第63話:【奈落】中央塔潜入、運命を分かつ第0ゲート
地下スラム「ジャンク・シティ」を切り裂くサーチライトの光は、逃げ惑う住人たちの絶望を白く焼き出していた。
急襲してきた「スラム浄化部隊」の重戦車が、廃駅のホームを蹂躙しようとしたその時――。
「わたくしたちの『宴』に泥を塗ったこと、その機能停止を以て償わせますわ!」
十一女オーボエの苛烈な号令が飛ぶ。
十女ボーンの熱槍が先頭車両のハッチを溶かし、三女コルネの極大火焔がエンジンを焼き切り、五女ユーフィの双剣が無限軌道を紙のように切り刻んだ。
帝国軍の精鋭であるはずの部隊は、反撃の隙すら与えられず、わずか数十秒で鉄屑の山へと変えられた。
「ヒャッハー! ざまあ見ろだお! 鉄屑は鉄屑らしく、地面を舐めてるがいいおッ!」
逃げ惑っていたスラムの住人たちが、足を止めて歓喜の声を上げる。
「見たかよ、帝国の犬どもがボロ雑巾だ!」
「行け、お嬢ちゃんたち! 全部ぶっ壊してくれッ!」
虐げられてきた彼らの、暗い情熱を孕んだ喝采が地下世界に響き渡る。その混乱の渦中で、ヴォルフとリディアが指揮官を文字通り引きずり出した。
「おい、そこの隊長さんよ。……この街の『裏口』と、中央塔の最新コード……少しだけ詳しく聞かせてもらおうか」
拘束した指揮官の端末に、ピッコが容赦なくデータケーブルを射出する。
「……ハック完了。禁忌領域の最新警備ログ、およびマナ中和領域の死角を特定しましたわ。目的地は、帝都の中央、奈落の中心にそびえ立つ『白い塔』……そこが、メインフレームへの唯一のアクセスポイントですわ」
だが、情報の抽出を終えたピッコの顔に、余裕の笑みはなかった。
「……ですが原始人メガネ、喜びなさい。今の私の強引な侵入で、帝都の防衛システム……エグゼの広域監視網に私たちの座標が確定されましたわ。……これだけの騒ぎを起こして、気づかれないはずがありませんもの」
「な、なんですって!? それじゃあ、もうバレてるってこと!?」
「ええ。あと一時間もすれば、中央塔の全ゲートが物理的に封鎖され、私たちは外堀で干からびることになりますわ。……タイムリミットですわよ。迷っている暇はありませんわ」
「……上等じゃない。じっと潜伏して待ってるのは、もうお腹いっぱいなの。私のハンダ付けが火を噴くのを、機械も私も待ってたんだから!」
私の鼻息荒い宣言に、リュウガが苦笑しながら私の手を握りしめた。たぶん、彼には私の手が震えているのはばれている。
「ああ。計画通りにはいかないものだが……それこそが『生きている』という証拠だ。行くぞ、エリー。ここからは時間との勝負だ」
ピッコの言葉に急かされるように、私たちはジャンク・エコーの案内で排水路を抜け、禁忌領域を囲む絶壁へと辿り着いた。
「……ここまでだ、エリー。この先のハッチを抜ければ、塔へと続く連結橋に出る。俺たちはアジトに戻り、スラムの連中をまとめてあんたたちの帰りを待ってる。……祝杯の準備は任せておけ」
ヴォルフはアジトへ戻る道を選び、私たちは重厚なハッチの向こう側――冷徹な白銀の空間へと足を踏み入れた。だが、侵入した瞬間、背後から漆黒の機体『シュヴァルツ・ガイスト』が舞い降りた。特務エース『カラス』だ。
私たちは排水路を駆け抜け、禁忌領域を囲む絶壁の縁へと辿り着いた。塔へと続く巨大な連結橋の入り口。だが、侵入した瞬間、背後からねっとりとした不気味な声が響いた。
「……ああ、いたいた。……演算の誤差、論理のシミ。……ねえ、君たちの断面は、どんな色をしているのかな?」
漆黒の機体『シュヴァルツ・ガイスト』が、天井からぶら下がるように舞い降りた。特務エース『カラス』。彼はブレードを舐めるように動かし、クスクスと気味の悪い笑いを漏らしている。
「……何、こいつ。……なんか、生理的に無理。……掃除しなきゃ」
四女ルーテが本気で嫌そうな顔をして後退りし、九女ハープも「……キモい。……不潔」と爪を構えた。無機質なセフィラでさえ、真紅の瞳を細めて警戒レベルを最大に引き上げている。
「……お父様、お母様。ここはわたくしが。……わたくし一人で、1ピクセルも通しません」
セフィラが私の前に立ちふさがるが、リディアがその隣に並んだ。
「いいえ。セフィラ、私も残るわ」
「……拒否。リディアは母様を護衛すべきです」
「聞きなさい。……あんたの背中の巨大バッテリー、あんたの手じゃ自分では交換できないでしょ? 戦闘中に接点が焼き付いたらどうするのよ」
そして、リディアが小声でセフィラに耳打ちしたのを私は見落とさなかったわよ!
「あいつ(ヴォルフ)の最高傑作に傷一つつけさせないのが、私の仕事なの。……だから、あいつのところに無傷で戻るのがあんたの仕事。いいわね、セフィラ」
リディアの言葉に、セフィラの動きが止まった。自身の「物理的な限界」を、実務面から補完しようとするリディアの気遣い。セフィラがはっとしたように、リディアを初めて対等な「パートナー」として認識したのを、私は目の前で見守っていた。
「そういうことね、リディア……。うん、分かった、信じてるよ!」
『てぇてぇ最大値を記録したお(゜∀゜)! ここは二人に任せて先行だお!』
タイムリミットまであと45分。私たちは彼女たちの背中を信じ、500メートルの橋へと駆け出した。だが、行く手には次々と防衛網が立ち塞がる。
「警告。未登録コードの侵入を検知。排除個体、無数」
橋の両側から何百体もの「蜘蛛型防衛ドロイド」が湧き出してきた。
「雑魚が多すぎるよ! ここはあたしたちが引き受けるんだよッ!」
十女ボーン、三女コルネ、五女ユーフィの三姉妹が足を止める。ボーンの熱槍がドロイドの群れをなぎ倒し、私たちはその隙間を走り抜ける。
さらに上層の検問ハブでは帝国の狙撃専門職「コード・ハンター」が。
「わたくしたちの射線を遮る無粋なゴミ共……躾が必要ですね!」
「風読み、完了。……母様としての道を汚す者……万死に値するですわ」
六女ヴィオラと七女クララの狙撃班が、精密射撃でハンターたちを沈黙させていく。
一人、また一人と、娘たちが敵を分散して引き受けるために離脱していく。最終的に私の隣に残ったのは、リュウガ、ピッコ、そしてオーボエ、チェロ、オルガ、テューバ、ハープ、ルーテの8名になった。
中央塔の正門ゲート。その巨大な質量が死角となり、私たちは反対側からやってきた人物の声を、壁越しに聞くことになった。
「否決だと!? 王都で前線がどれだけ疲弊しているか、あの机上の空論を振り回す宰相どもは分かっておらんのかッ!」
私は壁に背を預け、息を殺してその声を聞く。……ん? このデカくて野太い声、どこかで聞いた記憶があるような……。
「ねえ、オルガ。あいつの声、どっかで聞いたことない?」
「……母様、お忘れですか。王都を脱出する際、東門で重戦車大隊を率いていた、猛将バルガスですわ」
オルガが呆れ気味に溜息をつきながら答える。ああ、あの時の!
「だ、だって仕方ないじゃない! 私はあんたたちみたいに、記憶容量が無限大じゃないのよ!」
私が苦笑いしながら言い返すと、壁の向こうでは下士官の震える声が続いていた。
「……ですが閣下、確かにあの方々の言う『論理』には、我々の叫びなど届かないようです。昨日も、王都からの負傷兵を運ぶ輸送機が、燃料の無駄だとして着陸を拒否されました。……彼らは、空の上で力尽きたのです」
バルガスが立ち止まり、拳を壁に叩きつける鈍い音が響く。
「……俺たちは、この塔を守るだけの使い捨ての計算機か。……ロジウス、貴様がこの国を機械仕掛けの墓場にしたいというのなら、俺たちの捧げてきた人生は……一体何だったのだ」
その呻きは、敵である私ですら同情したくなるほどの絶望に満ちていた。だが、彼はすぐに戦士の勘を取り戻した。アラートが鳴り響く塔の中、ネズミの侵入を彼は既に察知していたのだ。
「……貴様ら、下がっていろ。……『見えない客』の相手は、俺一人がいい。……少し、憂さ晴らしが必要だからな」
『殺気アラート1000%だお(゜∀゜)! 脳筋将軍がこっちに気づいたお!』
私は覚悟を決め、リュウガの手を握りしめてゲートの角を曲がった。
「ようやく現れたか。救済キャラバン、および管理者リュウガ」
大剣を担いだ巨漢が、私たちを睨みつける。オーボエが不敵な笑みを浮かべて一歩前に出た。
「あら。猛将バルガスともあろうお方が、わざわざ帝都までお逃げ帰りになったのですか? セーラ様に散々絞られた『負け犬』の遠吠えにしては、少々声が大きすぎますわよ」
九女ハープも、クスクスと不気味に笑う。
「……負け犬。……お腹、空いてるの? 尻尾を振ったら、アークの余り物のスープ、あげてもいいよ?」
(ハープちゃん、それは流石に煽りすぎじゃない!? 殺されちゃうわよぉ!)
私の心中での叫びが届くはずもなく、バルガスのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……小娘どもがッ! 貴公らのその『デタラメ』、ここで叩き伏せてくれる!」
バルガスが音速の踏み込みで大剣を振り下ろす。八女テューバが戦槌で受け止めるが、二撃目――バルガスの怒りと屈辱が乗った一振りが、テューバを捉えた。
ドォォォォォンッ!!
「テューバぁぁぁッ!! 嫌ぁ、テューバ!!」
目の前でテューバの小さな身体が壁へと激しく叩きつけられた。私が半狂乱で駆けだそうとしたその時。リュウガとピッコが私の襟首を掴んで引き戻し、長女チェロが静かに私の肩を押さえた。
「母様。落ち着いてくださいませ。あの子は……わたくしたちシスターズの中で最も厚く、最強の『盾』なのですわ」
チェロは動じることなく、瓦礫の山を見つめている。
「あの子は、お父様と母様を悲しませるような『壊れ方』はいたしません。……ねえ、テューバ?」
瓦礫の中から、黄金の燐光を瞳に宿したテューバが立ち上がる。
「……痛い。……でも。……母様が、泣くから。……私、壊れない」
テューバがブースターを黄金に噴かせ、盾を地面に突き立てた。
「……おじさん。……次は、私が、叩く番……」
弾丸のような速度で突進を開始するテューバ。最強の武人と最小の盾が激突し、火花が私の視界を真っ白に染め上げた。メインフレームへの道のりは、この「家族」の意地と共に、今始まったばかりだった。
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