第81話:【枯渇】資源枯渇とカイルの「喪失」
照りつける太陽が、アークの装甲を容赦なく焼き焦がす。
かつてモンゴル大平原と呼ばれた地を抜け、私たちが辿り着いたのは、温暖化とマナ汚染で地獄の釜と化したゴビ砂漠だった。
「外気温、51度。冷却系の負荷が限界に近いよ……。母様、このままだと3号車のバッテリーが熱暴走しちゃう!」
三女コルネが、熱気で歪む空気の中で悲鳴を上げる。
カオスゾーン。アリスが施した「検疫」の向こう側は、自然の摂理すらも狂い始めていた。
「水タンク、残量15パーセントを切りました。……全スタッフ、飲水を制限してください」
九女ハープの声が重く響く。10台の車両からなる移動要塞。10名のスタッフとオートマタ部隊の活動を支える水が、この猛暑で急速に底を突き始めていた。
「……やれやれ。少し騒がしすぎますね。私がなんとかしましょう。皆さんは下がっていてください」
アークのハッチを開け、落ち着いた足取りで外に踏み出したのはカイルだった。
30代後半の、整えられた髭と深い知性を湛えた瞳を持つ男。アストレイド公爵家で影のように控えていた執事然とした彼が、初めて「武人」の空気を纏った。
「潤え、大地の抱擁――『水神の息吹』!」
カイルが高度な魔法回路を展開した、その瞬間だった。
澄んだ水が湧き出すはずの彼の指先から、バチバチという不吉な黒い放電が走る。
「……え?」
「カイル、やめなさい! 回路を遮断して!」
私の叫びは間に合わなかった。
ゾーン内の高濃度マナが魔力と干渉し、制御波形が完全に逆流する。水ではなく「純粋な熱量」へと変換された魔力は、彼の至近距離で大爆発を引き起こした。
「ぐっ……! ぁあああ!」
爆風に吹き飛ばされ、砂の上に転がるカイル。
「隊長! カイル様!」
アークから飛び出してきた数人の部下たちが、悲鳴のような声を上げる。彼らはカイルと共にセラフィーナから預けられた精鋭の衛兵たちだが、魔法が使えず、自分たちの信じてきた「力」が暴走する現実に、ただ狼狽するしかなかった。
「魔法が、何故だ、なぜ発動しない!? 隊長、しっかりしてください!」
「どきなさい、非効率な素人ども!」
その混乱を切り裂いたのは、身長110センチの小さな影――ピッコだった。
「四番、十一番! 救護プロセス開始です!」
「……了解」
無口な四女ルーテが、素早く救急キットを広げ、カイルの患部をスキャンする。
「あらあら、ひどい火傷ですわ。皆様、下がってくださいな。治療の邪魔になりますわよ?」
次女オルガが聖母のような、しかし有無を言わせぬ圧力を纏った微笑みでパニックの部下たちを下がらせる。
「いいですか、魔法による『再生』は忘れなさい。原子配列を物理的に繋ぎ直します」
ピッコの手から超高周波の振動波が放たれ、カイルの焼けた皮膚を物理的に剥離し、ナノマシンで再構築していく。それは「奇跡」ではなく、血の通った「修復」だった。
「……すまない、エリー嬢。無様な姿を見せた……」
意識を取り戻したカイルが、苦渋に満ちた声を出す。
私は、彼の泥だらけの顔を見ながら、昔のことを思い出していた。 たしかカイルはもともと、下級の身分だったはずだ。それを、十代の頃のセラフィーナがその才能に目をつけ、周囲の反対を押し切って騎士に推挙し、自らの公爵家つきの精鋭衛兵兼執事として取り立てたのだ。
私は彼を、単なる有能な事務方だと思っていたけれど……彼はセラフィーナに拾われた恩を返すため、死に物狂いで魔法と武術を磨き、あの「アストレイドの懐刀」と呼ばれるまでになった精鋭中の精鋭だったのだ。
「カイル……あんたは十分やってるわ。セラフィーナが選んだ男が、こんなところで折れるわけないでしょ?」
「……フ。厳しいお嬢様だ、エリー嬢も……あの公爵令嬢(セラフィーナ様)も」
カイルはピッコの治療を終え、よろよろと立ち上がった。
「……立て、カイル」
リュウガが、地面を見つめるカイルに言った。
「魔法という奇跡は死んだ。だが、お前という生物の記録は死んでいない。アリスが想定していない『不合理な生存本能』を見せてみろ」
リュウガの言葉に、カイルの瞳に野性的な光が宿った。
彼は魔法の杖を捨て、一本のスコップを手に取った。エリートのプライドを脱ぎ捨て、泥まみれになりながら、ただの「一人の人間」として砂を掘り進める。
「あそこだ……砂が少しだけ黒ずんでいる」
魔法に頼らず、土の匂いと風の変化を読み、かつて下級の身分で培ったであろう「生き残るための知恵」で地下水脈を特定する。
ドプッ、という音が響き、泥混じりの水が湧き出した。
「掘り当てた……。魔法がない世界も、案外悪くないな」
顔中を泥だらけにし、カイルが不敵に笑った。キャラバンから歓声が上がる。
「……合理的な判断ですわ」
十一女オーボエが歩み寄り、そっと自分のハンカチでカイルの頬の泥を拭った。
「あなたのその『泥臭さ』。一家の管理者としては、嫌いではありませんことよ」
「……ああ。ありがとな、オーボエ嬢」
不器用に照れるカイルと、少しだけ口角を上げたオーボエ。二人の距離が、砂漠の熱気とは別の意味で少しだけ縮まった気がした。
「よし! 水の濾過は私の作ったろ過装置に任せて! 補給ができたら出発するわよ! それまで全員休憩しましょ!」 私はコンソールを叩き、号令をかける。
『母様、見てるお! 魔法を科学で解体して、人間の力で上書きする……これぞ第4部の醍醐味だお! カイルの「脱・エリート」記録、ファーファがバッチリ保存したお!』
しかし、喜びも束の間だった。
水源の匂いを嗅ぎつけたのは、私たちだけではなかったのだ。
「――全車、戦闘準備!」
七女クララの警告が響く。
砂塵の向こうから、マナの影響で狂暴化した「ナノマシン・ハイエナ」の群れが迫っていた。
「魔法は効かないわ……。カイル、あれを使うわよ!」
「ああ、任せろ。……『物理』の強さを教えてやる!」
カイルは魔法を使わず、手慣れた手つきで「散弾銃」を構えた。
私たちは今、真の意味で、この狂った世界の「ルール」を書き換え始めていた。




