第66話:【決起】スラムの咆哮、ジャンク・エコーの立つ
奈落の底、アリスの心臓部から這い上がってきた私たちが目にしたのは、かつての地下鉄網を焼き尽くさんとする火の海と、帝国軍の無慈悲な掃討作戦だった。
ロジウスめ、私たちが消えている間に、この街そのものを「ゴミ箱」に放り込むつもりね!
「……エリアーナ殿、俺は一度ここを離れる。軍の中にも、今の帝国の在り方に疑問を持つ者は少なくない。奴らを説得し、内側から楔を打ち込んでみせる」
バルガス将軍が、傷ついた部下たちを連れて闇に紛れる。
「分かったわ、バルガス。あんたの『誇り』、信じてるわよ!」
「ああ。……次は、帝都の玉座で会おう」
頼もしい背中を見送り、私たちはアークに飛び乗った。目的地はスラムの叛乱軍「ジャンク・エコー」の司令部。そこには先行したカイル隊長やヴォルフが待っているはずだ。
だが、司令部への道は鉄壁の封鎖線によって阻まれていた。スラムのメインストリートを陣取るのは、帝国の『鋼鉄猟兵連隊』。
「母様、強行突破いたしますわよ! チェロ、前方300メートルのバリケードを掃射なさいまし!」
十一女オーボエの指揮が飛ぶ。
「了解ですわ! カートリッジ予熱完了、排熱プロトコル、オールグリーンですわ!」
長女チェロが愛用の多連装ガトリング『審判の鐘』を構える。
ドォォォォォォォォンッ!!
凄まじい反動がアークを揺らす。マナを圧縮した蒼い弾丸が、帝国軍の装甲車を紙細工のように粉砕していく。
「……ヴィオラ、クララ、左45度! 狙撃手が建物の上だお!」
ファーファが赤外線ログを投影する。
「おーっほっほ! 隠れているつもりかしら? 淑女の視線からは逃げられませんわよ!」
六女ヴィオラがロングライフルを構え、七女クララが風を読んで偏差を計算する。
「風速3m/s、湿度80%……。てぇてぇの邪魔をするゴミ、デリート完了ですわ」
パシュッ、という乾いた音と共に、ビルの窓から狙撃銃が転げ落ちた。
「母様、チェロ姉のガトリング砲のマナカートリッジが空になりそうだよ! 予備の装填、急いでっ!!」
「わ、分かってるわよ、ボーン! 今投げるわッ!」
私は揺れる車内で、重たいマナカートリッジをチェロへと放り投げる。ガトリングやテューバが使うような重ミサイルは、破壊力と引き換えにマナの消費が異常に激しい。
「残弾数はあと4つ……! ブラスターやマシンガンで節約して繋がないと、スラムのアジトに帰る前にガス欠になっちゃうわよ!」
「任せて! それなら、効率重視! 爆風で道を開けるますよぉぉぉおおおおッ!」
十女ボーンがバイクからミサイルを放ち、帝国軍をパニックに陥れる。だがその一撃一撃が、私の予備在庫をガリガリと削っていく。私たちはその火線の中心を、弾丸となって突き抜けていった。
激しい銃撃戦を潜り抜け、私たちはようやくジャンク・エコーの司令部――廃工場の巨大なドックへと滑り込んだ。
アークのハッチが開くと同時に、ヴォルフが安堵の表情で駆け寄ってくる。
「リディア、エリー! 全員無事か!」
「ヴォルフ! あんたこそ、無茶してないでしょうね?」
私が答えるより早く、リディアが複雑な表情で一歩前に出た。心配していたくせに、いざ顔を合わせると言葉に詰まる彼女。その背後から、白銀の特務機セフィラが無機質な声で告げた。
「リディア。ヴォルフとの接触により、心拍数が22%上昇。隠蔽機能が不全。……座標を補正します」
セフィラがその大きな掌で、リディアの背中を「クイッ」とヴォルフの方へ軽く押し出した。
「ちょっ、セフィラ!? 何すんのよ!」
よろめいたリディアを、ヴォルフがしっかりと受け止める。
「……おう、お嬢。元気そうで何よりだ。あんたがいないと、ここの機械どもの相手は務まらねえからな」
「……あ、当たり前でしょ。あんた、私のいないところで適当な整備して壊してたら、承知しないんだから」
赤くなって顔を逸らすリディア。……セフィラ、あんた無機質のくせに、実は一番空気が読めるんじゃないの?
私はこっぱずかしくなってしまって、アジトの壁を見回した。
「わ、わあぁ……! み、見てリュウガ、この配管の錆び具合! 2000年前の規格がそのまま生きてるわ! 素敵、このジャンクの山、私にとっては宝の地図に見えるわね! ねえ、あっちの蒸気漏れも直していい?」
私が目を輝かせてボロボロのドック設備を物色し始めると、すかさず娘たちの厳しい声が飛んだ。
「母様! 委員長として進言しますわ、今は観光に来たのではありませんのよ! 規律を乱さないでくださいまし!」
「お母様、さっきまで死ぬ思いで突破してきたのにもう忘れたお!? 脳内ハンダ付けが完全にショートしてるお!」
チェロとファーファのツッコミを「だってエンジニアの血が騒ぐんだもん」と聞き流す私。だが、その様子を冷ややかに見つめる女性がいた。灰色の作業着を纏い、巨大なレンチを肩に担いだ強気な女性――叛乱軍のリーダー、オメガだ。
「ヴォルフ、連れてきたのはこの能天気な魔法使いかい? 重戦車がそこまで来てるって時に、技術者だと? 悪いが、口先だけの余所者はアタシの街には要らないんだよ」
オメガが私を睨みつけたその時、周囲を囲んでいたスラムの住人たちが次々と口を開いた。
「リーダー、待ってくれ! このお嬢ちゃんたちは、さっきの治安部隊を一人も殺さずに追い払ってくれたんだ!」
「そうだよ、うちの子に暖かいスープをくれたのも、この白い人たちなんだ!」
住人たちの切実な証言。オメガが眉をひそめて黙り込む中、私は隅っこで泣いている女の子が抱えていた、手足がもげた子供用のオートマタに目を留めた。さらに、その女の子の首には、不気味な電子音を放つ「管理用首輪」が嵌められていることに気づく。
「……これ、帝国が住民を縛るための『呪い』ね。貸してごらんなさい、お嬢ちゃん。……魔法じゃない、本物の『物理工学』を見せてあげる」
私はオメガを無視して膝をつき、愛用のコテを取り出した。
「帝国の機械は全部、開けられないように特殊なネジで封印されてるのね。……でも、外装ごと溶かして物理回線を直結すれば関係ないわ」
基板をバイパスし、もげた関節を廃材で繋ぎ合わせる。私の指先が、最速のクロックで踊る。
「……はい、再起動!」
カチッ、という音と共に、人形がパチリと目を開けた。女の子の顔に笑顔が戻り、それを見たオメガが大きく溜息をついた。
「……フン。理屈じゃねえ、その『結果』を信じてやるよ。……ようこそ、ジャンク・エコーへ。能天気なエンジニア様」
だが、安堵の暇もなく、頭上からロジウスの冷徹な声が響いた。空を埋め尽くす飛行艇隊。その中心から、巨大なホログラムがリュウガを指し示す。
『……不法プログラム「リュウガ」を捕捉。当該エリアを完全に隔離し、デリートを開始する。抵抗する者はすべてエラーとして処理せよ』
「おーっほっほ! 隔離されるのは貴方の方ですわ、宰相閣下! 淑女のネットワークへの侵入、お見せいたしますわよ!」
ヴィオラとクララが、リュウガのAdmin権限の一部を借りてシステムへ逆侵入を開始した。
「兵士諸君の認証ログ、火器管制システム、および広域放送システム……今この瞬間から、わたくしたちが『定義』し直しましたわ。一般市民への攻撃プロトコルは完全にロックしましたわよ!」
ヴィオラの指先から放たれたハッキングコードが、帝国の戦術ネットワークを完全に掌握した。
「母様、ヴィオラたちが放送網を完全にジャックしたお(゜∀゜)! 今こそ広報・演説担当、オーボエとチェロの出番だお!」
ファーファが興奮気味に叫ぶ。スピーカーから聞こえてきたのは、威厳に満ちたオーボエの声だった。
「全帝国兵に告ぐ。無駄な抵抗はやめなさい。貴殿らの指揮系統は既に我ら『シスターズ』が掌握しているわ。これ以上の蛮行は無意味よ」
「委員長として勧告しますわ! 武器を捨て、速やかに撤収なさい。これ以上の戦闘継続は、貴方たちの軍歴に拭い去れない『無能』の記録を残すだけですわ!」
オーボエとチェロの理路整然とした宣告がスラム中に鳴り響く。
「……あと、さっさと降参しておうちに帰るんだよッ! じゃないと、あたしが槍でお尻をペンペンしてやるんだよ!」
ボーンがトドメの煽りを叩き込むと、帝国の通信網は完全に沈黙した。
「ボクたちを狙うのはまだしも、逃げ惑う市民を攻撃するなんて。帝国兵のプライドはどこに落としてきたんだい?」
三女コルネが、機能を失って戸惑う兵士たちを冷ややかに見下ろす。
「ホントそれー。弱者を狙うとかマジ引くわー。超ダサいんですけど。そんなんだからモテないんだよ、あんたたち」
五女ユーフィも、薙刀を肩に担いでギャル全開で揶揄する。
――ガチャン。
最前線にいた一人の若い帝国兵が、震える手で握っていた魔導銃を地面に投げ捨てた。
「……もう、嫌だ。俺だって、こんなことしたくて兵隊になったんじゃないんだ!」
それを皮切りに、あちこちで硬質な金属音が響き渡る。
「俺もだ……。故郷に子供がいるんだ、こんな真似、もう続けられない!」
「国に家族を人質に取られて、首輪で縛られて……。俺たちは一体、何のために……!」
引き金がシステムでロックされたからだけじゃない。彼らは自らの意志で、帝国という名の『呪縛』を拒絶し、運命を人質に取っていた鎖を断ち切ろうとしていた。
震える手で顔を覆い、膝をつく兵士たち。それを見た私の胸が、熱く疼く。
「そうよ。……間違ってるものは、全部お掃除しなきゃ。……守るべきは、この人たちの『日常』なんだから!」
私の言葉に、リュウガが背後からそっと肩を抱き寄せた。
「……君の言葉は、どの管理権限(Admin)よりも民衆を熱くしているな、エリー」
その時。
――ズ、ズズ……!
突如として巨大な次元震がスラムを襲った。空間がポリゴン状に剥がれ落ち、反乱軍の子供たちが飲み込まれそうになる。
「嘘、このタイミングで? ここで次元震!? ……空間が消える!? テューバ、チェロ! 全員で守りなさい、絶対に、誰も次元震のあっち側に行かせちゃダメッ!!」
スラムの隅で眠っていた旧型ロボたちが、黄金の光に共鳴するように震え出した。感情などないはずの機械。だが、アリスがコードの深層に刻み込んだ『共生』という名の最優先命令――かつての慈愛の記憶が、世界崩壊のバグを書き換えようとしていた。
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