第68話:【神威】神を再定義する者たち
スラムの「首輪」が外され、人々の瞳に意志の光が戻り始めたのも束の間、地上の行政区から新たな「粛清の足音」が響いてきた。
それは、帝国の秩序を宗教的な狂信で支える「理教」の武装組織。白銀と黄金に彩られた巨大な魔導兵器――『聖機兵』の軍勢だった。
スラムのメインストリートを、規則正しい金属音が埋め尽くす。
「……マズいね。よりによって、あの『ロゴス』の連中が出てくるとは」
オメガが忌々しそうにレンチを握り直す。その横では、解放されたばかりの元帝国兵たちが、目に見えて怯えていた。
「あれに目を付けられたら終わりだ……。あいつら、痛みも恐怖も感じない。ただ『真理の修正』という名の虐殺を繰り返す、狂った人形なんだ」
「そうなのね。まるで、私たちが王都で戦った聖騎士アルフレッドたちと同じだわ」
私はアークのモニターに映る白銀の軍勢を見て、思わず肩を震わせた。システムに盲従し、自分の命すら「演算の結果」として投げ出すあの冷たい狂気。私の「再定義」で、あの凍りついた笑顔を直せる自信が、この時ばかりは揺らいいでいた。
「リュウガ、あいつら……話が通じないわ。システムに自分を売った人間は、もう……」
「……思い出せ、エリー」
リュウガが私の汚れた手をそっと包み込む。仮想アームの冷たい感触が、不思議と熱を持った安心感となって伝わってきた。
「アルフレッドも、あの時の王国の兵士たちも、最後には変われた。……バグ(愛)を愛する君なら、あの中に眠る『人間』を見つけ出せるはずだ。俺も、君の隣にいる」
「……そ、そうよね! ふふ、旦那様にいい格好見せなきゃ、ね」
私は頬を叩いて、コンソールに向き直る。世界の真実――この帝国がアリスの「保護」というプログラムを、いつから「抑圧」という名の信仰に書き換えてしまったのか。それを暴くのが、私の今の仕事だ。
「不浄なバグを抱えし者よ! 汝らの『個我』というエラーを、神の理によって修正してくれよう!」
聖機兵を率いる神官の号令と共に、黄金のレーザーが降り注ぐ。だが。
「……修正? 笑わせないでくださる」
一号車のルーフで、ピッコが傲慢に鼻で笑った。
「リュウガ様、Admin権限を同期。……こんな二千年前の『失敗作』の成れの果て、一塵も残さずデリートして差し上げますわ!」
戦闘が開始されたが、それは「戦い」ですらなかった。それは、神を否定する美しき破壊の舞だった。
最前線に躍り出た十女ボーンの熱槍が流星のような軌跡を描き、五女ユーフィの薙刀が舞い散る火花を美しく断ち切る。三女コルネの放つ紅蓮の炎は、聖機兵の物理防御を紙細工のように焼き尽くし、その煤を九女ハープの超音波が霧散させていく。
「おーっほっほ! 皆様、足並みが揃っていませんわよ!」
六女ヴィオラの蛇腹剣が複雑な幾何学模様を描き、聖機兵の関節部を精密に「摘出」する。七女クララが鉄扇を仰げば、真空の刃が敵の火線を逆流させ、八女テューバが無言のまま盾を叩きつけて巨躯を軽々と撥ね飛ばした。
長女チェロの多連装ガトリングが完璧なリズムで牽制し、十一女オーボエのハルバードが指揮棒のように戦場を支配する。四女ルーテは影から影へ渡り、致命的なエラーを敵の神経網へ直接流し込んだ。
そして、その狂乱の中心に、特務機セフィラが舞い降りた。彼女が白銀の剣を静かに捧げた瞬間、降り注ぐマナの光が後光のように彼女を包み込み、聖なる空間をリライトしていく。
「……管理者より命令受領。……論理エラー(聖機兵)、消去します」
その美しくも絶対的な威厳。シスターズ11人とセフィラが織りなす、一糸乱れぬ完璧な連携。
「な……なんだ……。あの白い少女たちは、本物の、天使なのか……?」
自分たちが死神と恐れていた聖機兵が、塵を払うように片付けられていく光景に、オメガや元帝国兵たちは口を半開きにして固まっていた。教団の兵士たちまでもが、攻撃の手を止めてその「真理」の如き武力の前に跪き始めた。
「良い跪き様ですわ! 救われたいのであれば、まずはお腹を満たすことですわ!」
二女オルガが、巨大なスープ鍋を台車に乗せて戦場のど真ん中へ優雅に進み出た。
「さぁ、皆様、修正よりも、まずはお食事にしませんか? ……美味しいですよ」
オルガの聖母のような微笑みと、立ち上る温かいスープの香り。ピッコがハッキングで聖機兵の「呪縛コード」を物理的に解錠すると同時に、兵士たちの瞳から冷たい論理の色が消え、涙が溢れ出した。
「温かい……。神の理(数式)に、こんな温度はなかった……」
次々と武器を投げ出し、スープの列に並ぶ教団兵たち。それを見た私は、アークの窓からリュウガに得意げに鼻を高くした。
「ねえリュウガ! あんなに強かったあいつらを一瞬でメロメロにしちゃうなんて。……もしかして、彼女たちを『再定義』した私も、一種の『女神様』ってことかしら? いやいやまさに『創造主』ってやつ!? ほらほら、拝んでもいいのよ?」
「……お母様。あまりの鼻の下の伸び方に、わたくしの計測器がオーバーフローを起こしていますわ。軍規に則り、その弛んだ精神を修正する必要がありますわね」
十一女オーボエが冷徹な視線を送る。
賛同しますわ。女神を自称する前に、まずはアークのオイル漏れを拭いてからにしてくださいまし。足元が不潔ですわよ」
九女ハープから無慈悲な除菌スプレーを顔面に吹きかけられ、私の女神化計画は3秒でデリートされた
「そうですわ。委員長として断言しますわ! 女神を自称する前に、一号車の床に落ちたハンダの屑を片付けてくださいまし! 規律の欠片もありませんわ!」
長女チェロが腕を組んでお説教を開始する始末。
「……汚物は、女神でも許さない。……母様、除菌レベル:最大。……さっさと、着替えなさい」
四女ルーテが、どこから取り出したのか超強力な消毒スプレーを構えて無言の圧力をかけてきた。除菌の上に消毒とは……。衛生班の二人はどこまで私を雑菌扱いするつもりよ……。
「ホントそれ。女神っていうか、ただの『自画自賛の原始人』よね。ピッコ、あんたも何か言ってやりなさいよ」
リディアの冷たいツッコミに、ピッコも勝ち誇ったように鼻で笑う。
「ふん、自意識過剰も甚だしいですわ。貴女がしたのはせいぜい、私の完璧なハッキングを『気合』という名の不衛生なノイズで汚しただけですわよ、原始人メガネ!」
「あぅ……あぅ……みんなひどいお……。リュウガぁ、助けてぇ……」
私が椅子からずり落ちて泣きつくと、その横でオメガが呆然とした顔で呟いた。
「……なあヴォルフ。アタシは……あの女が、世界を救う救世主なのか、ただの近所の騒がしいおばさんなのか、本気でわからなくなってきたよ……」
「はは、それが『エリーの嬢ちゃん』って奴さ。……まあ、どっちも正解なんだろうな」
ヴォルフが苦笑いし、リュウガが地面に座り込む私に仮想の右手を差し出す。
「ふふ、エリー。君の作った『家族』が、一番正しい答えを出したようだ。女神様……とは言わないが、君は最高のエンジニアだよ」
アリスが遺した「守るための力」を、「縛るための枷」に変えた教団の欺瞞は、一杯のスープの熱量に溶けて消えた。救済キャラバンは、新たな「家族」と「希望」を乗せて、さらに帝都の深部へと轍を刻んでいく。
ぜひご感想をお寄せください。
また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!




