第73話:【打倒】宰相の末路、この国の手で
中央塔の周囲は、もはや戦場というより「嵐」だった。
バルガスの離反軍が正面ゲートに殺到し、オメガの民衆軍が側面の搬入口から雪崩れ込む。二つの波が白亜の塔を左右から挟み込み、ロジウスの親衛隊を圧縮していく。
「第三中隊、左翼を維持! 第九中隊、正面の障壁を突破次第、階段室を確保しなさいまし!」
オーボエの指揮が、戦場を精密時計のように統制していた。バルガスの猛進を無駄なく活かし、損耗を最小限に抑える配置。彼女の隣では、チェロが弾薬の残数を秒単位で管理し、不足が生じる前に予備を回している。
「将軍、第五中隊の弾薬残量が30パーセントを切りましたわ。左翼の第七中隊から転送します」
「……お前のおかげで、弾切れの心配をしたことが一度もないな」
バルガスが大剣を振るいながら苦笑する。
一方、スラム側の搬入口では、オメガが民衆を率いて突入していた。
「ビビってんじゃないよ! あんたらの首輪はもう外れてるんだ! 自分の足で走りな!」
オメガのレンチが、搬入口を塞いでいた自動防衛ドロイドの頭部を叩き潰す。三馬鹿はその先頭で瓦礫を蹴散らし、道を切り開き続けていた。
「あの角の向こう、ドロイドが4体! でもコアが旧式だから、側面パネルを叩けば止まる!」
コルネがブラスターで側面パネルを撃ち抜き、ドロイドが火花を散らして崩れ落ちる。だがトドメは刺さない。後続の民衆が、自分たちの手でドロイドの残骸を蹴り飛ばして前進する。
教団の聖機兵が合流して立ち塞がろうとしたが、隊列の中から兵士たちが次々と武器を降ろし始めていた。昨日の暴露データが、彼らの信仰を根底から揺さぶっていたのだ。
「大丈夫だよ。もう首輪は要らないんだよ」
コルネの笑顔が、凍りついた兵士の表情を溶かしていく。一人が武器を置けば、隣の一人も置く。教団の隊列が、暴力ではなく真実と笑顔によって内側から瓦解していった。
◇◆◇◆◇
バルガスとオメガの軍が、中央塔の最上階を目指して駆け上がっていた。
親衛隊の抵抗は頑強だった。首輪のない者たち。恐怖ではなく、自らの意志でロジウスに忠誠を誓った精鋭が、大階段の各所で死を厭わず立ち塞がる。
「……硬いな。あいつらは信じてるんだ、あの宰相を」
バルガスが大剣を杖にして息を整える。階段の踊り場にはひしゃげた装甲と、倒れた兵士たちが折り重なっている。殺してはいない。バルガスは峰打ちと柄による打撃で、一人一人を「黙らせて」いた。
「殺さないってのは、面倒なもんだね」
オメガがレンチで親衛隊の剣を叩き落としながら、息を切らして笑う。
「あの人形師の嬢ちゃんに言われたからな。『直すけど壊さない』。……軍人の俺には、ちと荷が重い注文だ」
「あたしもだよ。でも、あの子たちの方がよっぽどキツい仕事してるじゃないか」
オメガが振り返った先で、ボーンが民衆を鼓舞し、コルネとユーフィが瓦礫の道を切り開いている。彼女たちは一撃で親衛隊を沈黙させられる力を持ちながら、あえてそれを使わず、道を作ることだけに徹していた。
「……ああ。あの嬢ちゃんたちに恥じない戦い方をしなきゃな」
バルガスが大剣を構え直し、最後の階段を駆け上がった。
行く手を阻む最後の装甲扉。ロジウスの執務室への入り口だ。分厚い魔導合金に、複雑な防御術式が幾重にも刻まれている。
「リディア殿、この扉!」
通信越しに叫ぶと、リディアの声が即座に返った。
『見えてるわ。防御術式の暗号は魔導式だけど、錠前そのものは物理的なロックよ。……ドローン2機を回すわ。電磁パルスで術式を焼き切る。その隙にボルトを叩き折りなさい』
上空からドローンが急降下し、扉の表面を覆う魔導の光が消滅した。バルガスの大剣がボルトに叩きつけられ、金属が悲鳴を上げて砕ける。オメガがレンチを差し込んで蝶番をこじ開け、二人の力で分厚い扉が床に倒れ込んだ。
◇◆◇◆◇
執務室は、白い。
壁も天井も床も、一切の装飾がない純白の空間。その中央に、痩せた男が一人、椅子に座っていた。
ロジウス。
帝国の宰相にして、この国の全てを「演算」で支配してきた男。
だが、バルガスの目を引いたのは宰相ではなく、その足元に転がる無数のケーブルと、部屋の壁面に埋め込まれた巨大な装置だった。脈動するように青白い光を放つそれは、次元震の発生装置。
「……来たか、バルガス。予定より12分遅い。お前の行軍速度は、かつてより衰えたな」
ロジウスが振り返りもせずに言った。その声には恐怖の欠片もない。
「そして、スラムの害虫まで連れて来たか。……まあいい。結果は変わらん」
ロジウスが指を鳴らした。
部屋全体が震え、壁面の装置から青白い光が溢れ出した。次元震の発生装置が起動したのだ。
「あと数分で、この帝都の空間定義が崩壊する。私もろとも、全てが白紙に戻る。それが最も合理的な『正解』だ。腐った帝国は一度消去し、白紙から再設計すればいい」
「この街ごと消す気か! 民衆が何万いると思ってる!」
「ノイズは消すものだ。感情も、名前も、笑顔も。全て非効率な残滓に過ぎん」
ロジウスが立ち上がった。その身体には、禍々しい光を放つ魔導兵装が纏われている。模造のAdmin権限のコアを心臓部に埋め込んだ、最後の切り札。
「消えろ、反逆者ども!!!」
魔力の奔流が、執務室を埋め尽くした。
◇◆◇◆◇
アークの通信室。
「次元震、中央塔を震源に急速拡大中!」
ヴィオラの報告にモニターの数値が振り切れる。
「セフィラ、出なさい!」
「了解。……全出力、解放します」
中央塔付近に待機していたアークからセフィラが超高速で飛び出した。アンビリカルケーブルの全長を使い切り、中央塔の手前で空間に楔を打ち込むように立ちふさがる。振動剣から放たれた衝撃波が、歪む空間を力ずくで押し戻していく。
「リディア、崩壊ポイントの座標を!」
「中央塔最上階の執務室直下! でも早くして! 発生装置を止めなきゃ、5分とセフィラが持たないわ!」
私は通信機を掴んだ。
「バルガス、オメガ! 聞こえる!? 次元震の発生装置が執務室にある! あれを止めないと帝都が消えるわ!」
◇◆◇◆◇
執務室。
ロジウスの魔導兵装が放つ圧力は凄まじかった。模造品とはいえAdmin権限の力。魔法を極限まで高密度に圧縮した攻撃が、バルガスの大剣を弾き、オメガを壁に叩きつける。
「ぐっ……!」
バルガスが膝をつく。大剣の刃に亀裂が走っている。
「無駄だ。この兵装はAdmin権限で駆動している。人間の膂力で破れるものではない」
ロジウスが嘲笑う。
その時、アークから一つの声が届いた。
リュウガの声だった。
『バルガス。オメガ。聞こえるか。……一つだけ教えておく。そいつの兵装は模造品だ。本物のAdmin権限なら、魔力の障壁に物理的な干渉は通らない。だが模造品には穴がある。……魔法の障壁を維持する演算と、物理的な衝撃への防御を同時にこなせない。つまり、魔法を捨てて「殴れ」ば、通る』
「……殴れだと!?」
バルガスが聞き返す。
『魔法的な攻撃――剣や魔導武器による攻撃は、兵装の障壁が自動で弾く。だが、素手の拳や工具のような「魔力を一切帯びていない純粋な物理攻撃」は、障壁の演算対象外だ。模造品の欠陥だ。……あとは、お前たちの腕力次第だ』
『つまり、最強の防疫プログラムが入った演算機でも、モニターを直接ハンマーで殴られたら防げないってことよ! 魔法を捨てて、純粋な『質量』で殴りなさい!』
通信が切れた。
バルガスとオメガが顔を見合わせた。
「……聞いたか、オメガ?」
「ああ。魔法を捨てて殴れ、ってことだろ? ははっ……あたしの得意分野じゃないか」
オメガがレンチの魔導強化を解除した。ただの鉄の塊に戻ったそれを、右手に握り直す。
バルガスが大剣を床に突き立て、手放した。
「……将軍が素手かい。絵面として最悪だね」
「言うな。俺だって生まれた時は拳しか持っていなかった」
バルガスが一歩踏み出した。ロジウスの兵装が魔力の障壁を展開し、青白い光が彼を拒絶する。
だがバルガスは剣を持っていない。魔力も纏っていない。ただの素手だ。
拳が障壁に触れた。
――すり抜けた。
「……何!?」
ロジウスが初めて驚愕の声を上げた。
「嘘だろ。そんな原始的な……ただの、拳が……!」
「原始的で結構だ!!」
バルガスの巨大な拳がロジウスの胸倉を掴んだ。兵装の隙間から直接、痩せた体を鷲掴みにする。
「お前の『正解』には、いつも人間が入っていなかった。数式と演算と効率。それだけで世界が回ると思い上がった。……だがな、ロジウス」
バルガスが腕を引いた。
「人間ってのは、こういう生き物だ!!!」
拳が、ロジウスの顔面に叩き込まれた。
魔法じゃない。Admin権限じゃない。ナノマシンでもシスターズでもない。
ただの、一人の男の、拳。
鈍い音が執務室に響いた。ロジウスの痩せた体が椅子ごと吹き飛び、壁面の次元震発生装置に激突する。装置のケーブルが千切れ、青白い光が消えた。
兵装が魔力の供給を失い、ガラガラと音を立てて剥がれ落ちていく。
「ごっ……ぁ……」
ロジウスが床に転がった。口の端から血が一筋垂れている。完璧な論理で世界を支配していた男が、たった一発の拳で沈黙した。
オメガが歩み寄り、見下ろした。
「……あんた、初めて人間らしい顔してるよ。殴られて血を流してる方が、よっぽどマシな面構えだ」
彼女はレンチを振り上げ――次元震発生装置の本体を、渾身の力で叩き割った。
金属の悲鳴。
青白い光が完全に消え、帝都を覆っていた空間の歪みが急速に収束していく。
◇◆◇◆◇
中央塔の外。
セフィラが空間を押し返していた力を緩め、長い息を吐いた。
「……次元歪曲、収束を確認。……終わりましたわ」
「よく持ちこたえたな、セフィラ」
ヴォルフがケーブルを手繰り寄せながら、声を震わせた。
アークの通信室で、私はモニターを見つめていた。
執務室の映像には、床に倒れたロジウスと、拳を下ろしたバルガスが映っている。オメガがレンチを肩に担ぎ直し、割れた装置の残骸を蹴飛ばしていた。
私はタクトを振らなかった。シスターズに突撃命令を出さなかった。リュウガのAdmin権限も、ヒントを一つ伝えただけ。
扉を開けたのは、この国の人間たちだ。
拳で。レンチで。自分たちの、生身の力で。
「……終わったのね」
私は静かに、目尻を拭った。
「ああ。……これで、いいんだ」
リュウガが隣で、穏やかに笑っていた。彼の仮想アームは今日、一度も光らなかった。
『母様、全チャンネルから歓声が凄いお。帝都中が沸いてるお。……ロジウス打倒、確認だお』
ファーファの声が、少しだけ震えていた。
帝都の空に、煙が晴れ始めていた。
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