよ!』
三女コルネの悲鳴が通信に入る。彼女は高出力ブラスターを構えているが、トリガーを引いても魔力の供給が不安定で、銃口から漏れるのは虚しい火花ばかりだ。
『実況ぉお! ハイエナの群れ、推定150体! ボクのセカンドウェポン、魔道マシンガンもマナのノイズで弾道がヒョロヒョロなのですよぉお! これじゃただの光るおもちゃなのですよ!』
十女ボーンが愛用の重突撃ランスを背負い、魔道マシンガンを乱射しながら絶叫する。銃口から放たれる魔弾は、高濃度マナに干渉されて着弾前に霧散していた。
「……当然ですわ。あんな回りくどいユーザーインターフェースを使っているから、そうなるのです」
アークのラボ内。モニターを見つめるピッコが、忌々しそうに鼻を鳴らした。そこには、リュウガを筆頭に、リディア、ヴォルフといった「研究バカ」たちが一堂に会していた。
「魔法は非効率……か。リュウガ、あんたの解析結果も同じ?」
私が基板にテスターを当てながら尋ねると、リュウガは感情の読めない瞳で頷いた。
「ああ。2000年前、アリス・アルテミシアが設計した『魔法』という概念は、高度な知識を持たない民衆でもナノマシンを扱えるように用意された『簡易モード』に過ぎない。詠唱は音声パスワード。イメージは簡易的なスクリプトだ。……だが、このゾーンではサーバー側の認証システムが狂っている」
「だったら、管理者権限(Admin)を通さない『直結ルート』を叩くしかないわね!」
リディアが不敵に笑い、ヴォルフが設計図を広げる。
「魔法波を介さず、微細な物理振動……つまり『ピッコロの周波数』を増幅して、ナノマシンを直接駆動させる『物理インターフェース・デバイス』。……これならいけるぞ!」
そこからは、まさに「狂宴」だった。
リュウガが論理を構築し、ピッコが旧文明のプロトコルを提供。リディアが演算を最適化し、ヴォルフが筐体を鋳造する。そして、私がそれら全てを「ハンダ付け」で強引に1つの形に繋ぎ止める。
「よし……完成よ!」
数十分後。アークのラボで組み上がったのは、無機質な銀色の首輪型デバイスだった。
リュウガとピッコがそれを装着し、戦場の最前線へ躍り出る。
「見せてやるお! これが本物の『物理』の力だお!」
ファーファが騒ぐ中、リュウガが静かに足元の砂に手を触れた。
――キィィィィィィィン!
詠唱もない。魔力消費の予兆もない。
ただの砂が、瞬時に分子構造を書き換えられ、数百発の透明な「ガラスの弾丸」へと変質した。
「……なっ!?」
ショットガンを構えたまま、カイルが絶句する。
「魔法なんて、2000年前のバカのためにアリス様が用意した『お遊び』ですわ」
ピッコが不遜に言い放つ. 彼女が指を弾くと、空間のナノマシンが物理振動を伴って収束し、ハイエナたちの金属外殻を「共振」によって内側から粉々に砕け散らせた。
「魔法という不完全なUIを捨てれば、世界はもっとシンプルになる」
「大気中のマナが飛んでないなら、ケーブル(物理振動)を直接脳にブチ込めばいいだけの話よ。泥臭いけど、確実なアナログ直結回線ね!」
リュウガと私の言葉に、カイルたちは戦慄していた。自分たちが一生をかけて磨いてきた「魔法」が、ただの簡易モードだったという残酷な真実。
「――落ち込んでる暇はないわよ! シスターズ、全員1号車へ! 換装を敢行するわ!」
私はアークの制御系に、試作デバイスの機能を強引に割り込ませる作業に入った。
「母様、その……首元の調整、もう少し正確にお願いしますわ。擽ったいです」
次女オルガの首筋にデバイスを溶接しながら、私はふと、隣で自らの出力をモニターしているリュウガと目が合った。
「……どうした、エリー。血流量が増加し、心拍数が通常の140パーセントに達している。高濃度マナによる炎症か?」
リュウガが、無防備に私の顔を覗き込んできた。その距離、わずか5センチ。
彼の無機質なはずの瞳が、今はやけに熱を帯びて見える。
「ち、違うわよ! これは……その、デバイスの熱が伝わってるだけ!」
「いや、体温計の数値は正常だ。……なるほど、機能的な不具合ではなく、情動的なエラーか。詳細な診断が必要だな」
リュウガが私の首筋に冷たい指先を這わせる。
「故障よ! 私の心臓が、あんたのせいで故障中なのよ、このバカ!」
私は顔面を真っ赤に染め上げ、手近にあったインチレンチをリュウガの頭に向かって投げつけた。リュウガはそれを、物理インターフェースの不可視の盾で平然と弾き飛ばす。
『……観測。てぇてぇ……。母様と父様の尊みが、砂漠のマナ濃度を上書きしていますわ……。保存、保存です……』
七女クララが愛用のスナイパーライフルを構えながら、スコープ越しに「尊み」に震えて呟く。
十女ボーンがさらにボリュームを上げて叫ぶ。彼女の手元の魔道マシンガンは、もはや完全に沈黙していた。
『実況ぉおお! 母様、顔面沸騰! 愛のインチレンチ一閃! しかし父様、無機質に愛の診断を継続! これぞカオスゾーンの熱愛オーバーライドなのですよぉお!』
『母様、不合理な照れ隠しは作業効率を著しく低下させます。速やかに「愛され奥様モード」へ移行してください』
長女チェロが真面目な顔で、しかし確実に煽ってくる。
『チェロ姉さま、これこそ合理的な進展ですわ。お父様、そのまま「物理的」に距離を詰めることを推奨しますことよ』
十一女オーボエまでが凛とした声で参戦し、車内ははやし立てる声で溢れかえった。
「全員、今の記憶をデリートしなさいよー!!」
――ドォォォォン!!
私の絶叫に合わせるように、八女テューバの巨大な背負い式兵装から、4発の小型ミサイルが白煙を引いて飛び出した。
『テューバ、いきます! ……爆奏、開始!』
重厚な電子音が響き、ミサイルがハイエナの群れの中央で、魔法ではなく純粋な「物理爆発」を起こす。
『全姉妹、換装完了! 魔法の加護なんて捨てて、自分の「物理」を信じなさい!』
私の号令と共に、シスターズたちがアークから飛び出す。
近接戦闘を担う四女ルーテ、九女ハープ、三女コルネ、五女ユーフィが、物理直結で再定義された高出力ブラスターを解放した。これまでの不安定な光条とは違う、空間を焼き切るような極太の熱線がハイエナを薙ぎ払う。
後方では六女ヴィオラと七女クララが、スナイパーライフルのボルトを引く。デバイスによって弾丸の周波数が最適化され、金属質の筋肉をバターのように易々と貫通していく。
長女チェロ、次女オルガ、八女テューバ、十女ボーン、十一女オーボエらも、セカンドウェポンの魔道マシンガンを「物理制御」へと切り替え、弾幕で砂漠を覆い尽くした。
――ドォォォォォォン!!
夜の砂漠を、白銀の閃光が昼間のように焼き尽くした。
不揃いだったシスターズたちの個性が、物理という共通の言語を得て、1つの「破壊の交響楽」を奏でる。
「魔法の時代は終わったわ……。ここからは、私たちのルールで世界を直してあげる!」
私はアクセルを踏み込んだ。
ファンタジーの常識が、ハンダ付けの熱で溶けていく。
アークの轍は、より深く、より鋭く、新世界の土を削りながら進み始めた。




