第67話:【歪曲】歪む理(ロゴス)、希望のハンダ付け
地面が生き物のようにのたうち回り、視界の端から建物がデジタルの塵となって崩落していく。突故としてスラムを襲った巨大な次元震。だが、それはあまりにも「唐突」で「整列」された破壊だった。
「ひ、ひえぇぇぇ! 足元が、足元が消えるぅぅぅッ!!」
私が悲鳴を上げながらアークのハッチに飛びつくと、中からピッコが冷めた顔でモニターを指差した。
「喧しいですわね、原始人メガネ。……ですが、妙ですわ。この時空の歪み、波形が綺麗すぎますわ。まるで、誰かが意図的に『消去』を実行したかのような……」
「……帝国の仕業か。宰相ロジウスめ、スラムごと俺たちをゴミ箱へ放り込むつもりか」
リュウガの鋭い視線が、ポリゴン状に剥離していく空間を射抜く。
「エリー、アークのリアクターをスラムの地脈端子に直結しろ。マナを逆流させて、因果律を強引に固定するんだ。この震動は……『人工的』に誘導されている!」
リュウガの指示に、私のエンジニア魂が怒りと共に点火した。
「了解よ! テューバ、一号車のジャンクション・ボックスを開けて! ヴォルフ、予備の超電導ケーブルを全部出しなさいッ!!」
アークの心臓部から伸びる太いケーブルを、スラムの地下に眠る端子へと叩き込む。テューバが瓦礫を支えながら、巨大なプラグを素手で押し込んだ。
「マナリアクター、最大出力! 物理層、再定義開始ッ!!」
黄金の光が大地へと流し込まれる。だが、崩落の波は執拗に迫る。
「エリー、地脈の伝導率が足りないわ! 私がドローンで中継局を組んであげる。……空間を『縫い合わせる』わよ!」
リディアの精密なドローン操作が、空間の揺らぎを逆相で打ち消していく。その最中、ピッコが住民の「管理用首輪」を一瞥して鼻で笑った。
「リュウガ様、Admin権限を同期してください。……この不衛生な鎖、空間ごと切り捨てられる前に、私が解錠してあげますわ!」
リュウガが仮想の右手を掲げ、ピッコの指先が虚空で踊る。
ピピッ、ピポポポッ!!
瞬間、スラム中の「首輪」から赤い光が消え、解放の音が連鎖した。
「……軽い。……おい、呪縛が消えたぞ!」
住民たちが歓喜する暇もなく、巨大なコンクリートの塊が降り注ぐ。十女ボーン、三女コルネ、五女ユーフィが先行して飛び出し、熱槍と炎、および薙刀の旋風で瓦礫を霧散させていく。
だが、次元震の本体はまだ止まらない。
「……っ。無理やり消そうとしても……俺がいる限り、そうはさせない。システム・オーバーライド。……全領域、強制固定!!」
リュウガが仮想のアームを地面へ突き立て、絶叫した。彼の背後から膨大な青いコードが溢れ出し、崩れ落ちる空間を物理的に「掴んで」繋ぎ止める。
凄まじい火花とノイズが吹き荒れる中、リュウガとエリー、シスターズ全員の力が合わり、ついに荒れ狂う空間の剥離がピタリと停止した。
その光景を、オメガが目を潤ませながら見つめていた。彼女は巨大なレンチを高く掲げ、民衆に向かって吼えた。
「見ろ、野郎共! 帝国はアタシたちをゴミとして消そうとした! だが、あそこに立つ『能天気なエンジニア』と『救済の王』は、アタシたちに自由を与え、この街を守り抜いたんだ!!」
地鳴りのような歓声が、制圧された空間の静寂を打ち破る。
「……止まった。リュウガ、あんた、本当にやっちゃうんだから……」
膝をつくリュウガの肩を支えると、ピッコが深刻な表情でモニターを見つめていた。
「……止まったのではありませんわ。リュウガ様が無理やり『繋ぎ止めた』のです。ですが、この波形の残滓……やはり人工物ですわ。ロジウス、あの愚か者……。これだけの負荷を世界にかければ、遠からず因果律が完全に破綻することに気づいていませんのね……。本当に愚かだわ」
「……今は、それでいい。ひとまずはこの区画を維持できた」
地脈のログを解析していたリディアが、震動によって剥き出しになった地下の深層構造を見て、その指先を震わせた。
「……信じられない。このトンネル、ただの地下鉄跡だと思ってたけど……深層部が多重構造になってるわ。オレンジ色の旧式軌道に、深部を貫くリニア式の遺構……これ、全部が巨大な『データ・ハイウェイ』に作り替えられてる」
「……ああ」
リュウガが、地平線の先にある崩れたビル群――かつて高層ビルが立ち並んでいたであろう墓標を見つめて言った。
「銀座線、丸ノ内線……かつての帝都の動脈だった鉄の道だ。アリスはその最も深い場所、大江戸線の空洞をサーバーシールドとして利用し、全人類のバックアップを構築した。ここは万が一世界が崩壊した際、文明を再定義するための最終拠点……『ニッポン』。かつてのニホンの首都、トウキョウだ」
「トウキョウ……。全然知らないけど、とにかくこの鉄の道が、この街の記憶を繋いでいたのね」
私はアークの周囲で、スラムの廃材から「解錠デバイス」を量産し始めていた。
「よし、それならこの『トウキョウ』中の首輪をお掃除してあげるわよ! 全員自由にして、あのロジウスって変態の顔をハンダ付けで真っ青にしてやるんだから!」
「おーほっほっほ! さすが、 良い気合ですわ、お母様! ルーテ、クララ、高所から次の『人工的な震動』に目を光らせなさい。敵は計算機ではなく、意志を持った悪意ですわよ!」
「はいはーい! 高みの見物させてもらいますわね、ヴィオラ姉!」
煙の立ち上る戦火の跡で、リュウガが私の汚れた手をそっと握った。
「リュウガ……。計画通りにいかなくて、大変なことになっちゃったわね」
私が苦笑いすると、リュウガは優しく、けれど強く私の手を握り返した。
「……ああ。計画通りにはいかないものだが、エリー、それこそが『生きている』という証拠だ。……君の隣で、この不確かな世界を直していく。それが、俺の選んだ一番の『幸せ』なんだろうな」
彼の言葉に、私の視界が少しだけ滲んだ。
『てぇてぇ最大値をさらに更新だお(゜∀゜)! ロジウスの攻撃を愛の力で弾き返したお! お父様、かっこよすぎだおーッ!』
ファーファが空中で激しく明滅しながら騒ぎ立てる。すると、すぐ傍らにいたクララが鉄扇で口元を隠し、瞳を怪しく輝かせながらデバイスを構えた。
「おおおおお……激写。……てぇてぇログ、永久保存版として全サーバーにバックアップ完了ですわ。……お父様の、少し照れた口元……100点満点ですわぁ!」
「ふふん! クララ、甘いですわよ! 御覧なさいまし、お母様のその、今にも泣き出しそうな崩れた笑顔とのコントラスト……これこそが芸術ですわ!」
「おおおおおおお! てぇてぇ、これこそてぇてぇ、のですわぁぁああ」
クララにログを見せながら、ヴィオラは蛇腹剣をしまい、評論家のような仕草でうっとりとその光景を眺める。
「ふふ、お二人とも本当に仲がよろしいこと。……お母様、リュウガ様。後でお祝いに、スラムの高級(廃材)スープをもう一杯用意しますね」
オルガが聖母のような微笑みを浮かべ、二人を優しく包み込むような視線を送る。
「……軍規としては、戦場での私的感情の露呈は感心しませんが。……今日ばかりは『特例』として、わたくしも見逃して差し上げますわ」
オーボエが真面目な顔を崩さないように努力しつつ、口角がわずかに上がっているのを隠しきれていない。
「……ふふふ。……温かい。……お父様とお母様、除菌いらない。……ずっと、そのままでいい」
ハープが静かに笑い、住人たちの救護活動に戻っていく。娘たちそれぞれの、不器用で、けれど真っ直ぐな愛情が、冷え切ったスラムの空気を溶かしていく。
私は、照れ隠しにリュウガの胸に顔を寄せた。
世界の崩壊は加速している。けれど、この人と、この家族となら、どんな不条理なプログラムだって書き換えていける――。
極東の空に、新しい夜明けの光が差し込み始めていた。
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