第78話:【換装】アークのファイナル・リフィット
帝都ガレリアを旅立った私たちを待っていたのは、地平線を埋め尽くすような壮観な大船団だった。
先頭を行く私の移動式ラボ『アーク』を筆頭に、カイルが指揮する一号車から三号車の居住トレーラー、巨大な水タンクを背負った四号・五号車、それと食料と魔導燃料を満載した六号から八号のハーフトラック。最後尾には精密検査機器を詰め込んだ九号・十号の移動ラボが続く。
さらに、シスターズ専用の戦闘バギーとバイク部隊がその周囲を固める姿は、まさに「移動する独立国家」そのものだった。
私たちはカオスゾーン突入の直前、かつて立ち寄った北方の工業都市『ヴォルガ』へと堂々の入城を果たした。以前は追われるように忍び込んだこの街も、今や救済連合の英雄たちを歓迎する熱狂に包まれている。
アークに続く居住トレーラーの窓からシスターズたちが満面の笑みで手を振り、バギーやバイクに跨った面々が颯爽と通りを抜けていく。中央車両のデッキでは、聖女セフィラが穏やかに微笑んで民衆に応えていた。
「エリー様!」
「リュウガ様!」
「連合万歳!」
無骨な煙突が並び、常に鉄と油の匂いが漂うこの街に、割れんばかりの歓声が響き渡る. そこはかつての冷たい空気ではなく、新しい時代への希望に満ちていた. ここが、極東における最後の、長大な補給・調整ポイントとなる。
「――よし! ここが最後の正念場よ! カオスゾーンの歪みに負けない『次元航法ユニット』、気合で組み込むわよッ!」
私の号令で、ヴォルガの巨大な整備工場は戦場と化した。
今回の改修の目玉は、アリスのデータベースから復元した、空間の位相を強制的に固定するユニットだ。
「エリー、そのハンダ付けの盛り方が甘いですわ. 次元の波に飲まれた瞬間、そこからクラックが入ってアークごと消滅してしまいますわよ」
ピッコがバイザー越しに私の手元を覗き込み、容赦ない指摘を飛ばす。
「うるさいわね! デジタル上の計算はそうかもしれないけど、現物の金属は気温と湿度でミリ単位で歪むの! だから『表面張力』を活かして少し多めに盛るのが、現場の修理屋の勘なのよ!」
「……非論理的な猿の勘ですわ。ですが……確かに、素材の疲労度を計算に入れると、貴女のその不格好な接合の方が生存率は0.02%上がりますわね。……見ていられないです、手伝いますわ」
「もう、分かってるってば! でも、ここは少し多めに盛っておかないと、振動で剥がれるでしょ!」
「論理的ではありませんわ。表面張力を利用した最適化こそが……貸しなさい、私が手本を見せて差し上げますわ」
喧嘩をしながらも、二人のハンダごてが鮮やかな光跡を描く。2000歳の「大叔母様」であるピッコの技術は、正直に言って私の数段先を行っている。けれど、彼女の冷徹な論理に私の「情熱」が混ざることで、回路はかつてない強度で繋がり始めていた。
別の区画では、リディアとヴォルフが徹夜でエンジンの魔圧調整に当たっていた。
「ヴォルフ、冷却系統の第4バイパスが詰まり気味よ。洗浄して」
「ああ……。だがリディア、少しは横になれ。お前、さっきからスパナとレンチを間違えているぞ」
「うるさいわね、あんたこそ目が座ってるじゃない」
二人の職人魂がアークの心臓を叩き、ヴォルガの冷たい空気を熱気へと変えていく。
一方、居住トレーラー内ではシスターズによる「魔改造」が行われていた。
「お姉様! 居住区の空間圧縮率を120パーセントまで高め、各員のパーソナルスペースを確保しましたわ!」
八女テューバが、無表情ながらもどこか誇らしげに報告する。だが、その背後にあった「隠し扉」を、長女チェロは見逃さなかった。
「……テューバ。この『精密機器メンテナンス室』と称された、異様にピンク色のオーラを放つ部屋は何かしら?」
「……。それは、長距離遠征における精神的摩耗を防止するための、情緒安定用バックアップ・アセットです」
チェロが無理やり扉を開けると、そこには精密機器どころか、レースとフリルに彩られた棚に、ところ狭しとファンシーなぬいぐるみが並ぶ、テューバの「超・少女趣味」な秘密基地が広がっていた。
「テューバッ!! この非常時にデッドスペースを作るなんて何を考えているの! 没収! 全部資材庫へ還元なさい!」
「……そんなぁ。私の精神的インフラが……。お姉様の鬼、悪魔、人でなしのハードウェア……」
「今なんと言ったの!?」
「ひ、ひぃ……!」
物理法則と規律だけで動く「硬い頭」を揶揄した最大級の悪態に、チェロの怒声がトレーラーを揺らす。
その頃、キャラバンの司令塔であるカイルは、総勢19名の家族(人間6名、シスターズ、セフィラ、そして種族不明のピッコ含む)と10名のスタッフ、電源車などを支える「完璧な物流」を構築していた。
「旧ドイツ圏までの数千キロ……。エリー様、リュウガ様、リディア様、ヴォルフ様、それと私とピッコ様の人間16名分の食料はもちろん、シスターズやセフィラ様たちのための魔導エネルギー触媒も完璧です。道中、皆様揃って食卓を囲めるよう、循環リアクターを強化した水タンク車も用意しました。栄養と『味』、そして『情緒』のバランスも考慮済みです」
カイルの淡々とした報告が、この無謀な旅に「現実」という名の保証を与えてくれる。シスターズやセフィラは本来食事を必要としないが、エリーの料理を「味わう」ことが一家の習慣になっていた。
(それにしてもピッコ、シスターズとあっさり同期しちゃうし、オイルの注文まで出すし……あんた、本当に人間なの?)
私のそんな疑問を余所に、ピッコは慣れた手つきでテスターを振るっていた。
出発を目前に控え、アークの周囲では「にぎわし隊」こと三馬鹿たちが、愛機のエンジンを吹かせて武者震いしていた。
「よーし! 西の果てまでボクたちのスピードに付いてこれるヤツがいるかな!?」
三女コルネがバイクのハンドルを握りしめ、不敵に笑う。
「カオスゾーンだろうが絶望だろうが、全部このバールでブッ壊してやるのですよぉお!」
十女ボーンが獲物を肩に担いで気勢を上げ、五女ユーフィも「チョー楽しみ! ウチらの力、世界に見せつけてやんよ!」とピンクのバイザーを光らせた。
『いよいよ旅立ちだお! 伝説の第二章が幕を開けるお! 全力で実況するお!』 コルネの肩に乗ったファーファが、相変わらずの余計な解説を挟みながら、尻尾をブンブンと振って準備万端だと鳴いていた。
その喧騒の裏で、シスターズたちの間には、エリーやリュウガには聞こえない「静かな誓い」が共有されていた。
『――シスターズ・ネットワーク、プライベート・チャンネル接続。長女チェロより全姉妹へ』
民衆に手を振る穏やかな表情のまま、チェロの冷徹で力強い意志がログに刻まれる。
『まもなく未知の領域、カオスゾーンへ突入する。……私たちの役割は、兵器としての力を振るうことだけではない。何があろうとも、私たちの「親」であるエリー様とリュウガ様を守り抜く。たとえこの機体が粉砕されようとも、一人の欠落も許さない。いいわね?』
『了解、お姉様。……防衛術式、最終チェック完了。 全リソースを護衛に回します……』(テューバ) 『回復パッチ、待機状態. 傷一つ負わせませんわ』(オルガ) 『……死んでも守る。それが家族……ですわね』(オーボエ)
『栄養管理、私に任せて。カオスゾーンの中でも最高の食事を提供して、健康を死守する!』(ルーテ)
『計算完了です. 両親への物理干渉、危険回避確率100%を維持するよう私たちの演算能力を全開放しますわ』(ヴィオラ・クララ)
『通信の乱れも、私が全て中和する。お二人を孤立させることはないわ』(ハープ)
流れるログの熱量を感じ取ったのか、デッキに立つセフィラが優しく「うんうん」と深く頷いている。そして、ネットワークには参加しつつもあえて発言を控えていたピッコは、ただ静かに目を閉じ、慈しむような笑みを浮かべていた。
十一人のシスターズたちが、一瞬だけ視線を交わす。それは鋼よりも硬く、愛よりも深い忠誠の誓いだった。
「みんな、準備はいい? 世界を丸ごとハンダ付けしに行くわよ!」
「……エリー様、その決め台詞、前回(第77話)と全く同じ構成ですわ。再放送は効率的ですが、そろそろ語彙のアップデートを推奨しますわ」(チェロ)
『あはは! 本当だ、また同じこと言ってるお! マンネリこそがエリーの持ち味だお!』(ファーファ)
「ちょっ、ちょっと! せっかくいい雰囲気だったのに台無しにしないでよッ!」
私の真っ赤な顔を見て、リュウガが肩を揺らして笑い出す。シスターズたちも「くすくす」とネットワーク越しに笑い声を漏らした。
翌朝。ヴォルガの住民たちが見守る中、アーク・ドライブが青い閃光を放ち、空間を物理的に切り裂いた。
10台の車両が次元の壁を突き破り、私たちはついに、世界の真実が眠る西欧への――未知なる闇の向こう側へと飛び出した。
――第3章 完
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